『亡霊たちの夜』―Dead people struttin' in Central Park -2―
もう2話でこのエピソードは完結予定です。
昨夜、いつものように遅くまで残っていた俺は、ボスのウィンタース警部に呼ばれた。
ボスのオフィスに入ると、ボスは後ろ手でドアを閉めて言った
「お前に名指しで、相談が来ててな」
「はい」
「セントラルパークでここ2、3週間に人が昏倒する現象が相次いでるそうだ」
「……ボス、ここは殺人課だったと思うんですが?」
「お前に言われなくともわかってるよ。森で熊がクソを垂れるのと同じぐらい確かなことだ」
「だったらどうして……」
「俺が呼ばれたんですか」と言いかけたところで、警部は遮って言った
「殺人課の管轄じゃない、お前の管轄だよ」
「……俺はいったい何の担当なんですか?」
「さあな。不思議の国に逃げ込んだウサギの捜索ってとこじゃないか?」
「そのあとはみんなでお茶会ですか?」
「必要ならばな。話を続けてもいいか?」
「イエス」と俺は答えるしかなかった。
「じゃあ、続けるが、衛生局が立ちいって入念に検査したにも関わらず、
健康に被害を及ぼすような物質は何一つ検出されなかったそうだ」
「他には?」
「いや、以上だ。……どうだ、不思議の国に逃げ込んだウサギは探せそうか?」
ハア、とため息をついて俺は言った。
「相棒に相談して、一緒に調べてみます。ボス」
「ああ、頼んだ。いいか、上からのご指名だ。Good Luck」
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「それは、多分、霊体酔いだね。」
俺から事件のあらましを聞くと、わが相棒、アンナ・ロセッティは開口一番そう答えた。
「霊体酔い?」
「知ってると思うけど、セントラルパークはニューヨーク徴兵暴動の時の死体置き場だ。
ニューヨークは神秘とは縁の薄い土地だけど、あそこには今でも事件で死んだ数千人の霊体が漂ってる。
あんたも時々、背筋に嫌なものを感じることがあるだろ?」
「ああ、そうだ。」
俺の能力は生まれつきではない。
ここ数年―能力が発現して以来―セントラルパークに行くのは必要な時以外、極力避けている。
あそこにいると、常に背筋にうすら寒いものを感じるからだ。
「霊体の正体はエーテルと残留思念の合成物だ。
霊体は時間ととも儚く消えてしまうけど、無念な最期を遂げた人物や根っから頭のネジが飛んでたような
悪党の場合、死の瞬間の思念がしぶとく残り続ける場合がある」
「ああ、そうだったな。そういうのがいわゆる、悪魔とか、悪霊とか巷で呼ばれてるものになるんだったな」
「そう。そういう手合いは死の瞬間の感情を強烈な残留思念として抱えこんで、時に生きている人間には精神的な干渉を及ぼすことがある。
私たち魔術師は霊体に対する感度が高い分、霊体から受ける刺激に抵抗力もあるから、寒気を感じる程度で済むけど、
感度の低い一般人の場合、刺激に抵抗力がないから、精神的干渉が原因で昏倒する場合がある」
そう言ってアンナはタバコを揉み消した。
灰皿にはいつしかタバコの吸い殻でアパラチア山脈が出来上がっていた。
「とは言え、魔術と無縁な一般人が次々と昏倒する何ていうのは明らかに異常だね」
「どういうことだ?」
「私たち魔術師をラジオだとするなら、一般人は言ってみればなんの電波も受信しないギターのアンプだ。
でも、ギターのアンプでも時々何かの拍子に電波を拾うことがある。だから、時々ならば霊体酔いの現象が起きるのもわかる。」
「セントラルパークの残留思念がとんでもなく強烈って可能性は?」
「暴動で死んだ人間の霊体なら相当強烈な思念を残しているだろうけど、それでもニューヨーク徴兵暴動は150年以上前の話だ。
どんな強烈な思念だって、時間が経てば徐々に薄くなる。
次々と人が昏倒するなんてことにはならないよ。
恐らく、今のセントラルパークは一帯のマナが濃くなってる。
……誰かが何かをしたせいで」
やっぱりこういう展開か――
俺は髪を掻き毟って――俺の癖だ――アンナに言った
「で、どうすればいい?」
「行くしかないね」
次回はもうちょっと長いです。