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一目惚れした悪役令嬢を助ける。

 俺は人混みの中を必死にかき分け、中心に向かう。想定していた最悪の事態が起こってしまった。

「アリス、貴様との婚約を破棄……」

「ちょっと待ったー!」

 膝に手を付き、ぜぇ、はぁと乱れていた息を整える。

「何だ?貴様は……」

 人混みの中心では第一王子や有力な貴族の令息がある少女を囲み、アリスと呼ばれた少女を断罪しようとしていたところだった。

「間に合った……」

 色々と手回ししていたら時間を食った。でも、その甲斐あって準備は万端である。

「アルト……」

 茫然としたアリスの声が聞こえたが、今はこちらの対処が先だ。

「殿下、彼女がしたとするには証拠が不十分です」

「はぁ?急に何を言い出すんだ。実際にマリアの持ち物が紛失し、破損しているんだぞ。アリスがマリアを階段から突き落とす姿を見たという証言もあるんだ。どこをどう見たらアリスがやってないと言えるんだ?」

 周囲にいた者達も息を詰めて一字一句俺の言葉を聞き逃さないように待つ。

「持ち物の紛失と破損は誰かがしたのは確かでしょうが、彼女がやったという証拠ではありません」

 それだけでアリスがやったとは断定できない。

「なら!マリアが階段から突き落とされたのはどう言い訳するんだ!?」

「いつですか?」

「はぁ?」

 俺の冷静な言葉に殿下の気勢が殺がれる。

「いつ、どこで突き落とされたのかを聞いているんです」

 俺があまりにも動じないことに戸惑ったのか、殿下がたじろいだ。

「3日前の5時頃、東棟の2階からだ」

「えっ?」

 アリスの驚いた声が聞こえた。当然だ。彼女に犯行は無理なのだから。

「彼女の犯行はありえません。その日、彼女は王宮にいました。そうですよね?」

「えぇ、王妃様に呼ばれて……」

「ちなみに王宮にいた者からの証言もあります。嘘だと思うなら王妃様に確認されたらどうです?」

 その言葉に周りがざわついた。ここ学園と王城は馬車を使って移動する程度には距離が離れている。はっきり言って、アリスにその犯行はどうやっても無理だ。

「彼女がやったとするにはすべて証拠不十分です」

 そう俺は断言した。

「嘘よ!彼女がやったに決まってるわ!他に誰がやると言うのよ!?」

 今まで無言だった件の少女が口を開いた。確かに彼女の言う通り、アリスが犯人の筆頭候補者だろう。わかりやすい動機もある。だが、疑わしいというからと言う理由だけでやったとは言えない。

