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何でも聞きますよ。

※ 話の流れ上、原作のネタバレ要素含みます。ほんと、竹野のを読む前に原作読んでください。お願いします。

勘するどいねぇ、と思う。それとも言葉の端々まで良く拾う子なだけかな。と、三杯目の冷酒を飲み干しながら考える。

俺の箸からブリを美味しそうに食べた子は、社長と何やら楽し気に話していて、俺も適当に相槌を打つ。

つまるところ、俺がその子の問いに答える間を作ってくれてるんだろう。


まぁ、ね、確かにこの面子ならさ、話しやすいよ。うちの会社の面子とは違うわけだし、第一三人共、口が固そうだし。と、いつの間にか来ていた焼き鳥の盛り合わせを一本拝借。

大体、黒井さんが俺を飲みに誘った段階で、色々聞かれるのは分かってたじゃない。それを今更、何、躊躇してんの、と、鳥もものたっぷりタレが掛かった一口大の肉を咀嚼しながら思う。


いや、違う。理由は、三人に話したくないとかそういう事じゃなくて、俺がまだ認めたくないんだ。依子が他の男にキスマークを付けられたって事実を。だって昼間トイレで泣いたくらいなんだから、相当ショックだったはず。

だからチラッと例の子に目をやると、目が合ってにっこり笑いかけられてしまう。こっちの事なんか御見通しって感じに。

なーんか、それが妙に癪に障る。俺、今日この子に初めて会ったのに、だよ。


「うー、あーっ!」


食べ終わった串を皿に投げつけるように置きながら頭をぐしゃぐしゃっと両手で掻き毟る。串は皿で一回、俺の膝で一回跳ねて、床に転がってく。奇行とも言えるそれに反応したのは、佐久間さんと黒井さだけで、笹川さんは落ち着き払って席を立ち、串を拾ってから通りかかった店員に同じ冷酒をもう三合追加してる。


「えいしょっと……。さっき正解って藤代さん、仰ってたのに、どうしたんですか? んー……、聞きますよ? 愚痴でも、弱音でも、惚気でも」


座り直したその子は、俺に向かって、さぁさぁ、と氷が溶けかかったボウルから透明な徳利を差し出してくる。


あー、もう、俺の完敗じゃん、こんなの。

例えば佐久間さんとかさ、黒井さんとかなら、負けちゃうの分かるけど。

俺より年下の初めて会った子に、バッレバレの態度取るなんて、ほんと、どーしちゃったの。


「あー、も、やっ。ほんと、参りましたっ」


お猪口を出せば、その小さい子は、うふふっと笑ったまま冷酒をなみなみと注いでくれた。






別に私は強制したつもりも何でもないんだけど、と思いながら慎重に冷酒を注ぐ。

ただ、思った事はとっても簡単で、初めて会った方とこうしてお酒を酌み交わすのに、その方が楽しそうじゃないのは本意じゃないし、それに『普段通り』の私と礼に対して見せつけられると言われると困るだけだ。

だから、何ていうか挙げ足を取ったみたいだけど、言葉を拾っただけ。

別に他意はなくって、彼女が居るんだなって確認した程度。


でも、その後の藤代さんは妙に調子良くなって、その後は黙りこくって焼き鳥食べていた。それもやっぱり私と礼が楽しそうに話しているのを見ながら。その内容だって、見せつけるとはかけ離れていて、意外と焼き鳥が美味しいという話なだけだった。

けれど、藤代さんにしたら、内容なんてどうでも良いのだろう。


要は面白くなくなってしまったんだ。だから、突然声を上げて、串を投げた。


事実としてはそれだけで、参りました、と、言われても私にはさっぱり。だから笑うしか出来なくて、当の本人はぐいっと杯を空けてから大きく息を吐き出した。


「もー、ほんと、他言無用にしてくださいね。うちの奴にも」


あ、スイッチ切り替わったって思ったのはその言葉じゃなくて、お猪口をテーブルに置いて顔を上げた藤代さんの目が据わっていて、妙に口調が営業ぽかったから。


「もちろん」


と、答えたのは私一人で、我が社のツートップは大きなため息を吐いていた。







涼ってさ、前から思ってたけど、勘がね、良すぎるの。で、話題逸らしちゃえば良いのに、首突っ込む。最も、涼はその尻拭いまできっちり自分でやる方だから俺としては、一向に構わないんだけど、さ。


