モブ、四苦八苦しつつも頑張る。
連載という形にしました。
よろしくお願いします。
「何でこんなことになってるんだろう」
予想とは違う現実に俺はそう呟いた。理想と現実は違うとは言うけど、これは違うんじゃないかなと今の俺は思うのであった。
学園を卒業後、俺は無事騎士団に入団し、団員からスタートした。新人なので基礎練習をみっちりやらされたものの俺は冒険者をしていた経験から資本である体を鍛えている。何とか付いて行けたが、他の人はそうでもなかった。付いて行けた新人はさらに練習量が増え、俺は泣きそうになった。そんな時のアリスとのデートは俺の唯一の癒しだった。これがあるから死に物狂いで頑張れたんだと思う。それくらい訓練は過酷だった。ちなみにアリスも騎士団に入団している。魔法部隊のほうなので滅多に会うことはないが。
そうして、剣や鎧の片付けや点検、整備、掃除といった雑用と基礎練習をこなす毎日に変化が訪れたのは確か、点検結果の報告書を提出しに行った時だ。
「失礼します」
ドアをノックしてすぐ入室の許可が下りたので入ると、そこには俺が所属する騎士団、中央騎士団の団長と副団長がいた。
「報告書を提出しに来ました」
そう、俺はそこで何も見ずにすぐ帰るべきだった。それが正しい選択だったのに、あの時の俺は偶然団長の机にあった書類が視界に入り、そしてふと目に入ったある数字が妙に気になったのだ。
あれ?これ……明らかにおかしくないか?
「どうかしましたか?」
俺の様子にすぐ気づいた副団長が話しかけてきた。
「この書類の数字、間違っていると思うのですが」
「どこですか?」
副団長は俺が指摘した所を見て、すぐにペンで訂正する。
「ふむ、君は確かアルト君でしたね?」
「はい、そうです」
えっ?名前、知られてる!?何でだ。入隊してそんなに経ってないし、訓練所に副団長は来ていなかったはずだ。新人の訓練に来ること自体あり得ないことではあるし。
俺の内心はびくびくだった。えっ?俺、何言われるんだ!?
「仕事、手伝ってください」
にっこりと笑う副団長を見た俺は了承するしかなかった。上官の命令、絶対。
そして今に至る訳だが、これって、文官の仕事じゃねぇ?そう疑問に思うも賢明な俺は口には出さなかった。
騎士団のトップである団長は机にかじりついて書類仕事をしている。いや、させられてるのほうが正しいのか。
「手が止まってます。早く動かしてください」
団長の手が止まると即座に副団長の指摘が飛ぶ。力関係は上下関係とは逆らしい。
「君のことは知ってますよ、アルト君。あの事件で一度会いましたし」
そういえば、俺も事情聴取に副団長が来たからかなりびびったのを覚えている。まさか氷の貴公子、アインスと呼ばれる人が来るとは予想してなかったのだ。もっと下っ端というか、こんな地位が高い人が来るとは予想してなかった。俺が思ったよりもあれって大事だったんだろうか?
