『亡霊たちの夜』―Dead people struttin' in Central Park -3―
続きです。
夏のニューヨークは強烈な日差しが差し込んでいた。
今朝の曇り空が嘘のようだ。
冬のニューヨークは猛烈に寒いが、夏のニューヨークは猛烈に暑い。
よく、こんな過ごしにくい気候の土地がこんなにも発展したものだ。
この街で生まれ育った俺でも、この気候にはしばしばうんざりすることがある。
だが、こんないい天気の日のセントラルパーク散策は最高だ。
――こんな目的でなければだが。
「まさか、死霊のエレクトリカルパレードとはな」
セントラルパークに来るのは久しぶりだったが、鮮やかな緑のまぶしいこの世界最大の都市公園には、明らかにこの世ならぬものが闊歩していた。
19世紀風の衣装に身を包んだ人々の影。
ニューヨークの血塗られた歴史を文字通り体感できる。
「驚いたね。まさかこれほどとは。これはどう控えめに表現しても異常だ」
俺の相棒、アンナ・ロセッティは明らかに楽しくはなさそうな表情でそう言った。
それから、俺たち2人は6マイルに及ぶセントラルパークの歩道を回った。
どこもかしこも血みどろの霊体がパレードしていた。
ふと、アンナが1本の木に眼をとめた。
「……これは」
そう言って屈みこんだアンナの視線の先には奇妙な象形文字らしきものが刻まれていた。
「なんだこりゃ?」
「梵字だね」
「梵字?」
「ああ、サンスクリット語を漢字で表現したもので、文字1つ1つがシンプルな術式としての役割を果たす。私たちが使うルーン文字みたいにね」
「ってことは、この現象を引き起こしてるやつは東洋の術者か?」
「だろうね。もっとも、東洋の術は完全に専門外だ。意味は分からない」
「ああ、そうか。西洋の魔術師と東洋の術者は相互不干渉が紳士協定だったな」
「人材の交流はあるけどね。私も――とても親しいとは言えないけど――東洋の術者なら知り合いがいる」
「じゃあ、その親しくない知り合いなら何か知ってるんじゃないか?」
「いや、多分、専門外だろうね」
その後、さらにセントラルパークを歩いて回った。
アンナが見つけたその梵字とやらは何本もの木に刻まれていることが分かった。悪趣味なパブリックアートだ。
「結界だね。どういう術式か分からないけど、かなり大規模なものだ。
この連続昏倒事件の犯人はどうやら相当の結界術師らしい」
「"かなりの"なんて言うことは、このエレクトリカルパレードの主催者はひょっとしてお前以上の術師なのか?」
「結界に限って言えばね。これほど大規模な結界は結界の構築に適性があって、
しかも相当な研鑽を積んできた者じゃないと創れないし、そもそも創ろうとも思わない」
死霊のパレードをひとしきり堪能させられた俺たちはベンチで一休みしながら、考えをまとめていた。
するとその時、数十フィート先で人が倒れる音がした。その方角に眼をやる。
「どうした?」
若い男が倒れていた。近づき、抱き起こして声をかける。
「大丈夫か?俺の声が聞こえるか?」
まったく返答がない。顔を近づけ、呼吸を調べ、脈を測る。
――浅い。それも極端なまでに。
俺はMarinesにいたころ、短期間だがイラクにいた。
人の脈が浅くなり、やがて止まるところを戦場で何度か見たが、
明らかに何の外傷もない健康体の若い男がそれに近い状態になっているのを
見るのは初めてだった。
「なあ、これが霊体酔いってやつなのか?」
「いや、違う。」
「じゃあ、一体何なんだ?」
「……生気を吸われてる」
××××××××××××
30分後。
不幸な事故にあった青年は救急車で搬送されていった。
駆け付けた救急隊員は青年の病状に首を傾げるばかりだったが、
ひとまず青年は病院に搬送された。
「……パトリック、この街にある特徴的なもの、思いつくだけ挙げてみてくれないか?」
青年が搬送されると、それまでじっと口を閉ざして考え込んでいあたアンナが突然口を開いた。
「なんだよ、藪から棒に」
「いいから、やってみて」
俺は戸惑いながらも連想ゲームに集中し、思いつくものを挙げはじめた。
「……そうだな、まずはトリガーハッピーなイタリア系の魔術師……」
「そのトリガーハッピーな魔術師に良いように使われてる刑事を忘れてない?他には?」
言われてみると意外に思いつかない。
こういう連想ゲームはその土地で生まれ育った人間にはむしろ不利なのかもしれない。
「バカみたいに高い物価、頭がおかしいじゃないかと思えてくるrent、マンハッタンの異常な人口密度……」
「それだ」
そう言えば、我らがニューヨーク・ヤンキースを出していなかったと思ったところで、アンナはそう言った。
「どれのことだ?」
「数千の霊体を"補強"するなら相応の魔力が必要だけど、歴史の浅いニューヨークは土地に根付いているマナの量が多くない。
でも、800万の市民からかき集めた生気なら賄える」
「チップでも回収するみたいに、1人1人からなけなしの魔力を掠め取ったってことか?」
魔術師でない一般人でも、微量ながら魔力を持っている。
ウィエターが一度にもらえるチップなどたかが知れているが、成程、その供給源が800万人にも及ぶなら中古車ぐらいなら買えるかもしれない。
「そうだね。セントラルパークは観光名所だから市民以外の人も集まってくる。
"エネルギー源"の確保として申し分ないし、術者が潜む場所としても最高だ。
なにせここには広い敷地と、6マイルの舗装された道がある。万一見つかっても逃げるのは簡単だ」
「なんてこった。魔力強盗が潜んでるってことかよ。じゃあ、俺たちがここに居るのはまずくないか?」
「いや、私たちは抵抗力があるから大丈夫。でも、ここは一度引き返そう。」
「それからどうする?」
「夜にもう一度来てみよう。魔術師は基本的に夜に活動する。この事態を引き起こした奴の本当の目的が分かるかも」
「……ってことはまた徹夜か。まったく、俺は本当に良いように使われてるな」
「そう言いながら従うあんたは相当なお人好しだね」
「重々自覚してるよ」
そういうと、俺たちはセントラルパークに背を向けて立ち去ろうとした。
その時、背後に嫌な視線を感じた。
胃がむかつくような例えようもないほど不快な視線だった。
「……なあ、今の……」
と言ったところで、アンナが口に人差し指を当てた。
その表情はただならぬ緊迫感を漂わせていた。
まだ続きます。