でも、ね。相手からしたらたまったもんじゃないだろうに、と、藤代さんに同情せずにはいられない。それは祐樹も同じだったようで、同時に吐いた溜息の後、顔を上げれば目が合い、お互いに苦笑いをしてしまった。


藤代さんとは結構長い付き合いで、俺が会社を継いで右往左往している頃に飛び込み営業してきた人。その度胸とセールストーク、それから人柄を、俺も祐樹も、特に祐樹が気に入って、年も近い事もあって仕事を共にするようになった。

そんな藤代さんとはこんな風に呑みに来るのは、もちろん初めてじゃなくって、三人独身の頃は朝まで呑んだことだってもちろんある。

仕事という枠を越えて、大人になってから出来た友人っていうのは、また学生時代のそれとは別に特別な物だから、それなりに大事にしてきた人。


その藤代さんがねぇ、まさか、今日に限って、こんな荒れてるなんてさ、思わないじゃない、普通。

その切欠を作っちゃったのは俺の隣でにこにこ笑ってる涼っていう俺の恋人で。


「大学の時の彼女とはもう別れたんですよ、ほんとーに」


涼から差し出される徳利にお猪口を向けながら藤代さんが話し始める。

うーん。それはさっき聞いた、とは言えない。っていうか、俺の経験上、この手の恋愛関係の話ってさ、長くなるんだよ、普通。

人に言えない事を溜めに溜めちゃうのが、恋愛っていうのだから。

それは俺は涼と付き合って嫌ってほど思い知ったし、どうしてそうしてしまうのかの理由もよく分かってる。


その相手が自分にとって大切な人だから。

俺にとって涼が大切すぎる人のように、藤代さんにとってもそのお相手がとっても大事なんでしょう。


それなら、ちゃんと聞かないとね、と、俺は恋人を一時いっときだけ、俺よりも恋愛上手で、祐樹に引けを取らないくらいに思えていた、藤代さんに御貸しする事にし、手酌で新しく運ばれてきた冷酒を小さなお猪口に注いだ。







らしくないって言えばよ、らしくねぇんだ。藤代の話も、今日の藤代も。概ね涼に対して愚痴やら惚気やらを話す内容も、態度も、俺や礼が知ってる藤代とは違ってやがる。

藤代の話を簡単に纏めれば、こうだ。


例の学生時代からの恋人にはそっぽ向かれて、そんな時に懐いてきた後輩に悪い気はしなくて、毎週呑みに行ってたら、好きになってた、と。んで、今はプロポーズに答えてくれなかった元カノとはすっぱり別れて、懐いてきた後輩と付き合っている、と。


そういう事する奴だったかぁ?と思わず疑っちゃうような内容で、俺はぶん殴りてぇと、思いながら、眉を寄せた。たまーにそれを危惧した礼が、まぁまぁと言う視線を送ってきやがるから、何とか堪えてる。

いや、ぶっちゃければな、前々から藤代を男らしいと思った事は一度も無えんだ。

むしろ、礼と同じだと思ってたくらいだから、竹をスッパリ割った性格というよりは切った後もガサガサしてる杉みたいな奴なのは分かってた。


でも、天秤に掛けたって事だろ?でも、その後輩は待っててくれて、晴れて付き合えて、何でお前が愚痴ってんだよ。なぁ?!と、礼に視線を送れば、礼は礼で何か言いたそうにしながら、苦笑いを浮かべる。


で、涼は藤代にどんどん酒を勧めながら、うんうん、頷いて話を聞いていて、減ってくりゃ勝手に三合づつ頼んでやがる。別に藤代に払わせるつもりなんて元から無えし、涼だって論外。俺と礼の割り勘になるだろう、いつも通り礼が俺より多く出すタイプの。


