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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly―
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『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly -4―

『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly -4―


 モリーさんの案内で石室に向かって2人は長い回廊を歩き始めた。

旦那はモリーさんを守るように前に立ち、

彼女の導きで青髯公でも住んでいそうな不気味な迷路の踏破を目指した。


「あの私たちを襲撃した者たちは何者なのですか?」


 混乱が収まってきた彼女はそう至極当然の疑問を旦那にぶつけた。


「あのワイルドバンチもどきの連中の事か?」


 モリーさんは不思議そうな表情をしてその質問に対し質問で返した。


「なんですか?そのワイルドバンチというのは?」


 後に旦那は知る事になるが、モリーさんの邸宅にはテレビはおろかラジオさえ無かった。

 彼女にとって『ワイルドバンチ』という単語は最後の西部劇と呼ばれた傑作映画の事ではなく、文字通り『野蛮な一団』の事を意味していた。

 図らずも概ね正解していたわけだが。


 旦那はワイルドバンチについての説明は後回しにし彼女にこう説明した。


「あいつらの持っていた武器はRPGにAK-47(カラシニコフ)

それにTT-30/33(トカレフ)

いずれもソ連製だ。

それとあいつら、まるで統率がとれちゃいなかった。

確信はねえが、おおかたボスニアだかセルビアだかユーゴ圏のゲリラ兵崩れなんだろ。

とにかく手口がお粗末その物だった。お陰で助かったぜ」


 旦那のその推測に対して、モリーさんからは何も言葉が返ってこなかった。

 訝しがり旦那が立ち止まって後ろを向くと、

 彼女はまるで初めて動物園でジャイアントパンダを見た子供のようにポカンとした表情を浮かべていた。

 そして絞り出すように旦那にこう尋ねた。


「あの……なんでしょう、そのRPGとかA……something(なんとか)というのは。

私の知らない最新の魔術なのでしょうか?」


 モリーさんは銃器はおろか近代兵器という概念そのものを知らなかった。


 次に旦那の口から出た言葉はこうだった。


For(マジで)real(言ってんのかよ)?」


 旦那は近代兵器についての説明をし、彼らフィッツジェラルド家付きの有能な魔術師達が一方的に破れたのは魔術戦以外の想定を全くしていなかったためだという分析を述べた。


「それにしてもあいつらを雇った奴はなかなかお利口なファック野郎だ。

お前さんの昨日の話から推測するに次期当主候補の誰かが仕組んだってことだろ?

名門フィッツジェラルド家の人間なら魔術戦を仕掛けてくると考えるのが当然だ。

あんたらにとっちゃ下賎なやり方ってところだろうが、こうして結果は出た訳だ。

名より実を取るタイプだな」


 モリーさんはうつむいたまま何も返答しなかった。

 それも当然だ。自分を狙ったのは親族の誰かで、特に近しい人間だった可能性もあるわけだ。

 当主候補者は危険にさらされる。

 その事を知識として知っているのと事実として経験するのは全くの別物だ。


 さすがの旦那も自分がデリカシーに欠ける発言をした事に気が付いた。


 旦那は気まずい沈黙を破って「やはりちと暗えな」

と呟くと懐からオイルライターを取り出しフラッシュライト代わりにした。


「魔術を使わないのですか?」


 不思議そうな表情をして彼女は尋ねた。


「魔術の炎を明かり代わりにするのは効率が悪い。明かりを灯すだけならこの方が効率が良い」


 彼女はクスリと笑うと言った。


「マシュー、あなたは不思議な人ですね。私の知っている魔術師たちとはまるで違います。

あ、マシューと呼んでも構いませんか?」


「ああ構わないぜ。Princess(お姫さま)


