モブ、遠征に向かう。
新章「遠征編」が始まります。
舞台は東部地方です。
「だんだん寒くなって来たな」
我が国の東部地方は険しい山が多く、王都よりも気温が低いとは聞いていたが、それでもこうやって体感するのはまた別だ。そういう気候だからか、無駄が省かれた質実剛健って感じの文化が築かれている。建物も洋服も人も。反対に西部地方は気温が暑く、また海にも面しているため、旅行として行く貴族も多い。夏は東部、冬は西部とは有名な言葉だ。是非とも夏に来たかった。何で秋なんだ。冬になる前でも東部に近づく程冷えてくるらしいと聞いていたが、今のこの時点でかなり涼しいのだから到着したらどれだけ寒いのか、今から戦々恐々である。
「そうだね。僕、西部が良かったよ。これよりもずっと冷えるとかマジなの?」
オズも俺と同じことを思っていたらしい。体力のない魔術師は馬車や馬に乗っていることが多いが、オズは馬に乗れないため、幌馬車に同乗していた。気難しいオズの扱い方をよくわかっている俺がオズの近くに配置されるのは必然的であり、こうして隣で歩く羽目になった。ちなみに基本的に新人は徒歩である。お偉いさんは馬車だが、普通の騎士は馬に騎乗している。
「ここよりも寒いらしいけど、肌寒いなら防寒着をもう着ておくか?」
「まだいい。あぁ~、研究したい!」
研究を途中で放り出してきたからかオズの機嫌が悪い。その気持ちはわかるが、声に出さないでほしい。
「まだまだ目的地は先なんだから、無駄に体力使うなよ。後で知らないぞ」
先が長いため、こうやって話せる相手がいるのは助かる。にしても、うちの国って本当に広いんだなと俺は実感していた。勿論、地図を見たこともあるからどれぐらい広いかを知ってはいたが、それでもこうして歩くとその広大さがわかる。冒険者をしていたとは言え、俺の実力では近場での狩りが精々であった。情報収集して、準備万端に整えてからしか依頼を受けなかったから、こんなに遠くに来たのは初めてだ。もう初めて見る景色ばかりで面白い。だが、そんな景色もオズには楽しいものでもないらしい。魔法の研究しか頭にないオズには退屈なのだろう。
「そういえば、アルトの恋人もこの遠征に来ているんだっけ?」
「あぁ」
オズの質問に頷いた俺は数週間前にアリスから告げられたことを思い出す。アリスやエドはここじゃない場所に配置されているからまだ顔を見てないが、どうも顔見知りで固められているように感じる。何か意味でもあるのか?おまけに他の遠征部隊よりも腕が立つメンバーが多い気がするのも俺の気のせいじゃないだろう。何かピリピリしているような気がする。下っ端である俺には関係ないことかとこれ以上は深く考えなかった。それよりも東部の料理ってどんな感じだろうとか、それにどうやら温泉があるらしいと聞いた元日本人である俺のテンションは爆上がりで、先程まで考えていたことなど空の彼方であった。
「ようやく着いたな」
「本当にね。ベッドが恋しい」
そう言うオズの顔は死んでいた。街で宿を取ることもあったが、当然ながらこんな大所帯では全員の分までは確保できない。また訓練も兼ねているため、下っ端は野宿が多かった。オズは魔術師とは言え、新人だからか俺と同じ待遇であったのには結構驚いた。野宿など体験したこともなさそうな温室育ちのオズにはかなりきつかったようだ。魔術師でも体力は必要だからこそ、この待遇なのかもしれない。
「もう嫌だ。硬い地面の上で寝るなんてもう御免だ」
大分精神が削られているオズはいつものふてぶてしい態度が鳴りを潜めていた。これはかなり疲れているな。
目的地に着いた俺達は整列させられ、傾聴する体勢を取る。もうこのままここで解散してもいいんじゃないかなと思うも声には出さない。
