モブ、目を付けられる。
ライバル登場です。
アリス、可愛い!何このバカップルとぜひ悶えてください。
「あなたがお兄様を負かした人ね!この私に仕えなさい!」
ツインテールの少女が急に意味不明なことを言って、俺の前に立ち塞がった。
「申し訳ありませんが、お断りします。それと人違いです」
だが、即座に断る。誰かを負かした記憶なんてないし、人違いだろう。俺って悲しいことに弱いし。そもそも、この子のこと知らないし、こんなこと言われる筋合いはない。いきなり見知らぬ人から身に覚えのないことでいちゃもんを付けられるとか、貴族の世界って本当に怖いな。
「ちょっと待ちなさい!無礼よ!不敬罪で捕まえるわよ!」
そうじたばたと足踏みしながらどこかの令嬢は喚く。いや、無礼なのはお前の方だから。
「仕事がありますので失礼します」
時間がもうそろそろやばいので、俺は慇懃無礼にお辞儀をしてその場を離れた。一体何だったんだ?
「やっと見つけたわよ!」
昨日に引き続き、同じ声が背後からした。
「前はよくも無視してくれたわね!」
振り返ると、やはり昨日の少女だった。また来るとは暇なのだろうか。
「どなたか人違いされてませんか?」
本当にこの子、誰だよ。見覚えがないぞ。
「間違いないわよ!この私が間違えるはずがないわ!」
自信満々に言い切るが、それは根拠にはならない。
「では、仕事がありますので失礼します」
よし、逃げよう。面倒なことには関わらない方がいい。逃げるが勝ちである。
「ちょっと待ちなさいよ!」
待てと言われて待つ奴がいるか。
「あなた、アルトという名前でしょう!?」
ピタッと動きが止まる。俺の名前を知られてる。アルトって名前はよくある名前って訳でもないから、どうやら人違いではないらしい。でも、内容については心当たりはない。
「ほら、合ってたじゃない!」
少女は自信満々に胸を張る。
「あなたは誰ですか?」
俺は渋々ながらも振り返って、少女と向き合う。
「聞いて驚きなさい!私は第一王女エリザベスよ!」
これがカイン殿下の妹君?冗談も休み休み言え。
「……嘘ならもっと上手く吐いてください」
王族の名を騙ると不敬罪で捕まるぞ、お嬢さん。
「何で信じないのよ!?」
「王女様が名乗りもせずにいきなり私に仕えなさいなんてそんな無礼なことをするはずがないでしょう」
王族の端くれならそんなことはしないはずだ。流石にあれはない。この少女が第一王女か本当に疑わしい。
「……それは……」
目を泳がせる自称王女様。
「エリザベス!」
その声に自称王女様はぎくっと身を強張らせる。
「殿下、何かありましたか?」
声の方を向くと、カイン殿下がこちらに来ていた。わざわざ来たということは何かあったのだろうか?問いかけに返ってきた言葉がまさかのものだった。
「妹が迷惑をかけたようだな」
「妹?」
殿下には弟妹がいたのは知っているが、まさか……。
「ほら、言った通りでしょう?」
何故か自信満々で言う少女だが、今の状況で言うべきじゃないと思う。
「エリザベス?」
笑顔なのになぜか怖い。副団長の笑顔も怖いが、殿下の笑顔も怖い。声も顔も怒ってはいないのに恐怖を感じる。この人、器用なことできるな〜と現実逃避にそんなことを考える。
「妹が君を探し回ってると聞いてね、きっと無礼なことを言ったと思う。申し訳ない」
「いえ、気にしてませんから!」
殿下に頭を下げられ、慌てて問題ないと答える。
「さて、何でこんなことをしたのかじっくりとお話しようか?」
王女様は涙目でびくついていた。同情はしないよ?
「つまり、僕がアルト君に負けたから婚約者を取られたと考えたリズはアルト君に興味を持ち、あんな暴挙に出た、と」
殿下と王女様の会話はまるで尋問のようだった。あれだ。普段温厚な人がキレると怖い。それを実感した。そして、何故か俺もここにいる。もう帰ってもいいですかね?
「リズ、アルト君は騎士団に所属してる。君に仕えることは現実的に無理だ。それと、王族だからといって、何でも思い通りにできないし、してはならない」
「だって、お兄様の方がすごいのに!アリス姉様も全然会いに来てくれないし!」
「僕の婚約者じゃなくなったアリスが今、ここに来るのはあまり良くないんだ。正式に婚約破棄された以上、ここに頻繁に来るのはおかしいだろう?」
「でも……、こいつがすべて悪いんじゃない!アリス姉様を奪ったこいつを私の側で仕えさせたら化けの皮が剥がれると思って!」
そんな理由で仕えなさいって言ったのか。
「リズ!」
その声に王女様はびくりとする。
「いい加減にしなさい。アルト君は僕の恩人だ。今の僕があるのはアルト君のおかげなんだ。それ以上の悪口は僕が怒るよ」
殿下は静かに怒っていた。殿下が怒ったのは初めて見たな。
「ごめんなさい」
「謝るのは僕じゃないだろう?」
「その……、ごめんなさい……」
さっきまでの強気な態度は鳴りを潜めた王女様は俺に頭を下げた。
「特に気にしてませんので」
自慢の兄が負かされ、アリスまで取られたから俺のことが気に食わなかったのだろう。王宮内に広まった噂が王女様の耳にも入り、あの行動を起こしたと。
「ですが、エリザベス殿下は王女なのですからもう少し行動には気を付けてくださいね」
「はい!」
そう、これで話は終わったはずだった。
……付けられてる。気のせいでも幻覚でもない。これは確実に付けられてるぞ!それはもう下手くそな尾行をされている。気づかないほうがおかしいくらいに。どうすればいいんだ!?
