『不完全な永遠』"At the end of South Bronx -2"
すごく間が空いてしまいました。
覗きに来てくれている数少ない皆さん、すいません
サウスブロンクスはあまり足を運びたいエリアではない。
犯罪と貧困は密接な関係になると言われているが、貧困層が暮らすこのエリアはブルックリンと並ぶ凶悪犯罪の多発地区だ。
俺の亡くなった親父は消防士で、このエリアは親父の管区だった。
親父が現役バリバリだった80年代はニューヨーク全体が危険エリアだったが、
サウスブロンクスの荒廃ぶりはひどく、当時のレーガン大統領があまりの様に絶句したというエピソードがある。
劇的に治安が向上した現在は当時を知る人間からすると「80年代に比べればディズニーランド」らしいが、それでも売春と暴力が横行するこのサウスブロンクスには出来れば近づきたくない。
俺はファルコからの情報を入手したその翌日、失踪人課の馴染みの刑事、ゴーレンにそれとなく最近の失踪者の情報を確認した。
ファルコの情報は確かだった。
ファルコはここ1か月の間に、サウスブロンクスで失踪が多発していることを訝しんでいた。
もっとも、ここはニューヨークだ。
大都会に失踪者、行方不明者はつきもので、ゴーレンもただ「不可解」としか感じていないらしく、それが大事だとまでは感じていないらしい。
さらにいうと、失踪事件は失踪から48時間以内に解決しないと、解決の確率は極めて低くなる。むしろ解決しないケースの方が多い。
刑事の仕事は基本的に対症療法だ。
失踪から時間が経過して解決の見込みが低くなったヤマよりも優先すべきものがある。
そうやって割り切らないとこの仕事は続かない。
ゴーレンはサスブロンクスで失踪した人々のことを半ばあきらめているようだったが、その代わりにこの1か月のサウスブロンクスの失踪事件のほとんどが
特に荒廃したエリアの凡そ半径1マイル内で起きているという興味深い事実を教えてくれた。
ゴーレンは俺がNYPDの警察学校で訓練を受けていたころの同期で、ファルコとも飲み友達だ。
どうやら、ファルコはゴーレンから聞いた失踪人多発の情報を、土色の人形の目撃談と無理やり結びつけたらしい。
失踪人が多発しているエリアも人形の目撃談があったエリアも同じだ。
まぐれあたりだがお手柄だ。
俺は以上の事実をアンナに伝え、いつものように二人で現場に向かった。
道すがらアンナは自身が調べた事を教えてくれた。
「いろいろありがとうパトリック。こちらも下手人になんとなく見当がついた」
「ソサエティのお尋ね者か?」
「ああ、そうだ。ソロモン・ポドリスキという魔術師が
1か月前にモスクワで騒動を起こして、そのまま行方不明になっている。
騒動の原因は大々的な人さらいだ。
何の目的で人さらいをしたのかまでは分からないけど、
事象を聞く限りおそらく、ポドリスキの犯行だろうね。
おそらく、奴はサウスブロンクスの一帯に大規模な結界を張って、
何かよからぬことを企んでる」
××××××××××
既に日が沈みかけたサウスブロンクスは閑散としていた。
息苦しいほどの人口密度のマンハッタンと同じニューヨークとは信じられない。
街角には明らかに娼婦と思われる女たちが立ち、ヤクをやっていそうな目つきの奴もいる。
やれやれだ。
落書きだらけの赤茶けた建物の間を縫い、あたりを見回してみる。
感覚を強化した視覚が、英語の落書きに交じって、見馴れない文字の整然とした筆跡の文字を捕えた。
「アンナ」
俺がそう、相棒に声をかけると彼女はすぐに意図に気づいたらしい。
俺の視線の方に歩いていき、その一画に眼をとめた。
「イディッシュ語だね」
「何だそりゃ?」
「ユダヤの文化に由来するドイツ語の親戚みたいな言語だ
イディッシュ語にはヘブライ文字とラテン文字の2種類の正書法があるけど
これはヘブライ文字のほうだね」
「この発見はグッドニュース、バッドニュースどっちだ?」
「ポドリスキは確か、ユダヤのラビの家系だ。術式構築時の言葉に
イディッシュ語を選択するのは自然な流れだと思う。
どうやら、下手人はポドリスキでビンゴみたいだね」
感覚を強化したまま、さらに周囲を調べてみる。
おかしい、なにかが引っかかる。
問題のエリアに入ってから、何らかの結界の気配は感じていた。
だが、どうも何かおかしい。
その感覚の狂いの正体に、だんだんと俺の乏しい魔術の知識が追い付いてきた。
「おかしいな」
アンナが言った。
当然ながらアンナもその正体に気づいているようだ。
「ああ、俺もそう思う。
話を聞くに、ポドリスキっていうの高度な魔術師みたいだが、
その割にはずいぶん雑な結界だな。そこらじゅうに穴がある」
「そうだね。結界の構成自体は綺麗だけど、
妙にほころび多い。車検を怠った高級車みたいだね」
いつの間にかいっそう人通りの少ない道に入っていた。
いつもの通り、探知担当の俺が先頭、アンナは後方だ。
その時、物陰から何かが――明らかに人間の物ではない何かが――出てくる気配がした。
とっさにグロックを引き抜き、音の方向を振り返る。
しかし、その時にはもう遅かった。
ファルコの証言そのものの、土色をしたマネキンのような何かが俺の目前に迫っていた。
――しまった。
しかし、アンナはその事態を想定していたらしい。
身体強化を全開にすると、俺と土色の人形の間に割って入り、
ファイティングナイフを振り上げて、人形の腕を切り落とした。
片腕と泣き別れした人形は襲ってきたとき以上の凄まじい勢いでどこかに去って行った。
「大丈夫かい?」
「……助かった。
ありゃ一体なんなんだ?」
「ゴーレムだね。
魔術で土くれから作った人形にプログラミングした動きを吹き込んだものだ。
オートメイルの一種だよ。
推測するに、人気のない場所で、孤立した人間を誘拐するように動きが設定されてたんだ」
「ってことは
――お前、ひょっとしてこの事態を想定して俺を囮にしたのか?
クソッ、今日はやけに離れて歩いてると思ってたが、それが理由か。」
「ああ、悪かった。私と並んで歩いていたら、出てこないだろうと思ってね」
そう言って、倒れこんだ俺に手を差し出した。
「敵を騙すにはまず味方からってか?」
俺は、アンナの手を取って言った。
アンナはその質問には答えずに言った。
「切りつけた時に、私の魔力でマーキングをしておいた。
ポドリスキは高度な魔術師だけど、私の推測が確かなら、
これで追跡できるはずだ」
「おいおい、待てよ。高度な魔術師ならマーキングぐらい気付くんじゃないか?」
「いや、それは無いと思う。
結界が綻びだらけな理由について考えてみたけど、
私の推測が確かなら、マーキングで十分追跡できる」
「OK。じゃあとりあえずここを離れよう相棒」
「そうだね。チビったパンツの処理は大丈夫?」
「俺がチビったのは最初のうちだけだよ。ちょっとは信用してくれ」
次回でこのエピソードは完結予定です。




