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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
彼女たちの秘密
70/120

彼女たちの秘密 後編

後編です。

 現場を後にした私たちは、緑豊かなオークパークを歩きながら情報の整理に取り掛かった。

 いったん、21分署のデスクに戻っても良かったがセバスチャンは周りに人が居ようといまいと平気で魔術の話をし始める悪癖がある。

 「一応、秘密にした方がいいんじゃないの?」と私はそのたびに窘めたが「大丈夫だ。誰も俺の話など信じない。変人の与太話だと思っているさ」と取り合わなかった。

 「だが、俺と一緒にいることで君が変人扱いされるのはデメリットだな」と彼は最近気づき、魔術の話をするときは多少場所をわきまえるようになった。


「ジャスティン・マッケンジーの経歴を調べたけど、典型的な成金ね。でも金遣いは荒くなかった。奥さんのブランド品コレクターの趣味こそ許可していたみたいだけど、

所持している車は一台で、車種はプリウス。マディソンに慎ましい別荘を持っている程度で、仕事がゲームなら趣味もゲーム。典型的なギークってタイプ」


 「そうだな。俺も概ね同じ感想だ」とセバスチャンは同意した。

 

「ところで……」


 私は気になること質問した。

 「ご主人の浮気相手を教えてくれ」という無礼極まりない質問の意図だ。


「殺人事件の動機は主に金と愛憎劇だ。君にもらった資料によると、ジャスティン・マッケンジーは金銭トラブルを起こすタイプじゃない。

つまり……」

「カマをかけたわけね?」

「そうだ」


 セバスチャンは非常識だが無意味なことはしない。やり方は選んで欲しいが、成程とは思った。


「それで?あなたはどう思ったの?」


 私が意見を求めると彼は言った。


「いや、君の印象を聞きたい。俺は人間の心の機微には相当鈍い。カマをかけたのは君に反応を見てもらうためだ」

「……正直怪しいと思う。ブランドもの好きの夫人とギークな旦那。いかにも価値観がすれ違ってそう。

浮気ぐらいはしてたんじゃないかと思う」


 彼は「そうか」と答えた。

 私はそれに対し疑問を提示した。


「でも、あの夫人、魔力は微塵も感じられなかった。だから下手人じゃない」


 私は続けて「あなたは何か考えは?」と彼の考察を待った。


「現時点ではヒントはゼロだ。このあたりの術者に古式ゆかしい黒魔術の使い手はいない。もっと情報が必要だ」


××××××××××××××


 それから半月。

 捜査は一向に進展しなかった。


 ジャスティン・マッケンジー氏の死は不幸な自然死として処理されていた。

 どちらにしてもこの事件は法の範疇ではないが、同様の手口の事件が起こらないとは言い切れない。

 私は内心、焦り始めていた。


 セバスチャンからは音沙汰がなかった。

 そしてそれは起きてしまった。


「マーフィー」


 デスクワークをしていると、ボスのカーバー警部に呼び出された。


「……はい。わかりました」


 懸念していた通りのことを通告された。

 私はボスのオフィスを出ると、すぐにセバスチャンの番号をプッシュした。


 彼の短い返答を待って、電話口の彼に簡潔に事実を述べた。


「二人目の犠牲者が出た」



 二人目の犠牲者が出てしまった。

 ハンク・オーウェル。死因は心不全。

 四十五歳でIT企業のCEO。やはり妻は二回り年下だった。

 やはり被害者自宅に一人で、訪問者の形跡は無し。

 私は現場で魔力の残滓を探知。

 これを人は偶然とは言わない。


「夫は人から恨まれるような人ではありませんでした。社交的で人好きのする、とても優しい人でした」


 私の「ご主人は誰かから恨まれていませんでしたか」という質問にジョーン・オーウェル夫人は最上の評価を以って答えた。


 職業柄故人がこういった評価を下されることは幾度となく聞いている。

 統計上、殺人事件の加害者で最も多いのは被害者の親族だ。

 親族からの故人の評価がどんなに高くてもそれを鵜呑みにするの危険と私は経験から学んでいる。

 「社交的で人好きのする人物」ならば人との接触は多かったはずだ。

 ならば恨みを買うことがあってもおかしくない。


 私は型通りのやり取りをした。

 同行したセバスチャンは今回は何も言わずに話を聞いていた。


 やはり夫人からは魔力の滓も感じなかった。

 夫人との面談を終えると私たちはオークパークのオーウェル氏宅に向かっていた。


 前と同じくモダンで洒落た一軒家だった。

 

