メッセージ 後編
後編です
その翌週。
またしても非番だった俺は、アンナに呼び出されニューアーク・リバティー空港に愛車のダッジチャージャーで乗り付けていた。
目的の人物を迎えにいく運転手役という名誉の役割を仰せつかったからだ。
ニューアーク方面は渋滞が比較的少ない。
ギリギリに出たが目的の時間前に空港の到着口に辿り着いていた。
東京発の同じ便に乗っていたのだろう。
到着ロビーにはゾロゾロと大きな荷物を持ったアジア人が出てきた。
アンナはそのうちの一人、小ぶりなキャリーバッグを引きずって出てきた若い女性に歩み寄った。
「やあ、チヅル。アリガト、コンニチワ、カローシ、ソンタク」
アジア人の若い女性は答えた。
「凄い!日本語の語彙が前に会ったときの二倍になってる!凄い進歩だね」
「日頃の鍛錬の成果ってやつさ」
「アンナ、皮肉って知ってるかな?」
「知ってるよ。アンタの国の言葉じゃアテコスリって言うんだろ?」
「凄い!語彙が二倍半になった!」
二人はそこまでやり取りを終えるとがっしり握手をした。
「アンナ、元気してた?相変わらず立派な上腕筋だね。今もメスゴリラって呼ばれてるの?」
「あんたも大概一言多いね」
そして互いに破顔一笑した。
彼女はアンナの古い友人らしい。
女の友情はミステリーだ。
「ああ、彼はパトリック・ケーヒル。私の相棒で今日は運転手だ。パトリック、彼女は風宮千鶴。
今回の適任者だ」
「ケーヒル刑事。お噂はかねがね。よろしくお願いします」
彼女は俺を見ると日本式にペコリとオジギをした。
彼女は日系企業の受付嬢を足して平均値を出したような顔をしているが、その物腰もまるで日系企業の受付嬢のようだった。
「ああ、よろしく。俺のことはパトリックでいい。あと、そのオジギってやつ。反応に困る」
俺は右手を差し出した。
「おや?ウケが悪いね。大和撫子的な対応は東洋の神秘とかで欧米人にはウケると思ったんだけどね」
彼女は俺の手を取った。
食えない人物だ。
「さて、その依頼人のところに行く前に何か食べていいかい?機内食をパスしたから軽度の断食状態なんだ。
折角だからシェイクシャックのバーガーがいいな」
「アンタの神は肉食を禁じてるんじゃなかったっけ?」
「それは仏教だよ。神道は本来は肉食を禁じてないし、飲酒も禁じてない。
そもそも私の術は西洋とのミックスだからそんなことは気にしないよ」
〇
「やあ、こんにちは」
俺とアンナがチヅルを連れて依頼人の元に向かった。
「わたしは風宮千鶴。古風で読み辛くて語呂も悪いから、千鶴さんって呼んでね」
チヅルは食えない飄々とした風合いで気さくに挨拶をした。
言いしれない得体の知れなさは依頼人のアヤ・カジウラを緊張させていた。
こういった反応には慣れているようだ。
依頼人が浮かべて訝し気な表情に対し、彼女は特に何の反応も示さなかった。
日本人は寡黙で控えめだと聞くが、彼女は飄々としていて饒舌だった。
「さて、霊媒の前に軽く説明だ。ハリー・フーディーニは知ってるかな?」
アヤは戸惑いながら答えた。
「えっと……有名なマジシャン?でしたっけ?」
その解答にチヅルはポンと手を叩いた。
「素晴らしい!フーディーニは多くの霊媒師のインチキを暴いているけど、その一方で本物の霊媒師を探し続けていた。
そのために奥さんと生前に秘密の合言葉を交わしていたんだけど、ことはそう上手くいかないもので……」
言いかけたところでアンナがさっと手を挙げて制した。
「チヅル。それは今、必要な話かい?」
チヅルは肩をすくめた。
「そうだね。じゃあ、霊媒そのものについてだ。古典的な降霊会ではウィジャ盤という魔道具を使うけど、
私の場合は……」
言いかけたところでアンナがさっと手を挙げて制した。
「それは今必要な話かい?」
チヅルの経歴についてはアンナから説明を受けていた。
西日本にある旧家で神に仕える家の家長、風宮和人の姪っ子。
もとは分家の出身だったが分家の中でも段違いの才能を持っていたため本家で養子になり、オールドカレッジでハンターの講習を受けている
ときにアンナと知り合った。
術者としては徹頭徹尾学究肌で多くの術を研究しそれを日々磨いている。
常識的な倫理観の持ち主だが、無駄話が多い悪癖があるとアンナは嘆いていた。
「アメリカ人は本当に効率が好きだね。まあ、仕方ない。ここはアメリカだし、ここの流儀に従うとしようか」
〇
アンナが全開したとの同じように「成功報酬で構わない」という旨を説明するとチヅルはアヤと向かい合わせに座り、彼女の手を取った。
手を取り、目を閉じると、彼女の口から何か柔らかな響きの言葉が囁かれた。
おそらく日本語なのだろう。
彼女の唱えた文句は柔らかで、どこか神聖な響きがした。
唱え終わり、彼女の言葉が宙に消えると白い靄のようなものが浮かび上がってきた。
前回と同じく、アヤにはそれは見えていないようだった。
チヅルは目を閉じたまま、何かに耳をそばだてるような様子を見せた。
「ホルヘ・ポサダ」
彼女は突然言った。
「――ホルヘ・ポサダのことは悪かった。
ヤンキースの永久欠番ナンバー20に何の意味があるのかわからないけど、心当たりある?」
アヤの表情が一瞬にして変わった。
「私が十歳の時です……」
彼女は声を詰まらせ始めた。
「お父さん、何を考えたのかプレゼントにポサダのボブルヘッドを買ってきて……
『お前が前にポサダのバッティングフォーム真似してたから好きなのかと思った』って……
本当に、いつも何かがズレてた人でした……」
既に彼女の声には嗚咽が混じり始めていた。
反応で何となくわかる。
おそらく、ポサダのボブルヘッドの話は家族しか知らないような思い出なのだろう。
それこど、コールドリーディングでは聞き出せないようなレベルの。
「君のお父様、えらい早口だね。せっかちな人だったのかな?」
チヅルが聞き、アヤが答えた。
「ええ、父はよく……」
「ミディアムレアの焼き魚をを出してお母さまに怒られてた?
