モブ、呪術について講義する。
お久し振りです。長らくお待たせしました。
またぼちぼちと更新していきます。
よろしくお願いします。
何でこんなことになってるんだろう。そう俺はぼやく。今の現状を思うと現実逃避したかった。平凡な俺が何でこんなことになっているのか、思い返してもよくわからない。
「あの、専門的なことならやっぱりちゃんとした人を……」
俺は当然のことを言ったはずだ。ただ当の本人達は俺とは違う思いらしい。
「知っているのと教えるのは違うもの。アルトは教えるのが上手いわ」
褒められて光栄ですが、俺の胃が痛いのでやめたいです。
「姉上や兄上から話を聞いてます。すごい方だと」
目を輝かせてこちらを見る第二王子のアベル殿下に思わず俺の顔が引きつった。
一体、何を話したんだ!?カイン殿下ー!
「私なんて大したことはないですよ。人より器用なだけですし」
何故かアベル殿下の目がさらに輝く。何でだ。
「大したことはないなんて謙遜される方は初めてです」
どうやら俺は選択肢を間違えたらしい。
「えっと、今日は呪術について説明します」
今日もまた何故か講義してる。俺には荷が重い。本職は何をしてるんだ!仕事しろよ!と罵倒したい。
「呪術とは神霊の力や信仰心、つまり呪力を貸し借りする術ですね」
呪術は魔法や魔術とはまったく違う体系だ。そもそもの起源が違うのだから。
「呪術と魔術は密接に関係してます。どちらも古い技術ですからね。異能を模倣しようとしたのが魔術の起源なら、逆に神や信仰による力が呪術の起源です。魔術が召喚してその力を行使するのに対し、呪術は貸し受けた呪力をその身に宿すのが特徴でもありますね」
「呪術と言えば、神聖国ですよね?勇者とか聖女とか輩出する……」
呪術の話をするなら外せない国、神聖国である。
「人間至上主義の国でしょ?」
アベル殿下が言い淀んだのをエリザベス殿下が代わりに言った。あそこは極端な思想をしているため、信仰が酷くなると妄信的な狂信者がいる国でもある。
「2人共、よく勉強されてますね」
褒めると、嬉しそうな顔をする。その顔は年相応の笑顔だった。
神聖国は外交する上で一番気を使う国だ。宗教国家とはどの世界でもどの時代でも厄介なものである。前の俺がいた世界でもそうだった。
「神聖国は呪術が盛んな国です。呪術ではなく、神聖術や聖魔法とか呼んだりしますが」
呪術大国と有名な神聖国だが、そう呼ぶのは周辺の国のみで、逆に呪術を神聖術や聖魔法と呼ぶのも神聖国のみだ。
「あそこの国の呪術は独自の発展を遂げてます。勇者や聖女がその筆頭です」
勇者と聖女という単語を初めて聞いた時は魔王がいるのかと思ったが、実際はいなかった。少しがっかりしたが、ほっとした。昔は今よりも種族の差別が激しく、世界の敵という存在がいたそうだが、今はもういない。今現在、魔王は魔族の王のことを指す。
「ここからが面白いところで、あそこは信仰心を糧に勇者と聖女を作ります」
擬似的な英雄を作るという発想が面白いところだと思う。その技術があるからあの国は呪術大国と呼ばれるのだが。
「作る、ですか?えっと、聖剣に選ばれるんじゃ……」
案の定、アベル殿下は戸惑った顔をしている。
「確かに聖剣に選ばれた者を勇者と言います。勇者とは象徴なんですよ。そもそも、あの国は国を治めるために宗教を作ったんです。それがフィリアという女神と女神教です」
国を治める上で宗教は重要な要素だ。手っ取り早く治められるからね。
「あの人間のためだけの神様でしょ?」
人間だけを愛し、救済する。他の種族からはあまり好かれてない神だ。エリザベス殿下もあまりいい顔をしなかった。
「だから、人間神とも言われますね。女神から授けられた聖剣と加護を持つ者が勇者と表向きはそうなってます」
「表向きはってことは裏があるのね」
そう、裏がある。
「神への信仰心を勇者へと集め、力とする。それが勇者が絶対的な正義であり、正義が勝つ理由ですよ」
「知りたくなかった事実ですね」
アデル殿下はまだ幼いから夢を見たかったのかもしれない。現実なんて往々にしてそんなものである。
「今は神への信仰と勇者への信奉があるので昔より強い傾向にありますね。聖女もまた同じシステムであの奇跡的な力を発揮できる訳です」
