第二話 ワープ成功
頭の中に流れ込んできた情報。
それによれば、ワープとはそもそも完全に静止した状態で、五分~十五分ほどかけて転移先の座標を固定し、エネルギーを消費してようやくなすことができるものらしい。
座標固定にかかる時間はワープを行う人間の資質と経験、力量に左右される。他にも小さな艦ならワープしやすいとか、ワープ装置の質によっても変わるのだが、この際は関係ない。
何故か俺には、座標固定を数十秒で済ます自信があった。
座標固定というのは、ワープの際に発生する空間の揺らぎとでも称するべき波長のようなそれを、できる限り合致させるといった感じの作業である。
その波長を合致させずにワープすると、ワープした先で大規模な空間破壊が起こり、ワープした艦もその周りにいた艦も全てが破壊されてしまう。つまり、通常ならその波長を合わせるべく操作しなければいけないのだが――
今の俺は何故だか、ワープに関する技術が飛びぬけているようだ。
通常、X、Y、Zの三つの波長を合わせるのだが、その波長がいつ、どの瞬間に合致するかが手に取るようにわかる。もちろん、それは異常である。その事が、手に入れたワープの知識から痛いほどに分かる。
恐らくだが、この体が何やらそういったワープ技術に特化した体なのだろう。何故だかは分からない。
まあ、つまりだ。
目の前の画面には赤、黄色、青の線がうねうねと不規則に動き回っている。これが本来重なるときにワープを実行しなければいけないのに、それをわざとずらしてワープを実行する。
そうすれば、敵艦隊に甚大なダメージを負わせ、撤退させることもできるのではないだろうかという提案だ。それなら逃げればいいのではないかと思うが、そうはいかない。ワープの知識の中には、ワープの残留情報とでもいうべきものを読み取って、追ってくることもできるということが記されていた。
もちろん、わざとワープを失敗すればこの艦だってただでは済まないだろう。
だが、このままぼーっとしててもただでは済まない。
なら、助かる可能性がある方にかけてみるしかないではないか。
「くそったれ、こうなったら自棄だ」
そうつぶやくと、できる限り自分に被害が少なくなるように座標固定を急ぐ。
空間破壊は、ワープした艦よりも周りのほうが被害が大きくなる。ならば、ぎりぎりこの艦が生き残れる程度の空間破壊を起こしてやれば、もしかしたら、何とかなるかもしれない。
「....おい、何やってるんだ....?」
金髪のあんちゃんが話しかけてくるが、俺はそれどころじゃない。
できるだけ自分の被害が小さくなるように。できるだけ相手の被害が大きくなるように。
「おい、やめろ!無茶だ!逃げ切ったとしても奴らは追ってくるぞ!クソ、お嬢様はワープは追えるってことも知らねえのかッ」
知ってるさ、それくらい。謎の知識は、完璧なくらいにワープのことについて記してある。
一体誰がこんなことをしたのかは知らんが、本当に助かっている。
座標固定を急ぎつつも、ワープ先の座標を指定する。
指定した先は、敵の中央後部、一隻だけ大きな艦が浮いている場所。
座標固定、座標指定完了。
「衝撃に備えて!」
ワープ――開始。
空き缶に入れられてバットで殴られたような衝撃とはよく言ったものだ。
ワープを失敗した――今回に限っては成功といえる――ときの衝撃は、まさに核爆発を間近で受けたような感覚だった。核を投下したB29と決定的に違っているのは、安全性が確保されているか否か、という点だろう。
結果から言うと、運よく今回は成功した。
しかし、今も各種警告アラートが全力で鳴り響き、頭がぐわんぐわんする。生まれて初めてのワープ体験がこんな最悪なものになるなんて、十分前の自分は思ってもいなかった。いや、そもそも生きている間にワープを体験すること自体、本来ならあり得ないことだったのだ。
