モブ、新たな問題に直面する。
新章突入です!
と言いたいところですが、この章は短いです。
次章のための幕間みたいな話です。
嵐のような顔合わせが終わり、ようやく待ち望んだ平穏が戻ってきたが、そうは問屋が卸さなかった。
「へっ?隣国から留学して来るんですか?」
団長から告げられたことは隣国のラーヴェから王女が留学して来るって話だった。年頃の王女を留学ってそれ、確実に……。
「お前の予想通りだよ。婚約破棄したことで王太子妃の席が空席だからな。あの騒動の後だからすぐに次を決める訳にもいかなかったし」
王太子は罰として国王陛下直々に仕事を任され、厳しく指導されたらしい。噂では他の者も似たような罰だったらしいけど。その後の彼らは顔つきが変わっていたと噂で聞いた。学園内ならまだしも王宮内で遭遇することなど滅多にない。でも、そういうことなら今回留学して来る王女は王太子妃になるかもしれないってことか。
「まだ決定事項ではないぞ?ただその可能性があるってことだ」
まぁ、実際に会ってみないことには性格も相性もわからないだろうし、別に他国の姫を迎えなければいけない積極的な理由もない。あの騒動で立候補する令嬢がどれだけいるかはさておき、今の王太子殿下は優秀な方である。いや、本当に元の王太子殿下に戻って良かったと心底思う。
「向こうはその気で乗り込んで来ると思いますが」
副団長がぼそりと呟いた言葉に俺も団長も黙り込む。
「そうだよな~」
団長のその反応に俺は首を傾げた。
「何か問題があるんですか?」
団長のあまり乗り気じゃなさそうな態度に俺が知らない事情でもあるのだろうか。
「まぁ、色々とな」
言葉を濁されたのでそれ以上は突っ込まなかった。下っ端の俺は知らないことがいいことなんだろうと判断する。
「アルト、お前気を付けろよ」
真剣な顔で団長が言ったことに俺は少し驚いた。
「俺ですか?」
何で?と顔に出ていたのか、団長は渋い顔をしてこう言った。
「自覚がないようだが、お前は結構目立っているからな?特に元王太子殿下の婚約者であったご令嬢と付き合っているし、もしかしたら何かちょっかいを出されるかもしれん」
ちょっかい……。そんなまさか。
「いやいや、あり得ないでしょう。隣国の王女殿下が平民である俺なんか気にも止めませんよ。俺、平凡な騎士ですし」
「いや、お前のどこが平凡なのか激しく問いただしたいが、まぁこれ以上言っても推測だしな」
団長は頭をガシガシと掻くと、それ以上この話題は出さなかった。
だから、俺はすっかり忘れていたのだ。折角団長が注意したのに、能天気に自分には関係ないと思い込んだ俺は何の対策も講じないままその日を迎えてしまったのだから。
隣国の王女殿下が留学して来たからってこちらの仕事は変わらない。警護は近衛騎士団が行うし、俺達中央騎士団の仕事は王都の治安維持だ。だから、関わりがないはずだった。
団長の使い走りで王宮を歩き回ることが多い俺は例の王女殿下を見かけることがあった。王太子殿下と並ぶ姿はお似合いである。王太子殿下は金髪だったが、隣国の王女殿下は黒髪だった。黒髪って懐かしいなと思いつつ、頼まれた用事を思い出して慌てて急ぎ足で向かう俺だったが、ふと視線を感じて振り向いた。
ゾクッと悪寒が走った。隣国の王女殿下がこちらを見ていたのだ。その吸い込まれそうになるくらいに真っ黒な目で。視線が合ったのも一瞬で、さっきのは錯覚だったのかと思う程度に短い時間だったが、それでも錯覚じゃない証拠に俺の体は冬でもないのに震えていた。
頼まれた用事を終えて団長の元に戻ると、俺の顔色が相当悪かったのか団長だけじゃなく、副団長にまで心配された。とは言え、隣国の王女殿下と視線が合ってビビりましたとはそんなこと言えない。俺とは初対面のはずなのに、何であんな憎悪に満ちた目で見られたのかわからなかった。いや、むしろわからないことが怖い。俺の知らないところで恨みを買ったのだろうか?そもそも接点すらないのに?