「それはもちろん貴方ですよ」

 俺は件の騒ぎの中心にいる彼女を見た。

「えっ?……私が自分でやったとでも言うの!?」

 そんなはずないと言いたげな顔で反論する彼女は焦っているように見えた。証拠はないはずだと思い込みたいのだろう。残念ながらもう詰みである。

「マリアがそんなことする訳ないだろう!?」

「そうだ!」

 殿下の言葉の後に他の令息も続く。

「証拠ならあります」

 その言葉に彼女の顔色が変わった。赤から青へと劇的な変化だった。

 マリアという少女と関わってからカイン殿下や他の令息達の様子が明らかにおかしいことを不審に思った俺は彼女を調べた。その時に仕込んでおいたのだ。

「鞍馬」

 俺の使い魔を。

 俺の呼び出しに応じた漆黒の烏が現れ、俺が差し出した腕に止まる。

「鞍馬はマリア嬢の側にずっと置いておきました。確か3日前の5時でしたよね?」

「なっ!?ちょっと……」

 マリアと言う名の少女が焦ったような声を出すが、俺は無視して鞍馬が見たものを魔法で写し出した。そこにはマリアが一人で階段から落ちる姿が写し出された。

「これでは証言というのも怪しいですね」

「嘘よ!そんな映像に騙されないで!こいつが捏造したに決まってるわ!」

「そうですか。では」

 マリアの反論を叩き潰すためにも俺は次の映像を流す。それはマリアが自分の持ち物を切り刻む姿だった。

「他にもありますが、今はここまでにしておきます」

 最早、マリアの顔色は真っ青だった。

「マリア、大丈夫か?貴様、マリアをいじめるな!」

 これだけ見せてもまだ解けないとは恐ろしい魔法だなと俺はドン引きしていた。

「ちなみにこの映像はしかるべき場所に提出してあります」

 当然、犯罪なのでちゃんと学園と騎士団に通報済みである。俺は善良な国民だからね。

「なっ!?何ですって!?」

 俺は右手をマリアに向けると、彼女の真下に魔法陣が展開された。

「貴様、マリアに何をするつもりだ!?」

「別に危害は加えませんよ」

 そう、これは魔力を封じるだけだ。それだけの機能しかないため、特に害はない。マリア以外には。

「抜かせ!」

 彼らが動く前に魔法陣が完成し、発動する。

「なっ、何よ!?」

「ただの魔力封じです」

 マリアの魔力を封じたからか周りの様子も一変した。ついでに周りのうるさい騒音も静かにさせるべく、彼らの足元に魔法陣を出現させ、雷の魔法で気絶させておいた。

 その時、ようやく手配しておいたものが来た。通報したことで動き出した騎士団だ。

「後はよろしくお願いします」

 彼ら騎士はマリアとカイン殿下達を連行して行った。

「これでこの騒動は終わりかな」

 証拠はすべて騎士団に提出してある。後は彼らの親が何とかしてくれるだろう。大事になる前に解決できて良かった。だが、そうは問屋が卸さなかった。

「アルト」

 背後からの声に俺は壊れかけた人形のように振り向くも。

「無事に解決できて良かったですね。それでは私は所用がありますので失礼します」

 相手の言葉を挟む隙を作らせず、俺はすかさず逃亡した。


 アリスは第一王子であるカイン殿下の婚約者であり、公爵令嬢だ。その高嶺の花に俺は一目惚れしてしまった。絶対に手が届かないとわかっている、不毛な恋である。

 そんな彼女と図書館で出会い、少しずつ話すようになり、魔法について議論するまでにもなった。

 そんな時、彼女の婚約者であるカイン殿下がマリアという少女に執着するようになった。いや、殿下だけではなく、有力な貴族の令息までもだ。今までの彼らからかけ離れた姿に学園は騒然となった。そして、だんだんと不穏な空気が流れ始めたのだ。それもアリスに対するものが。

 俺はマリアを探った。すると、それはもう彼女の悪行が大量に出てきたのだ。

 そして、カイン殿下が婚約破棄をするという情報を入手した俺はそれを阻止すべく、奔走した。その結果、無事に解決し、アリスを守りきれた。これが今回のお話。

 あの後、俺が睨んだ通り、マリアは魅了の魔法を無意識に使っていたらしい。彼らがおかしくなった原因はそれだ。他にもおかしなことを言っていたらしいが、故意的ではなかったとされ、死刑にはならなかった。とは言え、その危険性から魔力を封じられた上で学園を退学させられたと風の噂で聞いた。

 肝心のマリアと引き離された彼らだが、最初はかなり抵抗したらしい。彼女の側に長期間いたことで影響も大きかったのだろう。実際、あの時マリアの魔力を封じてもまだ魅了状態だったからな。だが、だんだんと元に戻った。以前の彼らに。そうしてすべてが元に戻った訳ではなかった。

「あの時、なぜ逃げたのですか?」

 笑顔なのに何故か恐ろしいと思わせるアリスに捕まってしまった俺はアリスから今までに感じたことがない圧をひしひしと感じていた。

「それは……所用が……」

 目立ちたくなかったからです、とは流石に言えなかった。その返答にキッとアリスに睨まれた。

 あの後、俺はアリスを避けた。それはもう徹底的に。そしてこれからも避け続けるはずだったのだが、焦れたアリスが強行手段に出た。俺を逃がさないように包囲網を敷いたのだ。見事な手腕だった。流石、次期王太子妃である。