「それって、神聖国は認めないわよね?」
「全否定ですよ」
認めるはずがない。実際、そういうことが書かれた本は焚書扱いだ。
「呪術っていうのは原始的で曖昧なものです。言霊や呪いがいい例で、思い込むことで発動するんです。言葉や思想という想像や空想に魔素が反応し、現象として起きる。ここは感覚式の魔法に似てますね」
感覚式は魔素じゃなく、魔力が反応して現象が起きる。
「この勇者システム、メリットとデメリットが何かわかりますか?」
「えっ、圧倒的な力が振るえることでしょう?」
「信仰心を力にしてますから、信者の数によって力の増減があること、そして勇者像から外れた行為は一切できないことでしょうか?」
エリザベス殿下は当然のことを言い、何も考えてないのがわかる。逆にカイン殿下は聡明だ。
「アベル殿下、正解です。エリザベス殿下の答えでは三角ですよ」
間違ってはいないが、花丸はあげられない。
「勇者とは神による選定者であり、神の代わりに行う代行者であり、世界の危機を救う救済者であり、希望の象徴であり、力なき者の守護者なんですよ。その神に与えられた力で責任と義務を果たす。それが勇者の役目です。勇者とは人々の理想の体現者なんですよ」
その人々に人間以外は含まれてないだろう。いや、フィリアを信仰する信者しか含まれてないかもしれない。
「勇者って使える場面が限られてませんか?彼らのルールに則った場面でしかその圧倒的な力を振るえない。限定的で制限が多いです」
流石アベル殿下。着眼店がいい。
「外部から力を借りるのが呪術の本質ですからね。呪術は強大な力が使えますが、扱いづらいことでも有名です」
この外部からが重要である。意思がある者なら準備が必要だし、意思がないなら己の強い意思で魔素を反応させることが必要だ。それは限られた人しかできない。そう、知識よりも相性が良くないと使えないのだ。魔術や魔法が誰でもある程度使えるのに対し、呪術は相性さえ良かったら強大な力が使える。だから、呪術は恐れられ、廃れていくのだ。
ちなみに、この魔法、魔術、呪術という区分分けにはいろいろとあり、今でも議論されてるが、今の俺の説明が一般的な考えだ。昔は白魔法、黒魔法と使い方で区分されたり、エルフは精霊魔法や魔素を扱う方法を魔法、自分の魔力を扱う術を魔術と区分したりする。この区分分け、時代や国、種族ごとに違うので面白くもあるが、面倒でもある。現在は今の体系が一般的になっているので昔ほどは激しく議論されてはいない。これを体系化した人はすごいと思う。
「何でこんなことになってるんでしょうね?」
遠い目をして呟く。
「お前、今殿下の家庭教師してるんだっけ?」
「はい」
何故か教師をすることになった。気に入られたらしい。解せぬ。俺も今でも何でこんな事態になったのか、よくわからない。
「気に入られましたね」
「お前、これぞ一般人って感じだからな~。興味を持たれたんだろうよ。王宮ではあまりいないタイプだしな」
「いやいや、私以外にもいますよ!?」
ザ・平凡の俺と似た奴なんかうじゃうじゃいるに違いない。
「お前、取り入ろうとかないだろ?自然体っていうか、野心とか下心がないから安心するじゃねぇ?」
全部裏目に出ていたらしい。その事実に俺は頭を抱えたくなった。謙虚は日本人の美徳だ。これは最早、癖である。
「取り入るとかそんなのごめんですよ。私は自分の分を弁えているだけです」
分を超えたことをすると、その無理は自身に返ってくるのだと知っている。
「王宮には弁えてない奴も多いからな。殿下達にとっては付き合いやすくて安心できるんだろうよ。貴族の世界は腹の探り合いで気が休まらないんだぞ。本当に面倒だよ……」
団長は遠い目をし出す。その理由をすぐ察してしまった。確かに団長、貴族社会向いてないですもんね。
その時、すごい勢いで扉が開いた。
「緊急です!」
びっくりした俺はペンがあらぬ方向に行き、書類を駄目にしてしまった。
「何だ?」
嬉しそうな団長。この書類仕事という地獄から抜け出せると思ったのか、顔が少し緩んでいる。相変わらずわかりやすい。気持ちはわかるけど、隣を見たほうがいいよ、団長。冷え切った顔をしているから。
