第八話 定時連絡
定時連絡として、任務管理部に連絡する。
もしかしたら定時連絡のルールとかあるのかもしれないし....もし間違えたら恥ずかしいじゃすまない。罰則とかあったらどうしよう....なんて考えると、憂鬱で仕方ない。でも、定時連絡を怠れば罰則は免れないし。ぼろが出ないようにできるだけ注意しながら、連絡するしかない。
ツツツー、ツツツー、と呼び出し音。
呼び出し音が三回を超えたあたりで目の前に顔が浮かんだ。
「はい、こちら任務管理部です。セシル・オルブライトさんですね。え~....小規模ノウン隊の殲滅任務ですね?問題はありませんでしたか?」
連絡に出たのは、黒髪の普通の青年だった。
俺の着ているものとは違う、俗に通信部と呼ばれる人達が着る制服を着ている。俺たち戦闘部が着ているのは黒を基調とした制服だが、通信部は青を基調とした爽やかな制服だ。
「あ、ああ。問題はない」
若干緊張しつつも、普段通りの尊大な口調。定時連絡でもこの口調で大丈夫なのだろうか。大丈夫じゃないといわれてもどうしようもないんだけど。
「では、戦闘データの確認許可を願います」
直後、顔が表示されているのとは別に「戦闘データの確認申請が『任務管理部』から出ています。許可しますか?」と許可を求める表示が浮かんだ。
迷いなく、yesを選ぶ。
「はい、ありがとうございま――えぇ!?」
なに!?何か問題あった!?
慌てたように叫ぶ青年と、それ以上に内心で焦る俺。
しばらくきょろきょろと空中に目を走らせる。
「す、すみません。大変失礼しますが、戦闘データ記録装置に不備はありませんか?」
「確認してみる。少し待ってくれ」
「わかりました」
戦闘データ記録装置?一応、壊れた装備リストには表示されていなかったが。
船の全体の損傷率や稼働率、摩耗率などを一括で確認できる機能――俺の時代のパソコンに例えるなら、タスクマネージャーのような機能を起動して、確認してみる。
見つけるのに少々時間がかかったが――何とか見つけ出すことに成功した。
しかし、損傷率や摩耗率は0%と表示されていて、どこも壊れた様子はなかった。詳細を押してみても、分からないところが大半とはいえ、壊れていそうな表示はない。
「損傷はないが?」
「できれば、データの提出をお願いしたいのですが」
「わ、分かった」
データの提出ってどうやるんだ?
まずい、全くわからん。
えっと、記録装置の詳細を確認したときに開いたウィンドウをドラッグして、ホログラムで浮かび上がっている顔のあたりにドロップしてみる。
すると....おお、何とかできた。『戦闘データ記録装置のデータを送信しますか?』という確認を許可し、データを送信する。
「確認しました。......壊れているわけではないようですね。....少し、上に確認を取ってきます。確認が取れ次第、折り返し連絡しますので、少々お待ちください」
そういって、一方的に切られる通信。
....えぇっと。
一体何だったんだ?
う~ん。
もしかして、敵の数が多いのがいけなかったんだろうか。いけなかったというか。これは俺の推測だが、もしかして本来なら俺の任務はもっと小規模なノウンの制圧だったのではないだろうか。
それが、予想外に多い敵と戦っていたのでビビった。それで、上に報告した、とか。そうでなければ、俺の隊の戦力が小さすぎる。
....結構いいセンいってる気がする。
まあ、俺がいくらここでウンウン唸っていても、そもそも「俺の初任務である」ってことしか知らないし。つまりは、なるようになるさってこと。なんくるないさ~。
と、そこで自分がお腹が減っていることに気がついた。そう言えば、この体になってからまだ一度もご飯を食べていない。
お腹もすくだろう。
幸い、船内に食堂があることは分かっている。少し迷いそうになりつつ、食堂へと赴く。
冷蔵庫から、食材を取り出す。取り出した食材は、俺の家にあった冷蔵庫で冷やしたものよりも圧倒的に冷たい。思わず取り落としそうになったほどだ。
こんな所にまで技術の違いが現れるとは....。
取り出したのは、合い挽き肉。
作れる料理が多いわけではないので、無難にハンバーグを作ることにする。
こねたり、焼いたりして完成。うむ、我ながらびっくりするほど普通なハンバーグが出来た。
ハンバーグを作っている間に解凍しておいた白ご飯と一緒に食べる。
食べ終わっても、まだ連絡は来なかった。
この時代では、人類が全員効率厨なのか?と思うほど早さを大事にしていたのに....。そんなにおかしいことでもあったか?
