小さな疑惑
昨日、依子は電話に出なかった。
メールの返事も深夜遅くになってから届いたようで、俺が確認したのは朝になってからだった。
友達が用があるようなので、先に帰ります。
ごめんなさい。
その簡潔なメールに気付いたのは依子が退社してから大分後の事だった。
その時点では何も思わず、よく名前が出る悠季さんかと思ったんだ。
ただ、電話に出ないなんて珍しいな、と思っていた。
けれど、俺が寝るまでの間、連絡は無かったんだ。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはよう」
「おはようございます。あ、藤代さん郵便物届いてますよ」
「ほんと?悪いね、ありがとう」
寝起きに見たメールは何の事は無い『気付かずに出れなかった。家に帰ってくるのが遅かった』という事で、俺はそれを信じるより他ないし、まぁ、そんな物かと思っている。
友達が悠季さんじゃなかったら、と考えない訳じゃない。
もし、男だったら。
もし、元彼だったら。
もし、ナンパされていたら。
そういうマイナス思考の先にあるのは二人の関係に必ず悪い物を齎すのを、リサやリサより前の恋人の時に思い知っている。
リサの仕事が忙しいという言い訳を最初から信じた訳じゃないんだ。
他の男が出来たんじゃないかと当初は疑った。
それは結局分からないままだし、そう思い疑うのはとても疲れた。
だから、依子はそんな事は無いと俺は自分で思いこみたいのかも知れない。
自身の机に座り、軽く溜息を吐き、パソコンを立ち上げる。
三月の繁忙期、一秒だって時間を無駄になんてしたくなかった。
明るくなり立ち上がりつつある画面を見ながら開けた郵便物はDMで、抱いたもやもやの代わりに握りつぶしてゴミ箱へ放った。
仕事をし始めてしまえばそれどころではなく、ただただ、目の前の物に没頭する。
部下の進捗具合を見つつ自分の物までやるのは正直しんどい。
ただ、あと二日。
今日を入れて二日頑張れば依子と二人だけの時間が過ごせるのだと、奮い立たせなんとか業務を終えた。
たっぷりと残業を終え、依子は割と早い時間に退社して行ったので、まだ数人残る同僚へ挨拶をし帰路へ着く。
俺はこの時、わざと考えないようにしていた。
今日一日、依子が一度もこちらを見なかった事も、メールがいつもより素っ気なかった事も。
考えたく、なかった。