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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly―
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『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly -2―

第2部。

舞台は現代のニューヨークから1980年代のアイルランドに移ります。

 悪魔祓いが無事終わると旦那は最高のスマイルを

その凶悪なご面相に浮かべて俺にサムズアップした。


「どうだ、俺のやり方は?

ポール・ニューマンみてえにワイルドだっただろ」


「エクスペンダブルズみたいに乱暴の間違いだろ?」


 俺がルーカス少年を抱えて倉庫から出ると

待ち切れずミセス・ブラウンはこちらに駆け寄ってきた。


 俺はそっと少年を彼女に預けた。


「警官に送らせます。念のため、病院でも診察を受けてください。

ジャルザルスキー巡査!」


 待機していたジャルザルスキーはひとつ大きなあくびをすると

眠たそうにこちらに近づいてきた。


「どうぞ、こちらへ」


 巡査はミセス・ブラウンを連れて市警の用意した車両に乗り込んだ。


 市警が用意したのはいつもの燃費の悪そうなSUVだった。

 助手席を見ると、今夜、俺の安眠を妨害したブリスコーの姿があった。


 ブリスコーはこちらに気が付くと窓を開けて

席から声をかけた。


「よお、今日はビッグ・ダディの方か?」


旦那がそれに答える。


「悪かったな、俺で」

「いや、旦那のご面相は良い防犯対策になるよ」

「言うじゃねえか、ブリスコー」


 ブリスコーは笑って「じゃ、お疲れさん」と俺達に告げると

ジャルザルスキーに促し車を発進させた。


 時刻は午前3時前。

 旦那の「運動して腹が減った。奢ってやるからお前も来い」

というありがたい言葉に従い、俺たちは現場からほど近い

9thストリートと5thアヴェニューの交わる角にある

24時間営業のダイナーに向かった。


 閑散とした店内にいるのは

はす向かいのボックス席で深刻な――恐らく別れ話をしている――若いカップルと

カウンター席でこの世の終わりのような表情を浮かべてコーヒーを飲んでいる中年のビジネスマン風の男

つまり俺たちを合わせて3組だけだった。


 旦那はスパニッシュオムレツとビーフ・オニオン・チーズのパ二ー二を

ミルクシェークでその巨大な胃袋に流し込んだ。

 見ているだけで食欲が無くなりそうな豪快な食事風景を眺めながら

俺は注文したサミュエルアダムスをちびちびやっていた。


 旦那はハリケーンが巨木を巻き上げるような猛烈な勢いで

それらのメニューを平らげると食後にミラーを注文した。


 食後、要望に応えて俺は旦那が不在だった間に起きた事件

セントラルパークの気色悪いエント(※『追憶の木』ーThe Treeー参照)の話をしていた。


 俺が事件の内容を掻い摘んで話し終わると

旦那は2本目のミラーを空にして絞りだすようにこう言った。


「そうか、モリーがな……。

アンディの奴もそうだが、アンナには辛かったな」


 そう口にする旦那の顔は百戦錬磨のハンターの物ではなく

娘を心配する一人の父親の物だった。


 旦那の言葉に対して俺は純粋な好奇心から質問した。


「なあ、モリ―さんってどういう人だったんだ?」


 旦那は俺の質問に対して難しい表情をしたまま

答えなかった。


 俺は慌てて取り繕うに言った。


「いや、話したくねえなら話さなくていい。

アンナからもモリーさんの最後は聞いたが、

あまり愉快そうじゃなかったしな」


 旦那は俺の発言に驚きの表情を浮かべこう言った。


「パトリック、アンナがお前に話したのか?モリ―の事を?」


 俺はその問いかけに対して「ああ、そうだ」と肯定した。


 旦那は自分の立派なアゴ髭を撫で

3日たまったクソを我慢している時のような唸り声を響かせるとこう言った。


「そうか、アンナがな……。

……パトリック、ちょいと長い話しになるが構わねえな」


「構わねえよ、どうせ今日はもう寝られやしねえ。それに明日は非番だ。

旦那さえ良けりゃいくらでも付き合うぜ」


旦那は「そうか」というと自分と亡き妻

 モリー・フィッツジェラルドに関する長い昔話を始めた。


 旦那とモリーさんの出会いは30年以上前。

この目の前にいるゴジラみたいな生物にそんな時代があったとは信じがたいが

マシュー・ロセッティは当時20代前半の若者だった。


 時代は1980年代、ベトナム戦争とウォーターゲート事件に揺れた

激動の70年代から保守的レーガン政権と冷戦の時代へと世相は移り変わっていた。