「アルト君が疑問に思っているこの書類の山ですが、団長が面倒くさがって溜め込んだ結果でして。全く私が目を離すとすぐこれです。団長は脳筋で、剣を振るしか能がないんですよね」
「お前、そんなことはないだろう!剣以外にも……以外にも……ある……だろう……?」
出てこなかったのかだんだんと団長の声が小さくなってくる。
「ないですね」
そんな団長に対して、副団長は容赦なく即答した。団長の心に鋭いナイフが突き刺さるのが見えた気がする。あれ?幻覚かな?それよりも何か団長の威厳がなくなってきているように思うのは気のせいだろうか。最初に抱いたイメージがだんだんと崩れていく。
「だからって、団長が仕事を放棄する理由にはなりません。仕事ができない上司がいると部下は苦労するんですよね」
目が淀み出した団長は最早、何も言い返さない。言い返せないのが正しい。言い返せば倍以上になって返ってくることだろう。この短い時間だったが、流石の俺でもそれを察せた。
「騎士団には脳筋が多くて困ってたんですが、今年は書類仕事をこなせる新人が入って来て本当に嬉しいです」
副団長の嬉しそうな笑顔が浮かぶ辺り、かなり苦労してることがわかる。
「大変ですね」
俺は心底同情した。これだけの仕事量を2人でこなしてきたのだろう。いや、主に副団長が、と言うべきか。立場が上になるほど仕事って増えるよね。
「心配しなくても基礎練習はある程度免除してあげます。貴重な戦力を潰す訳にはいきませんからね」
「いいんですか?」
嬉しいが、同時に不安だ。他の人と差が出るのは困る。
「基礎練習をさぼらずにきっちりとやり、付いて行ける時点で合格です。あれはどこに配属するか判断するための試験なんですよ。何ができて、何ができないか。その人の能力や適性を見て、配属するんです。毎年恒例の通過儀礼ですね」
「はぁ……」
つまり、俺は合格だから問題なしと。体を鍛えておいて良かった。筋肉、大事。
「真面目で成績も優秀でしたし、実戦で通用するだけの実力はあると聞いています。書類仕事もできるなら尚更、この団長直属の部隊に入ってもらいます」
「拒否権は……?」
一応、聞いてみた。
「あると思いますか?」
にっこりと微笑んだ副団長に俺の顔が引きつったのがわかった。いや、滅茶苦茶怖ぇよ。
「……よろしくお願いします」
中央騎士団団長アルフリード。炎を扱うことからイフリートと異名を持つ人の下に俺は付くことになった。
「そういえば、お前アリス嬢と付き合ってるんだよな?」
「そうですけど」
一息入れている時、団長から急に聞かれた俺は不審に思う。いきなり何だ?何の話だ?プライベートのことまで調べてるの?
「何で知ってるんですか?」
調査したからとか言われたらどうしようと戦々恐々していたら、そうではない答えが返ってきた。
「何でって王宮中に噂が広まってるぞ?」
俺は思わず、ぶほっと飲んでいたお茶を吹き出した。噂!?噂ってどんなのだ!?
「噂って何ですか?」
平静を装いつつ尋ねる俺だったが、その内心は嵐のように吹き荒れていた。そんなの知らない。全く聞いてないぞ!
この前会った時はあいつら、何も言ってなかったぞ?知っていたのだろうか。知らなかった可能性もあるが、知っていて黙ってた可能性もある。
頭の中で悪魔の角と尻尾を生やしたオズがにっこりと笑っている絵が浮かんだ。あいつならあり得るんだよな。絶対、噂を知らない俺を見て笑っていたに違いない。
「具体的にはどんな噂が広まっているんですか?」
王宮中に一体何が広まってるんだ。知るのも怖いが、把握しないのも恐ろしいこのジレンマ。
「おっ、知りたいか?知りたいよな〜?お前の噂だもんな?」
にやにやと笑っている団長にイラッときた。そう俺は上司相手でも断れるのだ。
「結構です」
ガシッと万力のように頭を締め上げられた俺は声にならない悲鳴を上げる。
痛い、痛い!ミシミシ言ってる!マジで頭割れるから!
「知りたいよな〜?」
笑顔で締め付けられ、俺は急いで首を縦に振る。
「そうだよな!」
この人、大人気ない。精神年齢、子供か!
