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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『亡霊たちの夜』―Dead people struttin' in Central Park―
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『亡霊たちの夜』―Dead people struttin' in Central Park -5―

このエピソードは今回で完結です。

「Jesus Christ(何てこった)」


 2日後、アンナに呼び出された俺は、再び真夜中のセントラル・パークに来ていた。

 まだ、真夜中の血みどろアトラクションは開園前だったが、

 筋骨隆々とした大男たちがすでに、手に手に重火器を装備して開園を待っていた。


 男たちの装備を確認する。

 M4A1、SIG SG552、IMI タボールAR21、ステアーUSR……

 どれも一般人が入手が制限されている代物だが、

 ソサエティから認可を受けたハンターは下記の入手と所持について特別な許可が出るらしい。

 ATFの捜査官が見たら腰をぬかしそうな光景ではあるが。


 アンナが言うには、彼らは東海岸の都市圏に拠点を構えるハンターたちらしい。


「この国の都市には雑多な人種が住んでいるし外国人も多い。

主要都市ならば世界中から直通便があるから、アクセスも良い。

お尋ね者の魔術師がよく逃げ込んでくるんだよ」


 招集をかけたのはマシューの旦那らしい。

 古株なので顔が利くとのことだった。


「今夜集まってくれたのは、東海岸の街を拠点に魔術師狩りをしてる同業者の組合ってところだね。

私たちは基本的に一匹狼だけど、必要な時はこうやって組むこともあるんだ。」

「ああ、しかし、遠いところよくこれだけ集まってくれたもんだ」


 背後に、超人ハルクみたいな巨大な影が見えたかと思うと、

 その影が聞き覚えのある重低音で言った。


「よう、旦那。ニューヨークに帰ってきてたのかい

 ――しかし、マジで傭兵軍団のアベンジャーズとはね」


「アベンジャーズ?じゃあ、俺はキャプテン・アメリカだな」

「冗談キツいぜ、旦那。あんたのご面相はどう見てもヴィランだろ」

「じゃあ、どうすればキャプテン・アメリカに見える?星条旗のコスチュームでも着ればいいか?」

「あんたがそんなもん着て歩いてたら、家から出て3フィートの時点で逮捕だよ」

「俺はジャスティス・リーグの方が好みだぜ」


 とボストン訛りの大男が言った。


「じゃあ、バットマンは俺だな」

「いや、バットマンはどう考えても俺だろ」


 森でアメリカグマが遭遇したら、クマのほうが土下座して命乞いをしそうな二人組は

 どデカい図体をぶつけてバットマンのポジションを争い始めた。

 バットマンは確かにクールだが、なぜこの2人がそこまでバットマンにこだわるのか俺には謎だった。


「いや、俺だ」


 とスキンヘッドの大男がきついフィラデルフィア訛りでこの不毛なバットマンポジション争いに加わった。


 その後、ボルティモア訛りのアフリカ系の大男もバットマンのポジション争いに加わり、

議論はさらにヒートアップした。


 どうやら、東海岸に生息するハンターたちはバットマンが好きという奇妙な生態を持っているらしい。


 アンナは明らかに呆れていた。

 男という生き物は40になっても50になってもあまり成長しないようだ。


 議論が10分ほど続いたころ、あの夜の嫌な匂いがし始めた。

 その場にいる全員に緊張が走るのを感じた。


「ねえ、有益なディスカッションをしてるところ悪いけど、そろそろパレードの開演みたいだよ。

乗り遅れたらまずいんじゃない?」


 ほんの数秒前までジュニアハイスクールの男子のような議論をしていたマシューの旦那は、

 明らかに眼の色を変えると、レミントンM870MCSを手にして言った。


「よし、じゃあお前ら、確認だ。コンビは俺とキンケイド、ブランチとフォンタナ、クレイゲンとルビローサ、

アンナはパトリックとだ、Lock n' Load!(準備しろ!)」


 全員がうなずく


「撃て!」


 まず、旦那が眼の前に現れた死霊をスラッグ弾で容赦なく吹っ飛ばした。

