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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly―
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『モリーを偲んで』―In Memorial of Molly -1―

アンナはお休み。

マシューの若き日の回想です。

まさかのラブストーリーです。

書いた自分でも驚きの萌えキャラが出てきます。

 けたたましい電子音で眼が覚めた。


 外して枕元に置いていた腕時計を見る。

 午前1時半。

 この時間に電話が鳴る理由はそう多くない。

 少なくともハッピーな理由ではないだろう。


「ケーヒル」


 最近Blackberryとの入れ替えで署から配布されたXperiaの通話ボタンをフリックすると、

まだHello(もしもし)も言い終わらないうちに、電話の主がガラガラのしゃがれ声で言った。


 風の強い日に、夏風邪気味のボブ・ディランがメガホンに向かってしゃべっているような独特の声、

すぐに誰か分かった。


「ブリスコーか……」


 俺は眠い眼をこすりながら、電話の声の主、夜勤刑事のブリスコーに答えた。


「ああ、お目覚めか?」

「何度も言うようだが、あんたのその声は目覚めの気付にはお誂え向きだ」

「そいつはどうも」

「で、こんな時間に俺の安眠を妨害してくれたってことは、

つまり"こっち側"の事件か?」

「ああ、その通りだ」


×××××××××××


 30分後。俺はスウェットの上下にモッズコートを着込んで、

ブルックリン・ゴワナスエリアの倉庫街にいた。

 いつもなら急な呼び出しにもスーツを着込んでいくが

明日が非番のため手持ちのスーツは全てクリーニングに出していた。


 ゴワナス運河に流れ込む汚染水のイメージが強かったこのエリアも

最近では洒落たアートスペースやライブハウスが増え、大きな変貌を遂げつつある。


 とはいえこのエリアの大半は倉庫と目立たない低層住宅だ。

「ゴワナスはエッジーだ」という話をよく聞くが

何がエッジーなのか、どこにそのエッジーな連中が隠れているのか

それは誰にもわからない。


 辺りを見渡す。目当ての姿はない。

 ブリスコーから引き継いだ話を頭の中で反芻する。


 これはどう考えても"こっち側"の事件だ。

 そして、俺は"こっち側"の人間ではあるが、"こっち側"の人間としての能力は些か以上に物足りない。


 妥当かつ、確実な手段として、俺は夜中に人を叩き起こす行為の非常識さを自覚しつつも"彼女"にコールした。

 珍しく彼女は電話に出なかった。

 そのため俺は、彼女のビジネスパートナーでもある彼女の父に電話をかけた。

 彼は2コールで電話にでると、俺が先に電話した相手は今ローマに向かう機上である事を教えてくれた。

 ロセッティ親子は基本的に娘アンナがニューヨークで留守番、父のマシューが遠征担当となっているが、旦那曰く、今回の案件は旦那向きじゃなく仕方なく娘を行かせたとのことだった。


「だからだーー」


子供が聞いたら泣き出しそうな重低音で電話の主は言った。


「今日は俺相棒ってことだな、パトリック」


「よう待ったぜ、旦那」


 Crime Scene Do Not Cross<犯罪現場立ち入り禁止>のテープの向こうにその待ち人の姿が見えたのは、俺の予想より10分は早い時間だった。


 旦那はカーキ色のカーゴパンツに黒のTシャツ

分厚いムートンの裏地のフライトジャケットを着込んで現れた。


 その6フィート4インチの巨体と森でアメリカ熊が遭遇したら

熊の方が泣いて許しを請いそうな毛むくじゃらの悪人面は

800万のニューヨークで雑踏に紛れ込んでも、すぐに見分けがつきそうだ。


 俺は近づいて声をかける。


「悪いな、夜分に」


 旦那はCrime Scene Do Not Cross<犯罪現場立ち入り禁止>のテープを窮屈そうにくぐると、俺に一瞥くれた。


「ガイ者はルーカス・ブラウン、10歳。悪魔付きと思われる症状が出はじめたのは1か月前だそうだ」


 俺はブリスコーから引き継いだメモを読み上げる。


「ガイ者の母親にツテがあったらしく、ヴァチカンに悪魔付きの認定を申請したんだが、ヴァチカンの爺さんども、前で懲りなかったのかまたしても年寄りとガキの二人組を寄越してな。

低級と舐めてかかったのが運の尽き、二人ともハンバーガーパテみたいにされちまった」


 俺に連絡を入れたのはブリスコーだったが、

 現場に最初に駆け付けたのはジャルザルスキーという若い警官だった。

 ジャルザルスキーは、およそ半年前同じような目に合い(※『ハンター』ーPilotー参照)