嬉しそうな団長とは裏腹にようやく解放された俺は涙目である。頭がまだ痛い。孫悟空の気持ちがわかった気がする。
そして、団長が自慢げに話す内容に俺は頭を抱えたくなった。俺とアリスが付き合ってるという噂だけなら良かった。だけど、一番問題だったのが
「本が出てる?嘘ですよね?」
聞き間違えたのかと思って、俺は思わず聞き返した。いや、誰か嘘だと言ってくれ。むしろ、幻聴が聞こえたに違いない。そういうことにしたい気持ちでいっぱいだった。
「婚約者がいる身で恋をし、苦悩する少女。婚約者は他の女に魅了され、婚約破棄されそうになるも、その危機に諦めようとした人が現れ、颯爽と助ける。無事付き合えることになり、ハッピーエンド。みたいな話が今、王宮で大人気だ」
俺は遠い目をして、現実逃避をする。
「女が好みそうな話だよな」
笑顔でグッと親指を立てる団長に俺は本気でイラッときた。本日二度目である。
あの後、気になった俺はその本を入手し、読んでみたが、読んだことをすぐに後悔した。
「誇張されすぎだろう!」
最早、別物になっている。いや、こいつ誰?みたいなことになってるし。これ、俺じゃないぞ!俺な訳あるか!登場人物は美化されているし、大分脚色されている。俺達がモデルなんだなと薄っすら察せるレベルである。
読むのが苦痛になったが、頑張って最後まで全部読み切った。読みたくはないが、自分のことを書かれたものを知らないのも何か嫌だ。俺はあまりの恥ずかしさにベッドの上で悶絶した。
「あの、大丈夫ですか?」
「大丈夫ですよ。ちょっと疲れてるだけです」
いや、本当に癒されるわ。今、俺はアリスとデート中だ。溜まっていた仕事の疲れが徐々に取れていくのがわかる。
「これ、作ってきたんです!」
アリスが差し出したのはバスケット。
「迷惑でしたか?」
「いや、嬉しいよ!」
びっくりして固まっていたらアリスの顔が曇り、俺は慌てて否定する。まさか手作り弁当を食べられるとは。アリスは貴族だから料理なんてするはずがないと思い込んでいた。その先入観は良くないよね。俺はきっとこの時のために今まで生きてきたに違いない。
「そうだ。知ってますか?最近、話題になってる本があるんです!友達から借りて読んだんですけど、何かすごく私達と似ていて共感しちゃいました」
「へぇ〜、珍しい偶然があるものですね」
それ、俺達がモデルです、とは言えなかった。世の中知らない方が幸せなことってあるよね。
ちなみに、アリスが作ったサンドイッチは美味かった。
そして今、現在。第一王子のカイン殿下と2人っきりでお茶してる。
何だ、この状況。どうしてこうなった!?俺は心の中で叫んだ。
そもそもの始まりは昨日のことだ。それは唐突に現れた。
「こんにちは」
書類仕事をしていると、第一王子のカイン殿下が部屋に現れたのだ。
「……へっ?」
「あぁ、そういえば今日だったっけ?忘れてたわ」
書類から目を上げた団長がそう呟く。
「何を忘れたんですか?」
副団長の氷のように冷たい言葉に団長と俺は反射的に顔を背ける。
吹雪いてる!後ろでブリザードが吹雪いてるから!今、後ろを振り向いたら駄目だから!氷の微笑みと言われる笑顔は女子には受けがいいかもしれないが、俺達にはそうじゃない。むしろ、命の危険を感じるからね!?
「こんな大事なことを忘れてたなんてないですよね?」
「もちろんだ!冗談に決まってるだろう?」
あはははと渇いた笑みを浮かべる団長。むしろ空気が悪化してるからやめて、団長!気づいて!
「ですよね。忘れてたなんて言った暁には氷漬けにしようかと考えましたよ」
ふふふと笑う副団長の目が笑ってない。あれは本気だ。
命拾いした団長の顔は安堵よりも恐怖で引きつっていた。
「では、よろしくお願いしますね」
これまでのことを綺麗にスルーした殿下はにっこりと微笑んだ。
あれを全部スルーするとはスルー能力高いな。これが魑魅魍魎とした社交界を生き抜く術か!
