モブ、異変を感じる。
不穏な空気が出る今話。
少し話が動き出します。
「遠征も無事に終わりそうだな」
俺はチビチビとお酒を飲みながら呟く。今、飲んでいるお酒はかなりきつい。寒い地域であるため、アルコール度数が高いお酒が多いのだ。これでも弱いのを選んだのにいつも飲むものよりずっと高い。
「もっと弱い酒はないの?」
オズは強い酒は苦手のため、嫌そうな顔をしていた。こいつは意外と甘い酒が好きで、女子が好みそうな酒をいつも飲んでいる。反対にエドは地元であるためか、強い酒を平然と飲んでいた。
「何で僕がこんな遠征に来ることになったのか、わからないんだけど。今の情勢なら戦争は起きないんじゃないの?」
研究途中で連れて来られたことを根に持っているオズは未だに納得がいかないらしい。インドア派であるオズにとっては訓練が思った以上にきつかったのもあるだろう。不平不満が溜まっているようだ。
「まぁ、確かに今は戦争の兆しはないな」
ラーヴェは過去、戦争を仕掛けて来たこともある国である。今現在は平和条約を結んでいるし、特に問題は起こっていない。だが、友好国かと言われると微妙としか言えない。敵国ではないが、だからと言って完全な味方とも言い難いというのが今の現状だろう。向こうはこの国とは違って、過酷な環境らしいので、豊かな我が国を手に入れようと侵略を繰り返した過去がある。ここ、東部最大の街カインズですらこの寒さには堪えるのだ。更に東側がどうなっているのかは想像できる。
「そもそもさ、この遠征自体が何か変だよね?僕が派遣されたこともだけど、他にも怪しい点が盛り沢山だし」
オズの発言に俺とエドの視線が絡み合う。個室を借りているとは言え、どこまで話して大丈夫なのか測り兼ねたからだ。
「確かにそう思うが、下っ端の俺達には関係ない話だろ」
あまり掘り下げない方がいいだろうとここで話を切ろうとしたが、エドはそう思わなかったようだ。
「お偉いさんはそう思っていないようだ。どうも先のスタンピードは人為的じゃないかと疑っているようだったし」
この酒場はエドのおすすめのため、話しても大丈夫だとエドが判断したのなら俺は何も言わない。
「今回の遠征は不可解なことが多すぎる。そもそも兄が王宮にまで来たこともそうだが、今の東部はきな臭いことになっているのかもしれない」
生まれ育った場所だからこそ、エドは異変に感づいているのかもしれない。
「やっぱりそうなのか」
できれば知りたくなかった。俺が東部に派遣されたのって偶然だよな?何か期待されてとかじゃないよな?違いますよね、団長!?王都にいる団長に向かって心の中で叫ぶ。
「そういえば、気になっていたことがあるんだよな」
面倒事は御免であったため、気にしないようにしていたが、エドがそう思うならこれも大したことじゃないと流さない方がいい気がする。
「何がさ」
オズが視線で促してきたので俺は話を続ける。
「噂なんだけど、何か変な魔物を見たっていうのが街で広まっているんだよ」
「変な魔物?それってどんななの?」
何それとオズは顔をしかめる。
「さぁ?俺がその噂を聞いた相手も又聞きだったから詳しくは知らないみたいだけど、街では結構広まっているんだよね。ただ、俺が気になったのは何故、変な魔物なのかだ。何でそう表現したのか」
ここが一番気になった所だ。噂を辿ろうにも与えられた自由時間では足りないし、初めて来た場所故に伝手もない。そもそも知り合いがいない俺にこれ以上の情報はない。
「つまり、変なと言うってことはここら辺では見たことがない魔物ってことだな?」
エドはすぐに俺が言いたいことを察した。
「そう、知っている魔物ならそうは言わないだろ。わざわざそう言ったってことは彼らが知らない魔物がいたってことなんだろう」
魔物は縄張りを持つものが多い。徘徊型のもいるが、魔物の変動があったとは聞いていないし、討伐に出た際にも特に問題はなかったと思う。
「こちらにそんな報告は挙がってこなかったが、調査した時には見かけなかったのか?」
そう呟いたエドが深く考え始めたので俺とオズは黙ってお酒をチビチビと飲む。
「確かにそれは気になるな。こっちでも少し探りを入れる」
騎士団で把握してない情報が街で噂として広がっているのも不自然だが、とは言え、俺達ではこれ以上は無理である。地元であるエドなら何か掴むかもしれないが。
話はこれで終わり、ただの噂話を話しただけとなるはずだった。
それは突然の知らせだった。
「未確認の魔物に襲われた!?」
エドが持って来た情報に驚きを隠せなかった俺は思わず叫んでしまった。強張った顔のエドが突然、俺達を呼び出し、オズに結界を張るように言ったため、何かが起きたとわかっていたが、それでも驚く。あの噂は本当だったのか。
「どうも噂は貧民街の者達から広がったらしい。生活のために森で採取していた者が複数目撃していた。ただ騎士団では目撃情報がなかったのは確認済みだ。だがつい先程、魔物討伐に向かった部隊が負傷した状態で帰還したことで発覚し、あの噂は事実と確認された。その者達の話によると見たことがない魔物だと口を揃えて言っている。ちなみにこれは箝口令が敷かれているから口外するなよ」
そんな情報を持って来るなよ!?何で俺に言うんだ!?
「何だ、この噂を気にしていたアルトには言うべきかと思ってな。後、父上がお前に礼を言うと」
「おい!?」
カインズ辺境伯に礼を言われるとかやめてほしい。
「仕方ないだろう。噂の出所を確認して、複数の証言が得られた以上、報告せざるを得ない。その発端になったお前の話もな」
いや、エドが聞いたでいいだろう?俺の話する必要ある!?
「つまり、未確認の魔物がいるってことでしょ?強さは?」
確かにどれぐらいの脅威なのかで今後の対応が変わるだろう。俺達にも影響が出る。
「その部隊の強さは特に可もなく不可もなく普通だ。いつも通りなら問題なく対処できた。ただ急な襲撃に対応できず、何人かは負傷、また取り残された者もいるらしい。今、捜索隊が組まれている。ただ犠牲になった者もいて即死だったと」
犠牲者が出た以上、調査隊が組まれ、最終的には討伐隊が組まれるだろう。
「その魔物の情報は?」
俺の質問にエドは答えにくそうな顔をした後、こう言った。
「わからない」
「わからないって何さ?実際、見たんじゃないの?」
オズの言う通り、実際に襲われたなら見たはずだ。わからないはずがない。
「見たが、情報が錯綜してる。言うことがバラバラなんだ。ある者は獅子だと言うし、ある者は大猿だと言う。他にも色々と言っていてどれが本当なのかわからない状態だ。とりあえず、目の前で仲間が死んだということもあって混乱しているようだし、明日もう一度話を聞くことになったが」
「何それ。本当にバラバラなんだ。複数の動物の特徴を持つ魔物はいるけど、獅子と大猿って二足歩行と四足歩行なんだけど」
グリフォンとか複数の特徴を持つ魔物はいるが、もしかするとこれは思った以上にやばい事態なのかもしれない。もうすぐ帰れると思っていたのに、この状態だと帰還はこれが解決した後だろうか。前回のスタンピードみたいに団長がいる訳じゃない。とは言え、東方騎士団もいるし、オズやエドもいる。何とかなるかとこの時の俺はそう思っていた。だが、事態は急変する。