 俺とアリスの2人っきりの今の状況に遠い目をしながら現実逃避していると、アリスが口を開いた。

「では、質問を変えます。なぜ私を助けたのですか?」

 この質問をされたくなかったから俺は彼女から逃げ続けたのだ。

「それはもちろん、国のためにですよ。あのままだと彼らはマリアの……」

「そういうことを聞きたいんじゃありません!」

 アリスが声を荒げたのを初めて見た俺は驚いた。

「そういうことを聞きたいんじゃないんです……」

 俯いた彼女がどんな表情をしているのか俺にはわからない。でも、いいものではないだろう。

「本当に国のためにあんなことをしたんですか?私を助けるためにじゃなくて……?」

 顔を上げた彼女は泣きそうな顔をしていた。もう誤魔化すのも逃げるのも無理だった。

 俺はアリスに告白するつもりは毛頭なかった。どうやっても届かないからだ。だから俺は友人としての関係を築けただけで満足だった。告白して、彼女との唯一の繋がりを失いたくはなかったのだ。だけど、彼女を泣かせてしまうくらいなら……。

「貴方を初めて見た時、可愛らしい人だと思いました。一目惚れでした。なぜ助けたのかなんて、答えは簡単ですよ。好きな女の子のためです」

 今まで目立たないように適度に力を抜いてきた。自分は平民だ。貴族より優秀だと面倒なことになる。目を付けられないように平穏な生活を送るために尽力してきた。だけど、彼女のためならそれを捨てられる。

 俺も彼らのこと言えないな。本当に恋とは厄介な病気だ。だけど、彼女を好きになったことも、今までの平穏な生活を捨てたことも後悔はしないだろう。

「私もアルトのことが好きです」

 その言葉を聞いて泣きそうになった。それだけで俺は満足だ。

「これで私達は恋人ですね!」

 泣き笑いの表情のアリスが綺麗……。

 今、聞き捨てられない言葉が聞こえてきた気が……。恋人?

「えっ?ちょっと待ってください……」

 この時の俺はパニック状態だった。人生で5本の指に入るぐらいの混乱ぶりだったと思う。

「さっきの言葉は嘘だったのですか?」

「違います!」

 でも、確か彼女には婚約者がいたはずじゃ……。

「婚約なら正式に破棄されてます」

「えっ?えぇ!?婚約が破棄されたって……」

 そうならないように俺は……。

「元々、婚約はまだ立場が不安定な彼の後ろ楯を得るための一時的な処置で、彼とは幼馴染みでそれ以上もそれ以下もなく、恋愛感情は一切なかったんです。それもあって、今回の出来事により正式に婚約は破棄されました」

「えぇ?」

 事態が飲み込めない俺は困惑するしかない。

「だから、何の問題もありません!」

 そのあまりにも眩しい笑顔に俺は最早、何も言えなかった。


「アルトー。で、逃げ続けて捕まった感想は?」

 明らかに面白がった声でオズはにやにやと笑っている。それはもう底意地の悪い顔で。

「まぁ、今回は相手が悪かったな。それだけ相手も本気だったということだろうが」

 もう一人の友人であるエドも感想を述べるのみ。

「お前ら、他人事のように言いやがって……」

「他人事だもん」

「他人事だからな」

 即答され、俺は薄情な友人の言葉に頭をガクッと項垂れた。


 アルトは知らない。

 アリスと付き合い始めて、いろんな災難が降りかかることを。自分のことを平凡だと低い自己評価とは反対に、周りの評価はかなり高いことも。あの事件で手際の良さからいろんな人から目を付けられていることを当の本人は知らない。

 転生モブであり、イレギュラーな存在だったアルトが四苦八苦しながらも身分の違いを乗り越えてアリスと結ばれるお話の序章に過ぎないことも知らないのであった。

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