「今日は東方騎士団の宿舎で泊まる。わかっていると思うが、これは好意で貸してくれていることを忘れるな!」
今回の遠征部隊の隊長が疲れ切った俺達に釘を刺す。
「ここには遊びに来ている訳ではない。羽目を外せばどうなるか、わかるな?」
眼光鋭く睨まれ、震え上がる新人隊員を見た俺は早く休みたい気持ちでいっぱいだった。
「まだなの?」
オズ。気持ちはわかるが、声に出すな。
それから注意事項を訥々と述べ、解散になった頃には皆元気がなかった。所属期間が少ない程、目が死んでいる奴が多い気がする。俺はまだ体力的には大丈夫だが、流石に精神的な疲れが溜まっていた。こんなに長い旅は初めてである。余裕があるのもあの地獄の訓練を耐えたお陰かと副団長に感謝した。もう二度と経験したくはないが。あれは一度だけでいい。
東方騎士団との合同訓練が何回か行われて大分ここにも慣れた頃、アリスと会った。ちょうどオズやエドと会って話をしていたところに出くわしたのだ。
「ようやく会えましたね」
「まぁ、部隊が違いますからね。仕方ないですよ」
オズとは同じ部隊だったが、アリスとは違う部隊であったため、今まで接点がなかった。
アリスがオズやエドとも挨拶している姿を俺は眺めていた。貴族である三人は当然顔見知りで、学園で俺が友人として紹介したのもあって仲良くしているようだった。何か俺だけ場違いに見えるのは気のせいだろうか。これが貴族のオーラって奴かな?
「そういえば、あれからフルーツの皮剥き上達したんですよ!機会があれば見せてあげますね」
満面の笑みで告げられたことに一瞬俺の思考が止まった。えっ、練習したの!?いやいや、待て待て。機会があればって俺、治癒魔法は使えるとは言え、大したものは治せないし、切断された指をくっつけるなんて無理だぞ!?
「フルーツの皮剥き?」
何の話かわからなかったオズが首を傾げていた。
「はい、お見舞いにフルーツを持っていた際に皮を剥こうとしたのですが、上手くできなくて」
「へぇ~、魔法で剥けば?簡単だよ?」
「いや、何でだよ!普通、ナイフだろ?」
思わずオズの言葉に突っ込んでしまった俺は悪くない。誰が魔法で剥くなんてするんだ。いる訳ないだろ。というか、全然簡単じゃないし。お前、どれだけ繊細な力加減が必要だと思っているんだ。できる奴なんて一握りしかいないに決まってる。その冗談をアリスが本気にしたらどうするんだ。
「えっ?」
「えっ?」
オズの驚いた顔にむしろ俺が驚く。何で驚くの?俺、普通のこと言ったよね?常識じゃん!?
「まさか魔法で剥いているとか言わないよな?」
そんなことしてないよね?当然否定するよな?むしろ、そうだよね?
「何が問題なのさ。別に魔法で剥こうがいいでしょ」
フンとそっぽを向いたオズに俺の顔が引きつる。高度な魔法操作技術を何でそんなことに使っているんだ。無駄使いじゃないか。もっと有意義なことに使えよ!そう思った俺は悪くない。案の定、エドも呆れた顔をしていた。だが、アリスは違った。
「凄いですね。なるほど、魔法でやるとは思い付きませんでした。今度、試してみますね」
試す?何で!?
ギョッとした顔で振り返るもアリスは最早やる気に満ち溢れていた。これは止められそうにない。いや、まだ止められるかもと俺は言葉を振り絞る。
「アリス、フルーツはナイフで剥くのが普通ですよ?」
常識という言葉を振りかざすもすぐに叩き切られた。
「いえ、魔法の練習にもなると思うのでやってみます」
その言葉にもう俺は何も返せなかった。アリスの言葉にドヤ顔をしていたオズを睨みつける。オズの馬鹿野郎!
王都からこの東部に来たアルト達。
そこで彼らはどんな経験をするのか。
お楽しみに。




