第七話 工廠
通された先は、ちょっとしたカフェのような場所だった。しかも、地味に広い。
そこには案内してくれた男と似たような作業服を着た男が何人もいた。その中には、俺と同じように普段着の人もいる。もしかしたら、その人たちも客なのかもしれない。
「こっちです」
ついていき、一つの席に座る。
カウンター席のようになっているが、目の前は壁だ。別段、窓になっていて絶景が見えるというわけでもない。そりゃあそうか、ここ、宇宙連合軍の工廠だし。工廠が絶景スポットだったらちょっと驚く。
「なんでこんな場所があるんだ?」
「ああ、それはですね」
何故カフェのような場所が工廠にあるのか?と聞いてみる。
工廠が絶景スポットでも驚きだが、カフェでも驚くよ。あたりまえだ。
「元々はここは小汚い従業員の休憩所だったんですけど、修理している間お客さんを小汚い部屋で待たせるのもどうかという話になりまして。それで、ちょっと小奇麗なカフェ風に改装したんすよ」
ナチュラルに俺の隣に座って、説明してくれる。
「なるほど、そういうことだったのか....。しかし、装備の換装をしている間に近場に出かけて暇をつぶせばいいのではないか?」
「ああ、お客さんは工廠を使うの初めてなんですね」
「ん?なんでわかるんだ?」
「工廠では本来、三十分も時間をいただくことはないんですよ。あの船、大分ボロボロですからね。....初陣であんなにボロボロにしたんですか?無茶しますねぇ」
三十分でも早いと思っていたのに、まさかこれでも長いほうだとは。
ほんと恐るべしだよ、未来の技術。
「さて、何飲みますか?」
「あ~....コーヒーはあるか?」
「ありますよ。ブラックでいいっすか?」
「砂糖ましまし、ミルク多めで頼む」
「....い、意外っすね」
え?だって俺コーヒー甘いほうが好きだもん。
ブラックも飲めるけど、あれは目覚まし用だ。友達にそういうと「お子ちゃま。高校生か?」って言われた。だが、あの友人の性格からして無理して飲んだとしたら「かっこつけて....中学生か?」って言われてた。高校生なら....まあ、今の外見と同じくらいだし?
口調は問答無用で威圧的になるけど。
男がコーヒーを二つ持って来てくれた。
一つはブラック、もう一つはミルクコーヒーだ。甘くておいしそう。
「船の様子、見てみますか?」
「そんなことができるのか?」
あったかいコーヒーをちびちび飲みながら聞き返す。
「できますよ」
「なら、よろしく頼む」
そういうと男は、目の前の壁――否、ディスプレイを操作した。このくらいじゃもう驚かない、驚かないぞ....。
ディスプレイは俺と男の前にだけ表示されていて、そこにはどこかの映像が――って、さっき俺がいたとこだね、こりゃ。
そこには、ボコボコになった俺の船が。
中に乗っていると分からなかったが、外から見ると相当な壊れ具合だ。正直、あれで宇宙を旅するとかどうかしてる。うん。気づいてよかった。
作業中は無重力になるのか、ふわふわと周囲に工具を浮かせながら作業服の男たちが俺の船の周りを揺蕩っている。
火花を散らせたり、思いっきり殴ったり――
そんな作業風景を呆然と眺めていると、不意にべこべこの装甲が一部一気に剥がれた。
おお、すごい。
「やっぱり、自分の船っすからね。作業風景を見たがる人って多いんですよ」
「それで、この機能を?」
「はい、そうです」
なるほど、確かに見ていると楽しい。
そうやって甘いコーヒーをちょびちょび飲みながら時間を過ごす。
こういったのんびりとした時間を誰かと過ごすのは、ここに来てから初めてかもしれない。
だらだらと、男と話を始めた。
それから大体二十分後。
予定よりも少し早く作業が終わった。
「あ、終わりましたね」
「早いな」
「まあ、うちの作業員は優秀っすから」
得意げに話す男。
待ち時間の間、ずっとこの男と話していた。途中、知らないことを聞かれてドキッとしたりもしたが、この男はそういうのを読み取るのが得意なようで、少しでも俺が動揺したり返事に困ったりすればそれ以上は聞いてこなかったので、話やすかった。
なんというか、気を使わせない話し方というか。
この人と話せば例外なく心を許してしまいそうだ。
そういえば、結構な時間話していたけど、いいんだろうか。
作業員っぽい格好をしているのに、作業をしているのは俺を助けたときだけだ。もしかして――さぼり?悪い奴だ。
「....そういえば、名前を聞いていなかったな」
船に乗り込む直前、そういえば男の名前を聞いていなかったことを思い出す。
「そういえば、そうっすね」
そう言って、胸元から小さなチップを出して、渡してくる。
これは確か....この時代の名刺だ。チップのような見た目だがそう高いわけではなく、メモリーを内蔵しているために伝えられる情報も多い。
が、どれだけ量産されていようとやはりそれは電子製品。多少高い。それに、一般人...
