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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『幸せな死者』―Happy Death―
66/120

『幸せな死者』―Happy Death -2―

ほぼ1年ぶりの投稿になってしまいました。

後編です。

 私が連絡をしたきっかり5時間後。

 その人物はエスニックジョークに語られる国民性そのままの正確さで現場に現れた。


 身長約6フィート。

 年の頃は30歳前後。

 ほっそりとした体形で黒縁の眼鏡をかけている。

 ブロンドの髪は短く丁寧に整えられ、眼鏡の奥で神経質そうな青い瞳が鋭く輝いている。

 オールドカレッジ時代にできたたった2人の友人のうちの1人だ。


「アンナ・ロセッティ。美しき野獣よ。壮健そうでなによりだ」

「それ、褒めたつもりかい?」

「君は人目を引く外見をしているが人間離れした怪力の持ち主だ。

俺なりに適切な表現を探し当てたつもりだがね」

「まったく」


 我々は再会の握手を交わした。


「パトリック。紹介するよ。こちらはセバスチャン・シュマイザー。

私の旧友でシカゴを拠点にハンターをやってる。

セバスチャン。こっちはパトリック・ケーヒル刑事。

私の相棒だ」


「よろしく」と言って2人は握手を交わした。


「あんた英国人か?」

「残念、ドイツ人だ。生まれはドイツ連邦共和国のザクセン州ドレスデン。

だから正確にはセバスチャンではなくゼバスティアンだ。

尤もここは米国だからな。何でも英語読みに変化させる君たちの流儀に従いセバスチャンで構わん。

さて、早速だが現場を見せてくれ」

 

