『悪魔を憐れむ歌』―A friend and an acquaintance in London -3―
すいません。すごく間が空いちゃいました。
週刊か隔週ぐらいでは更新したかったんですが。
すいません。これで完結です。
10分後、尚もニヤケ面で皮肉を言い続けるクロウリーと
それを拝聴する私たちの元に、ソフィーから連絡があった。
クロウリーのアパートにある固定電話が鳴り、
彼がそれをピックすると、スピーカーに切り替えた。
「こちらサマセット・クロウリー。
つまらぬ世の中に飽いたハーレクインだ」
電話の主であるソフィーはクロウリーの理解不能なユーモアを無視すると、
実務的な事実を一つだけ告げた。
「今からこっちに来て。
パトリックがいいものを見つけたの」
×××××
首都警察のソフィーのデスク。
ソフィーは目の前のラップトップを起動させて言った。
パトリックが経過について話し始める。
「まず、ソフィーが事件のホシ、いや魔術的観点から言えばガイシャだな。
から改めて話を聞いた」
ソフィーが後を引き継いで言った。
「凶暴化した人たちに話を改めて聞いたら、
事件当時、彼らの意識は混濁、何かが頭の中に流れ込んでくるような感覚だと言ってた」
「悪魔付きの症状と一致するね」
「それが、注意深く聞いてみたらどうも違うことがわかったの」
そこで彼女は1度言葉を切り、クロウリーに言った。
「悪魔付きは徐々に意識が侵食されていく。
それは短くても数時間から数日にわたっておこる。
合ってる?クロウリー」
「君のご高説の通りだ」
「でも、ガイシャたちが意識の侵食を感じ始めたのは事件の起きる数分から数10分前だった。つまりこれは――」
私が後を引き継ぐ。
「悪魔付きじゃない?」
クロウリーが横から言った。
「正解だ。
よくぞそこまでたどり着いた凡庸なる君たちに、ここまでの模範解答を提示しよう。まず聞くが、悪魔の定義とは何だ?」
私は答えた。
「生前に悪行を犯した人間が霊体になったまま強烈な思念でその地にとどまり、
土地の魔力を吸い取って強大化したもの」
「その通り。
取り付かれた者はどうなる?」
「凶暴化し―取り付いた者の魔力をつかさどるデッドゾーンを刺激、
神秘の技を使えるようになる」
「被害者たちは神秘の技を使ったか?」
「使ってない」
「そう。つまりこの事件は悪魔付きではない」
私は少し考えるとパトリックに言った。
「それで、パトリック。
あんたが見つけたものって」
「こいつを見てくれ」
そう言ってパトリックはラップトップを開く。
映し出されたのは様々なアングルから事件現場を捉えた防犯カメラの映像だった。
「何かあるんじゃねえかと思って、視覚に絞って感覚を強化してみた。
そしたら面白いものに気づいた」
彼は、映像のある1か所でムービーを一時停止させると言った。
「ここだ」
その1場面を繰り返す。
彼が指さした画面の端で、老婦人の連れた犬がビクリと電流でも流されたように震えていた。
パトリックはさらに別の映像を出して言った。
「ここもだ。
ガイシャがミャンマーの荒野に放たれたランボーみてえに散々大暴れして倒れた後、近くの犬がピクリと動いてる」
クロウリーが背後から拍手をしながら言った。
「ブラボー。正解だ。
こいつは悪魔ではない。
大通りで無作為に誰かを乗っ取り、
近くにいる犬の体を仲介しながら転々と移動している霊体だ。
犬の体は人間よりも魔力への感度が高い。
魔力適性のない人間に乗り移ると、制御が効かずに肉体が暴走するが、犬ならば問題ない。騒ぎを起こして集まって来た群衆の中から犬を見つけ出し、移動のためにひとまず犬の体に乗り移ったんだ。
ミス・ミカゲ・ヒノサキの論文にあっただろう?
『霊体は移し替えが可能』だと。
彼か、彼女かわからんがこの霊体はそれに成功したんだ。
大発見だな」
思わぬ展開だった。正直、驚きを隠せなかったがごく実務的ないつもの私に戻り、ソフィーに尋ねた。
「それで、犬の場所は分かったの?ソフィー」
「ラッキーなことに、事件当時にご主人様に目撃者として調書をとってる。
キャサリン・レントン。ノッティングヒル在住。
モバイルフォンに連絡したら、今、リージェント・ストリート近辺でショッピング中。件のお犬様を連れてね」
クロウリーが例の芝居じみた調子で言った。
「さあ、行こう。諸君。
薔薇のつぼみは摘めるうちに摘まなければな」
×××××
ミセス・レントンは犬を連れて私たちを待っていた。
ソフィーは犬に大事な法医学的証拠が付着していると説得し、
犬を連れて、とりあえず人通りの少ない路地裏に入った。
「さて、やろうか」
クロウリーはいかにもつまらなそうにそう言うと、
犬に手を差し出した。
その時、違和感を感じた。
何かがおかしい。
私の直感がそう告げている。
この霊体は何故、人通りの多い場所を選んだ?
