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まったりそのいち:剣士と猫娘は起床する

「ふぁぁああ……クソ太陽め、今日もまた上ってきやがったのか……」


 朝一番に恨み言を呟きながら起床したこの男の名は、ヴェルム・クロイと言った。


「ご主人様、朝一番から気分が悪くなるような事を言わないでください」

「ココア、いたのかっ!?」


 抑揚のない、それでいて冷静な声がいきなりしたのでヴェルムは驚いた。

 声がした方を向くとそこには銀髪、猫耳、猫しっぽの少女、ココア――本名はハイシュタインゼン・ガルルギアス・コルルレイゲン・フェニキアシス・コリウム・ルクフェイシア――が立っていた。

 ヴェルムはココアの服を見て、目を細める。


「おいおい……なんだその恰好は」


 ヴェルムが声を上げるのも納得だ。

 ココアは男用のブカブカのワイシャツを着ているだけだ。もちろん、下は何も穿いてないように見える。


「いい天気ですよ。ご主人様」


 そう言いながらココアが窓を開けた瞬間、風で揺らいだシャツの裾の間から、白く透き通るような太ももが覗く。

 朝一から刺激的なものを見てしまった……。とヴェルムが思ったその時、またしても風が吹いた。


「――お前なぁ! 少しは隠せよっ」

「なんのことですか? それよりほら、いい風ですよ」


 更にめくりあがるココアのワイシャツ。当人は気にせず朝の風を浴びている。

 めくりあがったそこから、白く繊細なレースで大事なところだけをかろうじて隠しつつ、見るものすべてを釘付けにするような装飾がこれでもかと言うほどに飾り立てているほとんどヒモのような下着が見えた。いや、あれはもう下着と言っていいのかすら疑問だが、とにかく、下着のようなものをネコ耳少女は着けていた。