 なんのスモールトークも無し。

 「合理」と「効率」を重んじる彼らしい。


 私以外の魔術使いをあまり知らないパトリックは意外だったらしい。

 一言だけ感想を述べた。


「アンディとは正反対だな」


 セバスチャン・ウルリッヒ・シュマイザーは私の旧友で今はシカゴに拠点を置いている。

 彼はドイツ人だが完璧な英語を話す。

 私たちの共通の友人、アンドリュー・マクナイトによるとセバスチャンの英語は私の英語よりも綺麗だそうだ。

 確かに彼の英語は完璧だ。反論できない。


 彼と知り合ったのは魔術の学び舎での出会いには意外な程普通だった。

 オールドカレッジが本拠を置くオックスフォードには大きな書店がいくつかある。

 その日、私は日課の語学学習の教材を探していた。

 私にとって語学の学習は実益であると同時に趣味でもある。


 その日の目当てはフィンランド語の教材探しだった。

 ラテン系とゲルマン系の主要言語を大体習得していた私は北欧系の言語を学ぶ最初の足掛かりにするつもりだった。


 書店に据え付けられた椅子に座り、本を読んでいると何度か講義で顔を合わせた彼が近づいてきた。

 そしてこう言った。


「フィンランド語を習得するとエストニア語もなんとなくわかるようになるぞ」 


 こうして我々は友人になった。


 オールドカレッジを修了したあと、なぜかセバスチャンはシカゴに拠点を置きハンターになった。

 セバスチャンはドイツの古い家系の3男であり、私ともアンドリュー・マクナイトとも違う学究肌のタイプだ。

 それがハンターなどというヤクザな稼業を選び欧州から遠く離れた米国に拠点を置いたことは意外だったが

彼は「これは俺にとって合理的な判断だ」と語った。そしてさらにこう続いた。


「第1に、以前に話したと思うが俺は実家との関係が良好じゃない。

欧州には俺の実家と俺の親族が各地に散らばっているが関係の良好な親族は20歳年下の妹だけだ。

妹と離れるのは少々寂しくはあるがskypeなり電話なり21世紀において遠距離コミュニケーション手段は数あるからな。

だから思い切って米国を選んだ。

第2に。俺は工房に籠っているのが趣味じゃない。フィールドワークが好きだ。だからハンターになった。

第3に。シカゴは都市規模と治安の悪さがほど良い。魔術を使って悪さをする奴も度々報告されている。

フィールドワークにうってつけだ」


 私はただ「はあ、そうかい」と答えた。

 アンドリューもクロウリーも度々釈然としないことを言う人物だが彼も大概だ。



 パトリックの案内で私たち3人は被害者の部屋に踏み込んだ。

 表向きはただの不幸な事故死であるためニューヨーク市警はとっくに引き払っている。

 パトリックがそう告げるとセバスチャンはまず部屋を一周した。


 続けてレザージェケットの内ポケットから何かが入った小さな布袋を取り出した。

 袋の口を開けると中の何かを思い切り吸い込んだ。


「一体何をしてるんだ?」


 その明らかに不審な行動にパトリックが疑問を挟む。

 まあ当然の反応だ。


「俺流にブレンドした薬草で嗅覚を強化した。

俺の魔力探知は『匂い』でね。

脳の回路の混信で生まれつき魔力に匂いを感じる。

ふむ……」


 セバスチャンはハンターには珍しい学究肌タイプの魔術師だ。

 荒事は苦手だがその知識は莫大で繊細な仕事をとりわけ得意とする。

 魔力の探知に関しては私の知る中でもサマセット・クロウリーに次ぐ存在だ。


 セバスチャンは何かを感じ取ったらしい。

 部屋の隅に移動すると日々が入った床板の一つを引きはがした。

 彼の手が床下から何かを摘み取る。

 その指先には何か小動物の物と思われる足が摘まれていた。

 

「ロセッティ。君にはこれが何に見える?」

「ウサギの足に見えるね」


 私の回答が不満だったらしい。

 今度はパトリックを指した。


「ケーヒル。君には何に見える?」

「さあ、死んだウサギの足?」


 どちらの回答も不満だったらしい。

 溜息交じりに回答を提示した。


「これは呪術の道具。

ブードゥーの儀式に使われる代物だ」


 ブードゥーはハイチで発展した魔術で西洋魔術とアフリカ民間信仰の混ざりものだ。

 米国でも南部の一部地域で信仰されているがあくまでもアフリカ民間信仰の文脈の上に成り立ったもので

私の専門外だ。

 セバスチャンによるとこのウサギの足を使う呪術は「代償を伴う呪い」らしい。


「この呪いは呪いの対象者に一時的に幸運をもたらし、そのあと呪殺する。

今回の被害者のしょぼくれた中年男性は死の前に一時的に幸運に見舞われていたはずだ。

プロジェクトになんぞ住んでいるからには相当経済的に困窮、被害者の50代後半という年齢的に考えれば

絶望的な気持ちだったに違いないだろう。こういう呪いにでも縋りたくなるだろうな」

「それで、その次はどうする」


 パトリックからの問いに答える。


「だからまずはそのブリスコーとかいう鼻の利く警察官に過去5件の同様の事故死の事を聞け。

現場に必ずウサギの足があるはずだ。

ウサギの足があることを確認したらそいつから魔力を抽出する。

呪いの下手人が同じならば魔力は同じ匂いを持っているはずだ。

さっきの方法で嗅覚を強化して痕跡を追う。

それには出来るだけ多くのサンプルが必要だ」


××××××××


 私たちは調査に乗り出した。

 セバスチャンの読み通り、ブリスコーが疑問視していた5件の事故死被害者の境遇は驚くほど似通っていた。

 被害者は全員例外なく困窮しており例外なく低所得者用の住居か安宿に住んでいた。


 狙いどおりセバスチャンは全ての現場から例のウサギの足を発見していた。


 どの現場も一応警察が1度調べてはいたが、事件性がないため入念な捜索が行われていなかった。

 例のモノは天井裏や床下などおざなりな調べ方ではわからない場所に収まっていた。


 5本のウサギの足を回収すると私たちはアストリアのパトリックのアパートにまずは陣取った。

 「どうしてアンナじゃなく俺のアパートなんだ。俺の部屋はアンナのところと違って

工房みたいな機能はないぜ」とパトリックは疑問を呈した。


「ブードゥーは主に西アフリカとカリブで信仰されている宗教だ。

こいつを作った術者は移民の可能性が高いと俺は踏んでいる。

統計的に見て外国生まれの住人が一番多いのはクイーンズだからな」


「なるほど」とパトリックは答えた。


「では、いくぞ」


 セバスチャンは例の薬草を吸い込み、目を閉じた。

 日本式にセイザをして背筋を伸ばしている。

 「ゼン」の境地に至る彼ならでは精神統一法だ。

 

