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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『ソサエティ』―in Oxford―
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『ソサエティ』―in Oxford -4―

 モードレンカレッジを出た、アンナは俺を連れてブラブラと歩き始めた。


 中世の頃からまるで変わらないでいることに対して意固地になっているかのような町並みを通り、アーチ状の橋をくぐる。

 泪橋と通称されている有名な建築だ。


 そこから道を1本入ったところにパブがあった。


「やれやれだ」


 フィッシュアンドチップスにドバドバとモルトヴィネガーを注いでつつくと――これはケルトとアングロサクソンにだけ許された儀式のような気がするパイントグラスのビールを手にアンナはため息をついた。


「なんだ、魔術師ってのは随分と感じのいい連中が多いんだな」

「連れてきた私が言うのもなんだけど、まったくだ。

ともあれ、一緒に来てくれて助かった」

「いいさ。いい思いはしなかったが、退屈もしなかったからな」


 周囲からはグラスを傾け、食器を動かす音が聞こえてくる。

 小さな街だが随分と賑やかだ。そういえば今日は金曜日だったなと思い出す。

 曜日感覚に左右されない生活をしていると忘れがちな事実だ。


 タバコを吸いたかったが、中は禁煙らしい。

 禁煙の波は世界中で押し寄せているようだ。


「あんた、どうして魔術の世界に足を踏み込んだんだい?」

「なんだよ、藪から棒に」


 エールを飲んで、一息ついたアンナが突如言った。

 アンナとは短くない付き合いだが、こんなことを聞かれたのは初めてだ。


「私みたいな生まれながらの魔術師は魔術師になる以外の道が事実上閉ざされてる。私の少女時代は、それは悲惨なものだったよ。

誰かに常に狙われている、人には見えないものが見える。子供心に私は平均値的な幸せにはありつけないだろうと思ってた。身を守るには魔術師として覚悟を決めるしかなかった。でも、あんたは違う」

「変なこと聞くんだな。俺を相棒に選んだのはお前だろ?」

「確か、話したよね、ブルックリンの一件。プロファーは家庭と定職を持って、静かに暮らしてた。あんな不幸が身に降りかからなければ今も静かに暮らしていたはず。あんたは私とは違う。

ああいう道も選べたはずだ。確かに私はあんたのことを誘いはしたけど、あの時一言ノーと言えば私は引き下がるつもりだった」

「――それはな」


 俺は一呼吸おいて、普段頭を占めている、この世界に足を踏み入れてから考えていることを頭の中でまとめた。


「俺がもともとそういう人間だからだと思う。

お前には話してなかったが俺の少年時代だって、決して平均値的な幸せじゃなかった。俺の親父は異常に厳格でね。

――たとえばこんなことがあった。

少年野球の試合で、俺はその日絶好調でね。

5打席立って長打を4本打ったんだ。

試合の後、親父は何て言ったと思う?」

「さあ?」

「凡退した1打席を叱責されたよ。

おふくろも妹も褒めてくれたけど、親父はいつもそんな調子だった。

そのうちに、自分が安寧な立場にいることに我慢が出来ない性格になっちまった。親父に反抗して大学にも行ってみたが、入ってみたらあっという間に中退、気づいたら海兵隊の門を叩いてた。

それから先はこのザマだ。

海兵隊を除隊になった直後は静かな暮らしをチラっと考えたこともあったがな。

結局、直感的に刑事になっちまった。

改めて考えてみると、軍人になったのも刑事になったのも、魔術師になってお前と組んでるのも必然なのかもな」


 アンナは俺の長話をじっと聞いていたが、やがてたった一言だけ微笑して言った。


「つまらない理由だね」

「ああ、その通り。つまらねえ理由だ」

「話してくれてありがとう。パトリック。

あんたのことは十分知ってるつもりだったけど、

あんたのことを知れてうれしいよ」

「じゃあ、乾杯するか」

「いいけど何に?」

「友情にだよ。決まってるだろ?」

「それはいい。最高だ」


 奥の席から、若者たちが嬌声を上げるのが聞こえてくる。

 夜はまだ長い。

 こうやって酒を酌み交わすのもいいだろう。


×××××××××××××××××××××××××××××××××


 翌日。

 俺とアンナは荷物をまとめると、ホテルの入り口で駅までのタクシーを待っていた。


「そろそろこの街ともお別れだけど、何か感想は?」


 アンナがタバコを手に言った。


「そうさな、今回の感想をまとめると、お前といると退屈しないってところろだな」

「そりゃどうも」


 タクシーはまだ来ない。

 俺は2本目のラッキーストライクに火をつけた。

 すると、アンナの電話が鳴った。

 アンナはディスプレイを確認すると意外そうな顔をし、電話を取った。


「ハイ、ソフィー。お久しぶり。

どうしたの?」


 電話口からかすかにイギリス訛りの女性の声が聞こえてくる。

 内容はわからないが、アンナの表情を見るに何らかの事態が発生した緊張感が漂っていた。


「了解。これから向かう」


 アンナは電話切ると俺に向き直って言った。


「パトリック、出張期間が延長になったよ」

「どういうことだ?ここにまだ用があるのか?」

「ここにはない。ロンドンに用ができた」


これでエピソード完結です。

次回はロンドンに舞台を移します。

ちなみに、オックスフォードは私が初めて訪れた海外の街でした。

だいぶ昔のことなので記憶が風化してきていますが、ちょっと懐かしくなってしまいました。

ロンドン編終了後は再びニューヨークに戻ります。

閑古鳥が鳴いている本シリーズですが、しばしば訪れてくださっている皆さん、少々お待ちください。

では、また

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