 それを合図に全員が重火器をぶっ放し、公園内に散らばって行く。


「あんたにはこれだよ」


 そう言ってアンナは俺にM4A1を一丁渡した。


「……なあ、このアトラクション、見物ってわけにはいかないのか?」

「いいけど、見物料は命だよ?それでもいい?」

「じゃあ、参加料は?」

「参加料?もちろん命さ」

「Jesus Christ(何てこった)」

「悪いけど、今夜はJesus Christ(イエス様)には頼れないよ。頼れるのは自分たちだけだ」


××××××××××××


 それから、2時間は経っただろうか。

 公園のあちこちから、銃声が轟き、血みどろのアトラクションを演じていた死霊たちは

 目に見えて数が減っていた。

 所詮、生前の残り香のような思考力でただ本能のまま暴力を働こうとする手合いだ。

 百戦錬磨の戦闘のプロである現役のハンターに敵うはずもない。


 俺とアンナも数本のマガジンを消費し、銀で鋳造されたオートクチュールの銃弾を惜しげもなく費やしていた。


「終わりが見えてきたね」

「ああ」


 だが、その時、違和感がした。

 ――おかしい、何かがおかしい。


 俺がまともに扱える魔術は少ない。

 1つはアンナから教わったいくつかのルーン文字を使った魔術。

 もう1つは五感の強化だ。


 脳のリミッターを外し、身体能力を強化する魔術は高等技術で、

 完璧に使いこなせるのはアンナのような才能に恵まれた術師だけだ。


 俺の場合、身体能力を向上させることはできないが、五感だけは高い精度で強化することができる。

 アンナが言うには、俺のように後天的に能力を発現させた魔術師は、その引き金になった出来事と

 発現する能力に強い因果関係があるという。


 俺は、どこから敵が襲ってくるかわからない戦場での出来事がきっかけで能力に目覚めた。

 五感の強化は「あの時、危険を察知できていれば」という俺の願望が能力として発現したものらしい。


 感覚強化をオンにしていた俺は、大男たちがほぼセントラル・パークの全エリアを回りつくしていたことがわかっていた。


 公園内のあちこちで薬室から銃弾が発射される音が轟いてたが、

 この2時間の間に、全く音がしてこないエリアがある。


 4つのチームに分かれた俺たちは、セントラルパーク全域をカバーしていたはずだ。

 2時間も経っているのに誰も見ていないエリアがあるのは不自然だ。


 ……だとしたら


「アンナ、確認したいことがある。一緒に来てくれないか?」


 俺がそういうと、アンナは少し驚いたが、すぐに意図を汲んで言ってくれた。


「わかった。行こう」



 感覚強化を全開にしたまま、違和感の正体の元になったエリアに急ぐ。

 デラコルテ・シアター、公園内の野外劇場でセントラルパークの中心エリアだ。


 死霊が一体もいない。

 まるで、ここだけ明確な意思をもって避けているみたいに。


 ――間違いない、ここにこの事態を引き起こした"犯人"がいる。


 全身に緊張が走る。


 アサルトライフルを構え、四方に注意を払う。


 その時、真っ暗闇だった俺たちのほんの十数メートル先に、

 突如、男が姿を現した。


 男は東洋系で、40歳ぐらいに見えた。

 長身で、顔には深いしわが刻まれ、その姿は嘔吐感に似た強烈な重圧を憶えさせた。


 ――こいつだ

 この前、感じたあの不快な視線、間違いなくその持ち主だ。


 何か言わなくては……


 だが、思いとは裏腹に、手も足も、指1本さえも動かせなかった。

 足は地面に打ち付けられたように重く、全身がベースランニングを100周した後のように重かった。


 隣にいる相棒を見る。

 アンナと眼が合う。

 その眼がこう語っていた


「こいつはヤバい。手を出すな」


 ……1分だったか、1秒だったか、1時間だったか。

 完全に感覚が狂い、100年と10秒の違いも分からなくなっていた俺には

 一体それがどれほどの時間だったかわからない。

 とにかく、しばらくか一瞬か、沈黙が続いた後、男が言った。


「この地ではこれが限界か……」


 そういうと黒ずくめの巨体は夜の闇に溶けて行った。

 後にはまるでもともと何もなかったかのように、セントラル・パークの夜の闇だけがあった。


 男が消えると、体が楽になった。