 亡くなったオーウェル氏は美術品のコレクターでもあったらしい。

 リビングの壁にはモンドリアンだかカンディンスキーだかの抽象画が飾られていた。


「その絵、上下が逆さまだ」


 壁にかかった絵を見てセバスチャンが言った。


「オーウェル氏は芸術を愛していたが、芸術の方はオーウェル氏を愛していなかったようだな」


 セバスチャンは以前のように仕事に取りかかった。

 あの特性の薬草を花に押し当てると一度フリーズし、勢いよく立ち上がって別に部屋から小袋を持ってきた。


 やはりと言うか。

 彼の手には呪い袋が握られていた。


「呪術の道具はそれ一つをとっても術者の癖が出る。間違いない。同一犯だ」


 彼はそう見解を述べた。


「マーフ、君は動機を追ってくれ。警察の権限で可能な限り被害者の人間関係を洗ってくれ」

「わかった。同様の事件が他にもないか並行で調べてみる。あなたはどうする?」

「俺は考察を重ねる。ミスター・オーウェルはご愁傷様としか言いようがないが、これでヒントが大幅に増えた」



 調べてみると同様の事件がこの二年の間にもう二件起きていた。

 現場はオークパークのエリア内に収まり、いずれも被害者は裕福な男性だった。

 発覚しなかったのはいずれも自然死と断定されていたためだ。

 魔力を探知できる私が今まで捜査にかかわらなかったために「魔術」という現代社会から隠れたファクターが明らかにならなかったのだ。


動機も推測がついた。


 ジャスティン・マッケンジーは女癖が悪かった。

 惚れっぽい性格のようでところ構わず浮気を繰り返していた。

 だが、あのいかにも計算高そうな夫人だ。

 それだけであれば見逃していただろう。

 

 ジャスティンは別の若い女性に入れあげており、どうも離婚を考えていたようだ。

 彼が離婚の件を相談するために弁護士の元を訪れていたという情報を手に入れた私はその弁護士の元を訪問した。

 本来、弁護士には守秘義務があるがそれはそれ。今起きている問題は殺人だ。

 私は暗示をかけ、魔術という超法規的措置で守秘義務を破ってもらった。

 結果、やはりジャスティンは本気で離婚を考えていたことがわかった。

 そして夫人はジャスティンの保険金の受取人だ。

 これは立派な動機になる。


 ハンク・オーウェルはとにかく金遣いが荒かった。彼は片っ端から高価な美術品を買いあさっていた。

 生まれながらの金持ちは成長過程で金を浪費しずぎない方法を学ぶが、成金はそれを学ぶ暇がない。

 彼は稼ぎも相当なものだったが浪費も凄まじく、預金口座は破産に向けて死の行進を行っていた。

 オーウェル夫人は度々その浪費癖を窘めていたが、オーウェル氏の浪費癖はむしろ加速していた。

 そして彼女は夫の生命保険の受取人だった。

 これも立派な動機になり得る。

 

