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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『悪魔を憐れむ歌』―A friend and an acquaintance in London―
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『悪魔を憐れむ歌』―A friend and an acquaintance in London -2―

「確かに魔力の痕跡を感じるね」


 事のあらましは車内でクロウリーが説明してくれた。

 この数週間の間に、突如、人が狂暴化し、暴れるという事件が立て続けに起きている。

 首都警察は危険ドラッグの可能性を考え、加害者に薬物検査を行ったが検出されず。それどころか加害者は全員が極めてクリーンな状態だった。


 パトリックと同じような立場にいるソフィーの元にやがて、事件が回って来た。

 ソフィーは事の奇怪さから魔術の可能性を真っ先に疑い、クロウリーを伴って

現場を訪れた。

 そこにあったのは微かな魔力の痕跡だった。


 今、私が立っているのは第一の現場となったライセスター・スクエアだ。

 ここはロンドン最大の繁華街で、昼夜を問わず多くの人で賑わっている。


「ソフィー、事件が起きたのは昼間?」

「ええ、そう。やっぱり変だと思う?」

「そうだね。魔術師ってのは、基本的に術の秘匿に神経を使う。

こんな人通りの多い場所で昼間からことを起こすなんて全くらしくない

イカれてるのかもね、そいつ」


 クロウリーが横から口を挟んだ。


「イカれてると断定するのは良くないな。

人に見られることで興奮する人間もいる。

僕が思うにはそういうのは単に趣味の問題だ」


 私はクロウリーの最低なセンスのジョークを無視して言った。


「パトリック、何か気配は感じる?」

「いいや。まったく。

さっきから五感を全開にしてるが、怪しい気配はゼロだ。

ホシがイカれた変態野郎なら、現場を見て困惑してる捜査官の様子なんて最高のネタだろう。

現場の様子を見張っててもおかしくないと思ったが、

妙な視線も、息を荒くしてるような奴も一人も見当たらない」


 その後、同様の事件が起きた現場を回った。

 どこも、特に人通りの多い場所で、同じように微かな魔力の痕跡があり、

 パトリックの五感が何かを捕えることはなかった。


 一通り現場を回ったところで、クロウリーが2手にわかれないかと提案をしてきた。


「私と組むのはご不満ってこと」

「違うよ、ソフィー。君は魅力的だし相棒として何の不満もない。

たまには違う人間と組んでみたいだけだ。君と好対照の魅力をもった人間とね。

君を例えるな白百合だが、アンナは薔薇だ。

白百合は清楚で美しいが、時には薔薇の棘が恋しくなる。そういうことだ」


 ソフィーは呆れて言った。


「はいはい。わかった。で、具体的にどう分担するの?」

「僕とアンナで事件を魔術的観点から再検証する。

君たちは警察お得意のアナクロな方法で情報を集めてくれ。

ケーヒル刑事もいることだし、新しい観点からの発見があるかもしれない」

「了解。じゃあ、パトリック、一緒に署まで行きましょう」


 そう言うとソフィーはパトリックを伴って車で去って行った。


「ところで、どうして私に協力の要請を?」

「決まっているだろう。君が偶然この国にいたから。

そして僕はちょうど退屈していたからだ」

「じゃあ、私は暇つぶしの相手ってこと?」

「アンナ、君が言いたいことは分からないでもないが一つ誤解をしている。

退屈というのは緑色の眼をした狂暴な怪物だ。

そして怪物退治には助けが必要だ。それが今回は君だったということだ」

「まったくよく次から次へと屁理屈を」

「君にとっても悪い話ではないと思うぞ、アンナ。

僕はソサエティから離脱した身だ。仮にこの事件を追いかける過程でお尋ね者を捕まえたとしよう。

はぐれの僕ではソサエティと接触できないから、引き渡しは君がすることになる。

そうすると報酬を手に入れるのは君だ。僕という強力な魔術師の助けを得て報酬を稼げるんだ」

「確かに。で、次はどこへ?」

「僕の城だ。知っての通り僕は追われる身分だ。

この大都市でも安心して話が出来る場所は限られていてね。

あそこなら強力な結界がある」


××××××××××××××××××


「確かにここは城だね」


 クロウリーが私を連れてきたのはブリクストンの安アパートだった。


 あまり治安が良いとは言えないこのエリアを名家出身のクロウリーが選ぶのは意外だったが、

 たしかに隠れ場所としては絶好だろう。

 同じく名家出身のクリストフは以前、追跡をかわすためにグランドセントラル駅の中という意外な場所に結界を張って閉じこもっていたが、それと同じだ。


