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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『強引な出会い』―Encounter―
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『強引な出会い』―Encounter -2―

番外編完結です。

短い。

 その後、医師と看護師に様々な友人知人が駆け付けてくれた。


 相棒のエルバ、パリで暮らしている両親、アメリカの大学で教鞭をとっている兄。

 皆、ありとあらゆる種類の気遣いの言葉をかけてくれた。


 そして、彼らからは皆一様にダグに見えたのと同じような風合いの色が感じ取れた。


 数日して歩けるようになった私は、リハリビがてら病院内を歩き回るようになった。


 この病院は設立こそ18世紀と古いが、建物は近代的だ。

 ロンドンは、古い建築物と近代的な建築物が同居している。


 古い建物も新しい建物も見慣れているが、ここは病院ということもあって独特の雰囲気がある。

 そして、病院内を徘徊していると2つのことに気づいた。

 1つは私のもとを訪れた見舞客に見えていた色は、まったく見ず知らずの他人にも見えるということ。

 色は暖色系のこともあれば青かったり、緑だったり、場合によってさまざまだった。

 そしてその色は、その時にその人が持っているべきものであるように思えた。


 もう1つはぼんやりとした人型の影のようなものが度々見え、またどうもそれは私以外には見えていないらしいということだった。


 その影は老人の形をしている場合が多かったが、時に若者だったり女性だったり男性だったりする。


 それがエーテルと残留思念で構成された霊体であることを知るのはだいぶ先のことだ。


 さらに奇妙なことは増えた。


 病室の片隅から人の気配を感じる。

 何度となく、病室を改めたがやはり誰も居ない。


 そしてその気配を感じるたび体が重たくなるような……まるで誰かがのしかかってくるような奇妙な感覚を覚えた。

 その間隔は日増しに強くなっていった。


 だが当時の私はただただそれを奇怪に思い、「体が良くなれば大丈夫だろう」ぐらいに考えていた。


 或る晩、ついにそれは起きた。

 その夜は、ついにwheel of fortune<運命の輪>が回転を始めた日だった。


 奇妙な物音で目を覚ました。


 だが、音の出所が分からない。

 頭の覚醒に伴って、それが自分の頭の中から――奇妙なことのはずなのにそれはずぐに理解できた――していることがわかった。


 それは誰かの言葉にならない言葉で、怨念じみた不快な感情に満ちていた。


 体を動かそうとする。

 だが動かない。


 声を出そうとする。

 声も出ない。


 その声はだんだんと大きくなっていき、私の意識を侵食していくようだった。


 やめて。


 そう、頭の中で強く念じる。

 声の侵食していくペースは遅くなったように感じたが、それでも止まらない。


 全身をコールタールで固められながら、ゆっくりとテムズ川に沈められていくような気分だった。


 ――ダメだ。


 ――そう思ったとき。病室のドアが開いて誰かが入って来た。


 それがサマセット・クロウリーとの再会だった。


「ダグは退屈だが良いヤツだ。君の精神衛生上欠かせない存在だろうね。ソフィー」


 夕暮れ時のウエストミンスターを歩いているときに、ふと頬をくすぐる海風のような優雅な響きだった。

 私はすぐにその声の主が、あの日自分を助けてくれた青年であることに気が付いた。


 初めて会った時のクロウリーは冷たく青い色を纏っていた。

 今に至るまで、クロウリーから他の色が見えたことはない。

 

 彼はシティを闊歩しているブローカーのようなきびきびした足取りで私に近づくと言った。


「あのエルバとかいうベテラン刑事も出来た人間だな。同じく退屈だがね」


「あなたは誰なの?どうしてそんなことを知ってるの?」と言おうと思ったが声が出ない。


「なぜ知っているか?不穏な魔力を感じてね。

使い魔に監視させておいたんだ」


 魔力?使い魔?