 それに胸がデカすぎてボタンとボタンの合間から大きく谷間が見えている。これはエロい。

 そのうちボタンがはじけ飛ぶのではないかと思うほどの巨乳だ。

 指摘してもなお平気な風を装っているココアを見て、ヴェルムはまたしても呻く。


「早く窓を閉めてくれ……俺の理性が崩壊しないうちにっ。というより、なんだその恰好は!?」

「ご主人様。なぜそんなに訳の分からない事を言っているのです? それにこの格好については何も言わないでください。こういうのが好きなんでしょう?」


 ココアが不思議そうにヴェルムに問いかける。


「いや、まぁ好きだけどさっ! 好きだけど!」

「何も言わないでくださいと言ったはずです」

「お前は一体何がしたいんだ!?」

「ですから、なぜ朝一番からそんなに憂鬱になっているのですか、と私は質問しているのです」


 どうやら格好についてはココアは触れてほしくないようで、かたくなに言おうとしない。

 しかもちょっと恥ずかしいのか、白い透き通るような肌が少し赤みを帯びてきている。

 それはとても……煽情的だった。

 襲い来る劣情にヴェルムは耐えきれず、思わず顔を別な方向へ向けて質問の答えを返した。


「俺は、ほら、朝弱いからな! ……大目に見てくれよ。それとちゃんと服を着てくれ。頼むから。切実に」


 ヴェルムはもう泣きそうだ。なんとも打たれ弱いことか、とヴェルムは思うがそれは仕方のないことだ。

 20才を過ぎ、人類最強とまでよばれたこの男。なんと童貞なのだ。

 しかも、ココアという絶世の猫耳美少女がいながらにして、一回も手を出していないほど、そっちの方面には奥手である。

 それくらい繊細な…もとい、根性なしなのだ。

 だが、ココアはヴェルムのその言葉を聞いて不思議そうに首をかしげる。

 そこで、ヴェルムは自分のある体の一部分をココアがじーっとみていることに気付いた。


「お、おま!? どこ見てんだよっ!」


「それで朝が弱いと言うのなら、世界中の辞書の【弱い】という項目を訂正しないといけませんね?」


「おい、可愛い顔してそんなことを言うのはやめてくれよ!」

「すみません。ですがあまりに立派だったもので……」

「いい加減にしてくれ! というか着替えたりするから部屋から出ててくれよっ!」

「私にはご主人様をお世話するという使命がありますし……。そしてご主人様の童貞も捨てさせろという依頼もありますので」

「誰からの依頼だよっ!?」

「ミルレイ様からのご依頼ですよ?」


 はぁ、とヴェルムはため息をついた。

 またあの人の仕業か、とも思う。

 それにその依頼内容だったら今のココアの姿にもヴェルムは納得がいった。

 ともかく、今は着替えてミルレイの元へと行かねばならないので、ヴェルムはココアにお願いする。


「……あの人には後で俺が良く言っとくから、ちょっと外に出ててください。お願いします。あ、それと、今すぐその恰好はやめなさい……っていきなり脱ぎだすなっ!!」

「はい? 脱げと言われたので脱いだのですが?」


 危うくココアの大事なところが見えるところだったとヴェルムは冷や汗を流す。

 ココアのしっぽがふらふらと揺れている。心なしか楽しそうに見えるのはきっと気のせいだろう。


 上のワイシャツのボタンを留めなおしたココアを見て、なぜか残念な気持ちの方が上回ったが、それを絶対にばれないよう隠す。万が一にでもばれたら襲われる事間違いなしの状況だ。


「従順すぎるよっ!?もう少し恥じらいってものを持とうよっ!?」

「私はすでに恥じらいを兼ね備えております。ご主人様に私を性的対象として見ていただこうと努力しているだけですが?」

「見てるから、もう十分みてるからっ!」

「なら、一緒にベッドインを……」

「もうこの娘勘弁してっ!!」

「冗談ですよ」

「なんなんだっていうんだよ……ホントに……」


 事もなさげに澄ました顔で言うココア。

 もうヴェルムのライフは朝っぱらからゼロだった。


 しっかりとココアが部屋の外に出たのを確認して…歩くたびにのぞく白い形の良いお尻は目に毒だったが……素数を数えて深呼吸をして自分を沈めたヴェルムは、ゆっくりとベッドから出て、朝の身支度を始めた。

 歯を磨いて、朝シャンして、着替え始めた。

 お気に入りの黒いシャツに、黒いズボン。これがいつものヴェルムの格好だ。

 鏡を見る。目の前には見慣れた顔があった。これでもそれなりにモテたりするのだが、街をゆく女性達はぴったり離れずついていくココアを見て全員ヴェルムのことをあきらめるのだ。

 あんなに可愛い彼女には、勝てない、と思うのだとか。

 そのせいでヴェルムは自分のことをイケメンとか思いあがったことは思っていない。


 ヴェルムは近くの収納棚を開け、一揃いの黒い軽装鎧と一本の剣を引っ張り出した。

 いつも朝起きると見ている万能の軽装鎧と剣だ。

 鎧の名前は【最高神の軽装具】。正真正銘、神様からもらった鎧だ。

 突拍子もないことだろうと思うだろうが、これにはきっちりと理由があるのだ。

 だがここでは割愛しよう。

 剣の方の名前はこれまた【最高神の黒剣】。

 これも正真正銘神様からもらった剣だ。


「本当に優秀な武器と防具だよなぁ……こいつら。いくら使っても刃こぼれしないし、切れ味も一級品、しかも魔力を通せばなんでも斬っちまうし防いでしまう……ってか。くれたアイツにはホント感謝だよな」