 オーウェル氏の呪殺事件が起きた数日後、私はセバスチャンの事務所に赴き調べ上げた内容を共有していた。

 私が話し終えるとセバスチャンが言った。


「マーフ、君はいつも素晴らしいタイミングで現れる。実は、俺の方でも調べをすすめた。

そして、共通して加わっている社交の場があることが分かった」


 彼は続けた。


「旅行に行ったり音楽会に行ったり、申し訳程度にボランティア活動をしていたり……まあ、よくあるタイプの婦人会だ。今日、会合があってあと三十分ほどで始まる。

私立探偵の身分を活かし、コンタクトをとった。これからお邪魔して探ってくる。ちょうどいい君も来てくれ」


 主催者のマクレディ夫人の邸宅はやはりオークパークの静かな一画だった。


 私たちは正装したギャッツビーでも迎えに出てきそうな豪奢な門をくぐると、召使に案内されマクレディ夫人がお茶会を開いているリビングに通された。


 リビングでは一様に高級そうな装束を身に着けた若い婦人たちが英国風に三段重ねのティースタンドをお供にブラックティーを味わっていた。

 ミセス・マッケンジーとミセス・オーウェルの姿もあった。


 我々が部屋に踏み入ると、婦人たちの会話の中心にいた人物が我々の前に進み出て挨拶した。

 私はいつものように刑事の身分を名乗り、彼を警察協力者と紹介した。


「ジャスティンとハンクのことですね。惜しい方を亡くしてしまいました」


 ミセス・マクレディことメアリー・マクレディはマッケンジー夫人ともオーウェル夫人とも違う雰囲気を纏っていた。


 野心が服を着ているような佇まいだったがその目には知性の光が宿っている。

 彼女自身はミルウォーキーのビール醸造家の生まれだが、彼女の夫であるミスター・マクレディは成金ではない。

 先祖は伯爵(カウント)の爵位を持つ英国貴族で高等な教育を受け、代々堅実に財を築いてきた生まれながらの金持ちだ。

 部屋の中を見渡すと調度品の一つ一つが収まるべきところに収まっているように見える。

 調度品はそれぞれ決して華美ではないが、よく検めると高級品であることがわかる。


 醸造家の娘が貴族の末裔と知り合うなどよほどうまく立ち回ったのだろう。


「突然の訪問、失礼いたします」


 セバスチャンに話を振ろうとしたが、「君の方で気になるところまず聞いてくれ」と言われたので私は通り一遍の聞き込みを始めた。

 セバスチャンは「申し訳ないが、洗面所をお借りできるか?」とマクレディ夫人に聞くとどこかに消えてしまった。


 私が型通りに質問を続けていると、10分ほどしてセバスチャンが戻って来て「もういいぞ、マーフ」と耳打ちした。


 そして


「警察は自然死と断定したようだが、俺は他殺を疑っている。状況から見て殺人など不可能だが、実のところ見当はついている。

白状したいものは――ここに連絡してくれ」


 セバスチャンは勢いよく言うと、ダイニングテーブルの上に名刺を滑らせた。


 まさかの発言に私は面食らった。

 真犯人かもしれない相手に腹の裡を明かしたのだ。

 彼の行動はいつも破天荒だが今回はとびきりだった。


 私は半ば彼に引っ張られるようにして邸宅を後にした。

 

×××××××××××× 


 数日後、私はセバスチャンに呼ばれ、彼の事務所に立ち寄っていた。

 彼は自身の帰宅時間を私に知らせ、その刻限に来るように私を呼んでいた。


 渋滞がひどく、少し時間に遅れてしまった。

 ドイツ人は時間と規則にうるさいイメージがあるが、その例にもれず彼も時間にはうるさい。

 「スイス人はもっと時間にうるさいぞ」と彼は言っていた。


 チャイムを鳴らしたが、彼は出てこなかった。

 時間にうるさい彼にはらしくない行動だ。

 私は直感した。

「おかしい」と


 ドアにカギはかかっていない。勢い良く、ドアを開けた。


「マーフ!袋を探せ!」


 私が部屋に入るや否や、胸を押さえたセバスチャンが叫んだ。


「渦をイメージしろ!その中心が魔力の出どころだ!」


 言われた通り、渦をイメージする。

 魔力は空気に混ざり、空間を漂っている。

 だが、そこには微かな指向性がある。

 方向を見定め、私はその方向に走った。

 部屋の隅、セバスチャンがせっせと収集した古文書の束。

 本棚に収まりきらず、床に置かれた本の山をひっくり返す。

 袋があった。

 呪い袋の解呪は簡単だ。単に燃やせばいい。

 私は袋をひったくると、ガスコンロにくべた。

 袋は簡単に燃焼した。


 これで、先日のセバスチャンの行動の意味がわかった。


「……自分を囮にしたのね?……ちょっと無茶過ぎない?正直かなり焦った」


 セバスチャンは荒い呼吸を整えながら言った。


「それはすまなかった。だが、これであの会合の参加者の中に犯人がいることがはっきりした。首謀者は

――彼女だ?」


××××××××××××


「ミセス・マクレディ」


 挨拶もノックも省略し、我々はマクレディ夫人の邸宅を訪れていた。

 リビングでは前回の会合と同じ参加者たちが手を取りあい書物を片手に詠唱をしていた。


 これで完全にタネが割れた。

 

