『倫敦魔術探偵事件簿』―magus hunter: UK -2―
勢いだけで書いた番外編、後篇です。
何の意味も筋もありません。本当に雰囲気だけです。
私はロンドンを拠点とする万屋の魔術師だ。
私の魔術は器用さがウリであり、その器用さゆえに重宝される。
呪いの解呪、悪魔祓い、解析、荒事、迷い猫の捜索まで。魔術の絡む仕事であれば何でも引き受ける。
悪魔祓いを終えた翌日。猫の小便のような臭いのする私の定宿、エミールのホテルの猫の小便のような臭いのする狭苦しい部屋で惰眠を貪っていると、ドアをノックする音がした。
ドアを開けるとグレーのコートを着た長身で陰気そうな顔の男が立っていた。
「あなたに仕事を頼みたい」
男の話はこうだった。
名門の魔術師は大抵が資産家だ。そのため、財産管理に税理士を雇う。
大抵の税理士は代々その家系に仕えているのが普通で、主人を裏切ろうなどと考える輩はまず存在しない。
しかし、その名家は裏切られた。
税理士の女に厳重に保管されていた銀のリングを盗み出されてしまった。
そのリングはただの貴金属でできた宝飾品ではなく、代々伝えられ、魔力が編みこまれてきた家宝だ。どうやって盗んだのかはわからないが、リングは消え、変わりに「リングと引き換えに金を渡せ」というありがちな脅迫状が届いた。
要求された額は1万ポンド。1万ポンドぐらいで世界がひっくり返るわけではない。払ってもかまわないとその名家の当主は思った。
だが、問題は1万ポンドで本当にケリがつくかどうかだ。税理士の居場所はわからない。第2、第3の要求がこないとは限らない。それではキリがない。
そこで私が雇われる。消えた女税理士が送りつけてきた手紙は消印がロンドンだった。本当にロンドンに女がいるかどうかはわからない。だが、ロンドンの消印以外に手がかりもない。
「とにかく探してくれ」
陰気な顔をした依頼人の使者は短く簡潔にそう依頼を告げ、私はただ「イエス」と答えた。
確かに私に適切な仕事かもしれない。私は魔術師であると同時にライセンスを持つ探偵でもある。ソフィーをはじめ警察関係者に知人も多い。
私は唯一の手がかりである女からの手紙と女の顔写真を手にロンドン中の安ホテルを回った。行く先々で女の写真を見せ、そこに件の宝石が発する魔力がないか探知を行い、名刺をばら撒いて回った。警察にも協力を仰いだ。
方々を回り、名刺をばらまき続け3日目。
朝からの曇り空が雨に変わったころ。
私の部屋に女が現れた。
写真で見たとおりブロンドの女だった。
とても数字の勘定ができるようなタイプには見えない典型的なブロンド女だった。
彼女の写真を初めて見たとき、「とても税理士になれるような知能があるように思えない」と私は思った。
しかし、往々にして写真と実物のイメージとは異なるものだ。きっと本物は写真からはうかがい知れないような知性のオーラを
纏っているのだろうとその時は思った。
だが、目の前にいるブロンドの女はとてもそういうタイプには見えなかった。
どう見ても、小粋なジョークを聞かされたらジョークの意味を理解するのに丸1日かかるようなタイプだった。
何かがおかしい。私の直感はそう告げていたがまず単刀直入に聞いた。
「リングは?」
「どうぞ」
女はゴテゴテした装飾のハンドバックから件の品を取り出した。私はその品を検めた。
なかなかの品だったが、名門魔術師のお宝とは思えない。
確かに魔力はこもっていたが長年かけて蓄えたものではない。私が解析から導き出した答えは、「ごく最近に魔力がこめられたもの」だった。
やはり何かおかしい。と私の直感が告げていた。
「これをどこで手にいれた?」
私は2つ目の質問をぶつけた。
「男の人から渡されたの。これを持ってこの部屋であなたといいことすれば50ポンドもらえるって」