「それ、もらい物だったんですか? 奥に大事そうにしまってあるから誰かの形見の品かとばかり」

「っ!?」


 いきなりしたココアの声にヴェルムは硬直してしまった。

 確かにヴェルムはココアが部屋から出るのを見届けた。

 朝シャンして部屋に戻るときも誰もいないのを確認したはずだったのだが。


「いつからいた!? ……ってなんで全裸なんだよ、お前はっ!」


 振り向いてココアを見たヴェルムは腰を抜かした。


「たった今ドアを開けたとこです。全裸なのはご主人様が服を用意してくれないからですよ?」


 そういえば…! とヴェルムは己の過ちに気付く。その恰好をやめろ、とは言ったがどの恰好をしろ、とは言っていないことに。

 極力ココアの方を見ないようにし、いろいろな雑念を押さえつけながらヴェルムはココアに言う。


「……これを着ててくれ」

「ご主人様はなぜ私を見てくれないのですか?」

「恥ずかしいからだよっ!? いいから一度これを着て、ミルレイさんに新しい服を用意してもらうんだっ!」

「了解しました。正直ご主人様をこれ以上辱めても、私が辱められている気がしてきたのでもうやめようかと思っていたところだったので」

「……それはありがたいな。あと、俺はお前を辱めてなんかいない。ココアが勝手に自爆してるだけだからな?」

「ご主人様。それでは一階で会いましょう。それと、まだ言っていませんでしたね。……おはようございます」

「ああ……おはよう」


 ヴェルムはココアが部屋を出ていくのを見送りながら、その黒剣と鎧を装備し、朝の騒動の原因であるミルレイの元へと向かうのだった。


―――――


 ヴェルムが一階へ降りると、ココアに負けず劣らずのボディをした青髪セミロングの母性ある女性――ミルレイだ――が迎えてくれた。


「おはようございます。ミルレイさん。あのココアをどういう」


 朝の抗議をしようかと思ったヴェルムだったが、言い切る前にミルレイに言葉を被せられてしまった。


「今日は早いのね? ヴェルム様はコーヒーにします?」


 返事を待たずに差し出されたコーヒーを、ありがとうございます、と言いながら受け取ったヴェルムは少し口に含み、


「……で、どうだったのよ、ココアちゃんは。……ふふっ、気持ちよかった?」

「ぶべらっ!?」


吐き出した。

あたり一面が黒一色に染まる。


「ご主人様。汚いですよ? 食事中に噴き出すなんて……」

「ミルレイさんが、ミルレイさんが悪いんだっ!」

「あらあら…ワタクシのせいにするんですか? ヴェルム様?」


 いつの間にかヴェルムの横に来ていたココアが、何ともない顔でヴェルムが噴き出したコーヒーの後始末をしているのを見て、ミルレイは女の勘という奴が働いた。


「そう……あんな刺激的な格好をしたココアちゃんでもヴェルム様の鋼の貞操は奪えなかったのね?」

「は!? 何を期待してるんだあなたは!?」

「え、同居人とネコ耳少女がえっちしてるのを妄想するのが私の趣味だって言ったじゃない?」

「聞いてねぇよっ! 全然そんなの初耳だよっ!! しかもひでぇ趣味だ!」

「この宿の管理を一人でしてるのよ? しかも居候を二人も抱え込んで……それくらいの楽しみがあったっていいじゃないのよ?」


 そう、ヴェルムとココアがお世話になっているこの宿、【黒猫亭】の女主人がこのミルレイなのだ。なんと宿を一人で切り盛りしていて黒字を出している。経営者としてはかなりのやり手だ。

 ひょんなことからヴェルムとココアはこの人の手伝いという名目で【依頼】をこなすことになったのだが、二人は現在『居候』という身分がしっかり板についてきている。


「ゴホン……それで? 今日の依頼はなんです?」


 ヴェルムが話題を変えるためにわざとらしく咳払いをし、真面目そうな声を出す。


「ご主人様、私はお腹がすきました。ご飯をください、ご飯を」

「お前……少しは遠慮ってもんをだな……」

「はいはーい! ココアちゃん、たぁっぷり食べてね☆」

「ちょっ、ミルレイさん!? あなたがコイツを甘やかすから……」

「えー私なんのことかわかんないなーw」

「甘やかすから……なんだというのです? あ、ミルレイさんありがとうございます」


 ヴェルム的にはココアを自分に仕向けているのはミルレイで、そのミルレイはココアをたきつけることに関してはかなり上級者であり、それは日頃からココアを甘やかしているから……という認識なのだ。


「すりすり」

「ココア、お前の太ももを俺の太ももの上に乗せて擦り付けるな! いろいろ危ないだろうが! それになんだその露出過多な踊り子みたいな衣装はっ!? 俺を殺す気かっ!?」

