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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
東京奇談
71/120

憑き物落ちる 前編

お久しぶりです。

唐突に思い付いた東京編。

今までのやつと直接的繋がりはありません。

一応の繋がりとしてたまに本編に出てきた風宮和人の姪っ子が主人公です。

前、後編の予定です。

 谷中霊園の桜は見頃を過ぎていた。

 連日の春の嵐のせいだろう。

 地面には振り落とされた桜の花びらが舞い、桜の木は無理なダイエットをしたリバウンドに怯える

男のように枯れた姿を見せていた。


 桜並木の道を通ると盛りを過ぎた木の元にビニールシートを敷いた団体がちらほらと見えた。

 ほろ酔い加減の集団の控えめな談笑が聞こえてくる。

 「墓場で酒盛りなんてバチあたりだな」と私は思った。

 だが、それと同時に思った。

 「ご先祖様たちも子孫が楽しそうな方が賑やかでいいのかもしれない」と。

 なにより花見客たちは楽しそうだった。

 ご先祖様たちも笑って許してくれることだろう。


 五人組の花見客の方を見ると――「それ」は見えた。

 朧げに宙に浮かぶ和服姿の男女――老夫婦だろうか――が彼らを微笑で見つめていた。


  〇


 私は古い――と言ってもたかだが二百年程度だが――の寺に生まれた。

 「天明(てんめい)」というのが私の名前だが、多くの人は初対面で「寺生まれか?」と看破してくれる。

 おかげで初対面の相手との最初の話題に困らない。

 長南(おさなみ)という珍しい苗字のおかげで同姓同名の人に出会ってしまって困ったこともない。


 家系は浄土真宗の一派で、私は次男坊だ。

 浄土真宗は大凡戒律らしきものが存在しない、限りなく俗世に近い一派だが、現住職である父は

生臭坊主を絵に描いたような男だ。

 趣味はワインのコレクションで週に一度はレアで厚切りのステーキを食べ、オタクの領域に確実に踏み込んでいるパンクロックファンだ。

 ダムドとセックス・ピストルズをこよなく愛し、父の運転する車ではいつもダムドの『地獄に堕ちた野郎ども』かセックス・ピストルズの『勝手にしやがれ!!』が

流れていた。

 ある時、パンクの騒音にしかめ面をしながら一回り年上の兄が言った「親父、生臭にも程度があるんじゃないか?」

 父は答えた「世俗を知ることも大事な修行だ」


 大学時代から父と交際してた母は父の言葉にただ「うんうん」と頷いた。

 兄は自分が論破された事、この車内に味方が居ないことを悟り何も反論できなかった。

 父と反するように真面目そのものの兄は若いながら檀家の受けもよく、時期の住職になることがほぼ決まっている。

 しかし、やはり血は争えないらしい。

 兄はパンクオタクにこそならなかったがUKロックの愛好家になり、ワインのコレクションはしていないがシングルモルトウィスキーをコレクションしている。

 それを除けば真面目そのものなのだが、画竜点睛を欠くとはこのことを言うのであろう。


 このように得度とは何も縁の無さそうな一族だが、一点、明らかに俗世と違う点がある。


 父の家系は魔術師だ。


 術師の世界には俗世を嫌う修行者タイプもいれば、父のように限りなく俗世に近い存在もいる。

 彼らはお互いに相容れず、基本的には相互不干渉だ。

 だが、一つだけ守らなければならないルールがある。