 楽に呼吸ができることを神に感謝し、俺は深呼吸した。

 全身から冷汗が噴出していた。


「……都市伝説かと思ってたよ」


 アンナが絞り出すようにそんなことを言ったような気がした。


××××××××××××


 その日以降、セントラルパークで人が昏倒する謎の減少はプッツリと途絶えた。


 ボスに報告書を提出した俺は、その足で、アンナの元に向かった。


 マシューの旦那は留守で、アンナはカウチに座ってアイスティー片手に一服していた。


 「旦那は?」と聞いたところ、旦那はスタテンアイランド・ヤンキースの試合を見に行っているらしい。

 マシューの旦那はマイナーリーグの試合を見るのが趣味だ。

 今週はバッファロー、来週はタンパと言った具合にしょっちゅう遠征をしている。


 なぜ旦那がそこまでマイナーリーグの試合にこだわるのか誰にもわからない。

 アンナは以前、「確かにあのデカブツは紛れもなく肉親だけど、あれほど理解に苦しむ行動をとる人間はあまりいないね」

と言っていた。


 アンナは俺を招き入れると、俺にもアイスティーを用意してくれた。


「……なあ、お前、あの男が何者か見当がついてるんだろ?」

「ああ。魔術師の間に伝わる"ジャーニーマン"っていう有名な都市伝説があってね」


 ジャーニーマン?そんなに頻繁にトレードされてるのか?と言おうと思ったが止めておいた。

 ここは話の腰を折るべき場面じゃない。


「その男は、死のあるところにどこからともなく現れ、そして去っていく」

「何だそりゃ?」

「噂では、その男は既に200年以上生きていて、

もともとは高名な密教の僧侶だったが突如錯乱してしまったとか、

政府の弾圧でキリスト教を棄教し陰鬱とした気持ちのまま密教に転向して奇怪な行動を繰り返すようになったとか、

エピソードは幾通りもある。

―でも、本当は何者なのか誰も知らない」


「なあ、そんなに長く活動してるならどうしてソサエティは放っておいたんだ?」

「放っておいたわけじゃない。存在が不確かすぎて手が出せなかったんだ」

とにかく、奴に関して確かなことはほとんど無い。

確かなのは、奴が死者のいるところに次々と出没しているっていうことだ。

最初に目撃されたのはクリミア戦争。それから、プロイセン=フランス戦争、2度の大戦、

朝鮮戦争、ベトナム、エルサルバドル、ルワンダ、セルビア、コソボ、アフガン、イラク

大きな戦場や紛争地帯はもちろん、世界各国のいわくつきと言われている場所でも

ことごとく目撃され、今回のような騒動を起こしてる。

9.11のその日にも現場に居たっていう噂もある。でも、そんなことは大した問題じゃない」

「じゃあ、何なら大した問題なんだ?」

「2つある」


 アンナは分かりやすく指を2本立てて言った。


「1つは、アレはとっくに人の道から外れてしまった存在だ。今回の事態は事故としか言いようがない。

アンタも感じただろ?アレはどうにかできる存在じゃないって。

巨大なハリケーンか何かが眼の前を通り過ぎて行った。そう思うしかない」

「もう1つは?」

「この件は完全にカタがついた。奴はここから去った。多分、2度と来ない」

「……そうか」


 グラスの中を何気なくみる。

 アイスティーと溶けた氷がまざりあい、透明な液体とオレンジ色の液体がグラデーションを作り上げていた。。


「やつの行動をまとめると……」

「消えかけていた霊体を補強して殺し合いをさせ、それを観察した」


 予想通りの答えが返ってきたが、それにも関わらず俺はますます混乱した。


「何のために?」

「さあね。でもね、パトリック、そもそも狂人の行動に理由なんてあるのかな?」


 それが会話の終わりだった。


 ――今も奴は、どこかで死霊のエレクトリカルパレードを開催しているのだろうか。

 そして、あの感情をどこかに置き忘れたような顔で特等席に座り見物しているのだろうか。


「―背筋が凍るねえ」


 俺は誰にともなくそう言った。


「まあ、こんな暑い日には丁度いいんじゃない」


 アンナはそう言うと、煙草に火をつけた。

 俺も倣ってラッキーストライクに火をつける。


 二人の吐き出した紫煙が宙を漂っていた。

次回から次のエピソードです。

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