「スタンピードが発生しました!」
「どこでだ!?」
その言葉を聞いた途端、険しい表情になった団長とは裏腹に俺の思考は止まり、あの悪夢を思い出す。スタンピード。それは魔物の氾濫のことを指す言葉だ。稀に起こる現象で、生態系の変化や災害、上位種や変異種の出現などが原因で魔物が異常に増加する、生きた災害である。あの悪夢がまた再び起こったのだ。
「アルト!」
「はい!」
団長の声で飛んでいた意識が現実に戻る。
「お前、先遣隊として行け」
「えっ?私がですか!?」
「無能な奴は行かせられないんだよ。戦闘能力が高く、頭も切れる奴じゃないと駄目だ。それに騎士団は対人戦闘に特化してるからな。魔物との戦闘経験がある奴がいい。お前、冒険者をしていたよな?」
「してましたけど……、やっぱり無理ですよ」
学費や生活費を稼ぐためや経験を積むために冒険者をしていたが、新人の俺を派遣って……無茶苦茶だよ。
「何だ、できないのか?俺はお前ならできると思ってる」
真っ直ぐにあんな目で見られたら無理だ。あの人にあそこまで言われたらやるしかない。本当に狡い。だけど、信頼してるからこその指名だとわかるからその期待に応えたいと思う。だから、あの人が団長なんだろう。普段は副団長に尻を引かれてるのに、こういう事態になると頼もしいのだ。
「わかりました」
「わかってると思うが、冷静にな」
団長の念押しに俺は頷いた。
「本当に良かったんですか?」
「何がだ?」
「アルト君を行かせて。周りをどう説得するんです?」
新人を行かせる。経験を積むためというよりは死地に向かわせたように見える。新人をそんな所に連れて行くなんて、と周りは言うだろう。本音はそんな役目を何であれがするんだと嫉妬だ。
「行きたいなら行かせる。そう言えばみんな黙るだろ。それに誰も行きたがらないに決まってるしな。その癖、口出しだけはしてくるんだからうざいんだよ。それに先遣隊のリーダーは経験者を選んだし」
誰だって魔物が溢れた死地に向かいたくはない。貴族なら尚更行きたがらないだろう。身代わり(スケープゴート)だ。
「それにアルト君はいくら冒険者だったとは言え、あの10年前の氾濫の経験者ですよ」
そう、10年前にも今のと同じような氾濫があった。彼はその被災者だ。実際、彼はそれで両親を亡くしている。勿論、俺も把握している。
「だからだ。経験者だからこそ、あの怖さを知ってる。冷静に、そして慎重に動くだろうよ。恐怖でパニックになって指揮系統が働かないとか、過信して突撃とかして、さらに被害拡大という最悪のパターンになったら困るんだよ。先遣隊はあくまで本隊の繋ぎだからな。それがわかってない奴に任せられない。それにあいつに何かあっても彼が何とかしてくれるだろう」
「彼?」
首を傾げたアインスだが、それに答えるつもりも、時間もない。
「あいつの友達。それより本隊の人選を始めるぞ」
「了解です」
内心、また仕事が増えるなとため息を吐きつつも人選を始めた。
「あれ?エド?」
出かける準備を終え、先遣隊の全員で最終確認をしてると、エドがこちらに来た。
「俺も行くことになった」
「マジで?」
エドは文官だろう?何でだ?いや、まぁ、もし何かあっても自衛できるだろうが。
「お前らのサポート役だ。事務作業はこっちに任せて、お前はスタンピードに集中しろ」
「了解。頼むぞ?」
エドの剣の腕は知ってる。だから心配はしていない。
それから俺達先遣隊はスタンピードが起こった場所まで向かった。その場所は俺が知るあの時と何も変わらない恐怖と絶望に満ちていた。
「今回は人型の魔物、ゴブリンか」
前回とはまた違って厄介だ。今回のスタンピードはゴブリン。彼らは有名で、忌み嫌われている魔物だ。俺達人間には劣るものの知能を持ち、最弱という種族ゆえに卑屈な思考を持つ。貪欲で強欲な性格に、何より好色な性質と高い繁殖能力が問題だ。彼らはどんな種族だろうと交われるため、誘拐された女の末路は悲惨である。性欲が強いために抱き潰され、そして現実逃避するために彼女達の精神が壊れるのだ。だから見つけたらすぐに規模と場所を把握し、冒険者ギルドに報告、そして殲滅させることが推奨されている対象である。