 「力の秘匿」だ。

 母のように一般の家系の出でも術師と親族になった場合は別として、どれほど近い友人であろうとも

やむを得ぬ場合を除いて自身が術者であることを明かしてはならない。

 「力の秘匿」の努力義務が果たされなかった場合は管理団体であるソサエティから罰が下される。


 それは、私の一族のように「視えるだけ」に過ぎない術者でも例外ではない。


 私が初めて「視た」のは私が五歳の時のことだ。


 実家の寺には御多分にもれず小さな霊園が併設されている。

 檀家の人々が眠る場所だ。


 ある日の夕暮れ、用を足そうと霊園に面した廊下を歩いているとき、霊園の方にぼうっと光る火の玉のようなものを見た。

 私は驚き、まずそのことを兄に告げた。

 兄は私の話を聞くと即座に血相を変え、父を呼んだ。


 何時も温顔な父が珍しく真剣そのものの顔をして私をじっと見た。

 子供心にたただ事でないことを私は悟った。


「いいか」


 父は言った。


「お前は特別なわけじゃない。目が見えて耳が聞こえて口が利けて歩いたり箸をもったりするほかに余分な

機能が一つあるだけだ」


 よくわからなかったが私は頷いた。


「それは良いものじゃないが、悪いものというわけでもない。お前には人には見えないものが見える。

 ただそれだけのことだ」


 そして幼年期から少年期の間にかけて私は「視える」ことに慣れるようになった。

 

  〇


 谷中霊園を突っ切り、上野方面に向かう。

 東京芸大の敷地に入る手前で曲がり、その先を一ブロック進んでさらに曲がる。


 父の地図が確かならこのあたりの筈だ。

 「庭に柿の木がある」と父は言っていた。


 時期的に柿の実は生っていないはずだ。

 よく考えてみれば、実の生っていない柿の木とそれ以外の樹木を見分ける術が私にはなかった。

 だが、幸いなことに庭に木が生えている家は一軒しかなかった。


 石垣の表札に名前がある。

 これも幸いなことに私の尋ね先は極めて珍しい苗字の持ち主だ。

 おかげでその古民家が目的地であることが一見して分かった。


 ほぼ約束の時間丁度。

 私はドアの前で呼び鈴を鳴らし、名を告げた。

 すぐにインターフォンから返答の声がした。


 「鍵は開いてるよ。どうぞ」


 私は言われるままドアを開け、入った。


 外観からして築五十年は経っているものと思ったが、中は新築ホテルのように清潔だった。

 古民家の趣を残しつつも、床や壁は明らかに最近手の入った形跡があり、控えめな照明が柔らかく空間を包んでいる。


 玄関で下足を脱ぎ、短い廊下を進むと障子の引き戸を開け、その先に進む。

 開けた先はどうやら応接室らしい。


 目的の人物はソファに腰かけていた。

 私の姿を認めると立ち上がってお辞儀をした。


 年は二十代の後半と聞いているが年より幾分か幼い顔立ちに見えた。

 色白でほっそりとした体躯をしており、背丈は160cm前後の平均的な日本人女性のものだった。

 鼻は小ぶりだが目はくっきりと整っており、柔らかくウェーブした亜麻色の髪が肩まで伸びている。


 彼女は一言でいうと「平均的な美人」に見えた。


 ベージュのチノパンに白いブラウスとネイビーのロングカーディガンというオフィスカジュアルの定番の

ような格好もあって、パッと見には無個性さを感じたが、こちらを見据えた目にははっきりとした知性と意思を感じた。

 