 暫くハンバーガーを食えなくなったが、歴史は繰り返す。

 しかし人は成長するものだ。

 彼は応援が現場に駆け付けるまでの待機中にミンチになった死体を眺めながら

近くのウェンディーズで購入したチーズバーガーを夜食に腹ごなしをしていた。


「その後、応援が現場に駆け付て、追いかけっこになり、事ここに至れりだ。

"やつ"はそこに閉じこもってる」


 俺は、500フィート先にある古ぼけた貸倉庫を指さした。俺の指さした方向をみて旦那はうなずく。


「簡単なもんだがルーンで結界を張っておいた。多分、悪魔は悪魔でも低級なやつだ。

俺のヘボい魔力でも十分閉じこめられたぐらいなんでね」


 「わかった」と地響きを起こしそうな重低音で旦那は返事を返すと

俺の傍らにいる不安そうな表情をした妙齢の女性に気づき、目線をやった。


「ガイ者の母親だ」


 ガイ者の母親、ミセス・ブラウンは正体不明の大男

それも明らかに警察は無関係な人物の登場に不安を感じたらしい。

 ただでさえナーバスになっているこの状況だ。無理もない。

 だからか、旦那はその凶悪なご面相に最大限の笑みを浮かべて彼女に声をかけた。


「奥さん」


ミセス・ブラウンが顔を上げる。


「息子さんのミドルネームは?」

「……ジェイミーです」


何か上手い事を言おうと試みたのか旦那は数秒ジェイミーという名前の響きを反芻したあと静かにこう言った。


「……オカマみてえな名前ですね」


 ミセス・ブラウンは目の前の男の発言に目を丸くし二の句が継げないでいた。

 まったく……。


「おい、旦那!」


 失礼極まりない発言を咎める俺の声を気にもとめず

旦那は持参してきたスニッカーズをコーラで流し込み豪快なゲップをすると言った。


「あ? 何か言ったかパトリック。もう話がねえなら俺は行くぞ」


 旦那はコーラの空き缶をドウェイン・ジョンソンでも握手したら

悲鳴を上げて飛び上がりそうな馬鹿力でプレスし運河に投げ捨てると

巨体を揺らしてそのまま倉庫の中に消えていった。


 ……これでアンナなら、あとはお任せというところだが旦那の場合そうはいかない。

 俺は唖然としているミセス・ブラウンに「ここで待っていてください」と一声かけると旦那を追いかけた。


ここから先に俺の力が役立つ可能性は低いが旦那のやり方は荒っぽすぎる。


「おい旦那、待てって!今度は意味もなく壁をぶち抜いたりするなよ!」


 旦那の後に付いて倉庫に足を踏み入れる。

 暗がりの中に濃厚な瘴気を感じる。

 広い倉庫は長く放置されていたらしく、カビの匂いも混ざっている。


 目当ての存在はすぐに分かった。

 ほんの数10フィート先に年端もいかない少年が立っている。

 血の匂いをさせ、こちらを睨んでいた。


「よう、坊主。調子はどうだ? 暇でマスかきでもしてたか?」


 旦那の品の欠片もない挨拶に対して

 少年にとりついた"ソイツ"は唸り声を発しただけだった。

 旦那は続けて言った。


「お前さんもその坊主のカマ掘りには飽きただろ?

どうだ?今度は俺で試してみねえか?

――おっと、忠告しておくが、俺は今日クソしてからケツを拭いてねえ」

「……汚ねえな、旦那」


 旦那の不潔極まりないユーモアと俺のぼやきにも、

やはり"ソイツ"は無反応だった。


「話の通じねえ野郎だな。ま、無駄だと思うが一応言っておくぞ。

悪いようにはしねえからそのオカマの水兵みてえな名前の坊主を離してやっちゃくれねえか?」


 何も返答は無い。

 対話で悪霊が離れてくれればハッピーエンドだったが、交渉の余地があるとは思えない。


 旦那は――先ほどのコーラの炭酸が残っていたのか――

トドかセイウチが求愛行動する時のようなドでかいゲップをして言った。


「そうか。嫌か。ならしょうがねえな」


 旦那が対象に対して走り出す。

 迫りくる大岩のような筋肉の塊に対して少年の体から黒い塊が

飛び出してきた。

 塊は刃の形を形成し、目前の敵、旦那に刃を向け――

ロケット弾のような右ストレートで粉々にされた。


 思わぬ反撃に相手がひるんだ。

 旦那は十字架を少年の頭に押し付け、詠唱を開始する。


「地のもろもろの国よ、神の前に謳え。主をほめ謳え、

古よりの天の天にのりたま者にむかいて謳え!

見よ! 主はみ声を發したまう。力ある声をいだしたまう。汝ら力を神に帰せよ!」


 地獄の扉が開く時のような重低音が倉庫に響き渡る。

 俺はしかめ面で両手を耳に当て、暗闇で一人ごちた。


「耳栓を持ってくりゃ良かった……」


 旦那の詠唱は尚も続く。


「父なる神とイエスキリストと精霊の……

この先忘れちまったな。とにかくお前は逃げられねえ。

ケツの穴開いて出てきやがれ!」


 観念したのか少年の体から黒い煙が出てくる。

 煙はやがて形を伴い、旦那に力なく向かってきた。

 その姿は半ば諦めの境地に陥り、ヤケになってスティーブン・セガールに立ち向かう悪の親玉のように見えた。


全5回の予定です。

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