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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『悪魔を憐れむ歌』―A friend and an acquaintance in London―
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『悪魔を憐れむ歌』―A friend and an acquaintance in London -1―

ロンドン編です。

2,3回で終わる予定です。

 西ヨーロッパ最大の都市、ロンドン。


「寒さは冬のニューヨークで慣れてるつもりだったが、ここの冬もなかなかだな」

 パトリックが言った。

 

 ロンドンは――私がいつもこの街に来るとそうだが――今日も曇天だった。

 冷たい空気がチクチクと突き刺さるようだ。


「いい子だからもう少し我慢してくれる?

――来たみたいだね」


 観光客でごった返すトラファルガースクウェアで、真冬のロンドンの寒さに肩をすくめている私とパトリックの元に、待ち人はほぼ約束の時間通りに現れた。


 美しいブロンドの髪に碧い瞳。

 5フィート3インチほどの小柄な体躯だが、肉体は均整がとれている。

 丸みを帯びた輪郭は彼女が、アングロ・サクソンの骨格にラテンの血が混ざっていることを物語っていた。


「アンナ、お久しぶり」

「ソフィー」


 そう言うと私は"彼女"と再会のハグを交わした。


「パトリック、紹介するよ。こちらソフィー・エヴァンズ刑事。

ソフィー、彼はパトリック・ケーヒル刑事」


 彼女、ソフィー・エヴァンズは数少ないイギリスの友人だ。

 パトリックより1つ年上の彼女は、ニューヨークと並び称されるこの世界都市の治安を預かるMPS(首都警察)で刑事の職についている。

 少々真面目すぎるきらいはあるが、誠実で信用できる人格の持ち主だ。


「はじめまして。お噂はかねがね。どうぞソフィーと呼んで」

「どうも。では、俺のこともパトリックと」


 私が自分の相棒と友人を紹介しあうと、初対面の2人は握手を交わした。


「よろしく、パトリック。

あなたのことはアンナから聞いてる。『頼りになる相棒』だって」

「本当に?本人の口からは一度も聞いたことないな。

俺の相棒は意外とシャイだったんだな」


 私は笑って言った。


「改めて口に出す必要もないぐらい信用してるってことだよ」

「そりゃ嬉しいね」


 私たちが和やかな初対面の談笑を楽しんでいると、もう一人の見知った人物――こちらは友人とは言えない――が割り込んできた。


「僕の紹介は無しかい、アンナ。ひどい扱いだね」


 黒髪に翡翠色の眼の青年はそう言った。


 彼はいつも通り短い髪を綺麗に整え、華美ではないが丁寧に仕立てられた服に身を包んでいた。恐らくオーダメイドだろう。

 6フィート程のほっそりとした体形で、背筋は綺麗に伸び、皺ひとつない白い肌は中性的な魅力を湛えている。


 凡そ美徳と言えるところが一つも見当たらない性格を知らなければ、魅力的と言えなくもない。


「それとこっちの不審者はサマセット・クロウリー」

「はるばる新大陸からようこそ、ピューリタンの末裔たち」


 クロウリーは芝居じみたお辞儀をすると言った。


 パトリックは明らかに困惑していた。


「気にしなくていい。どうせ言ってることの殆どは意味不明だから」


 クロウリーのジョークはいつも古すぎるか新しすぎるかのどちらかだ。


「アンナ、相変わらず麗しい。君の姿には薔薇すら嫉妬で枯れるだろうね」

「よく毎度恥ずかしげもなくお世辞を言えるね。あんた本当に英国人?