その1、無視する。
その2、誰かに相談する。
その3、尾行している人に注意する。
気が済むまで待つか?いや、諦めるのか?そもそも、何で付けられてるんだ?っていうか、その前に噂になるだろ!相談するのも無理だな。誰に相談するって話だ。面白がる奴しかいねぇよ!じゃあ、注意する?あの子に?第一王女だぞ!?注意できるか!
……結局、どれも無理じゃねぇか!?
今の俺の状況を簡潔に言うと、第一王女のエリザベス殿下になぜか付けられてる。
いや、俺平民だから。何の取り柄も特徴もない平凡な人間だから。興味を持たれるようなところはないから!何で付けられてるんだ!?穏便に事を済ます方法はないのか!?
そして、俺はカイン殿下に相談した。
「妹が?」
「ここ数日ずっとです」
あの下手くそな尾行でばれていないとエリザベス殿下は本気で思っているらしい。
「……それは悪かったね」
申し訳なさそうな顔で謝られる。
「いえ、それはいいんですが、理由が知りたいんです。噂になると、色々と問題がありますし」
「そうだね。妹に聞いてみるよ」
と殿下が言った数日後、俺はなぜか庭園でお茶をしていた。
何で!?
ちらちらとこっちを見るエリザベス殿下。その隣の席にはにこにこと我関せずな態度でお茶を飲むカイン殿下。そして、平民の俺。
……明らかに俺だけ場違いだろう!
「あの、何で俺は呼ばれたんでしょう?」
「あぁ、言ってなかったっけ?」
言ってないよ。拒否は許さないよ?っていうか、しないよね?という笑顔でここに連れて来られただけだから。殿下ってこんな強引な方だったんだな。初めて知ったよ。
「妹のリズがね、先日のことをすごく反省したようで、何も知らないのに噂だけで決め付けたら駄目だと思って、君のことをよく知ろうと尾行し始めたんだって。さすがに尾行は外聞が悪いからこうやってお茶会を開いた訳。わかってくれたかな?」
「はい」
わかってくれるよね?と副次音声が聞こえた気がする。
「ごめんね。妹の我が儘を聞いてもらって。しばらくの間、付き合ってあげてくれるかな?満足すれば終わると思うから」
「わかりました」
数回すれば王女様もすぐに飽きるだろうと俺は楽観視してた。だが、このことがアリスの耳にも伝わったのだ。しかも、最悪な形で。
「エリザベス殿下と2人でお茶会してるって本当ですか?」
「えっ?いや、その……」
「本当なんですね。じゃあ、私からエリザベス殿下に乗り換えるって噂も本当なんですか?」
そのありえない言葉に一瞬思考が止まった。再起動した俺が見たのは涙目のアリスで、あまりの威力に心を貫かれるもすぐに否定する。
「いや、それは絶対にないから。生涯で唯一アリスしか愛さないからね!?」
言ってから、俺は自分の言葉を取り消したくなった。やばい!俺、とっさに何言ってるんだ!
俺の顔も真っ赤だが、アリスの顔も真っ赤だ。もうお互いの顔は真っ赤で、動揺しすぎて固まる。
「そういうことだから!そんな噂は絶対にありえないから!」
もうやけくそだった。言ってしまったものは仕方ないと開き直る。
「はい!」
こくこくとアリスは頷く。
「じゃあ、あの噂は嘘なんですね?」
「もちろん!」
「なら……私もそのお茶会に参加します!」
そして、なぜかエリザベス殿下とのお茶会にアリスも参加することになった。
「アルト、私のことはリズと呼んでもいいわよ?」
「いえ、恐れ多いので遠慮しておきます」
そこまでの仲でもないだろう。王族を愛称で呼ぶとか恐れ多くてできない。
「アルト、私のことは……私のことはアリーって呼んでもいいですよ!?」
何か対抗し出した!?しかもアリーって、無理に愛称を絞り出さなくてもいいのに。そもそも、アリスの愛称って何だろう。
「えっと、アリー?」
「はい!」
それはもう嬉しそうな笑顔で頷かれた。
やきもち妬くアリスも可愛いな。
モブの受難はまだ続きます。頑張れ、アルト!
しばらくはこんな感じのほのぼのした話です。