 ――サバトだ。


 この中に極めて微弱ではあるが魔術の素養がある人間が居る。

 サバトは魔女の儀式だが、魔力を同調させる効果がある。


 魔力は魔術師でなくとも僅かであれば発生させることができる。

 おそらく、彼女たちは数日単位で魔力を集め、それを今この場で開放しているのだ。



「警告だ。これ以上はよせ。あなたたちは自分が何を扱っているのかわかっていないのだろう?」


 セバスチャンの口調は静かに――しかし微かに怒りを含ませていた。


「ミスター・シュマイザー。私たちはオカルト本の朗読会をしていただけです。ここは自由の国ですよ。変人扱いされるのは仕方ありませんが、『止めろ』などと言われる覚えはありません」


 現場を押さえられたにも関わらずミセス・マクレディは凛として居た。

 大した胆力だ。

 相当な労苦をしてこの地位に就いたのだろう。


「ここに踏み込む前に結界を張った。呪いの力はここから出ることができない。放っておくと君たちに跳ね返るぞ。解呪するから儀式をやめてくれ」


 もちろん、踏み込む前に我々は策を整えていた。

 ハッタリではない。セバスチャンの口から出たのは嘘偽らざる真実だ。


 彼の真剣さは伝わったようだ。

 微かにだが、彼女がたじろぐのを感じた。


 だが……

 

「ミスター・シュマイザー。ご冗談は程々に。私たちは読書会の続きに戻ります。さあ、お帰り下さい。次回はアポイントを取っていらしてくださいね」


 それが夫人の最期の言葉だった。


××××××××××××


 嫌な後味を残す幕引きの後。

 私は応援を呼んだ

 犯人を法で裁くことはできないが、あの場にいた誰一人、二度とサバトを行おうなどとは考えないだろう。

 メアリー・マクレディの死は不幸な自然死として処理され――魔女たちの心のしこりとなって残り続けることだろう。


 応援が駆け付けるのを待つ間、セバスチャンは結論にいたる経緯を話してくれた。


「最初に事件の時に話したが、俺の知り限りこの辺に黒魔術の使い手はいない。だが、俺が現場を検めた二件の事件は両方とも呪い袋の作り方が酷似していた。しかし、どうにも作り方に違和感がしたそこで、俺は――」

「あなたは?」

「――ネットで検索した」


 その発想は無かった。


「その結果、ネット上で現場で発見したものと酷似した呪い袋の作り方を見つけた。サバトで少ない魔力を補う方法もネットで見つけた。

そうすると、これは正統派の魔術師の仕業ではない。ならば、関係者の多くが接点のある集まりで探るのが一番と考えた。

婦人会に潜り込んだ俺は、マクレディ夫人を見て中心人物である彼女を探るべきだと判断した。

洗面所に向かうふりをしてマクレディ夫人のPCにログインした。パスワードを知った方法は違法なので秘密だ。

そして、ブラウザの履歴から俺も黒魔術の儀式のページを見つけた。それで、自分を囮にすることにした」

「でも、待って。マクレディ夫人は魔術師じゃない……よね?」

「そうだ。彼女に魔術の素養は無い」

「じゃあ、どうして術は成功したの?」

「たまたま波長が合ったんだろう。稀にだがそういうことはある。最初はイタズラ半分だったが、成功して味を占めてしまったのだろうな」


 そこまで話すとセバスチャンは私が購入してきたコーヒーを一服含み、嚥下した。


「郊外の小奇麗な一軒家に住み、高級車が3台、旦那は高収入。離婚裁判になれば慰謝料もとれたはず。

その上に保険金まで欲するとは、人の欲は底なしだな」


 彼はつぶやいた。


「あなたは?」


 そう私は聞いた。


「俺の欲の底なんて浅いものだ。興味があるのは事件の捜査ぐらいだし、車は1台、自宅兼事務所は借り物だ」

「友達は3人だしね」


 彼は言った。


「足るを知る。人生には大事なことさ」

思いのほかアクセス数が増えていて驚きました。まだ読んでくださっている方々がいらっしゃるんですね。

でも次はいつ投稿するかわからないです。

ハーメルンの二次創作と映画サイトの寄稿はそれなりの頻度でやってますのでまたそちらでお会いしましょう。

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