 セバスチャンの魔術は基本は西洋魔術だが東洋の術も混ざったサラダボウルのような術だ。

 そういうところが伝統を重んじるシュマイザー家と仲の悪い理由なのかもしれない。


 5分、10分。

 静かに時間が過ぎる。


 私とパトリックは待つ間、1服しようとしたが。

「そのガン作り棒は遠慮してくれ。嗅覚が鈍る」と止められた。


 さらに時間が過ぎる。

 私とパトリックが何度目かの欠伸をするとセバスチャンが目を開いて勢いよく立ち上がった。


「車を出してくれ」



 揃ってパトリックのアパートをでる。

 彼の愛車のダッジチャージャーに乗り込みパトリックがハンドルを握るとセバスチャンが方向を

指示し始めた。


「んで?お客さん、どこまで?」

「俺は客じゃない。それとはっきりした場所は分からんが感覚から言ってクイーンズからは出ない。

しかもクイーンズ内でも近いエリアだ」


 数分後。

「そこで止めてくれ」というセバスチャンの一言と共に車は止まった。


 特に反映している訳でもさびれているわけでもない。

 それなりに都会的でありながらそれなりに静かなクイーンズの街角だった。


 あたりを見回す。

 この辺りはエルムハーストと呼ばれるエリアだ。


 ニューヨークは多くの移民で構成された街だがここはもっとも移民の多いエリアだ。

 何かの記事で読んだがここの住人の7割は国外の出身者らしい。


 セバスチャンの先導で街角に立つ。

 そしてそのまま彼は動かなかった。


「おかしい。この辺のはずだ。ロセッティ、君は何か感じるか?」


 彼は狼狽していた。

 私も狼狽した。

 彼の能力はよく知っている。

 探知の失敗など見たことはない。


 しかしそこはただの夕暮れ時の街角だった。

 何も不審なものはなかった。


 そのままただ佇む。

 おかしい。何もないはずがない。

 意識を集中し魔力源を探す。

 しかし何も捉えない。


 これはどういうことだ……


「なあ、あそこで聞いてみねえか?」


 パトリックが横道の一画を指さした。

 薄暗い道の奥の方にアフリカ系の男性が簡素な机に怪しげな品々を置いて佇んでいる。

 ここに来た時、あんなものはあったか?

 疑問を頭がよぎったが悪くない判断だ。

 男性に近づいた。

 

「失礼。コレを作れる人間を探している」


 いつものようにセバスチャンは例のウサギの足を差し出し挨拶もなしに問いかけた。


 男はただ黙っていた。

 言葉が分からないのだろうか?


 男の眼を見る。

 落ちくぼんだ暗い眼をしていた。


 沈黙が訪れる。

 やはり英語が通じていないのか。

 スペイン語かフランス語か別の言語に切り替えて質問しなおそうと思ったその時

男が隣の建物を指さした。


「408号室だ」

 

 男の指さす方向をみる。

 古ぼけた豪奢とは言えない建物があった。


「ありがとう」


 私は一言礼を述べるとその建物に向かった。


 その建物は安ホテルだった。

 フロントで居眠りしていた若者を起こすとパトリックが警察バッジを見せた。


 若者は安眠を妨害されて不満げだったが不承不承408号室のカギを渡してくれた。


 朽ちた階段を上がり部屋の鍵を開ける。

 ――その先は

 ただの空き部屋だった。


 しかし、私の背には今まででもあまりの経験のない悪寒が走っていた。

 ――ここはただの空き部屋ではない。何かある。


 隣のセバスチャンを見る。

 セバスチャンは蒼い顔をして背筋を震わせていた。


「……ここだ」

「セバスチャン?」

「被害者0号はここだ」


 セバスチャンの頭の中ではすでに推理が組みあがっているらしい。

 勢いよく階段を降りるとさっきの若者のところに歩み寄り「支配人を呼んでくれ」と要求した。


 ほどなくして中年の女性が現れた。

 セバスチャンはいつものごとく何のスモールトークもなく本題を切り出した。


「408号室で最近、死んだ人物のことを教えてくれ」


×××××××


 セバスチャンの推理通り下手人はすでにこの世の人物ではなかった。

 ホテルの支配人の話だとあの安ホテルに滞在し始めたのは半年前、亡くなったのは1か月前だった。

 