日本酒はいつも熱燗じゃなくてぬる燗で、焼き肉は生焼けだった?」
「……はい、そうです」
そこまで言ったところで一度、チヅルの口が止まった。
一呼吸置き、ゆっくりと彼女は言った。
「お父様が通院していたのは知ってる?」
アヤは何も答えなかった。
だが、反応からして応えは瞭然だった。
「では、君にとってはショッキングな事実を伝えなくてはいけないね。
――お父様は真面目で責任感の強い人だったんだろうね。
マネージャー職に就いて以来、常にストレスに晒されていた。
責任感が強いから辞めるという選択肢が取れない、真面目だから手を抜くこともできない。
真面目だから家族に心配をかけたくなくて、クリニックに通って薬を飲みながら騙し騙しなんとかやってたんだ。
それが、失踪した日に『プッツン』してしまったんだ。
それで、ブルックリン橋から飛び降りた」
部屋の中が静まった。
「途切れ途切れだけどこう言ってる――」
チヅルの声だけが続いている。
「『すまない。本当にすまない』
『母さんのことを頼む』
『お前はいつでもいい子だった。どうか幸せになって長生きして欲しい』
――それと」
〇
その数日後。
水上警察の馴染みの隊員から連絡があった。
イーストリヴァーで何か見つかった教えて欲しいと言ってあったからだ。
馴染みの隊員がパトロール中に見つけたのは男性の水死体だった。
変形が激しくもはや一見しても誰だか判別がつかなかったが、携帯していた免許証から
日本人ビジネスマンのコウスケ・カジウラだと判明した。
ブルックリン橋はイーストリヴァーにかかっている。
チヅルが降霊の時に語った内容が妥当であることを物語っていた。
もう一つ、降霊の内容が妥当であることを物語るものがあった。
チヅルの降霊ではミスター・カジウラがかかっていたクリニックの住所は分からなかったがセラピストの名前は分かっていた。
セラピーを受けた証拠となるものをミスター・カジウラは手元に残していなかったので、降霊を行っていなければ永遠に判明しなかっただろう。
日系人のセラピスト、カイル・ヒガシオカはミスター・カジウラが亡くなった事実を告げるとしばしの逡巡の後に数枚のSDカードデスクから取り出し俺に渡した。
「ご家族に渡していただけますか」
〇
告げられたとおり俺はイーストヴィレッジに向かい、ミスター・カジウラの遺族にドクター・ヒガシオカから託されたものを渡した。
今日は娘のアヤだけでなく母親のサキコも一緒だった。
「では、俺はこれで」
慣れてはいても御免こうむりたい役割だ。
俺は踵を返した。
待っていられないのだろう。
早速PCで再生し始めたらしい。
俺の背後からは生前のミスター・カジウラと思われる声と、その妻と娘がすすり泣く声が聞こえてきた。
〇
「そうか。それは良かった」
幸いにして、事件解決の時、チヅルはまだニューヨークにいた。
「ついでで数日観光していく」と宣言した彼女は、ロセッティ探偵事務所に居候を決め込んでいた。
俺が報告に行くと、アンナとメキシコシティまで出張していたマシューの旦那も戻ってきていた。
今日はチヅルは野球の愛好家らしく、今日はマシューの旦那とスタテンアイランド・ヤンキースの試合を観に行っていたとのことだった。
彼らはそろって事後の事に耳を傾けていた。
「なあ、あんたいつもああいうのを聞いてるのか?」
俺はチヅルに聞いた。
どうしても気になったのだ。
「いつも、じゃないけどそれなりに経験は多いね」
彼女は飄々と答えた。
「堪えないのか?ああいうの」
「堪えるけどね、でも今回はそうでもなかった」
「理由を聞いてもいいか?」
彼女は少し何かを考える素振りを見せてから答えた。
「聞いた話だけど911の時、運よく最後に機上から電話できた被害者たちは恨みつらみじゃなくて、『愛してる』を最後のメッセージにしてたそうだよ」
寂しそうな、それでいて少しだけ嬉しそうな表情を浮かべた。
「ミスター・カジウラの声は悲痛だったけど、奥さんや娘さんの事を語るときは優しかった。
最後の声を聞くっていうのも、悪いことばかりじゃない。
少なくとも私はそう思う」
最後までお読みいただきありがとうございます。
今回のエピソードは奇跡体験アンビリバボーにアメリカの有名な霊能力者が出てきた回をみて思い付きました。
霊能者の名前は忘れましたが、私にはアレ、曖昧なことを言って答えを引き出す典型的なコールドリーディングの手口と心理学のバーナム効果の組み合わせにしか見えませんでした。
ホンモノの霊能力者はそうそういないということですね。
(一応、注釈するとmagus hunterの世界には魔術やゴーストのような超自然現象は存在するけど、イカサマ師も存在するという設定です)




