『ソサエティ』―in Oxford -2―
「初めまして。セントオルデイツ市警察のローガン刑事部長です。ようこそ、オックスフォードへ」
オックスフォードのメインストリートを歩き、クライストチャーチから道を一本隔てた隣。
到着の翌朝、俺の出張先、セントオルデイツ市警に赴いた、俺とアンナは40がらみの温顔の刑事に迎えられた。
「ニューヨーク市警のケーヒルです。こっちは相棒でコンサルタントのアンナ・ロセッティ」
「よろしくお願いします。ミス・ロセッティはお久しぶりですね」
「知り合いなのか?」
「ハンターならみんな1度はお世話になってる。
お変わりないようでなによりです、ローガン刑事」
そう言うとローガン刑事は俺とアンナに交代で握手をした。
ローガン刑事は6フィート程のほっそりとした体格で、
綺麗に背筋が伸び、黒髪は丁寧に整えられている。
清潔感と紳士然とした雰囲気を漂わせており、会ったばかりの人物だが俺は好感を持った。そして、それと同時に俺は1つのことに気づいた。
「あなたも魔術師?」
「ええ。そうです。お尋ね者の認定をするのはソサエティですが、捜査などの実務に関してはソサエティは認知しません。
必要に応じて各国の法執行機関と情報連携をするのは我々魔術犯罪捜査部の人間です。私以外にも複数人の魔術師が刑事として勤務しています」
「ローガン刑事は一級品の魔術師でね。この街の治安維持には欠かせない存在だよ」
「そりゃすごい。俺たちニューヨーカーにとってのデレク・ジーターみたいな存在ってことか」
「誰ですか、それは?」
―ここはイングランドだった。
イングランドならサッカーだろうが、俺はボールをチマチマとりあって1点を争うあの貧乏くさい競技にさっぱり興味が湧かない。
不思議そうな顔をしているローガン刑事になんと言っていいか困っていると、アンナが助け船を出してくれた。
「ローガン刑事、ご出身は?」
「ウェールズです」
「あなたにとってのライアン・ギグスみたいなものですよ」
「なるほど、よくわかりました。光栄です」
ローガン刑事はこの回答を気に入ったらしい。
助かった、アンナ。
やっぱりお前はいい相棒だ。
「さて、ニューヨーク市警察からは人材交流という名目で伺っています。我々が他国の捜査機関と連携をとる時は、ソサエティの存在を知る上層部の人間としか話しませんが、ニューヨーク市警の現場の刑事でしかも魔術師のあなたと知り合うのはこちらにとっても決してマイナスにはなりません。
署内を案内しましょう」
「そうですか、では私はこれで」
「もう行くのか」
「私はあいさつに来ただけだからね。それに、実に気の進まない用件だけど用事がある。それじゃ、いい子にしてるんだよ。パトリック」
「ああ、もちろんだ。この年でママに怒られるのは勘弁だからな」
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パトリックと別れた私は、実に気の進まない用事を済ませるため、
目的の場所に歩みを進めていた。
このオックスフォードには最大の魔術結社ソサエティとその直属の教育機関が存在する。
それがオールドカレッジだ。
当初、その組織に決まった名称はなかったが、オックスフォード大学に存在するカレッジの1つ、ニューカレッジより以前から存在するため、
いつしかオールドカレッジと呼ばれるようになった。
ソサエティの本部とカレッジは何度か移転しながら、19世紀末に
オックスフォード大学最大の面積を持つモードレンカレッジの地下に居を構えている。
入り口の場所は強力な人除けの結界で固く秘匿されており、その入り口を見つけることがカレッジで課さられる最初の課題だ。
まず、レセプションからモードレンカレッジに入る。
ソサエティの関係者は、全員表向きはオックスフォード大学の関係者ということになっている。
その実情が魔術師であることは、代々オックスフォード大学の学長と一部の関係者にしか伝わっていない。
緑豊かなキャンパスを進み、白鳥の泳ぐ川沿いを歩く。
入り口の場所は定期的に変更される。
頼りになるは研ぎ澄まされた魔力への感覚だ。
人除けの結界に魔力を持たない人間が入ると、生理的な不快感を覚え、
結界の起点から本能的に遠ざかろうとするが、魔力を持つものは違和感を感じる。
結界の中心を目指すのは単純、違和感の強くなる方向を目指していけばいい。
大事なのは魔力を感じるアンテナだ。
やがて、一本の木陰の暗がりにたどり着いた。
暗がりにぼんやりと、入り口が見える。
入り口をくぐり、階段を地下へと進む。
地下設備とはいえ、設備は近代的なものではない。
煉瓦と石づくりの昔ながらの構造だ。
だが、魔術によって構造事体は強固に保たれている。
これはオールドカレッジ在籍者に課せられる作業だ。