「いえ、悩殺する気です」

「いっちゃえココアちゃん! 今日でその朴念仁を快楽の底にたたき落とすのよっ!」


ヴェルムは頭を抱え、思う。

この先に話を進ませるにはもう少し時間を置かないとだめだ、と。


―――――


「と、いう訳で…本日の依頼はなんですかっ!? いい加減仕事行きたいんです! 教えてください!」


 ご飯を食べ終え、一息ついた二人を見て、絶妙のタイミングで斬りだしたヴェルム。


「……んもう、せっかちさんねぇ?」


 ミルレイはためながらも、ヴェルムを指さして言い放った。


「――それじゃあ本日の依頼はと言うと……じゃじゃじゃん! 『銀翼竜』の心臓を入手してきてください!!」

「へ?」


 ヴェルムは自分の耳を疑った、

 たしかに聞こえたその魔物の名称【銀翼竜】。

 こいつは並の冒険者たちが数十人でかかってもとらえきれないほどの強さを持つ、強敵だ。

 その牙は鎧をやすやすと穿ち、その翼の爪から繰り出される一撃はすべての剣を打ち砕く。

 そしてその心臓は貴重な鉱物であるオリハルコンを多量に含んでおり、七色に光り輝く超高級な宝石になりうるものだ。

 この心臓欲しさに挑む冒険者たちのほとんどが返り討ちに遭い、帰ってくることはないという。


「えーと、今なんと?」


 ヴェルムはもう一度聞き返す。

 この平和なルクフェイシアの街で、まさかその名前を聞くことになるとは思わなかったからだ。


「だから、銀翼竜の心臓を取ってきてください。これが今日の依頼です」


 やっぱり間違いなくそうだったことにヴェルムは驚きを隠せない。


「なに馬鹿なことを抜かしているんだミルレイさん! そんなの俺たちの実力でとってこれる代物じゃないだろ!? いいか、よく見てみろ! 俺は童貞の一冒険者だし、こいつはただの猫人間だっ!! どうしたって【氷海の魔物】と呼ばれる銀翼竜をぶっ殺せるんだよ!? しかも心臓だぞ!? 心臓!! 剥ぎ取りもすげぇ技術がいるんだぞ!?」

「え、そんな危険なものだったの?」


 ミルレイは震え声で目が点になっていた。

 やはり知らないで依頼を受けたのか…とヴェルムは思う。

 だが、この城下町でそれほどの宝石を欲しがるものなんてどういう人なんだろうと興味がわいた。

 ヴェルムはミルレイに聞いてみることにした。


「ちなみに、そんな国宝級の魔物の素材の納品なんて、誰がこの宿屋に依頼を出したんですか……まさか、国王さまとかじゃないですよね?」


 国王からの依頼だとすればおおきな報酬を得られる可能性がある。

 なによりヴェルムがミルレイにしている借金すべてを返せることになるかもしれないのだ。

 期待にヴェルムの胸が高鳴る。


「え、近所のカンナちゃんよ? ほら、いっつもお店に来てくれるあの子よ」


 知ってる人だった。しかも……


「……おもいっきり子供じゃねぇかっ! なんでそんなもん必要なんだよっ! まだあの子5歳だろうがっ!」

「え~だって~……ヴェルム様のお嫁さんになる為に銀翼竜の心臓で作った指輪が欲しいの~っ! って言われたら断れないじゃない? ……昔人類最強なんて言われてたヴェルム様なら楽勝でしょう?」

「おいおい、なんで俺求婚される側なのにする側の面倒みなきゃならないんだよっ! しかも相手5歳だぞ!? 5歳!! 法律に触れるわっ! となり歩いてるだけで事案ものだよっ!」


ぜいぜいと荒い息を吐くヴェルム。


「ご主人様」


隣でぐいと腕をとるココアにヴェルムはすぐに反応できなかった。

まずい、とヴェルムは思う。

このココアという少女は、仕事をしない【ご主人様】、すなわちヴェルムを……許さない。


「行きましょうか」

「おい、強引に腕をとるな…おい! やめろ、やめろぉおおおお!!」


 ココアに右腕を強引に引っ張られ、ぱふっ、とヴェルムはココアの豊満な胸にダイブしてしまう。

 ヴェルムの顔を覆う柔らかな二つのマシュマロ。


「ぶほぁっ!!」


 大量の鼻血という血液と共に、ヴェルムは意識も失った。

 この男は童貞な上にきれいな女性に滅法弱いのであった。

評価・ブックマークをしていただけると作者のやる気が上がります。

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