Princess(お姫さま)はやめてください。私の事はモリーと」


彼女の要求に従い旦那は呼びかけた。


「モリー」


モリーさんは旦那の呼びかけに対して花が咲くような笑顔を浮かべて一言答えた。


「はい! マシュー!」


 旦那はその笑顔に見惚れるしかなかった。

 ……これは拙い展開だ。

 もし俺が彼女の父親だったら命がけで2人を引き離しただろうな。


「マシュー、あなたの話を聞かせてください」


 それから目的地につくまでの短い間、要望に応えて旦那はモリーさんに色々な話をした。


 レーガン政権と冷戦、当時の米国の流行。

 襟足だけ伸ばしたオカマみたいなヘアスタイル。

 ピチピチのケミカルウォッシュジーンズ。

 ディスコダンスとジョン・トラボルタ。

 "キング・オブ・ポップ"マイケル・ジャクソンのダンス。

 ジャーニーのダサいミュージックPV。


 モリーさんはどの話も熱心に聞いていた。


 世相や風俗の話が終わると自分の家族の話をした。

 特にロバートの大将がマイケル・ジャクソンの「スリラー」のPVを見ながら

ダンスの練習を部屋でして壁をぶち抜き、大家と隣人を激怒させた話は大ウケだった。


 話が終わると旦那はマルボロのパックを取り出し明かり代わりにしていたオイルライターで火を点けた。


「私もいいでしょうか?」


 旦那は驚きの表情を浮かべて言った。


「あんた吸うのか?」


「いいえ、1度も吸った事はありません。どんな物だか興味があるのです」


 旦那は吸いかけのタバコをモリーさんに渡した。

 受け取ったモリーさんは1口吸うと大きく咳き込んで言った。


「おい、大丈夫か?」


 彼女は旦那にタバコを返すと言った。


「信じられない! よくこんな物を口にできますね!」


 旦那はこう述懐する。


「あの後しばらく経って、何が気に入ったのかしらねえが

モリーは中国だか台湾だかの下水みてえな臭いのするクソ不味いタバコを愛飲するようになった。

あいつの味覚はとにかくズレてた。結婚してすぐにあいつをキッチンに立たせることは諦めた」


 アンナは「母さんは料理が苦手だった」と言っていたが

苦手というより味覚がズレているというのが真相だったようだ。


 およそ1時間後、迷宮のような回廊の先にファラオだかなんだかのミイラでも置いてありそうな部屋にたどり着いた。

 部屋の中には粗末なベッドが1台と明かり取りのロウソクが壁に設置されている以外何もなかった。


 旦那はロウソクにオイルライターで火を点けるとベッドに腰掛けた。

 さすがの旦那も疲労していた。


 ひと呼吸つくと旦那はモリーさんが立ち尽くしたまま怪訝な顔をして壁の一点を見ている事に気が付いた。


「どうかしたのか?」


 モリーさんは壁の一点を指差して言った。


「ここに文字が掘られています。おかしいですね、ここはただの準備室です。

このような装飾があるなど聞いていません。

しかもこれは"掘った"というより魔術的な行程を経て"刻んだ"と言った方が適切に思われます。

それにこの文章はーー」


 そう言うと彼女はその文字列をメロディーに乗せて歌い始めた。

後に旦那はそれは彼女が母から子守唄代わりに聞かされていたアイリッシュ・トラッドだった事を知る。


「美しい歌だった。それに美しい声だった。あんな美声はマドンナでもマライア・キャリーでも出せねえ」


 その旋律に耳を傾けていた旦那は、やがて何か冷たい物が自分の頬を伝っている事に気が付いた。

 自分でもそんな物が頬を伝っている事が信じられなかった。

 旦那は自分が最後に泣いた日がいつだったか記憶を辿った。

 思い当たった記憶は10歳の時、ロバートの大将とケンカしてチョークスリーパーをかけられた時だった。

 つまりそれ以来旦那は10年以上、1度たりとも涙を流さなかったことになる。


 俺は神様が涙を流す機能を旦那に付け忘れたものと信じていたが

どうやら神様は設計ミスを冒していなかったらしい。


 歌い終わるとモリーさんは旦那の様子に気が付き言った。


「どうしたのですか、マシュー? お腹でも痛いのですか?

困りましたね、ここにトイレはありません……」


旦那はモリーさんのまるで見当違いな心配に笑みを浮かべこう言った。


「安心しな。腹が痛い訳でもなけりゃ傷が痛むわけでもねえ。

お前さんが気にするような事はひとつも無えよ」


 モリーさんは首を傾げて言った。


「体に問題がないのなら良いのですが……」


 その時、文字列が淡く光を帯び崩れ始めた。

 崩れた文字列は収束し一つの塊になると、その塊から声が聞こえてきた。


「モリー、あなたがこれを聞いているということはやはり次期当主に選ばれてしまったのですね」


 モリーさんは驚きの表情を浮かべ、こう言った。


「母の声です!」


 声の主がそれから語った話は2人を多いに驚かせた。

 25年前、モリーさんの母エブリン・フィッツジェラルドは次期当主に選任され

儀式のため邸宅から古城に向かうことになった。


 そしてその道中を警護する1団の中に旦那の父レイモンド・ロセッティが参加していた。

 由緒あるフィッツジェラルド家が外部から人を雇うのは異例の事だったが、

レイモンド親父は丁度次期を同じくしてダブリンでデカいヤマをこなしその噂が警護団のリーダーの耳に入ったらしい。

 きっとその時のリーダーはScumbag(カス)とは大違いのリアリストだったに違いない。


 恒例行事の如く、25年前の一団も襲撃に合った。

 襲撃の混乱の中、本体と逸れたエブリンさんとレイモンド親父は2人だけで古城へのルートを行く事になり

丁度今回の旦那たちと同じように心を通わせるようになった。


 声の主は最後にこう言った。


「ロセッティさんには悪いと思いましたがモリー、あなたの力になってもらいたくて

遺言としてロセッティさんへ警護の参加をお願いしました。

それともう一つ不純な同期も……。

レイモンドが来てくれたのか、それともロセッティ家の他のどなたかが来てくれたのか

私にはもう知るすべはありません。

でも彼らか彼女らかに会えたなら伝えてください。

私はあれから一日たりともレイモンド、あなたの事を忘れた事はないと。

あれは私にとって本当に良い思い出になっています。

もちろんモリー、私は当主になった事もあなたの母親になった事も後悔しているわけではありません。

ですがもしもあの時、フィッツジェラルドの家を飛び出してレイモンドと一緒になっていたらどうなっていたのか

ふと考える事があるのです。

……これから私が言う言葉は現当主の言葉としてではなく、あなたの母の言葉として聞いてください。

モリー、あなたの選択はあなたのものです。

この石室を出て祭壇に行くか、それとも別の道を選ぶかそれはあなたが決める事です。

フィッツジェラルド家の事を第一にではなくあなたの心を第一に決断しなさい。

私はあなたがきっと後悔しない道を選んでくれるものと信じています。

ではTake(元気)care(でね)。モリー」


 その言葉と共に光の塊が霧散し、長いメッセージは終わった。

 後には殺風景な石の壁だけが残った。


 旦那は出立前、父の言った「昔なじみ」の意味が随分と複雑な物だった事をその時知った。


 モリーさんは光の塊があった場所を見つめたまま、

様々な感情が入り交じった表情を顔に浮かべていた。

 しばらくして、その表情は決意を秘めた人間のそれに変わった。


 彼女は旦那に向かってこう聞いた。


「マシュー、今の時間はわかりますか?」


 旦那は当時最新だった初代G-SHOCK・DW-5000Cのデジタル文字を読み上げた。


 旦那の答えを聞いたモリーさんは命じるようにこう口にした。


「では、まだ間に合いますね。行きましょう」


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