 ソサエティは今もクロウリーを追跡していると聞くが、ここは少なくとも名門出身のクロウリーの隠れ場所の第一候補には挙がらないだろう。


 そして、数々の結界。

 防音、魔力探知の阻害、人除け、考えられる数々の結界が巧みに張り巡らせている。

 ここなら確かに簡単には見つからない。


「最初はこのエリアの乱雑ぶりが嫌だったんだがね。住めば都だな。

イギリス料理は世界的に悪名高いが、この辺のレストランは結構いける店が多くてね。

大きな声では言えないが、マリファナも手に入る。今では悪くないと思っているよ」


 クロウリーはそう言うと、年代物のレコードプレーヤーにレコードをセットし、私の方を向き直った。


 スピーカーからはバッハのチェロ組曲が流れている。


「ところで、あんたの兄さんに会ったよ。

『愚弟の行方を知らないか?』って」


 クロウリーは全く無感動と無関心を持って答えた。


「オリヴァーに会ったのか?全く興味がない。

それより紅茶はいるか?幸いにしてダージリンのファーストフラッシュがまだ余っている」

「結構」

「そうか。君たちアメリカ人はあまり紅茶は飲まないのだったな。

では、勝手にやらせてもらおう」


 数分経つとクロウリーは霞がかかったような香りの液体を湛えたカップをもって、ヴィクトリア調のアンティークチェアに座ると、私にも椅子を勧めた。

カップはどうやらウェッジウッドらしい。嫌味な高級趣味だ。


「さて、まずは君のご意見を伺いたい。今日、現場を見た君の所見は?」

「話を聞く限り、悪魔付きだろうね」

「そうだろうな。僕もソフィーから初めて話を聞いたときまず、そう思った。

他には?」

「でも、イレギュラーだね」

「そのとおり、イレギュラーだ。特にどの点をそう思うか君の所見を聞きたいね」

「大きく2つ。

1つは神秘の漏えいという大原則を毛ほども気にしていないことだね」

「その通りだ。ライセスタースクウェア、ピカデリーサーカス、オックスフォードストリート、スローンスクウェア、現場はいずれも人通りの多い場所だ。

神秘の漏えいを行動の原則としたまともな魔術師ならば避ける場所ばかりだな。

だが、相手はそもそもまともな魔術師ではないのかもしれない。

僕のようなソサエティから離脱したはぐれか、あるいは最初からソサエティに所属していなかったのかもしれない」

「それは私も分かってるよ。問題はもう1つの方だ」

「拝聴しよう」


 クロウリーは嫌味な微笑みを顔に張り付けて丁重にそう言った。

 この男のことだ。そもそもすでに見当がついているのかもしれない。

 その薄ら笑いからはそんな雰囲気がうかがい知れる。

 

 だが、そこは私も大人だ。


 クロウリーは暇つぶし、私はお尋ね者の引き渡しによる報酬の獲得。

 互いの利害は一致している。


「現象は起きたことが悪魔付きであることを物語っているけど、

状況がイレギュラーだ。

あんたにこんなことを話すのはシェイクスピアに物語の書き方を説明するみたいで気が引けるけど、

悪魔付きっていうのは術者が自分の魔力を触媒として人為的に起こすものと、

強烈な思念に縛られた悪魔が自分の力で取り付くものの大きく2つに分かれる」


「その通りだ。

それで?」

「今回の場合はおそらく人為的に起こされたものだ。

この街は血塗られた歴史がある。

いわくつきの場所は山ほどのあるけど、場所が『人通りの多い場所』という

1点を除いて全くの無作為だ」

「そうだな。どんな人物かは分からないが魔術師が関わっているのは間違いないだろう」

「普通、悪魔付きを起こす理由は、悪魔付きが起こす現象の観察だ。

誰かを悪魔に憑かせるならば、1人の被験者を長期的に観察するものだし、

悪魔付きを起こすならば相手は誰でもいいわけじゃない。

魔術を安定して使えるほどの安定性はないが、生まれながらに多少の魔力を帯びている人間を選ぶ必要がある。

なのに、今回突如狂暴化したという人たちには共通点がない。

被験者が選ばれた理由が謎だ」


 そこで、私の思考は途切れた。


「以上か?」

「以上だよ。それ以上のことは分からない」


 クロウリーは紅茶を一口飲むと、「フン」とも「ハン」ともつかない音で鼻を鳴らした。

 ――まったく


「なあ、アンタ、様子からしてもう見当がついてるんだろ?」

「お察しの通り大方の見当はついている。

だが、せっかく君がいるのに僕が模範解答を提示してはつまらないだろう?

今、ソフィーとパトリックが凡人なりの観点から情報を集めているはずだ。

素人のセカンドオピニオン役に経つ場合もあるからね。

それを待ってもう少し考えてみてはどうだ?」


 クロウリーはやはり薄ら笑いを顔に張り付けてそう言った。


「あんた、よく『感じのいい人』だって言われない?」

「いいや。今、君に言われたのが初めてだ。

褒め言葉として受け取っておこう」


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