あ~、もしかして、ワープをわざと失敗したのがマズかったとか?
もっと船を大事にしたまえ、なんて小言を言われるのかも。....まあ、小言を食らうのはブラック会社生活で慣れている。多少なら我慢できるだろう。
さて、待てども待てども連絡来ないし、お楽しみタイム....じゃなかった、お風呂に入るか....。なんて考えていると、ようやく通知が来た。
「セシル・オルブライトさんですね?任務管理部です」
「ああ、そうだ」
「一つ確認させていただきたいのですが、セシルさんが受けたのは『斥候と思われる小規模ノウン隊の制圧任務』ですよね」
うーん、知らないんだよなぁ。
まあ、質問じゃなくて確認だし、まず間違いないだろう。
「ああ、間違いない」
「なら、ちゃんと報告してください!問題があったならあったと報告してくれなければ、大事になるかもしれないんですよ!」
恐らく、というか十中八九、敵の数のことだろう。普通に考えて、斥候に100隻も戦闘艦を出すわけがないか。
もしも言い訳ができるなら、全力でしたい。だって知らなかったんだもん、と。しかしそんなことは出来るわけもない。すれば、芋づる式に憑依のことも言わないといけなくなるし、その結果精神病棟に軟禁されるかも知れない。
ここは、素直に謝るに限る。
「わ、悪い。そう言うつもりはなかったんだ」
「では、次からは報告を怠ることはないようにお願いします。....こほん。それでは、肝心の話ですが。データを解析した結果....なんと、ノウンがワープを使用した可能性が高いと上が判断しました。まあ、実際に戦ったあなた達なら、まず知らない訳はないでしょうが」
「はぁ....」
もったいぶった割に、どうでもいい情報のような。ワープ、出来るでしょ?普通。
「セシルさん、もしかして忘れてしまったんですか?軍学校を一年からやり直しますか?ノウンはワープ出来ないのが定説です。その上、艦は我々のレベルで言うところの重巡洋艦がノウン側での戦艦です。
だ、か、ら!
ノウンがワープを使うのは困るんです。もともと人類はワープによる移動の圧倒的有利と、純粋な艦の質によって戦況の優位を保ってきました。
それが、ノウンまでワープを使い出したら、我々が今まで積み上げてきた戦況的優位が失われ、最悪の場合こちらが侵略されかねません。
幸い、ノウンが使ったのは空間の特異点....ショートカットアンカーを使用した原始的なものなので、すぐにどうこうなる訳ではありませんが....」
「す、少し待ってくれ!」
急に早口でまくし立てる青年に、思わず狼狽してしまう。
なんだ、話を聞く限り相当やばい状況じゃないか....!ノウンがワープを使ったのをもったいぶって説明したときはなんだこいつとしか思わなかったが、話を聞いた後でなら俺にだってはっきりと分かる。
──これは拙い。
そもそも、ノウンはワープができなかった。それが今回、ワープを原始的とはいえ実行し、実践投与したのだ。
つまり、ノウンが進化したことになる。
ノウンが進化したという事は、このままノンビリしていればいつか追い抜かされ、人類が絶滅する可能性があるということだ。
「状況が理解出来たようですね。これには上も焦って、いつも暇な立案部が動きました。作戦本部を設置して、ノウンのワープについての情報を収集し、安全を確立してから公表するようです。その作戦には、第一発見者のセシルさんにも参加命令がでるでしょうから、準備しておいてください。たぶん、二週間後くらいに出頭命令が出ると思います。
....そうそう、あなたが発見していなかったらコロニー一つは落ちていたということで、報酬がでています。すぐに入金されるでしょう」
「.....分かった。準備をしておくとしよう」
「それでは」
そうして、通信は切れた。
その後、5000クレジットもの大金が入金されたが、俺は素直に喜べなかった。