 旦那は今は亡き父レイモンド・ロセッティと兄ロバートの大将と共に

ハンターとして生計を立てていた。

 旦那も大将も母親の記憶がほとんどない。

 ヤクザな家業に嫌気がさし、レイモンド・ロセッティ夫人は旦那を生んで間もなく

家を出ていたからだ。


 ある日、旦那は単身海外での仕事を頼まれる。


父レイモンドはこう言った。


「生憎俺もロバートも別の仕事が入ってる。

本当は断っても良いところなんだが、依頼主が昔馴染みでな……。

マシュー、やれるな?」


 旦那は黙って頷いた。

 告げられた行き先はアイルランドだった。


 JFKからガトウィック空港を経由し、アイルランド・コーク空港に降り立つ。

 空港から目的地ケリー州・キラーニーへはバスを乗り継ぐ。

 コーク空港からコークシティのバスステーションへ。

 そこでバスを乗り継ぎ3時間弱かけて合流地・キラーニー中心部の

バスステーションに辿り着いた。


 アイルランド屈指の観光地に降り立ち

ミニチュアのような色とりどりの建物が立ち並ぶ長閑な街並みを眺める。

 周囲を見渡した旦那はその長閑な街並みに似合わない、黒塗りのセダンが停車しているのを発見した。

 さらにその車中から感じる魔力の気配。


 旦那はその車に歩みを進めた。


「お前がマシュー・ロセッティか?」


 乗り込んできた旦那に運転席の男が尋ねる。


「そうだ」


 旦那が短く返事を返すと、その陰気な顔をした

40がらみの男は車を発進させた。


 それから目的地につくまで一言も会話はなかった。


 走り出してものの10分で周囲の景色は長閑な街並みから羊と湖と草木しか見えない

アイルランドのド田舎のものへと変わっていった。


 旦那が通されたのはアメフト場よりも広大な敷地の中に立つ

ヴィクトリア様式の(旦那曰くそそり立つクソのような)邸宅だった。


 応接間に通されると今回の警護対象が直々に旦那を出迎えた。


「青白くて陰気な面した女だと思った」


 それが旦那のモリ―さんに対する第一印象だった。


「あなたがマシュー・ロセッティですね?」


 立ちつくす旦那に彼女は尋ねた。

 旦那は精いっぱいの丁寧さで「はい、そうです」と答えた。


「こんな遠いところまでご足労いただいてありがとうございます。

ですが先代、母からの遺言なのです。どうぞよろしくお願いします」


そう言うとモリーさんは恭しく頭を下げた。


×××××××××××××××××××××××


 フィッツジェラルド家は代々女性が当主となる。

 また名門フィッツジェラルドの当主になるという事は

魔術の世界において二つの重要なポストを受け持つという事を同時に意味する。


1つはソサエティの理事、そしてもう1つは神代から続く精霊を祀る

神殿の巫女だ。


 現当主は生前、自身の子を含めた親類縁者の中から

次期当主にふさわしい者をあらかじめ精霊の神託によって選出する。


 幸か不幸か、選ばれたのはモリ―さんだった。

 正式に当主に就任する際には普段住む邸宅から湖の対岸にある一族所有の古城に移動し

儀式を執り行う事になる。


 その移動の間の警護として旦那は呼ばれていた。


「そんな形式的なものなら危険はありませんね」


 旦那がそう確認するとモリ―さんはこともなげにこう言った。


「それは違います。当主に選ばれるということは精霊の加護を当主一家が

我がものに出来るのと同義です。

それ故、就任の際には争いが途絶えません。

現に親族の襲撃によって就任の日に命を落とした候補は一人や二人ではありませんので」


 イカれた一族だと思った。

 また同時に旦那はそんな血塗られた儀式を

まだ10代の少女が当たり前のように受け止めているという事実に怒りを感じていた。


 その後、翌日の警護のためのブリーフィングが行われた。

 移動は車、車列は最小の3台で旦那は後方の警護車に乗ることが決まった。

 メンバーは旦那を含めて7人。

 警護車に2名ずつ、警護対象車に3人の割り振りになった。


O'Connor(オコナー)だか、O'Neill(オニール)だかO'Reilly(オライリー)だか

やつらみんなそんないかにもアイリッシュらしい名前だったな」


 同時に由緒正しいフィッツジェラルド家に仕える魔術師として、

全員が終始ハンターである旦那のことを蔑んだ目で見てきた。


 旦那は彼らに対して名前を覚える代わりにジョン・ル・カレのスパイ小説よろしく

Asshole(クソ野郎)Plonker(アホ)Idiot(間抜け)

Scumbag(カス)Dog(ブサイク)Bonehead(のろま)

というコードネームを付けて心の中で呼びかけることにした。


 翌日早朝、旦那たち一団は対岸の古城に向けて10マイルの短い旅路に出た。

まだまだ続きます。

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