『幸せな死者』―Happy Death -1―
久しぶり更新です。
戻ってきました。ニューヨーク。
いつもの2人の登場です。
ケヴィン・マーケーキスは最後に満たされていた。
最後に豪勢な食事を楽しめた。
最後にニューヨーク・ジャイアンツの試合も見られた。
彼がいなくなったら妹は悲しむだろう。
だが、彼はもうたくさんだった。
この10年。ありとあらゆる不幸が彼を襲った。
職を失った。妻は去った。貯金はなくなり、ローンで購入した自宅は差し押さえられた。
人生を立て直そうと努力したが、ありとあらゆるツキが彼を見放し、彼は底なし沼のさらに深くへとただひたすらに落ちていった。
絶望している時、不思議な人物に出会った。
彼は不思議な力で一時だけ幸運を与えてくれた。
その幸運は一時のものだったが、晴れやかな最期を迎えることができると思った。
――その人物の話だと、「最期」は近いうちにやってくるらしい。
一体それはいつなのだろうか。
彼の頭を思考がめぐったが、自然の欲求を感じ、用を足そうと立ち上がった。
そのとき、足元に何か丸いものの感触を感じた。
彼はバランスを崩していた。
次の瞬間、頭部を激痛が走った。
それが最後に彼の感じた感触だった。
×××××
事故死の場合も警察は出張る。司法解剖が済み、死因が事故であると断定されるまでは俺たち警察の預かりだ。
元相棒でパトロール隊のリーダーであるブリスコー巡査部長に呼び出された俺はアッパーウエストサイドのプロジェクト※の一室を訪れていた。
足元を見る。
みすぼらしい格好の中年が頭から血を流して倒れている。
部屋の中から窓の外を見る。
道路を挟んだ反対側には超高級コンドミニアムが建っている。富裕と貧困。この街らしい光景だ。
「ガイシャはケヴィン・マーケーキス。57歳。無職。
訪ねてきた妹夫婦が発見して通報」
ブリスコーが淡々と状況を説明する。
部屋を検める。狭苦しく、散らかった部屋だった。
机の上にはテイクアウトの中華の空き容器が散らばり、足元には空のビール瓶が転がっていた。
争った形跡はない。瓶と遺体の位置関係を考えると足を滑らせて頭を打ったというのが妥当な推測だろう。
「どう思う?」
「・・・・・・どう思うって・・・・・・事故だろ、こりゃ?」
ブリスコーは俺の言葉反芻して言った。
「事故?本当に?」
現場を改めて確認する。
壁に頭を強打した男。争った形跡なし。
足元にはビール瓶。俺の見立ては間違いと思えない。
俺はブリスコーに尋ねた。
「他にどんな可能性があるんだ?」
「まあ、待てよ。それはこれから話す」
ブリスコーは手帳を取り出すとことのあらましを話し始めた。
最近一ヶ月。同様の事故死が立て続けに起きているとのことだった。
現場はいずれも低所得層向けのプロジェクトで、事故死したのは健康な一人暮らしの中年だった。
「変だと思わねえか?老人でもない健康な大人が自宅で事故死。
それも短期間に立て続けに5件だ。
ヨボヨボの爺さんが風呂場で足を滑らせて主の御前に行くなら自然だが、健康体の中年が自宅で足を滑らせるなんて・・・・・・
この街は800万人が暮らす大都会だ。たまたまと言えばそれまでだが、いくらなんでも不自然と思わないか?