 今ではどういう理屈か分かっているが、1年前の私の頭は

『タイタス・アンドロニカス』の結末のようにただ混乱するだけだった。


「おっと失礼。今、君は声が出せないんだったな」


 そう言うと、青年は私の頭に手を置いた。

 私には彼の手が光って見えた。


「僕の魔力で、局所的に君に憑いた魔力を洗い流した。

体は動かないだろうがこれで声は出せるはずだ。

悪いが体の拘束は少し待ってくれ。じっとしていてくれた方が仕事がしやすい」


「……いったい何を言っているの?」


 不思議なことに口元だけが楽になった私は、その一言をどうにか絞り出した。

 これが私とクロウリーが交わした最初の会話だった。

 実に奇妙な出会いだ。

 マダム・タッソーに飾られる日もいつかは来るかもしれない。


「今の君は強烈な金縛り状態にあり、頭の中で声が聞こえている。

そしてその声に侵食されていくような感覚を覚えている。違うかい?」

「どうしてそれを?」

「悪魔憑きだ」


 事態についていけていない私を尻目にさらにクロウリーは続けた。


「バチカンの定義では生前に悪逆非道の限りをつくした者。

もしくは不幸な死を遂げその瞬間の強烈な思念によってその地に縛り付けられ悪魔と化した霊体が悪魔だ。

本来はその霊体自体の力で生きた人間に憑依するのが悪魔憑きだが、

ある程度以上の術者であれば人為的に憑依現象を起こすことが出来る。

特に、君のような力の制御に問題のある未成熟な魔力の持ち主は絶好のターゲットでね。

君は実験台にされたわけだ」


 クロウリーは呆然としている私を見下ろし、さらに言った。


「よし、いいぞ。やはり君には素質があるようだな。無意識のうちに抵抗が出来ている。

これならばこちらも仕事がより容易い」


 私は頭に手がおかれるのを感じた。


「Vi Veri Vniversum Vivus Vici<我、真実の力によりて生きながらに万象に打ち克てり>」


 次の瞬間、私の体から叫び声をあげて黒い霧のような塊がクロウリーの手で引き摺りだされた。


「ソフィー、よく見ろ。これが悪魔だ」


 唖然とする私の眼前で、体から引きずり出された――こんなものが私の体内にいたとはとても信じられなかった――

黒い塊を、片手で自らの頭上に引き上げるとクロウリーは黒い塊にロザリオを押し付けさらに続けた。


「地のもろもろの国よ、神の前に謳え。主をほめ謳え、古よりの天の天にのりたま者にむかいて謳え。

見よ、主はみ声を發したまう。力ある声をいだしたまう。汝ら力を神に帰せよ」


 クロウリーの詠唱と共に黒い塊はどんどん薄くなり、叫び声を発してやがて消滅した。


「Amen」


 何秒か沈黙が続いた後、私の口から出たのはごく当たり前の疑問だった。


「……今のはいったい」

「きわめて常識的な質問だな。勿論、その質問にはお答えするつもりだが……その前にひと仕事だ」


 すると、クロウリーは病室の一画にある暗がりに向かって言った。


「ステファン・アルフレッドソン」


 なにも反応はない。

 当然だ。この病室には私とクロウリーしかいないはずだ。


「君のような格下とハイドアンドシーク(かくれんぼ)をするような趣味はない。

さっさと出てこい」


 すると誰も居なかったはずの病室の片隅の闇から、6フィート5インチはあろうかという金髪碧眼の大男が現れた。

 男の表情は暗がりでわからなったが、その声からは明らかに驚きの感情が感じ取られた。


「……サマセット・クロウリー。……パニッシャーに捕縛されたのではなかったのか!?」


 男からは赤い色が見えた。

 その色は私に動揺を感じさせた。


 クロウリーは対照的に落ち着きはらっていた。


「この街には僕の仕掛けた魔術的トラップが無数に存在する。

トラップはロンドンのマナに溶け込ませてある。

君のような2流ではそれがロンドンのマナなのか、それとも僕のトラップなのか判別は不可能だ」


「……私をどうするつもりだ?」

「失せろ。僕は君にデイリー・ミラーの星占いコーナーほどの興味もない。

即座に眼前から消え失せれば、この場は見逃してやる」


 アルフレッドソンと呼ばれた男は押し黙っていた。

 クロウリーは冷たい眼をさらに冷たくして言った。


「だが、また僕の気分を害するようなことをしてみろ。

その時は君を拘束したうえで、意識を覚醒させたまま足先から1インチ単位で刻んでやる」


 アルフレッドソンの体は緊張で強ばっていた。

 このクロウリーという青年は彼にとって畏怖の対象であるに違いない。

 そしてやがて彼の姿は現れた時と同じように暗闇のなかに溶けて行った。


「自己紹介がまだだったね。僕はクロウリー。サマセット・クロウリー。

