モブ、上司である団長の本気を見る。
スタンピード編もこれにて終幕です。
中央騎士団とは王都にある騎士団のことだ。国境にある地方騎士団とは違い、花形の職ではあるが、かなりの激務であるため、様々な能力が求められる。その仕事はモンスターの討伐も含まれるが、専ら犯罪の取り締まりが多い。だが、今代の団長の座に就いたアルフリードが得意とすることは違う。彼は歴代の団長のように徐々に昇進した訳ではない。また王都で開催される闘技大会で優勝した訳でもない。彼はスタンピードをほぼ一人で止めた英雄なのだ。その功績から団長の座に就いた。そう、スタンピードの恐ろしさを一番理解している人でもあった。貴族のくだらない争いを横目に陛下から直接許可を貰い、すぐに人員を編成して出発していた。横槍が入ったことで予定より到着が少し遅れたが、それでも何とか大群の侵攻が開始された直後に到着した。間に合ったのだ。
アルフリードはすぐに部下達に指示をし、迅速に対応した。冒険者だけでは突破されていただろうが、騎士団のお陰で戦線は何とか保たれた。そこで今回の災厄と出会うことになる。
アルフリードは今回のスタンピードに疑問を思っていた。それは今までの経験からしても、あまりにも全ての点で早すぎるということだ。そもそも、変調を感じてなかった場所からいきなり発生したこともそうだが、何より王都に近い場所というのが気にかかる。自然に発生したのではなく、人為的ではないかと思う程度には疑わしい点があった。原因を追究する前に今のこの現状をどうにかしないといけないとアルフリードが意識を切り替えた時だった。
ぞっと悪寒が走る。戦場の時が止まったのを感じる。そう、この場にいる誰もが感じたこの強烈な覇気に動きを思わず止まってしまった。それは致命的な隙ではあったが、敵であるゴブリンの動きも止まっていたために命拾いしていた。だが、そんなことよりもこの覇気を出す者が問題だった。
「おい、あれって……」
ある冒険者の呟きが静かな戦場に響き渡る。誰もの脳裏に十年前の悲劇が過ったことだろう。それは明らかに他のゴブリンとは違うオーラ。上位種なのは明らかであった。
「ユニーク個体か?いや、名前持ちか?」
アルフレードは自分の口から思わず漏れた言葉に違うと直感的に思った。それだけではないと。更に上となれば、能力持ちの可能性がアルフリードの頭を過った。流石にそれはないとはあの存在感を前に言い切れなかった。前回のスタンピードは能力持ちではなかったが、それでも厄介な奴だった。災厄と呼ばれる程度には。それよりも与えてくる威圧感が上だと肌で感じる。
「俺が来なかったらやばかったかもな」
あれと戦える人間がいないとなれば、状況は絶望的になり、早々に彼らの心が折れていただろう。今回の諸悪の根源とも言える存在が前線へと出て来た。このままでは埒が明かないと思ったに違いない。戦場の勢いはこちらにあったのだから。
「あれは俺が相手する」
一歩前に出ると、恐らくユニーク個体であろうゴブリンキングはアルフレードの存在に気づき、目が合った。どうやらこちらのことを認識したらしい。そして一番の脅威だとも思ったのか、こちらへと向かって来る。
さっきまで騒がしかった戦場が静かになったことでアルフリードとゴブリンキングの歩く音しかしない。あまりの静寂に息すら聞こえそうだ。
アルフリードは油断なく見据えながら剣を抜くと、火を剣に纏わせた。これがアルフリードがイフリートと異名を持つ所以である。
その張り詰めた空気に冒険者も騎士団も全員が息を飲む。物音一つ立ててはいけないと緊張した空気の中、先に動き出したのはゴブリンキングの方だった。
ゴブリンキングが踏み込み、手に持っていた武器、メイスをアルフリードは体を逸らすことで避け、そのまま前に出て剣を振るう。ゴブリンキングはすかさず下がり、アルフレードの剣は空振った。ゴブリンキングは火を纏った剣を予想以上に警戒しているようだ。火を纏ったとは言え、魔剣に近い性質ではあっても正確には魔剣ではない。魔剣の方が威力は高いし、何より耐久性が違うのが大きい。魔法の火を纏わせるとは言え、剣に負荷はかかっている。これは思ったよりもてこずりそうだなとアルフリードは長期戦を覚悟した。
疲労困憊の体を引きずりながら戦線が開かれているだろう場所に向かうと、そこでは一騎打ちが始まっていた。
はっ?何故?スタンピードなのに一騎打ち?何がどうなれば一騎打ちになるのか、さっぱりわからない。スタンピードって一騎打ちのことだったっけ?
