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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
東京奇談 5
86/120

ピグマリオンは電気羊の夢を見るか 前編

 私と私の奇妙な友人……パートナー……協力者……ピンとくる表現が思い当たらないが、私と千鶴さんは今までにいくつかの奇妙な事件を解決してきた。

 いつもは私が彼女に話を持ち掛けるのがパターンだが、今回は逆だった。


 久しぶりの休日。

 私は墨田区にある築15年だが小奇麗な集合住宅のワンルームで休日の惰眠を貪っていた。

 その惰眠としか表現しようのない無意味に長い睡眠を電気的な音が破った。

 私のスマートフォンがメッセージを受信していた。

 そのメッセージを送信した人物らしい簡潔なメッセージだった。


「天明君。今、暇かな?」


 遺憾ながら私は暇だった。

 今日は在宅の仕事もしない完全なオフだ。

 趣味の古本屋巡りでもしようかと思ったが、乾燥しきった冬の冷たい空気が私を外出から遠ざけていた。

 彼女は私が今日、休日であることを知っている。

 私の行動パターンと平均レベルを下回る社交性の事も把握している。

 そこから私が暇である可能性が高いという解を導き出すのはシャーロック・ホームズや金田一耕助でなくても容易なことだろう。 

 私は「暇ですよ。ご承知の通り」と返信した。


 1分もせずに返信が来た。


「一緒に依頼人に会って欲しい。詳細は後で話すから、ウチに来てくれる?」


  〇


「ホムンクルスって知ってる?」


 40分後。

 私は千鶴さんの一軒家で共に熱い茶を啜っていた。

 惰眠のけだるさと外の寒さで茫漠とした私の意識を熱い茶がいくらか覚ますと、いつものような唐突な問いから会話が始まった。


「錬金術で生み出す人工生命……たしかスイスの錬金術師パラケルススが生成に成功したという逸話があったかと」


 私の回答に彼女はニコリと笑った。


「いいね。話が早い。それじゃあ世界の三大魔術都市は知ってる?」


 私は答えた。


「ロンドンとプラハとサマルカンドで合ってますか?」

「そう。そのとおり。よく勉強してるね。その三大魔術都市でも特に錬金術が発達したのがプラハだ」


 千鶴さんは語り始めた。

 チェコ共和国の首都プラハは我々"こちら側"の人間にとって特別な意味のある街だ。


 その"こちら側"の歴史は16世紀後半に遡る。

 16世紀当時、この地を収めたルドルフ二世は政治的には全くの無能だったが、教養に溢れ文化人としては優れていた。

 国王は"魔術王"と称されており特に錬金術を奨励した。

 王自身も錬金術師のパトロンだった。

 居城であったプラハ城内のある「黄金小路」は現在では観光名所だが、その全盛期には多くの錬金術師たちが工房を構えていた。


「ここまでは表向きによく知られてる歴史。

……それで、この先は歴史書には残ってない"こちら側"の歴史」


 王の庇護を受けた人物の一人にティコ・ブラーエがいた。

 ブラーエは一般的には天文学者として名高いが占星術師で錬金術師でもあった。

 つまり彼は魔術師でもあった。


 王の庇護を受けたブラーエは錬金術の最奥と呼ばれる成果に辿り着いていた。

 ホムンクルスの生成だ。

 ホムンクル生成の成功例はパラケルススのみと表向きは記録されているが魔術の歴史は歴史の裏側にある。

 この成功はプラハに居を構える他の錬金術師たちにも波及した。

 錬金術師たちたちはさらなる高みを目指し家系同士で婚姻を続けた。

 そして、いくつかあったプラハの錬金術師たちの家系は一つの家に集約された。


「それがティコ・ブラーエを祖とするブラーエ家だ。正確には"家系"というより"一門"といった方が正確だけどね。とにかくそのブラーエ家が今回の依頼主」

「しかし、天文学者が占星術師というところまでは想像がつきますが、錬金術師でもあったんですか」


 千鶴さんは私の疑問にふわりと笑ってやんわりと諭した。


「オカルトと科学って言うのは近代に至るまで紙一重の存在だったんだよ。パラケルススは錬金術師として名高いけど医学の歴史にもいくらかの功績を残しているし、アイザック・ニュートンも錬金術の研究をしていた。トーマス・エジソンはブラヴァツキー夫人と交流があって降霊術を信じていたそうだしね」


 そこまで言ったところで千鶴さんは「そろそろ来るはず」と腕の時計を確認した。

 すると図ったかのように呼び鈴が鳴った。

 「ここで待ってて」という千鶴さんの現に愚直に従い、私は座って茶を啜っていた。


 やがて足音が二人分と気配が二人分、近づいて来た。

 一人は言うまでもなく千鶴さんで、もう一人は人ならざる何かだった。


 一見してそれがわかった。

 彼女は確かに人型をしていた。

 私にはそれが琥珀色の不思議な眼をした人間の若い女性にしか見えなかった。

 私に限らず視力のある人間であればことごとくが同じ認識を持っただろう。


 だが私には――おそらく千鶴さんにも――それが人間ではない人間モドキであることが「解った」。

 その不思議な琥珀色の目をした人間モドキはオルトリンデと名乗った。


「彼女はブラーエ一族の使い。人の姿をした人工生命、ホムンクルスだ」


 千鶴さんがそう言うと、ホムンクルスはペコリと頭を下げた。

 その動きはプログラミングされたものであるかのように感情を感じなかった。


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