胃の底か嫌なものがこみ上げてくる。私は女を床に突き倒すとベッドのかげに腹ばいになった。
入れ違いにジョン・ボーナムのドラムプレイのごとき勢いでライフル弾が飛び込んできた。
ライフル弾は壁を突き抜け、マットレスから羽毛をまきちらし、花瓶を粉々にして窓ガラスをぶち破った。
さっきまでのただのみすぼらしい部屋は、まるでニキ・ド・サンファルのモダンアートのような芸術的空間に変貌を遂げていた。
AK47は20世紀の人類が発明した素晴らしい兵器だ。頑丈で威力も高く、素人でも扱いやすい。
唯一難点として、命中精度が高くない。どうやら、相手は訓練された兵士ではなく即席の兵隊らしい。
無傷のままライフル弾をやり過ごした私は、カチリという弾丸がつきる音を鋭い聴覚で捉えると、ヒップホルスターから
H&K USPを引き抜き、5発の弾丸を放った。
手ごたえは2発。ペナルティーキックのキッカーだったらブーイングを浴びせられる成功率だ。
「いい腕だな。ヘル・マクナイト」
壁越しに声が聞こえた。
ウィーン訛りのドイツ語だった。
私は声の方向に向かって言った。
「まったく。どうも妙だと思った。
リングの話も消えた税理士の話もウソだったんだな。
それらは全て僕に報復するための舞台装置だ」
「その通りだ、ヘル・マクナイト。あんたは安ホテルの一室でリングを持って女と消えようと談合したところを蜂の巣にされてジ・エンドだ。いい筋書きだろう?」
「あの陰気な顔した長身の男は?」
「売れない俳優だ。ラジオドラマで活躍してる。20ポンドで引き受けてくれたよ」
「何に対する報復か聞いてもいいか?心当たりがありすぎて見当がつかない」
「あんたのご活躍で大事なご子息をソサエティに拘束され、研究成果までせしめられたことにヘル・ブルックナーはひどくお怒りだ。だから、あんたは安ホテルでコールガールと一緒に銃弾で蜂の巣にされるのさ。ヘル・マクナイト」
いい台詞だが惜しむべきことに長すぎた。
私は声の方向に向かって4発撃った。
手ごたえは一発。引退の潮時だ。引退セレモニーぐらいはやってもらえるだろうか。
再び鉛弾のシャワーが降って来た。しかし今度は長く続かなかった。
ドアの外で一閃の光が走ると、まるで主神ゼウスが下々の者に命じたかのようにすべてが止まった。
続けて、誰かが穴だらけになったドアを開けて入って来た。
こんな芸当が出来る人間を私は1人しか知らない。
「どうせずっと使い魔で見ていたんだろ。悪趣味な奴だ」
「君の雄姿を見ていたくてね」
サマセット・クロウリーはいつもの気取った口調で言った。
「何をしたんだ?」
「暗示で眠らせただけだ。光はただの演出だ。僕のような高貴なる存在が登場するなら後光が差しているべきだろう?」
クロウリーは踵を返しながら言った。
「さて、僕はもう行こう。ソフィーを呼んでおいたから、あとは良きようにやってくれるだろう」
「クロウリー。君はいつから真相に気付いていたんだ?」
「君の部屋にお使いに扮した俳優がやって来たときからだ」
「分かっていたならどうしてもっと早く助けに来なかったんだ?」
「それじゃつまらないだろ?君のような凡人があがくからこの世界は面白い」
「デウス・エクス・マキナにでもなったつもりか?」
「とんでもない。神を名乗れるほど僕は驕っていないさ。
ただ、僕より優秀な人間はいない。それもまた事実だ」
彼はニヤリと笑って部屋から出て言った。
彼が出ていった後には私と女と山ほどの弾丸だけが残った。
強くなってきた雨が割れたガラス窓から部屋に入り込み、私の頬を冷たく叩いていた。
駄文を最後までお読みいただきありがとうございます。
次回更新は……お待ちください。