 それが彼女との出会いだった。


  〇


 私が彼女の元を訪ねるまでちょっとした事があった。

 「こちら側」の領分の事だ。


 私は大学を卒業後、警視庁の採用試験を受け警察官をしていた。

 大学で特に理由も無く法学部に入ったが法曹界に特に興味はなく、また司法試験を受けるような情熱もなかったが

法と無関係な仕事に就くことに抵抗があり、妥協案として警察官になった。


 しかし、それは結局妥協案だった。

 警察学校で訓練を受け、交番に配属となった私だが私の配属された交番は東京でも二十三区外の僻地にあり

恐ろしく暇だった。

 私は暇つぶしの方法を模索し、何の気は無しに小説を書き始めた。

 交番の先輩がそれを面白がり賞賛したことで図に乗り、文学賞に応募した。

 それがまずかった。


 私の小説は文学賞に引っかかってしまったのだ。

 そして私の中で欲が芽生え始めた。

 言うまでもない、「作家として成功する」という欲だ。


 処女作が受賞し、出版に漕ぎつけたことで完全に図に乗っていた私は勢いのまま二年で警察を辞めた。

 そして、見事に失敗した。


 半年間、ほぼ何も収入は無く、応募した文学賞はことごとく最終選考に行く前に落選した。

 しかし、ここまで来た以上、私は文筆の仕事がどうしてもしたかった。


 色々考えた結果、私はウェブサイトへの寄稿を始めた。

 記事は色々書いたが、特にウケが良かったのはオカルトサイトへの寄稿だった。

 寺生まれでそういう話の仕入れには事欠かないためネタは次から次へと出てきた。

 おまけに私には本当に「視える」のだ。

 ある意味天職かもしれない。


 時間だけはたっぷりあったため、せっせと寄稿し続けた結果、私はあるオカルトサイトの運営会社から

社員として誘われることとなりそれを受諾した。


 社員はわずかに七名であり、週に二回程度の出社の必要があったがリモートワークがメインだ。

 元来が次男坊らしいマイペースな私にはありがたいワークスタイルだった。


 幽霊や宇宙人、UMAに関する記事をせっせと書き、もといデッチあげる日々。

 思いもかけない方面から連絡があった。


 警察学校時代の同期生からだった。

 私は掟に従い、自分が術者であることを親族以外には知らせていない。


 しかし、警察学校は六か月に渡り、不特定多数と寝食を共にする。

 うっかり何かが「視えた」ことに気づかれてしまうこともある。


 私はある日のうっかり以来、「寺生まれでオカルト方面に詳しい」ことを必要以上に強調するようにしていた。

 警察学校の同期生は、ネットサーフィン中に私の署名が入った記事を偶然見つけ私に相談を持ち掛けたのだった。


 彼の相談は幼い従妹の少女だった。

 もともと大人しい性格だったが、最近調子がおかしいという。

 言葉遣いは乱暴になり、学校で度々喧嘩騒ぎを起こしている。


 少女の両親は当初、思春期特有の不安定さと思っていたが話し合いの場を設けてもいくら言い聞かせても少女の態度は変わらなかった。


 心配になって病院で検査したところ内科的には彼女は健康そのものだった。

 精神科にも行ったが精神科医の見解は「思春期のヒステリー症状」だった。

 少女の病状は悪化の一途だった。


 困った少女の両親は頼れるお巡りさんである私の同期に相談をもちかけ、

彼は私に相談を持ち掛けた。


「どうして医者の次の相談先が僕なんだ?」


 少女はオカルト好きでオカルトへの傾倒からその状態に陥ったのかもしれない、というのが彼の仮説だった。


 術者が人助けをすることは特に禁じられていない。

 「秘匿」の義務さえ守れていればだ。

 私は要請を受けることにした。


 私は両親同伴の元、少女と対面した。


 少女を一瞥し――私には「視え」た。


 少女の体からは黒い靄のようなものが浮かんでいた。

 私は瞬時に理解した。

 これは思春期のヒステリー症状などではない。

 「こちら側」の事件だと。


 しかし、ただ「視える」だけの存在である私は対処法を持たない。

 とっさの思い付きで「良い人物を知っています」と言ってしまった私は困り、さしあたりの処置として父に相談を持ち掛けた。

 これでも父は術者だし、住職だ。

 檀家からそういう相談を受けることもあるのではないかと思ったからだ。


「天明。俺みたいな生臭にそんな力あるわけないだろ?」


 父の回答は膝の抜けるような回答だった。


「檀家さんとか、そういう人から相談を受けることはないの?」


 私は一応食い下がった。


「まあ、慌てるなって。実のところな、檀家さんからそういう相談を受けることはあるし、もちろん無下にはしない。

そういう時はな……そういう力がある人を紹介するんだよ」


 父はそう言うと、スマートフォンを取り出し、一点のメールアドレスを提示した。


「ウチの遠縁に風宮って旧家があるんだが……」


 スマートフォンを操作し、私にアドレスを転送しながら父は説明した。


「そこは神道の家系で、俺の何代か前のご先祖様が喧嘩別れして仏門に入ったせいでずっと険悪だったが

いちおう細い付き合いだけは続いてる。そいで、そこの現当主の姪っ子が少し前から東京でハンターを始めた」


 私のスマートフォンがメールの受信をしらせる通知を表示した。

 メールを開くと、「風宮千鶴(かぜのみやちづる)」という名前と彼女の連絡先が記載されていた。


「ありがたい話だ。あの子が来てくれるまでは、伊勢からわざわざ関係者を呼んでたんだからな。

家計にも優しくて大助かりだ」


 父はやはり生臭だった。

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