慎みが足りないんじゃないの」

「慎みは英国紳士の美徳だが、僕は大陸からも学ぶべきだと思っていてね。

たまには湯たんぽではなく女性を抱かないと、偉大なる英国紳士も絶滅してしまう」


 あきれ顔のソフィーが私の横から口をはさんだ。


「クロウリー、そういう御大層な意見をお持ちなら、ザ・サンにでも寄稿したら?みんな鼻で笑ってくれるよ」

「それは困る。僕の最終目標はデイリー・テレグラフを愛読書にしているような堅物にこの考えを理解してもらうことだからね」


 サマセット・クロウリーはソサエティから離脱したはぐれの魔術師だ。


 オールド・カレッジ在籍中から世紀の天才と呼ばれ、注目を集めたが、

けた違いの天才であると同時にけた違いの人格破綻者としても有名だった。


 彼の価値観はひたすらに歪んでいる。

 魔術の研究とその世界での出世がほぼすべての魔術師の願いだが、クロウリーは根っからの快楽主義者だ。

 彼にとって魔術とは、退屈を紛らわすための道具に過ぎない。


 そして、彼は悪ふざけが大好きだ。

 象徴的な出来事があった。


 マイケル・スコットに連なる由緒正しい系譜をつぐ魔術師であり、ソサエティの理事を務めるサミュエル・スコットは哀れにもクロウリーの悪ふざけの餌食になった。


 スコットは自らの執務室に高名な画家に描かせた肖像画を飾っていた。

 この絵はスコットのお気に入りであり、強い虚栄心を持つ彼にとって分身のような存在だった。


 そんな彼のスノビズムはクロウリーのいたずら心をくすぐってしまった。


 スコットは自分が執務室を離れる際は、強固な探知結果をはって警戒しており、生半可な魔術師では侵入は叶わない。


 しかし、桁の違う天才であるクロウリーはあっさりと探知結界をかいくぐると

スコットの執務室に侵入し、まんまとイタズラを成功させた。


 クロウリーが忍び込んだ翌朝、スコットは目の前の現実にまず驚愕し、次の瞬間には激怒していた。


 彼の分身たる肖像画には吹き出しと共に油性ペンでこう書かれていた。


「I've got a little prick.(私は粗チンだ)」


 クロウリーは一切の痕跡を残さなかった。

 しかし、自分の悪ふざけを吹聴して回るのが大好きな彼は、ところ構わず自分が犯人であることを話し、その後、ソサエティの理事たちにきついお叱りを受けた。


 私はその当時、オールド・カレッジに在籍しており、クロウリーと面識があった。その時のことを彼はニヤケ面でこう語った。


「普段からミスター・スコットの顔を見るたびに『いかにも貧相なナニを持っていそうだ』と思っていてね。口に出して言うには品がなすぎるのでウィットを利かせた方法で伝えてみたんだ」


 しかし、度の過ぎた悪ふざけをしながらもクロウリーは名家の時期当主となるべき存在であり、度を越えた天才でもあった。


 お叱りを受けながらも除籍になることはなく、クロウリーは着々と魔術界のトップへの階段を上っていた。


 しかし、ついに彼の悪ふざけがソサエティの容認できる限度を超える日が来た。


 魔力の生成は脳による演算だ。

 医学的に言うと、魔術を使えるものとそうでないものの間に脳の活性部分に差異がある。


 クロウリーはその部分を活性化する方法を開発した。

 その方法はもともとその部分が活性化する素質のある者にしか使えなかったが、クロウリーは友人、知人の中から素質のあるものを探し出して片っ端から術式を使い、ついにソサエティから引き返しようのない怒りを買った。


 クロウリー家は魔術会でも名だたる名門だ。

 もちろん、クロウリーには後ろ盾があるためヒノサキのように簡単に追われる身にはならなかった。


「魔術は簡単に広めるものではない。秘匿されるべきものであり、そのように徒に魔術を使えるものを増やす術式は使われるべきではない」


 ソサエティの理事たちから、査問会という形で厳重注意を受けたクロウリーだったが、長々と続いたお説教はクロウリーのたった一言で終焉を迎えた。


「下らん」


 こうして、まったく反省の色を見せなかったクロウリーは無実の罪を着せられ、めでたくお尋ねものの身分になった。


 クロウリーは身に危険が及ぶ前に、このヨーロッパ最大の都市に身を隠し、

本人曰く「暇つぶし」にソフィーの捜査を手伝っている。

 本人いわく、「まったく後悔していない」そうだ。


 私がお尋ね者になった彼の居場所を知っている理由は簡単だ。

 逃走してほどなくクロウリーが連絡をよこしてきたのだ。


 私は彼の声を聞き、驚いて言った。


「あんた、お尋ね者の身分なのによりにもよってハンターの私に連絡するなんて、頭おかしいじゃないか?」


 彼はこともなげに言った。


「ソサエティに捕まる可能性と、君のような美しく強靭な女性とのつながりを失う可能性。両者を天秤にかけたが、後者の方が僕には耐えがたい」


 こうして、私はときおり彼と連絡を取り合うようになった。


「それで、手を貸してほしいことっていうのは?」


 ソフィーは電話でただ「手をかしてほしいことがある」とだけ言っていた。

 詳細は聞いていない。


「まずは現場に行こう。ソフィー、車を頼む」

「私はあなたの運転手じゃないんだけど?」

「そんなことはわかっている。では、僕が運転するか?それでも僕は構わないが」

「やめとく。あなた、運転荒すぎ」

「では、君が運転手だな」


 ソフィーは「しかたない」という表情を浮かべ、近くの路上に止めたプジョーに私たちを乗せた。


「ところで、どうしてトラファルガースクウェアで待ち合わせを?」


 私の疑問にソフィーがあきれ顔で答えた。


「クロウリーの我儘。どうしてもナショナルギャラリーに寄りたいって」

「久しぶりにファン・エイクの絵が見たくてね。あれは何度見ても心奪われる。絵の前に群がっている学校教師と児童たちの集団がいなければ一点の曇りなく完璧な時間だった。しかし、あれは醜悪だな。児童の知能などせいぜいネアンデルタール人と同程度だろう。ネアンデルタール人に高等な美術が分かるはずがあるまい。初等教育というやつはどうしてあのような無駄を組み込もうとするのか僕には理解できないね」


 それを聞いていたパトリックが後部座席で隣に座る私に小声で言った。


「魔術師って連中は随分感じのいい奴が多いんだな」


 私はため息交じりに言った。


「そりゃどうも」

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