 その呪い師のことを調べるのは少し骨だったが最終的には判明した。


 呪い師の死には事件性ナシだったため警察のデータベースではヒットせず。

 あの安ホテルに滞在し始めた時期と西アフリカかカリブの出身というあたりとホテル滞在時期から移民局のデータベースで

パトリックが調べた。


 パトリックは呪い師の写真をプリントアウトすると

私のアパートにやって来た。


 ホテルをチェックアウトして帰り支度を進めていたセバスチャンを呼び出すと

3人してその下手人の顔を検めた。


 その顔は――あの路上にいた落ちくぼんだ眼をした男だった。


「なあ、俺には全然わからねえんだが。

ありゃ一体何だったんだ?

残留思念ってことか?」

「違うよ。残留思念ならあんなにはっきり姿は見えない。

恐らく……」


 そのあとをセバスチャンが引き継いだ。


「あれは正真正銘の地縛霊だ。

地縛霊にもランクがある。

あの術者は俺の睨んだ通りに生前、相当な術者だったんだろう。

術者の持つ強力な魔力が無念の思いを増幅させて土地に縛り付けているんだろう。

俺たちのような魔力を持つ者、或は奴の精神性に同調する者を引き込み呪いをかける。

連続呪殺事件の被害者たちは全員が悪運と不運のどん底にいた連中だ。

あの呪い師と同じように。一時の幸福は天の恵みのように感じただろう。

実を言うと俺もあの呪い師について調べたがあの呪い師は占いで生計を立てながら

ミュージシャンを目指していたらしい。だがその結果は困窮の末に異国での孤独死だ。

相当に無念だっただろうな。

それであの呪いを自らにまず試した。

その死後も地縛霊となってこの世に留まり

同調する者に一時の幸福と死の呪いを授ける。

これからもアレはそういう存在としてこの地にとどまり続けることになるだろうな」


 全く背筋が凍る話だ。

 「どうにかできねえのか?」とパトリックが問う。


「俺やロセッティのような上等の部類の魔術師が霊体であることを判別できなかったような

確かな存在を持った地縛霊だ。優秀な程度の魔術師ではどうにもできないな。

相当に徳の高い神父あるいはサマセット・クロウリーのような怪物ならば祓えるだろうが

あの地縛霊はヴァチカンの定義する悪魔に該当しないからヴァチカンは手出ししないし

クロウリーは興味を示さないだろう」

「そうか。

――しかしお前らでもどうにもできないほどの術師が誰にも知られずに潜んでたとはな」


 ソサエティにだって感知していない術者の家系はある。

 西アフリカやカリブはは文明社会とは隔たりのある国だ。

 セバスチャンは勿論、承知している。

 素朴な問いに答えた。


「コイツは我ながら傲慢な例えだと思うが文明社会が光とするならば

未開の地は闇だ。

光は闇を照らすがすべての闇に光が届くわけじゃない。

そういうことさ」


 パトリックのスマートフォンが鳴った。

 電話を取り何か応対する。

 長い付き合いだ。雰囲気で解る。

 事件らしい。

 電話を切ると私たちの方を振り返った。



「新しい死体が出た。お前らも来るか?」


××××××××××××××


 パトロール隊のリーダー、ブリスコー巡査部長が現場で待っていた。

 現場はアッパーウエストサイドのプロジェクトの一室だった。


 足元を見る。

 みすぼらしい中年がバスタブで息絶えていた。

 ドライヤーの漏電が原因の感電死というのが検視官の見立てだった。


 既視感をおぼえる光景だった。


 男の顔を見る。

 その死に顔はどこか満足そうに見えた。


「甘き死よ来たれ」


 セバスチャンの口から祈りとも呪いとも取れない言葉が漏れた。

次回、例のごとく後書きです。

間隔が開いた理由は単純にやる気の欠如です。

あと2回分ぐらいは構想があるので読んでくださっている奇特な方はお付き合いください。

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