でもよ、そんな酔わせたら話せる事も逆に話せなくなるんじゃねえの?と、言いたくなる。

俺の妹は、藤代にそれくらい速いペースで呑ませてやがる。

三合来たら、俺と礼で一合。藤代が一合半、で、涼が半合って割合だ。


まぁ、俺の妹はあほみたいに責任感が無駄に強いから、良いかと手酌で呑んでた礼の徳利をひったくって、俺は涼の代わりをする事にした。







「じゃあ、今はその方とお付き合いされてるんですね?」


お酒強いかどうか分からないけど、まぁ、良いかと、どんどん呑ませてるのにはちゃんと理由がある。社会に出るまでというか、佐久間商事で働くまであまり知らなかったけれど、営業職の方々って相手のお酒を断れない所がある。

それが自分より相手が上となれば、尚更らしい。

で、平社員である藤代さんより、社長秘書という肩書きを持つ私は、彼にとっては上の人になるんだろう。

で、お酒を注がれてる間は、話を止めるわけにいかないだろうっていうのは私の推測で、それはどうやら当たっていたみたい。


最初の一言のその後は、話しづらそうにしてて、まぁ、その内容を聞けば男として最低の事をしてたわけだから、分からないでもないけれど、今はもうすっかり饒舌になっている。

今の話の中心は付き合ってからの話が主で、どっちかっていうと惚気が多め。


「うん、そうそう。その子とー……あー、うん。たぶん」


たぶん?と、お酌する手を思わず止めてしまった。私がさっきの質問を尋ねるまでは、その新しい彼女さんの、どこが好きだのここが可愛いだの、言ってたから。

でも、たぶんって、なに?

私が手を止めたからなのか、藤代さんが口を滑らせたからなのか、時がぴたっと止まってしまった。


それは「しまった」と思ってるのが私だけじゃなく、藤代さんもという事で、残りの有り難い事に寡黙に呑んでいてくた二人もちらりとこちらを窺っている。


「……たぶん、ですか」


止まった時計は捨てるか、電池を入れ替えるか、壊れてるなら修理するか、どれかしかない。

私は礼のようにお金持ちじゃないから、真っ先に電池を入れ替えるのを選ぶ。

だから、そういうつもりで藤代さんに尋ねれば、お猪口を持ってない方の男の人特有の大きな、けれど、礼に負けないくらい綺麗な手で、藤代さんは自分の顔を覆って上を向いてしまった。

それから、しばらく天井に向かって息を大きく何度か吐いて、ぽつんって呟く。


「うん、たぶん」


そのもう一度言われた、たぶん、に、予想してなかったと言えば嘘になってしまう。彼女が居るのに、私と礼の何でもないやり取りを不快そうに見ていれば、相当な鈍感じゃなければ気づくはずだから。


じゃあ、ここからが本題なのか、と、徳利で手酌をし、左手で杯をごくりと空けてから、口を開く。


「どうして、ですか?」


何でも聞きますよと言って、初めて会った私に話し始めるくらいなんだから、何かあったんだろう。

だから、最初に、『何でも』と、付けたんだ。


惚気でも、愚痴でも、弱音でも。

そう、弱音、も。


でも、男の人にとって『弱音』というのは『泣き言』と同義だって事も、私はよく分かってるつもりだ。


藤代さんの口からどんな『弱音』が出ても、ちゃんと最後まで聞く。意見を求められれば答える。



それで、藤代さんが今日一緒に呑んだ事を良かったと思ってくれるなら、それくらお安い御用、なんだから。


藤代さんと元カノと新しい彼女の話は、かなりコンパクトに(してくれそうな祐樹目線で)纏めました。

七篠りこ様の原作である「その手をとれば」ではもっとちゃんと、それはそれは素敵なお話になってますので、ぜひ、そちらをご覧くださいませ。


祐「イマキタサンギョウ(「意味?知らねーよ、ググれ」と、祐樹は申しております)、させんな、あほったれ竹野」

礼「まぁまぁ、あまり詳しく書くとネタバレになっちゃうからねぇ。竹野は竹野経由で七篠様の作品に興味を持ってもらいたいって思ってるんだから、さ」

祐「なら、お前がやれ、あほったれ!」

礼「……導入部は、やったんだから許してって。八つ当たりしないでよ」


―……二人とも、ごめん。りこちゃんも、ごめん。

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