『倫敦魔術探偵事件簿』―magus hunter: UK -1―
久々投稿です。
番外編です。勢いだけで書きました。
雰囲気だけです。『追憶の木』に登場したキャラを主人公にしてみました。
古都ロンドンは現在進行形の街でもある。
ウエストミンスター寺院やビッグベンが時代を超えた威容を放つ一方で、街のあちこちに再開発中のエリアがある。
このサザークもかつての倉庫街からモダンなエリアに生まれ変わろうとしている。
しかし、街は一晩で変わるわけではない。
神が「高層ビルよあれ」といえば高層ビルが出来上がるわけではない。
土地を平らにするのも高層建築物のジャングルをつくりあげるのも所詮は人間の業だ。
まだ開発の及ばない倉庫街の一角。そこでものものしく武装した警察のユニットが群れを成していた。その群れのなかから一人の女性が出てくる。
美しいブロンドの髪に碧い瞳。
5フィート3インチほどの小柄な体躯だが、肉体は均整がとれている。丸みを帯びた輪郭は彼女が、アングロ・サクソンの骨格にラテンの血が混ざっていることを物語っていた。
「アンドリュー」
彼女、ソフィー・エヴァンズ刑事は私の姿を認めるときびきびした足取りで歩み寄ってきた。
「夜分遅くにごめんなさい」
近寄ってきた彼女からかすかに香水の香りがする。
クレール・ド・ラリューンだろうか。
私は言った。
「香水を変えたのか?君はロール・デュ・タンを愛用していたかと思っていたが」
「正解。よく気がつく人って素敵よ」
「それはどうも」
短いスモールトークがすむと彼女の口から事の顛末が語られた。
「ガイシャはトーマス・アトキンソン。11歳。悪魔つきの症状が出始めたのは1ヶ月前。なじみの教会の神父様がヴァチカンに悪魔つきの申請をしたけど・・・・・・」
「当てて見せよう。年寄りと子供の2人組が送り込まれて返り討ち?」
「正解。新鮮な人間ミンチになってる」
まったくヴァチカンめ。低級と思ってナメていたのだろうか。奴らの仕事はいつもこうだ。
「その後、凶暴化したトーマスを制止するために警察が出動。追いかけっこになってこの状況に」
「ソサエティのリエゾンには連絡したか?」
「もちろん」
「やつらはなんて?」
「低級な悪魔憑きにパニッシャーは出せないって」
「では、われらが友人サマセット・クロウリーは?」
「興味がないって言われた。以上」
「それで僕にブランコの順番が回ってきたというわけか。まったくありがたいね」
倉庫の入り口をみる。入り口には大量の塩がまかれていた。私の視線に気づいたソフィーが言った。
「塩による清めと、単純な結界で閉じ込められた。少なくとも強力な悪魔ではないみたい」
「ふむ。上出来だ」
「ああ、それとこちらは……」
そう言ってソフィーは、彼女の傍らに佇む妙齢の女性に私の注意を向けさせた。
「ガイシャのお母さま。何か聞いておくことはある?」
ガイ者の母親、ミセス・アトキンソンは正体不明の警察とは無関係と思われる人物――私のことだ――の登場に不安を感じたらしい。
私をいぶかしげな眼で見た。いかがわしいこの稼業をしていると、よくこういう目で見られる。慣れたが気持ちの良いものではない。
もっとも彼女からすればただでさえナーバスになっているこの状況だ。無理もない。
「マダム」
私は紳士として静かに語りかけた。
ミセス・アトキンソンが顔を上げた。
「息子さんのミドルネームは?」
「……ヒューです」
「ありがちな名前だ」
そう言うと私は、ミセス・アトキンソンの返事を待たず量産品のスーツの上に着こんだ量産品のロングコートを翻して踵を返した。
×××××××
ドアを開ける。
テムズ川の臭気に混ざって濃厚な瘴気を感じる。
広い倉庫は長く放置されていたらしく、カビの匂いも混ざっている。
地価の高いこのロンドンでよくぞこんな物件を放置できるものだ。
目当ての存在はすぐに分かった。
ほんの数10フィート先に年端もいかない少年が立っている。
血の匂いさせ、こちらを睨んでいた。
「やあ、今日はいい天気だね」
私の愛想たっぷりな英国風スモールトークに相手は何の反応を示さなかった。私は構わず続けた。
「僕はアンドリュー・マクナイト。君は?」
正式な悪魔祓いの手順はまず悪魔に名前を言わせるところから始める。ヴァチカンのエクソシストはまず名前を言わせ、可能な限り穏便なる手段で悪魔を地獄に送り返そうと試みる。
しかし、相手からは何の返答も返ってこなかった。
よほど聞き分けのないタマなのかそもそも言語能力がない低級なのかもしれない。
「無駄だと思うが一応提案だ。
母親が心配している。その少年を解放してはくれないか?
解放してくれれば・・・・・・そうだな、こんな辛気臭い場所は離れて、ソーホーのストリップパブにでも繰り出さないか?僕が奢ろう。いい店を知ってるんだ。
きっと楽しいぞ。
もっともその後で地獄に帰ってもらうがな」
またしても返答なし。
聞き分けのない相手だ。
「やれやれ。このような魅力的な誘いを断るとは。とんだ堅物だな。
では・・・・・・」
私がとっておきのジョークを披露しようとすると穏やかではない返答が返ってきた。濃厚な瘴気と殺意。
相手の周りの空間が歪み、術式が形を成し始めた。
やがて"ヤツ"の体から黒い塊が飛び出してきた。
塊は刃の形を形成し、目前の敵、私に向かってきた。
だがこちらも準備は万端、おまけに私は百戦錬磨だ。
即座に術式の解析にかかる。魔力で編んだ刃。
取り付いた母体が魔力の不安定な子供であるゆえ密度も低い。
「解析完了」
私は右手を突き出すと、刃に触れた。
刃はホットチョコレートのように融解した。
思わぬ反撃に敵がうろたえる。私はゴール前に飛び出すリオネル・メッシのように一気にチャージすると、懐のフラスクから聖水をぶちまけた。
"ヤツ"の体から煙が噴出し、焼きすぎたローストビーフのような嫌なにおいが立ち込める。
さらに私は"ヤツ"との距離をゼロまでつめると首に下げたロザリオを押し当て、詠唱を開始した。
「地のもろもろの国よ、神の前に謳え。主をほめ謳え、古よりの天の天にのりたま者にむかいて謳え!見よ!主はみ声を發したまう。力ある声をいだしたまう。汝ら力を神に帰せよ!」
何度も詠唱してきた詩編。
我ながらほれぼれとする詠唱だ。
これを劇団関係者が聞いていたら、私はロイヤル・シェークスピア・カンパニーの一員に迎えられるかもしれない。
「父なる神とイエスキリストと精霊の名において命ずる! ――この者、忠実なる神の僕、トーマス・ヒュー・アトキンソンを開放せよ!」
少女の体から黒い煙が出てくる。
煙はやがて形を伴い、私に向かってきた。
まったく往生際の悪い奴だ。
私はジャケットからH&K USPを取り出すと、突進してくる影に向かいトリガーを引いた。
銀で鋳造し、術式を組み込んだ9ミリ弾が黒い塊に直撃する。塊は断末魔の悲鳴をあげて霧散した。
「Amen」
前後編の予定です。
実はこのアンドリューというキャラ、別所で掲載中のFateシリーズの二次創作(同じペンネームで書いてます)の主人公として創造したキャラです。(別世界の話なので設定は一部変更しています)
こっちでもメインを張らせてみたくなり、書いてしまいました。
後編は少々お待ちください。