『ソサエティ』―in Oxford -1―
新エピソードです。
「オックスフォード?」
「ああ。そうだ」
「オックスフォードってイングランドのオックスフォードか?」
短い秋が終わり、ニューヨークには長い冬がやってきていた。
人々は分厚いコートに手袋を装備し足早に歩き、
街には気の早いクリスマスの装飾が煌めいている。
そんな冬のある日、ロセッティ親子に呼び出された俺は、
ロウアーイーストサイドの2人の元を訪れていた。
「ソサエティは年に1回、魔術師の会合を催していてね。
参加自体は自由なんだけど、私みたいに参加が必須ってことにされている人間もいる。
招待されていない人間でも同伴はOKってことになっててね。
あんな場所に1人で行くのはどうにも気が進まない。
だから、面倒だろうけど一緒に来てほしいんだ」
「マシューの旦那は?」
旦那はこのクソ寒いなかいつものようにルートビアを飲みながらいった。
「いつもならそうするところなんだが、ボストンで捕り物があってな。
付き合いの長いキンケイドからの頼みだから、無下に断れん」
イングランドの古都にソサエティ。
イングランド旅行は悪くないが、どうにもあまりいい感じはしない。
「お前が参加必須な理由は?」
「私がフィッツジェラルドという名門の血を引いてるからだよ。
直接会って、私がソサエティの権力争いに加わる気がないっていうことを、
疎遠な親戚一同とソサエティのお偉いさんにアピールする必要があるんだ。
実際、私は魔術界の権威になんてニューヨーク・ポストの3面記事ほどの興味もないって何度も言ってるのに。疑い深い連中だよ」
「会合はいつだ?」
「来週の金曜」
「ずいぶん急だな。お前に頼まれた以上、同行するのは吝かじゃないが、
そんな急に休みが取れる保証はないぜ?」
「じゃあ、同行する意思はあるんだね?」
「ああ」
アンナは悪戯っぽく笑っていった。
「なら何の問題もない」
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翌日、オフィスに向かうと、到着すら否や、
ボスのウィンタース警部からセント・オルデイツ市警察なるところへの出張を命じられた。
「どこですか、それ?」
「オックスフォード、イングランドだ。
名目は人材交流」
「イングランド?ニューイングランドではなくて?」
「イングランドだよ。
よくふる雨とと不味い料理と皮肉なユーモアが名物のな。
海外出張だ。
お前の"管轄"にかかわる問題だという上からのお達しだよ」
「ボス、俺の"管轄"のこと、どこまで知ってるんですか?」
「ほぼ何も知らん。知ってるのは、おれにはどうにも出来ない問題だっていうこととお前が少しばかり特殊な扱いを受けてるってことぐらいだ」
ボスは湯気の上がるカップからコーヒーを一口飲むと言った。
「ケーヒル。お前は働き過ぎだ。休暇だと思って行って来い。
あの赤毛の別嬪も一緒なんだろ?」
「ボス、彼女とはそんなロマンティックな関係じゃありませんよ」
「じゃあ、どんな関係なんだ?」
「スナイパーとスポッターじゃないですかね」
ウィンタース警部は元軍人で、若いころに湾岸戦争にも行っている。
俺のたとえにピンと来たらしくただ一言「なるほど、よくわかった」
とだけ答えた。
「話は以上。
出発は来週の水曜だ。良い旅を」
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JFK空港から飛行機に乗り、
ブリティッシュエアウェイズの狭いエコノミーシートに押し込められて7時間。
イングランドの玄関口、ヒースロー空港に着く。
荷物を引きずりながらヒースローエクスプレスに乗り、パディントン駅へ。
そこからさらに電車で1時間。
ようやくたどり着いた。
イングランド、オックスフォード州オックスフォード。
人口およそ14万人。
英語圏最古の大学であるオックスフォード大学を中心に発達したこの街の歴史は古い。
ニューヨークのような高いビルは一つもなく、中世からの長い歴史をもつ石造りの建物が石畳の道沿いに立ち並んでいる。
イングランド人の間でも古都として知られ、観光客も数多く訪れるこの街は、
俺たち魔術師にとっても特別な意味を持つ。
ソサエティ
世界中の魔術師が所属するこの結社はオックスフォードを本拠地とし、
自然発生的にその形を成した。
俺のような後天的な魔術師にはソサエティに所属していない場合があるが、
ソサエティに所属するということは魔術師にとって特別な意味を持つ。
アンナから聞いた説明では、ソサエティはオックスフォードという古都の纏う
マナを目的に集まって来た魔術師たちにより結成されたそうだ。
彼らはやがてお互いの情報を交換し合うようになり、共同で研究を行うものも現れ始めた。
ソサエティの存在意義の一つは、彼らによる情報交換の仲介だ。
アンナや俺のように、学術としての魔術にまったく興味のない魔術師にとってもソサエティという組織は大きな意味をもつ。
アンナたちハンターは、魔術犯罪者の認定を受けた魔術師の
身柄を確保することでソサエティから報奨金を受け取り、それを生計の一部としている。
原則を犯し、お尋ね者となった魔術師の情報はソサエティから提供される。
そしてその情報はソサエティに認可された正規のハンターにしか提供されない。また正規のハンターには世界中の法執行機関に網をはるソサエティの上層部から、強力な火器を購入、所持できるライセンスが提供されるため、
正規のハンターとして認められることはアンナとマシューの親子のような魔術師にとっては死活問題につながる。
オックスフォードに到着した俺とアンナは、アンナが手配しておいたホテルにチェックインを済ませると、夕刻のオックスフォードの街に繰り出した。
かつて『指輪物語』や『ナルニア国物語』の作者が議論を交わしていたいうパブに俺をいざなったアンナは琥珀色のエールを傾けながら話した。
「今回だけど、あんたにはソサエティ主催のアフターヌーンティーに一緒に出てもらいたいんだ
言っておくけど楽しいものじゃない。覚悟だけしておいてほしい」
「それはどういう種類の覚悟だ?」
「そうだね、ボストンのスポーツバーでレッドソックスファンに囲まれながら
サミュエルアダムスを飲むぐらいの程度だと思ってくれればいい」
「つまり、完全アウェイってことか」
「ああ」
エール1パイントを飲み干し、パブを出る。
ゴシック調の尖塔が夕闇に浮かび上がっていた。
こんな目的でなければロマンティックと言える光景だろう。
街全体を覆う埃をかぶったような歴史の匂い、
ただよう歴史を重ねた空気自体が魔力で構成されたような雰囲気。
それらに包まれ、俺の体は奇妙な浮遊感のような感覚を味わいながら
そのままホテルへの帰路を歩んだ。
やれやれだ。
「お前といると退屈しないよ」
古めかしい建物を背に、石畳を歩きながら俺は隣の相棒に言った。
「それはいい意味?悪い意味?」
「さあ、どっちなんだろうな」