錬金術は魔力を触媒とし、物の性質を変性させる魔術だ。
ホーエンハイム家の術者のような本当に高度な者になると、有機物から人工生命であるホムンクルスを生成することが出来るが、脆いものを強固に変性するのは基礎中の基礎にあたる。
私はこの技術を銃弾やナイフに使い、戦闘に応用している。
通路はかび臭いがかなり広く、そして長い。
正確な長さは知らないが全長1マイルはあるのではないだろうか。
壁沿いの両側に各部屋に通じるドアがあり、それぞれの部屋がカレッジの講師陣の研究室や、カレッジで学ぶ魔術師の学び舎になっている。
カレッジの設立目的は、後進の指導というような清廉潔白なものとは程遠い。
その目的は、才能の発見と利用だ。
ソサエティを取り仕切る理事たちは、世界中に網をはり、優秀な魔術師たちをカレッジへと推薦する。
そして、基本から魔術を教えながらその適性を確認し、自分の研究に利用できそうな術者を探す。
才能を認められて名門の家系に養子として迎え入れられる者もいる。
研究により名を成し、オールドカレッジの講師に迎え入れられる者もいる。
ヒノサキのように才能が有りすぎて、その研究成果を狙われ、破滅へと追い込まれるアンラッキーな者もいる。
(もっとも彼女はうまく逃げおおせたが)
それでも、ここには世界中から魔術師が集まってくる。
彼らは野心の塊のような人物ばかりだ。
利用しようとする講師陣を逆に出し抜いてやろうと日々腹芸を繰り広げている。
こんな陰気で殺伐としたところに私がいやいやながらも在籍していた理由は2つある。
1つはカレッジに在籍していた経歴はハンターにとって
も箔のつくものだから。
もう1つの理由はこれからある人物を訪問する目的と同じだ。
薄暗い地下道を進み、一つの部屋の前で立ち止まる。
実に気は進まないがドアを丁寧にノックし、返答を待つ。
「入りなさい」
というそっけない返答を待ってドアを開ける。
背筋を綺麗に伸ばしてアンティークものの椅子に座った白髪交じりの初老の女性が私を待っていた。
「ミス・ロセッティ。ご機嫌いかがですか」
初老の女性は愛想の1つも見せずに言った。
「まずまずです。ミセス・フィッツジェラルド」
モーガン・フィッツジェラルド。
アイルランドの名門、フィッツジェラルド家の当主でソサエティの理事の1人。
私の母の姉で、血のつながった伯母。
そして、まったく友好的ではない親戚。
このうんざりする儀式はいったい何度目だろうか。
「相変わらずあの卑賤な仕事を続けているようですね。ミス・ロセッティ」
「私は職業に貴賤はないとずっと教わってきました。ところ変わると価値観も変わるようですね」
「またそのような物言いを。モリーとミスター・ロセッティがあなたに施した教育の程度が知れますね」
彼女は気取った手つきでいかにも高級そうなティーカップを持ち上げ、音を立てずに一口飲むと―来客に紅茶を勧めないとは、卑賤なのはどちらだろう―言った。
「さて、ここ1年あなたの動向を見てきました。そのような高貴な血をひいていながらなぜ、ハンターなどという卑賤な生業を続けるのか私には理解できませんが、あなたは変わらず権力に関心をお持ちではないようですね」
私がカレッジに在籍してたもう1つの理由がこれだ。
モーガン・フィッツジェラルドはソサエティの最高権力者の1人で、そして私と血のつながった親戚だ。
だが、諸々の事情により私は生まれる前からこの伯母に悪感情を持たれていた。
名門の血を引いている故に、名門の当主を争う権利がある。
だが、生まれが卑賤なものに当主を継がせたくない。
それ故に、成人を迎える前、わが叔母は自分の目が届くこのカレッジに私を縛り付けて監視することにしたわけだ。
従わなければ権力に物を言わせてロセッティ一家に執拗な嫌がらせをするという脅し付きで。
拘束期間は1年に及び、1年監視した結果、ようやく私は解放された。
おかげで私の青春は台無しだ。
「ええ。その気はないと何度も申し上げているはずです。そろそろこの馬鹿げた儀式に呼ぶのもやめていただきたいですね」
「そうはいきません。誠に遺憾ながら、あなたの才能は無視してしまうには優秀すぎる。アイルランドの本家にはあなたが当主争うに加わる可能性を未だに懸念している人間がほかにもいます。今日はこれで良しとしますが、来年もまたご足労ください」
「その『ご足労ください』というのは命令、お願いどちらですか?」
「そんなことは言わずともわかるでしょう。あなたは進んで不利益を被りたいのですか?」
「ええ、わかっていますよ。では失礼しても?
ミセス・フィッツジェラルド」
そう言うと私は、返事も待たずに部屋を出た。
全く気が滅入る。
そしてこの後には、別の気の滅入るイベントが待っている。
――やれやれ、
ゴキゲンな気分だ。