「ところで、私はまったく事態に付いて行けてないんですが」
何で殿下がここに来るんだ?俺にはさっぱりわからないんだけど。
「あぁ、言ってませんでしたか。殿下は今、次期王太子として様々な現場を見学、体験しているんですよ。いずれトップに立つ者として現場を知らなくてはいけませんからね。この経験を国王になった時に活かすという名目で始められた伝統行事で、今日から騎士団で働いてもらいますので、アルト君もよろしくお願いしますね」
「はい」
あぁ、もうすぐ立太子するのか。学園を卒業したし、本格的に後継者として育てるんだなと俺はこの時、軽く考えていた。関わるのは団長達で、俺はサポートやフォローするだけだと考えていたからだ。まさかあんなことになるとは予想してなかった。
「アルト君か。今度、一緒にお茶をしようよ」
「それは是非」
社交辞令だと軽く聞き流していたが、殿下は本気だったらしい。いや、俺は平民で、殿下は王族だぞ!?当然、社交辞令だと思うじゃん!?
そして、今に至るのだが。
何でこんなことになってるんだ!アリスの元婚約者とアリスの恋人がいる構図ってどう見てもやばいだろう!何で俺は誘いに乗ったんだ!何であの時断らなかったんだよ!?
いや、無理だよ!殿下の誘いを断れねぇよ!断れる訳がない!
やばい。お茶の味がまったくわからないぞ。恐らく、高級なお茶で美味いんだろうけど、水のような、むしろ泥水のような味しかしない。
「学園では迷惑をかけたね。あの時は止めてくれてありがとう。改めて謝罪と感謝を」
王族である殿下が頭を下げた。
「いえ!」
俺の胃がやばい。これは胃に穴が空くかもしれない。後で胃薬を飲もう。
「いや〜、魅了されるのってあんな感じなんだね。いい経験になったよ」
殿下は笑っていたが、俺は渇いた笑みを浮かべるしかなかった。いや、全然笑えないから!笑えないからね!?誰か助けて!ヘルプミー!
その時、廊下に見覚えのある人影が見えた。
オズ!
その姿は俺にはもう救いの光にしか見えなかった。だが、こちらを眺めていたオズは状況を察し、俺と目が合わすと輝かんばかりの笑顔で頑張れ!と応援された。そのままオズは一度も振り返らずに立ち去った。こちらの状況も助けを求めてることもわかってて、見捨てて行きやがったぞ、あいつ。本当にもう友達、やめようかな……。
「自分なんだけど、自分じゃない自分が動いてる感じかな?魅了状態って何の疑問も抱かずに彼女のために奉仕する人形になるんだね。戻った今だからわかるけど、魅了された状態の自分がすごい違和感があって気持ち悪かったよ」
確かにあの変わり様は別人のようだった。
「今、アリスと付き合っているんだって?」
うぐっとお茶が気管に入り、咳き込む。まぁ、王宮中に噂が広まってるみたいだから殿下の耳にも当然入ってるよな。にしても、直球で来たな。意外だ。もっとこう遠回しに聞いてくると思っていた。
「単刀直入に言うとね、君が本当にアリスに相応しいかどうか見極めるために呼んだんだ」
にっこりと殿下は笑ったが、目は真剣だった。緊張のあまり、俺の背中は汗でびっしょりになっていた。
「他の女の子に魅了された情けない僕だけど、大事な幼馴染みだからね」
幼馴染みか。まさか別れろとか言わないよな?このお茶会ってそういうことなの!?
「別に心配しなくても別れろなんて言わないよ。恋愛感情は一切ないから。僕にとってアリスは姉のようなものだからね」
「姉ですか……」
アリスは殿下のことはただの幼馴染みで、恋愛感情はないと言っていたが、殿下の方はわからない。もし殿下がアリスのことを好きなら……敵う気がしない。勝てる要素が一つもないからな。
「アリスはいい子でしょう」
「はい」
それには強く同意する。
「大切にしてね。僕みたいに他の女の子に目を向けたら駄目だよ」
「はい!それはもちろん!」
言ってから気づく。やばい。これ、不敬じゃねぇ!?
「君って意外と天然だよね」
「天然ですか?」
えっ?天然か、俺?言われたことないんだけど。
「うん。まぁ、いいか」
その後、何かよくわからないが、認められたらしく、楽しく会話して、普通にお茶会は終わった。
すごい疲れたけど、あれで認められたのか……?
アルトの受難はこれで終わった訳ではなかった。彼の苦難はまだ続く。