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まったりそのに:剣士は一撃で龍を沈めた

 ヴェルムが意識を取り戻すと同時に感じたのは、異様な寒さ。先ほどまでのマシュマロの感覚はとうに消えうせ、人肌の温もりも跡形もなく消え去っていた。

 目の前を氷山と見紛う程の氷塊が流れていく。

 一面の銀世界、という表現がぴったりな場所にヴェルムは立っていたのだ。


「ここはどこなんだココア……。すごく寒いんだが」


 隣にこの寒さにも動じることなく直立不動の美猫に、ヴェルムは問いを投げかけた。


「氷海に転移したんです」

「は? 転移?」

「転移魔法です。ご主人様はご存じないんですか? 学が足りませんよ?」

「それくらい知っている! 瞬時に特定の地点と現在の地点を結んで、瞬間的に移動する魔術のことだろ? 俺が聞いてるのは、なんで転移なんてしたんだってことだよっ!」

「お仕事しましょうか?」

「……ココア。お前まさか俺に、一人で銀翼竜を討伐しろ……って言いたいのか?」


 ヴェルムの問いにココアは素敵な、満面の貼り付けたような笑顔で頷いた。


「なんだその嘘くさい営業スマイルは!」

「お仕事、しなさい」

「そんな命令口調で言っても俺はやらないぞ!? だって無謀だから! 普通の冒険者が、銀翼竜なんて、倒せるわけないもの!」

「ご主人様は人類最強なんです。だから、銀翼竜なんてイチコロじゃないんですか?」

「……お、俺は…そう、ただのヴェルム! ただの冒険者のヴェルムなんだから! 銀翼竜なんて倒せない!」

「じゃあ、ただのご主人様……。銀翼竜の心臓を採ってきたら、一日ゆっくり添い寝してあげます」

「いらねぇよっ!? そんなもので俺の鋼の精神がゆらぐとでも……」


 そこでココアは自らの腰のあたりに手をやった。

 踊り子のようなこの衣装は、ふともものあたりがスリットになっており、すこしずらすだけで中身まで見えてしまいそうになるのだ。


 そして――ちらり、とココアの艶やかな魔っ白なふとももがヴェルムの目に飛び込んできた。

 まさしく神の美脚と言っていいほどの芸術性。

 絶対的な美、というものはこういうことを言うのだろうか、などと考えてしまうほどの魅力というか、魔力がある。

 見つめる事数十秒。ようやく我に返ったヴェルムは口から流れるよだれを拭きながら、必死に仕事の遂行を拒否した。


「お、俺はやらないからな!!」


 当たり前である。

 銀翼竜は多人数でようやく相手にできるほどのドラゴンだと言われているのだ。

 一個人で倒そうなどと抜かす者がいたら、それは自殺志願ということか、というジョークにもなっているほどの紛う事無き強敵なのだ。

 だが、そんなことはココアには関係ない。

 無情にもヴェルムに向かって言い放った。


「前払いは済ませました。早く倒してきてください」

「へ!? 今のでなのか!? 添い寝じゃなくて、足を強制的に見せつけられた挙句、俺に死んで来いって言うのか!?」

「いいから早く倒してきてください。寒くなってきましたので……早くおうちに帰りたいです」

「……」


 ココアは聞く耳持たず、と言った様子でヴェルムを冷めた目で見つめていた。

 ヴェルムもヴェルムで、今は普通の冒険者として活動しているのでそんな自分から目立つような真似――というか自殺行為はしたくない。

 かくなる上は、来た時と同じ方法で帰還するしかないという結論にヴェルムは至った。


「……なぁ、ココア。ちょっと胸見せてくれよ」

「この変態ご主人様。今欲情するなんて、青○好きなんですか? ……私にはちょっと理解できません」

「別に俺は青○は…す、好きじゃないぞ! 家でしっぽりとラブラブ派だ!」

「聞いてないです」

「あ、すまん……。いやいや、謝ってどうすんだ、俺!」

「ご主人様にセクハラされ仕事まで放棄された、とミルレイさんに報告したら明日の朝私は……」

「おいなんか不穏な単語がいくつも聞こえてくるんだけど!? ……明日の朝どうなるの!?」

「上も下もキワドイ衣装でデコレーションされた挙句、ご主人様の眠るベッドに忍び寄り、朝までくんずほぐれつの濃厚なセッ」

「はいストォオォォォップ!! ストップ!! やめなさい!! 分かったよ!! やればいいんだろ! やれば!!」

「わかっていただけたのなら、早くしてきてください。いい加減帰りたくなってきたので」

「この駄猫め……。大体、なんでいきなり氷海にトリップして、銀翼竜なんぞと戦わないといけないんだ……あぁもう……」


 ヴェルムが嘆き、天を仰いだその時、


 ――ォォォォオオオ!