首を傾げるも見覚えのある顔が目に入った俺は驚愕した。
「団長?」
何故団長がここにいるのだろう?っていうか、何で団長とゴブリンキングが一騎打ちしているのか?疑問は尽きないが、無事に戻ったことを伝えないといけない。だが、誰もが一騎打ちに夢中で悲しいことに俺の存在に気づく者はいない。頑張って帰って来たのに泣きそうだ。いや、本当に泣くよ?泣いちゃうよ?
「あれ?アルトじゃん」
危機感のない声に振り向くと、そこにはオズがいた。何とも思ってない顔を見ると少々殺意が芽生える。いや、それは仕方ないよね。殺されかけたんだから当然だよね。あの判断が間違っているとは言えないが、それでも許すかどうかはまた別の話である。俺は悪くない。
「帰って来たのか。怪我はないか?」
オズの隣で一騎打ちを観戦していたエドが心配そうに声をかけて来た。これが普通の反応だよなとしみじみと思う。そう、この反応を俺は期待してたんだ。
「何とかね。まぁ、体は疲労で限界かな。明日、筋肉痛になるのは確定だよ」
乾いた声で答えた俺にエドは今の状況を説明してくれた。
団長の素早い判断により、到着した騎士団と冒険者達との戦闘中にあのゴブリンキングが出現。そして団長と一騎打ちとなる。ちょっと言ってる意味がわからないな。
「あの団長と戦えるなんて、やっぱりあの個体はユニークか」
例の、視線だけで死の恐怖を感じた奴だ。普通じゃないとは思っていたが、あの団長とやり合えるとは中々の実力者だ。団長が来てなかったらやばかったかもしれないな。お互いがお互いを一番の脅威だと認識したってところだろうか?それよりも気になるのは一騎打ちの間、他のゴブリンが身動きしないことだ。それだけ統制されているという事実に能力持ちだろうかと推測する。それなら色々と説明が付く。この異常な状況も全て。
戦況は最早団長に傾いていた。ゴブリンキングも確かに強いが、それでも時間が経つに連れ、今まで積み重ねられてきた戦闘経験の差が如実に現れてくる。勝敗が喫した時、他のゴブリンがどう動くのか読めない。
そしてそれは唐突に来た。団長の剣がゴブリンキングの首を斬り落としたのだ。決着が付いた。付いてしまった。その後の変化は劇的だった。ボスがやられてしまったのを見たゴブリンは恐慌状態へと陥った。やはり、あのゴブリンキングは精神に作用する能力持ちだったのかもしれない。
決着が付く前に騎士団や冒険者達に根回ししておいたため、被害は最小限に済んだ。というより、恐慌状態になったゴブリンは襲いかかるか、それとも逃走するかの二択で戦闘にすらならなかった。おまけに大半が逃走を選んだために負傷者はほぼいない。軽傷者が数える程しかいなかった。ここから先のことは中央騎士団の仕事ではない。逃げたゴブリンの駆除は冒険者の仕事だ。
こうして、唐突に起きたスタンピードは終わった。とは言え、疲労で限界だった俺は終わったことに気が抜けて気絶したため、後処理を手伝えずに王都へと戻ると締まらない最後ではあったが。
近い内にまた投稿します。
スタンピードが終わったその後みたいな話です。
出番がなかったアリスも出て来ますよ。




