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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『ブギーマンの最期』―A serial killer in Queens―
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『ブギーマンの最期』―A serial killer in Queens -1―

新エピソードです。


「こりゃあひでえな」


 クイーンズ地区のウィレッツ・ポイントは生産と消費を繰り返し、常に変化し続けるこのニューヨークで、時代から取り残されてしまった場所だ。

 シティーフィールドが完成したことで再開発の話が出ているというが、この地域のインフラは何十年も前から放置され、完全に荒れ果てている。


 時代遅れな穴だらけの廃屋が立ち並ぶこの一帯でも、ひときわみすぼらしいあばら家に俺はいた。


「ガイ者はカルロス・モリーナ、27歳。スクラップ業者に勤務。

忘れた工具を取りに来た同僚が発見して通報。検視官の所見では、死因は失血性ショック死だ」

 

 俺を叩き起こしたブリスコーが淡々と自分の持っている情報を伝える。


 こりゃあ酷い。


 カルロス・モリーナはハーシーのチョコレートシロップをぶちまけたように大量のどす黒い血を流し、自らの血でできたプールに突っ伏して死んでいた。


「ひでえ出血だな。何か所刺されてるんだ?」

「1か所だ」

「1か所?」

「ああ、ここだ」


 ブリスコーはガイ者の首のあたりを指差した。


 首筋は、皮膚の表層に近い部分を太い静脈が流れている。

 的確に急所を狙っているという事は、ホシは医学知識かそれに類する技能を持ち合わせているということか。


 さらによく見ると、むごたらしい傷跡は一つではなく、短い間隔で刺創がいくつもできていた。

同じ個所を何度も刺したのか。


「怨恨かな?」

「いや、こいつはそういう感じじゃあないな。同じ手口の事件がこの1か月で2件起きてるんだが」

「2件も?」

「ああ、これで3件目だ。現場はいづれもウィレッツ・ポイント地区、ガイ者はヒスパニック、

刺創があった箇所は、それぞれ首筋、足の付け根、脇の下」

「太い静脈が流れてるところだな」

「ああ、しかも1か所だけを集中的に何度も刺されてるところまで一致してる

だが、ガイ者同士は年齢も職業も出身地もバラバラ。

共通してるのはウィレッツ・ポイント在住のヒスパニックってことだけだ」

「他に何かわかってることは?」

「ああ、検視官によれば凶器はおそらく刃渡り3インチのナイフって話だが、凶器自体は未発見。

押し入った形跡もなければ、ガイ者が抵抗した跡もない。

不思議なことに、刺殺されるってのは相当苦しいはずなのに、ガイ者が苦しんで暴れたあともない。

拘束されていた形跡がないにも関わらずだ。

――えらく単純な手口なだけに、どうにも解せない。何だか超常現象めいててな。

ピンと来てお前の安眠を妨害したわけだ」

「一応聞くが、指紋とDNAは?」

「過去2件で検出されたのはガイ者のものだけだ。繊維の1本すら検出されてない。

目撃情報も監視カメラも空振りだ。今回も望み薄しだな」

「暴れた後がないなら、筋弛緩剤とか、薬物を使った可能性は?」

「それも検出されてない」

「確かに超常現象じみてるな」


 ブリスコーは俺が魔術を使えることを知っている数少ない警察関係者だ。

 以前、俺の相棒だったブリスコーは捜査中に偶然魔術の絡む事件に遭遇し、魔術の存在を知った。


 現在は刑事からパトロール警官を束ねる立場に変わったが、自分の遭遇する事件で、怪しいと思うものがあると、

俺を叩き起こすようになった。


 そしてその判断は1度として間違っていたことはない。

 ブリスコーの刑事歴は10年に及ぶが、その勘は大したものだ。


 そして今夜の判断も賢明だった。


 魔術を行使した痕跡は、時間とともに薄れていく。

 まだ、この場にガイシャの霊体の痕跡がかすかに漂っている。

 魔術の痕跡もまだ残っている可能性が高い。


 ――予想通り。


 周辺のマナとは明らかに質の違う魔力の跡。

 ガイ者の遺体から、かすかに術者のオドが漂っていた。


「ああ、お前の判断は正解だよ

――これはこっち側の事件だ」


 その時、入り口のあたりから、若い警官と聞き覚えのある若い女の押し問答が聞こえてきた。


「お、来たみたいだな」


 そう言って、ブリスコーは声のする方へと向かった。


「ハイ、パトリック、ブリスコー!」


 そうだろうとは思ったがやはりアンナだった。

 アンナと押し問答をしていたのはバーナードという若い警官だったが、

 ブリスコーを見ると、こちらを向き直って姿勢を改めた。


「ブリスコー巡査部長、こちらの女性が、私立探偵で市警のコンサルタントを名乗っているのですが――」

「ああ、その通りだ。通してやってくれ」


 ブリスコーがそう言うと、怪訝な顔ではあったが、バーナードはアンナに非礼を詫びて、

"Crime Scene Do Not Cross"のテープを押し上げた。


 警察は階級が物を言う組織だ。一介の巡査であるバーナードがブリスコーに従わない理由がなかった。


「悪いね。身分証をうっかり忘れてね」

「確かに身分証なしじゃ"私立探偵で市警のコンサルタント"