 曇天の中から、轟音と呼ぶべき咆哮が聞こえた。

 まさしくこれは銀翼竜の鳴き声。

 この、身を裂くかの如き不快感。漂うダイヤモンドダスト。

 ヴェルムの背中に、嫌な汗が流れた。


「……おいココア、冗談はここまでだ。ほら、はやく帰るぞ……!」


 ココアはヴェルムの言葉を無視し、胸の谷間から、異次元収納かの如く人が四人すっぽり入れるぐらいの巨大な炬燵を取り出して、入り込んだ。


「何言ってるんですか? ここからというところで。私は炬燵に入って丸くなってますので、あとはお任せします。おやすみなさい、ご主人様」

「どっから出したんだよ……その炬燵」

「ご主人様が良い魔道具だっていって買ってくれた気がするのですが?」

「確かにそれは買ったけどさっ、どっから出したんだよ!?」

「やっぱり炬燵は最高ですねぇ……」

「……シカト!? シカトなのかっ!?」


 魔道具。それは使用者の魔力を使い、動かす機械のことだ。

 核となる部分にコアを使用しており、それに魔力を流すことで機械が動く仕組みになっている。

 ココアは眠そうな顔で、炬燵から上半身を出してこちらを見ていた。

 露出の激しい衣装のせいで、やわらかな胸の谷間――下手をすると先のほうまで見えそうなくらいだ――が見えていた。


「ちょっ、鼻血がぁっ!!」

「どうしたんですか?……あ、来ましたよ。わー。アレが銀翼竜ですかー。おっきぃですねぇ……あっ、ブラが外れちゃいました」


 ――ゴアアアアアアアアア!!


 ココアが近づいてくる銀翼竜を指さしたのと、少し身じろぎしたせいで完全に服の胸を押さえている部分が外れ、ココアの胸全体が外気にさらされたのは同時……ヴェルムが鼻血を噴き出しながらも気力で持ち直し、銀翼竜へと向かって飛び上がったのも同時だった。


「俺の……どうしようもない怒りをくらええええええええ!!」


 銀の鱗に、白銀の吐息。

 体長50メートルはあろうかという巨大な龍が、獲物であるヴェルムめがけて突進した。

 天空からの急降下で獲物を仕留めるという、銀翼竜の得意とする狩りの方法だ。

 これを見た冒険者は生きて帰れないとまで言われていた。


「……おりゃああああああ!」

「微力ですが、私も手伝いましょうか。なにチラチラこっち見てるんですかご主人様。――あ、胸出しちゃってましたね」


 だが、ヴェルムはそれを見てもひるまない。それより意識はココアの方に向いていた。

 たゆんたゆんと音が聞こえそうなほど、ココアは自分の胸を揺らして、ヴェルムの注意を引こうとしていたのだ。


「お前は本当に、俺の手伝いをする気があるのかぁああああああ!?」


 黒い剣を持ち空中に飛び上がったヴェルムはなおも鼻血を吹いている。目は完全にココアの胸へと向かっていた。

 そうこうしているうちに、ヴェルムの眼前に銀翼竜は迫っていた。

 一匹と一人の距離は縮まり……ヴェルムの体全体が冷気に覆われた。

 銀翼竜の特性だ。周囲の気温を大幅に下げるという能力をこいつはもっている。

 腕がやけに重くなったのをヴェルムは感じたが、そんなことはどうでも良いとばかりに、銀翼竜に向かって剣を――放り投げた。


「っらぁっっ!!」


 至近距離での、全力の投擲。

 ヴェルムが放った黒剣はまさに光の如き速さでまっすぐに銀翼竜の眉間に突き刺さるが、刺さってもそれはなおも勢いは衰えず…尻尾まで駆け抜け、最後には氷海の空を駆け抜けた。


「……」


 タン、軽快な音を立てつつ地面に降り立ったヴェルム。

 主人であるヴェルムが無事だったことを確認し、急いでブラをつけなおすココア。

 盛大な音を立てながら、紅い血をまき散らしながら落ちてくる銀翼竜の亡骸。


 すべてが、混沌としていた。


「……あ、ご主人様、鼻血吹きすぎて気を失ってるじゃないですか……この変態さん」

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