それで、閃いたのさ。この世界には魔術とかいう神秘がある。
ひょっとしたら魔術が孤独な中年男の連続事故死の原因なんじゃないかってな」
俺はブリスコーの発言をよく咀嚼すると言った。
「刑事の勘か?」
「ああ」
「飛躍した発想だな」
「かもな」
そう言うと俺とブリスコーは黙り込んだ。
俺は考えた。
「飛躍した発想だ」とは言ったが確かに一理ある。
それに、ブリスコーはベテランの警察官で勘は確かだ。
呪いか召還術か。事故に見せかけて遠方から人を殺す方法はある。
俺の乏しい魔術知識でもそれだけの可能性が考えられる。
誰かがよからぬことを、俺の想像もつかない方法でやっていても不思議ではない。
飛躍した発想ではあるが考慮してみる必要はありそうだった。
「少し静かにしててもらえるか?」
俺は遺体の前にかがみこむと目を閉じ解析を始めた。
そして、ごくわずかな魔力を探知した。
当たりだった。
俺は遺体の前に屈みこんだまま顔だけブリスコーの方を向くと言った。
「ブリスコー。あんたの勘はマジで大したもんだ」
俺は殺人課の仕事と平行して調査を進めた。
わが相棒、アンナ・ロセッティに相談しようかと思ったが、それほどの難事とは思えなかったので、自分で調べてみることにした。
ケヴィン・マーケーキスは司法解剖の後、めでたく事故と断定された。魔術による犯罪は立件できない。
これで事件は殺人課の管轄ではなく俺個人の管轄になった。
一応、ソサエティのリエゾンにも連絡した。この件は魔術犯罪の可能性が高い。そうすると、ソサエティのお尋ね者の仕業かもしれない。
しかし、こういった騒ぎを起こしそうなお尋ねものはいない、というのがソサエティの回答だった。
後日、ボスのウィンタース警部からこの件を優先して調査するようお達しがあった。
すべての魔術に関する犯罪をソサエティの魔術犯罪捜査部のみで担当することはできないため、世界各国各都市の捜査機関と連携を取っている。
ソサエティは魔術の存在を可能な限り秘匿することを基本方針としているため、捜査機関の人間でソサエティの存在を知るのは上層部の一部だけだ。
ボスのウィンタース警部は魔術の存在を知らない。警部はただ、上層部から俺宛への命令を伝えるだけだ。
殺人課刑事の俺に殺人と無関係な事件を担当するようお達しが来たのは今回が初めてではない。
警部はその度に不思議な顔で俺に上層部からのお達しを伝える。
警部は今回も実に不思議そうな顔で中年男の連続事故死捜査をするよう伝えた。
俺は命令に従い、さらに捜査を続けた。
しかし、現場に残ったわずかな魔力以外、何の痕跡も見出せなかった。
×××××
「これだけじゃわからないね」
現場となったプロジェクトに彼女を連れて行くと、しばし難しい顔をした後、彼女はそう言った。
数日たってもまったく捜査は進展しなかった。
結局俺は、頼りになる相棒、アンナ・ロセッティの協力を仰ぐことにした。
アンナはいつものように淡々とクールに解析を済ませるとさらに続けた。
「あんたの推測どおり、これは呪いか召還術か、遠隔で機能するタイプの魔術だと思う。
でも、それ以上のことはわからないね。
召還だとしたら魔方陣のひとつでもなけらばおかしいけど、ここにはない。
呪いなら依り代が必要だけど、それに該当しそうな遺留品はなかったんでしょ?」
「ああ、残念ながらな」
そこで会話は途切れた。俺は唸り声をあげながら無いアタマを絞り、続く言葉をボキャブラリーから探し当てた。
「なあ、他になんか気づくことはないか?術の傾向とか、術者のクセとか」
俺がそう言うと、アンナは目を閉じて屈みこみ、床に手を当てた。
そしてしばらくすると立ち上がり言った。
「残った痕跡の感じからして西洋魔術じゃないと思う」
「つまり?」
「専門外だ」
「そうか」
俺はまたしても唸り声を上げた。 専門外と言われてしまうとどうしようもない。
さて、どうしようかと思い悩んでいると彼女が言った。
「だが、そういうのに詳しい人間なら知ってる。
連絡してみるよ」
※低所得者層向けの集合住宅のこと
次回。後編。
新キャラが出てきます。