艦隊の情報を知らせる画面には、この船だけが甚大な被害を受けている旨が表示されている。真ん中の船の絵だけが真っ赤に染まっていて、明らかにやばい状態だということはぱっと見ただけで分かった。
緊急事態のためか、室内の照明はほとんど落とされ、非常用電源に切り替わっている。真っ暗というわけではないが、金髪のあんちゃんの顔さえ見えない。
「....おい、みんな大丈夫か?」
聞こえてきたのは、あんちゃんの声だった。
それに答えるようにして、次々と声が上がる。どうやら、全員が無事だったようだ。
「隊長は?」
「大丈夫だ」
「状況はどうなんだ?」
「あいつら全員、どっか行きやがったぜ」
どっか行った――つまりは、助かった。
「....はふぅ」
助かったということが分かったとたんに、全身から力が抜ける。
どうやら必要以上に体が固まっていたことに、初めて気づく。
と同時に、少しだけ冷静な思考回路を手に入れることに成功した。
さっきは気づかなかったが、体だけでなくご丁寧に声まで女っぽくなっている。何とか目の前の危機は去ったが....後回しにしていた次の問題がやってきただけだ。
「とりあえず、戻ろう」
「あいあいさー....」
サーって、目上の男性に使う言葉じゃなかったっけ....?
なんて考えていると、室内の照明が再び付いた。やっと復旧したのだろう。
「....とりあえず、船の様子は俺が見張っときますんで、皆さんは休んできてください」
「おう、悪いな」
そう言って室内後部の扉から出ていく男たち。
俺も続いたほうがいいんだろうか?たぶん続いたほうがいいんだろうな。
そう思って男たちについていくと、恐らく個人に与えられたと思われる部屋がいくつもある場所に出た。俺の部屋はどれだろうかと迷ったが、一つだけ扉が少し大きい部屋があったので、隊長と呼ばれたことからもそこが自分の部屋だろうとあたりをつけて中に入る。
部屋の中には別段何も置いてなかった。
シンプルなベッドに、金属製の机。宇宙に出ているわけだから、燃料事情を考慮して簡素にしてあるのかもしれない。
ここが自分の部屋かどうかは分からないけど――
とにかく、疲れた。
もしも違った部屋に入っていたのであれば、土下座して謝ればいいか。と、疲れと眠気でぼんやりとした頭で考え、ベッドにダイブする。思っていたよりも柔らかい感触が、全身を包み込む。
枕を抱くようにして枕の下に手を入れる――と、指先に何かが当たった。
「ん?なんだこれ」
それは、革製のカバーがつけられた、手帳のようなものだった。
科学技術が進化してるっぽいここでも、やっぱり紙媒体はあるんだな。とそんなことを考えながら、これをどうするかと考える。
もしここが俺の――つまりは現指揮官の部屋だとして、これが俺の前任者、つまりはこの体の本来の持ち主の手帳であるならば、ここに書かれているのはこの体の今後の予定、もしくは日記のようなものが書かれているかもしれない。
かといって部屋を間違えていたら、あの強面の中の誰かの手帳を勝手に読んでしまったことになる。
殺されるかもしれない。
ベッドに勝手にダイブしてる時点でアウトなんでは、という考えは疲れのあまり浮かんでこない。
う~ん、と考えること数秒。
ま、いっか、と自棄気味に決める。
こんなわけの分からない状況に急に放りこまれたんだ。正常な思考を望むほうがおかしい。むしろ、文句があるならこんなとこに俺を連れてきたやつに言ってくれ。
などという、自分への言い訳にしかならないような結論をつけ、手帳を開いた。
その手帳の中には、予想通り、この船の船長――つまりは、俺の体の本来の持ち主が記していた、日記が綴られていた。
主人公君と中身が入れ替わったこの体の持ち主(主人公の本当の体)ですが、本編にはもう登場しません。たぶん。
もしかしたら番外編的に日本での生活を投稿するかもしれません。