騒ぎを起こして群衆を集め、犬に乗り移るため?
いや、違う。
魔術師が騒ぎを起こしたら誰がやってくる?
やってくるのはどういう人物だ?
そして、私は1つの結論に達した。
「クロウリー!止せ!
そいつの狙いはあんただ!」
犬の体から黒い煙が勢いよく飛び出し、
クロウリーの体にまとわりついた。
「しまった」
そうクロウリーは呟いたが、その口元にはいつもの人を見下したようなニヤケ面が浮かんでいた。
ニヤケ面を浮かべたクロウリーは言った。
「なんてね」
少しでも心配した私が馬鹿だった。
「Vi Veri Vniversum Vivus Vici(我、真実の力にて生きながら万象に打ち勝てり)」
クロウリーが詩でも囁くようにそう、詠唱すると、黒い煙は霧散し、
ロンドンの夕焼けの空に消えて言った。
「一体、どうやったんだ?」
「体内の魔力を肉体が崩壊するギリギリまで膨張させ、
奴の霊体を洗い流した。
君のブリューナクと原理は同じだ。
道具を必要としないところが、君と僕の差。
ただの天才と真の天才の差だな」
クロウリーは空を見上げて言った。
「全く。凡人が生き汚い。
凡庸な精神が高貴な肉体に取り付いて、高次の存在になれるとでも思っていたのか?」
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「さて、100点の模範解答を話そう」
ソフィーの運転するルノーが私とパトリックの宿泊するホテルに向かう車内、
クロウリーはいつもの人を見下したようなニヤケ面を張り付けて言った。
「奴はなぜ、人通りの多い場所ばかり選んだか?
奴が何者だったのかはわからないが、霊体のみの移動などと言う芸当ができる以上、魔術師だったと考えるのが妥当だろう。
生前に魔術師だったのなら、当然、新しい肉体は魔術師の方が良いに決まっている。
それも優秀であればあるほど良い。
奴は考えた。騒ぎをおこせば必ずハンターがやってくる。
目的の人物がやってくるまでは犬の体を乗っ取って移動しながらロンドン中の繁華街で騒ぎをおこし、おって来たハンターの中でも特に優秀な者の体を乗っ取ってやろうと」
私は言った。
「あんた、そこまで分かってて、どうして言わなかったんだい?」
「生きる執念で、だれも実現できなかった理論を実現するまでにたどりついた者の霊体だ。
取り込まれたらどんな強烈な思念が流れ込んでくるかと思ってね。
――だが存外につまらなかった。がっかりだ。
安物のジョイントでも吸っていた方がまだ刺激的だった」
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翌日、任を終えた私たちをソフィーが空港まで送ってくれた。
クロウリーの姿はなく、ソフィーの口から
「君たちが必死に考えている姿を見るのは中々楽しかった。また僕の飽いた人生を潤してくれ」
という伝言が語られた。
ブリティッシュエアウェイズの搭乗口まで来たところで、私はもう一人のイングランドの友人のことを思い出した。
「ソフィー、最近、アンドリューとは話した?」
ソフィーは答えた。
「電話でなら」
「あいつは何て?」
「『さて、僕はいまどこに居ると思う?3択で応えてくれ』って」
「それで?」
「2択目まで言ったところで切った」
それを聞いたパトリックは笑って言った。
「クールな対応だな」
ソフィーも答えて言う。
「どうも」
「ソフィー。あんた、これからもクロウリーと組むのかい?」
「あんなのだけど、もう関わりを持ってしまったから。
無視もできないしね。それに結構助かってるのも事実だし」
私は溜息交じりに言った。
「あんたは人が良すぎるよ」
「そうかな?」
パトリックが腕時計を見て言う。
「そろそろ行かないと」
「ええ。じゃあ、またね。アンナ、パトリック」
別れの挨拶を交わすと彼女は歩き去り、彼女の姿はヒースロー空港の雑踏に消えて見えなくなった。