はかなり怪しい肩書だな」


 ロセッティ親子は所定の訓練を受けて正規のライセンスを取得したれっきとした私立探偵だ。

 ニューヨーク州とニュージャージー州で有効なライセンスを取得している。


 ライセンス取得には面倒な思いをしたらしいが、

 彼女たちの稼業にはかなり役に立っているという話だ。

 稀にだが、魔術を無関係な事件の依頼も受けているらしい。


「そうそう、薬物は検出されてないって話だけど、参考までに言っておくと亜酸化窒素ならば痕跡を残さずに昏倒させられるよ。

亜酸化窒素は時間がたつと体内で分解されるからね」

「アドバイスどうも。でも、今回は違うんだろ?」

「そうだね。違うと思う」


 魔術と科学。

 相反するもののようだが、この2つを矛盾なく受け入れている魔術師も少なくない。

 魔術の世界は、魔術と科学を似た技術として捉え、利用する現実主義者と

 相反するものとして魔術だけを信奉する神秘主義者に分かれている。


 言うまでもなく、アンナは前者だ。


 トップレベルの魔術師が一度は門を叩くというソサエティは魔術を専門に教える"オールド・カレッジ"を抱えており、

 その総本山はイングランドの古都、オックスフォードにある。


 オールド・カレッジに所属する魔術師は、本人が望めばオックスフォード大学の講義に出席することができるという。

 アンナは興味のあるものには可能な限り出席していたそうだ。


「ちなみにお前さんの所見は?」


 俺たちの会話を聞いていたブリスコーが言った。


「暗示だろうね」

「暗示?」

「術者が魔力を流し込んで、被害者の意識レベルを強制的に引き下げたんだ。

魔力はすべての生物が体内に持っているものだけど、魔術を使わない人間の魔力はごく微量だ。

酸素濃度が濃すぎると人が昏倒するように、魔力も濃すぎると人を昏倒させる。

量を加減してやれば、昏倒ではなく、理性が薄くなったトランスのような状態に誘導することもできる。

普段から大量の魔力にさらされている私たち魔術師には効かないけど、一般人相手なら体格に関係なく有効な魔術だ」

「魔術による催眠みたいなものか?」

「いや、魔術による暗示は被験者の被催眠性の深さに左右される催眠誘導法と違って、強制的に深いトランス状態に入れることができる。

トランス状態とは言っても防衛本能は残るから、自殺をさせるなんていうことはできないけど、

金縛り状態にさせることぐらいならそれなりの術者には難しくない。

拘束した跡もなければ薬物も検出されてないのに、被害者が暴れた形跡がないのはそれが理由だと思う」

「そうか、じゃあ、俺は退散した方がよさそうだな。"そっち側"の事件なら俺は役立たずだからな」


 そう言ってブリスコーは踵を返した。


「おい、アンナにも声をかけてたならどうしてわざわざ俺の安眠を妨害したんだ。

あんたなりの屈折した愛情表現か?」

「コンサルタントとはいえ部外者のアンナを刑事の付き添いなしで現場に居させるのはまずいだろ。

付き添いなら、何の魔力もない俺よりお前がいた方がベターだしな。

――それに喜べよ、ケーヒル。美女と一晩、一緒に過ごせるんだぜ?殺人現場でだけどな」


「鑑識の記念撮影サービス付きでか?」

「ああ、そうだ。おれからの心ばかりのプレゼントだ。楽しんでくれ」


 そう言って、ブリスコーは本当に現場から去って行った。

 優しさに涙が出そうだ。


「で、お前はどう思う」

魔術が使われたのは間違いないけど、殺しの手段自体はただの刺殺だね。手慣れてはいるけど神秘は感じないね」

「この傷口についてはどう思う?」

「同じ個所を何度も刺してること?

これは、多分、体系化されたプロのメソッドだと思う。

それも魔術とは関係ない分野の。

こういうのなら親父の方が詳しいと思うよ」


 ――その後、魔術的な痕跡が他にも何かないか2人がかりで探ったが、

 結局、わずかな魔力の残滓を感じただけだった。


 仕方ない、今夜は帰って寝よう。

 アンナと2人でいるのは嫌じゃないが、荒廃した殺人現場は一晩過ごすには辛すぎる場所だ。

 アンナも同意見だったので、その日は切り上げることにした。

全3回です。

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