魔術師だ」


××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××××


「それで、あなたはmagician(手品師)なの?」


 クロウリーは心底うんざり表情で――だが、彼から見える色は変わらなかった――言った。


magician(手品師)ではないmagus(魔術師)だ」


 私たちは病院を抜け出し、近所のカフェで向かい合って座っていた。

 病院には見回りがいたが、なぜか誰にも何も言われることはなかった。

 皆一様にまるで私たちが存在していないかのような振る舞いしていた。


 クロウリーは先ほど彼と、あの大男が操った神秘について訥々と語り始めた。


「魔術の正体はかつて存在すると信じられていた第5の元素、エーテルだ。

アイシュタインの特殊相対性理論の登場で、その存在は疑似科学として否定されたが実際は違う。

エーテルはすべての生命の源であり、神秘をもたらす存在だ。

だが、エーテルは生まれつき素質のある者以外使えないし、見ることもできない。

それ故に、表の世界では存在を否定されたのだ。

エーテルの振る舞いについては解明されていないことも数多存在するが確かなこともある。

エーテルには空気中に微量に漂うものと、生物の内部に存在するものの2種類がある。

人は死ぬと21グラム軽くなるといわれているが、これはすべての人間が持つ生命の源たるエーテルが

体から抜けるためだ。

魔術師はその21グラムのエーテルの他にも多量のエーテルを内蔵しており、

それらは呼吸や発汗と同じようにただ生きているだけで生産することができる。

こちら側の世界では、便宜上空気中に漂うエーテルをマナ、術者が内部に持つものをオドと呼んで区別している。

これらの物を僕ら魔術師は、エーテルあるいは魔力と呼んでいる。

それらを制御し、利用する技術が魔術だ」


 全く突拍子のない話だった。

 私がさっき見たものも突拍子のないものだったが、彼の話はそれ以上だった。

 私は混乱しきった頭のままで、私の身に起きた思い当たる不可思議な現象について言った。


「ひょっとして、私が見えるようになった色も……」


 クロウリーは軽く頷いて言った。


「ブリクストンの路地裏で負傷した君を助ける際に、僕の発明した魔術師を作り出す術式を行使したんだ。

この術式はもともと素質のある人間にしか効果がないが、僕の見立て通り君には素質があったようだ。

どんな能力が発現するかは未知数だったが、どうやら、君に発現したのは共感覚魔術のようだね」


「共感覚?脳の五感を感じる部分が混線して起きるっていう……」

「そうだ。だが、君が使えるようになったのは、人の纏うエーテルの色を読み解く魔術的センサーが

視覚と混線を起こす、魔力を持つものしか使えない共感覚だ。

君の見る色は、その時の人物の精神状態……魂ともいえるね。それをダイレクトに表現している」

「……にわかには信じがたい話だけど」


私はそこで1度言葉を切ると、大きく息を吸ってこう続けた。


「こうして目の当たりにした以上、信じるしかないみたいだね」


 クロウリーは満足そうに言った。


「うむ。やはり君は僕の見込んだ通り。柔軟な思考の持ち主のようだ。

君の相棒のエルバ刑事だったら頑なに否定していただろうね」

「私はこの能力と一生付き合っていかなければいけないの?」

「そうだ。不安だと思うが、能力をコントロールできるように導いてあげよう。

その代わりに――」

「――その代わりに?」

「今日のように魔術を悪用する魔術師がこの街には少なからず存在する。

僕は正義漢の類ではないから、興味のある事件以外、追うつもりはないが、

その時に捜査機関の人間の協力が得られるとありがたい。

そう、たとえば君のようなね」


ああ、ようやく「力を与えた」「借りは返してもらう」の意味が分かった。


「私は何をしたらいいの?」

「僕に協力を要請されたら捜査機関の人間として力を貸してもらう。

君は何か奇妙と思うことがあったら、僕のところに持ってくると良い。

気が向いたら手を貸してあげよう」


××××××××××××××××××××××××××××××××××××


これが彼との出会いだった。


今私は刑事として職務に勤しみながら彼に協力をし、また時には彼に力を貸してもらっている。


今日は後者の方だ。


クロウリーはジョイントを1本灰にすると言った。


「それで、今日の要件は?協力するかどうかはさておき、話だけなら聞いてあげよう」

次回はオマケ

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