あんな底が見えない深海を覗き込んだような目を真っ正面から見てしまったからか、俺は近々悪いことが起こるんじゃないかと予感した。それはまるで深淵を覗いているような気分にさせられて心底恐ろしかった。悍ましい何かを見てしまったかのような……。
このことを誰にも打ち明けることができずにいた俺だったが、それを後悔することになる。もし言っておけばあんなことにはならなかっただろうと。
「うわぁ〜、何その酷い顔」
俺と会って早々、オズは顔をしかめた。人の顔を見た途端に失礼な奴だな。
「言うな」
もう散々団長や同僚に言われたし、自分でもわかってるから。鏡を見れば酷い隈をした俺が写るのだから。それはもう酷い顔をしていると自分でも思っている。
「ちょっと睡眠不足なだけだ」
「へぇ〜、ちょっと睡眠不足ね」
全く信じてない顔で復唱される。いや、確かにその言い訳は自分でも無理があると思うよ。
「いや、その、少々悪夢を……」
そう言って目を逸らす俺にオズは誤魔化されなかった。相変わらず、言いづらいことをズバッと聞いてくる。
「それ、一体どんな悪夢さ?そんな軟弱な精神してないでしょ」
オズの言う通り、俺もそう思っていたし、自分でもびっくりしているのだが、これが眠れなくなる程に怖いのだ。
「あんまり覚えてないんだけど、とりあえず底無し沼のような目だけは覚えてる」
一番に思い出すのがそれだ。それ以外はぼんやりしていて思い出せない。悪夢だったことはわかるのだが。
「目?何の夢なの、それ。意味不明なんだけど。そんな悪夢、聞いたことないし」
オズが不思議そうに首を傾げる。
そうだ、あの目。前に見たことがある。そう、あの隣国から来た王女殿下の目のような……。
そこまで考えて俺は頭を覆いたくなった。これは完璧にトラウマ化している。何でそんなに恐れるのか自分でもわからない。ここまで酷くなるとは思ってもいなかった。まるでクトゥルフ神話みたいに底知れない怖さがあるのだ。
「やっぱりこれ、精神的なものかな?」
医者からは睡眠薬を渡されたが、それでも心配した周りから宮廷魔術師の診察を勧められた。悪夢の原因が精神的なものではなく、魔法関連である可能性が疑われたので、こうして今オズの所に来た訳だ。
オズと話したことで少し余裕ができた俺は辺りを見回す。オズに与えられた研究室はもうオズ好みの仕様へと模様替えされていた。研究のために借りたであろう本が机や床に山積みされているのを見て、これ絶対に図書館に返してないんだろうなと思う。今頃、司書さん困っているんじゃないか?
「睡眠薬貰ったんじゃないの?」
ここに来る前に当然医務室に行ったでしょ?と聞かれたので答える。
「貰ったけど、全然効いてないんだよな」
胃薬の時も思ったけど、どうやら俺はそういう体質らしい。
「何で?」
オズに真顔で尋ねられて俺は苦笑する。普段は冷たい癖に、こういう時は心配するオズに何とも言えない気持ちになる。本当に俺のことを心配しているのがわかったから心がくすぐったくなった。俺は確かに宮廷医師から処方された薬を飲んでいた。だから普通なら効くはずだった。
「薬が効きづらい体質だろうって言われた。一時期、食べ物に困って色々と食い漁ったからその時に耐性が付いたみたいで」
両親を亡くした俺は冒険者の仕事で何とか食い繋いでいたが、その当時は子供だった。当然、最初は満足に生活できなかったからそこら辺にあるものを何でも口にしていた。それこそ毒でも何でもだ。そもそも毒かどうかなんて知識のない俺にはわかるはずもなかった。実際に何度か毒に当たって死にそうな思いをしたこともある。そのせいか、体は丈夫になったように思える。まさかそれが後々、こうなるとは思ってもみなかったけど。毒と薬は紙一重、つまり毒の耐性があるということは反対に薬が効きづらいということだ。
「そう。そんなアルトにちょうどいいものがあるよ」
そう言ったオズは散乱した本や資料の山を動かし、何かを探し始めた。本や資料が山積みされている所を探しているオズの姿は見ているこちらが怖い。いつ、どの山が崩れるかと心配しながら俺はハラハラしながら見ていたが、ようやく目的のものを見つけたのかオズの動きが止まった。山が崩れなかったことに俺は安心する。
「あった。これだよ」
はい、と手渡されたのはイヤリングだった。シンプルなデザインで男女どちらでも付けられそうだ。
「これが?一体何の効果があるんだ?」
魔道具の一種なのはわかるが、何の効果があるのかは見ただけではわからない。鑑定の魔法を使うより聞いた方が早いだろうと思った俺はオズに尋ねた。
「例の魅了事件で危機感を抱いてね、何か対策ができないかと研究して出来上がった試作品なんだけど、もう使う機会もないし、アルトにあげるよ。僕の魔力量だと自前で撥ね返せるし」
確かに魔力量が多いオズには精神に作用する魔法はかかりづらい。本来ならこういう魔道具はオズには必要ないものだ。なのに研究とは、本当に素直じゃないな。俺はそんなオズの言葉に思わず笑みが浮かんだ。
「あれはかなりレアなケースだし、魅了なんて今後ないだろうから他の機能も付けておいた。精神を安定させる作用があるからきっと役に立つよ」
更にオズから詳しく効果を聞くと、今の俺にぴったりのものだった。
「有難く頂くよ」
「ふん、感謝するといいよ」
相変わらずのツンデレぶりに俺は苦笑するしかなかった。