.普通のサラリーマン程度の人間なら別にそこまでして使おうとは思わない。そこまで伝える事柄が多いわけではないからだ。データを相手の端末に送るのがこの時代では一般的になっている。
では、どういった人間がこの電子名刺を使うのか――
「え~、第十五工廠の工廠長、シリル・マルサスです」
一定以上に地位が高い人間同士が、公の場や交渉の場で。
この時代の名刺は、そういった用途に限られている。
驚く俺を、いたずらが成功した子供のような顔で送り出した男――シリル。
まさか、こいつがこの工廠の長だとは。全くもって分からなかった。というか、話し方からして全然「長」って感じじゃなかったでしょうに....。
既に工廠を出発した船の自室で、俺はそんなことを考えていた。
そういえば....日記には電子名刺の存在は書かれていたが、その使い方は書かれていなかった。そういえば名刺ですら紙じゃない時点で、ほぼ紙媒体が駆逐されていることがわかる。なのに紙の日記を使っているなんて、随分と物好きな人だ。
じゃなくって。
使い方が分からないんだよなぁ....。
ネックレス型端末を起動する。
すると、『名刺が確認されました。表示しますか?』とポップアップ表示が。迷わずにyesを選択する。
新しく開いたウィンドウには、シリルの顔写真と共に軍の公開データが載っていた。顔写真は、対面したときに受けたちょっと適当な印象とは違い、ぱりっとした軍服を着こなしている。
age46だって。とてもそうは見えない。が、これも未来の技術らしく、この世界では金持ちなら普通に老化を止める薬を使っている。それでも精神は成熟していくので、人生に満足したら安楽死を選ぶらしい。シリルもたぶん、その薬を使ったんだろう。俺が使ってるのかどうかは知らん。日記には書いていなかった。
経歴を見ると....うわ、華々しい。
この人、船の改造のプロフェッショナルだったみたいだ。過去に大艦隊の決戦があった際、総軍旗艦が大破しそうになったけどこの人率いる工兵部隊の見事なダメージコントロールで事なきを得たそうだ。
それはなんとも、工廠長にしておくのはもったいないくらいの腕だ。
工廠長には、もしかしたら本人の希望でなったのかもしれない。
望めば、そのまま艦隊の工兵として居座る
こともできたはずだ。そのほうが、たぶんだけど実入りもいいはずなのに。
一通り見た後、次からは第十五工廠を使うか、と心に決めて、データを保存してウィンドウを消す。
これができるなら初めからデータを転送しろよ、と思うけど、名刺交換はいわば一種の儀式なのだ。それくらい、俺にもわかる。その文化が、今まで残ってきたということだろう。
ばふっ、とベッドに倒れこむ。
その直後、室内を照らしていた電気が数段暗くなった。
何事かと思っていると、『午後、六時になりました』というアナウンスが流れた。昔の潜水艦では、昼夜の感覚を忘れないために昼時間と夜時間というのを決めて、夜時間には電気を暗くしたらしい。
宇宙でも、同じことが言えるはずだ。
つまり、六時からは夜時間なんだろう。
アナウンスが終わった直後、ネックレス端末から『定時報告の時刻です』と音声が流れた。
そういえば、日記には「任務中の下士官は士官へ、士官は作戦本部への定時連絡の義務がある。定時連絡を怠れば相応の罰が下される。士官が任務に参加しておらず、小規模任務である場合は任務管理部への連絡となる」っていう規則があることが書いてあった。
個人レベルに下される任務なんて小規模もいいとこだし、万が一大規模任務が言い渡されてもどうせ俺は下士官。作戦本部ではなく、任務管理部への連絡だ。
ちなみに下士官と士官の境目は、少尉。つまり少尉以上の者が士官と呼ばれ、士官以下、兵以上──つまり、船長以上准尉以下が下士官と呼ばれる。
この時代では、将校と士官の違いはあまり意識されていないらしく、どちらも扱いは同じだ。
だいたい、俺みたいな下っ端が作戦本部が設置されるような大規模任務に呼び出される訳もないし。考える必要もないか。
しばらくは任務管理部への連絡のみだろう。
ネックレス端末で連絡しようかと考え──やっぱりパソコン型端末で連絡することにする。
もしかしたら、顔表示機能が付いていないネックレス端末で連絡するのは失礼に当たるかもしれない。
その事を考えてのことだった。
そう言えば主人公の容姿を入れていなかったので、三話を加筆修正しました。
暇だったら見てやってください。