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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『不完全な永遠』"At the end of South Bronx"
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『不完全な永遠』"At the end of South Bronx -1"

「まったく、これだけネタが多いと何から手をつけていいか迷っちまうぜ」


 馴染みのタブロイド誌の記者、ファルコは200ポンドを優に超える巨体をゆすりながら、周囲1フィートに唾をまき散らし、いつものようにお得意の与太話をひとしきり話し終わると言った。


 ファルコの"特ダネ"はやはりいつものパターンで統一されていた。


 幽霊、宇宙人、UMA、オカルト……


 よくもまあ、飽きもせずにガセネタばかり集めてこられるものだ。

 恐らくそのうちのいくつかは取材すらしていない、ファルコの創作だろう。


 そもそも、本当に奴の話が"特ダネ"ならば、仮にも公的機関の人間である俺に話すわけがない。

 ファルコの持ってくるネタは殆どがトイレットペーパー1インチ分の価値もないゴミ情報だが、自分のネタに価値がないことは誰よりも本人がよくわかっていることだろう。


「ちょっと失礼」


 そういうと、ファルコは眼鏡を外してハンカチで額の汗を拭った。


「ヒーターが効きすぎだぜ。これじゃ脱水症状で死んじまう。

ダイエットの効果も出ないし、まったくこの世界はどうなっちまってるんだろうな?」


 MLBのシーズンが終わり、秋になったニューヨークは夏の暑さが嘘のような気候に様変わりしていた。

 ヒーターで温められたファルコの吐く息でデスクに備え付けられたディスプレイが白く曇っている。


 俺たちの会話を聞いた隣のデスクの若い記者は苦笑していた。


 当然の反応だ。


 医者から再三に渡って太りすぎを指摘されたファルコは、文字通り重い腰をあげてダイエットに取り組むようになった。


 しかし、ファルコのダイエット計画は根本から間違っていた。


 パンを食べずに野菜を食べるというのがその計画の大筋だが、毎食1ポンドのマッシュポテトを食べるのを人はダイエットと呼ばないだろう。


 そのダイエット計画の根本的な欠点を説明してやろうかどうか迷ったが、今もスーパーサイズのコーラを飲みながら

「どうして痩せないのか不思議で仕方がないぜ」と不服そうに語るファルコにそれを説明するのはNRAの会長を説得して所有しているライフルをすべて手放させるよりも難しいことに思えた。


 俺は結局、「そうだな、何でだろうな」という思ってもいない相槌を打つに留めておいた。


「で?敏腕記者ミスター・ファルコのホットな特ダネは以上か?

そろそろシフトの時間だ。終わりならもう行くぜ」

「待てよ、ケーヒル。まだとっておきのが残ってるぜ」


 "とっておき?"

 タイムズスクウェアにUFOでも着陸したか?


「怪奇、サウス・ブロンクスの人さらい人形」

「なんだそりゃ?」

「見出しのとおりさ。サウス・ブロンクスでな、マネキンみたいなデカい人形が、歩き回って人さらいをしてるって話だ」


 ファルコの集めてくるガセネタには、ごくまれに神秘の世界を偶然目撃したまぐれ当たりが含まれていることがある。


「人形」「人さらい」


 俺の勘が、まぐれ当たりを告げていた。


「へえ、それで」


 そう、あくまで素っ気なく言った。


 ファルコはそもそも自分の集めてきたネタの真偽など確かめる気もないはずだが、あまりあからさまに喰い付くと面倒なことになりかねない。


 いつものガセネタと信じてもらっている方がお互いにとってハッピーだろう。


「最近、サウス・ブロンクスで行方不明者が多発してるだろ?」


 そいつは初耳だ。

 後で失踪人課に行って確かめてみよう。


「行方不明者が多発しはじめた頃から、土色のマネキンみたいな人形が夜中に歩いてるのを見たって目撃談が出てるんだ。

しかも、目撃情報のあった周辺にアラビア文字みたいな不思議な形状の落書きが増えてるっていうんだ」


 嫌な感じがする。俺は、アンナとの数々の不思議な冒険による経験から、

英語以外の言語で書かれた落書きを見たときは、魔術の存在を疑えと学んでいる。


「これは絶対に超自然的なパワーの仕業だ!

おれは神かけて誓うぜ。

そのマネキンが誘拐犯だ!」


 シフトが終わったら早々に我が相棒、アンナ・ロセッティに相談してみよう。


 だが、その前にまず確認だ。


「お前、そのネタ、ウラはとったのか?」

「ウラ?そんなもの取るわけないだろ!こういうのはな、ウラをとらないから夢があるんだよ!」


××××××××××××××××××××××××××××××××××××


「ってわけだ。なんか怪しいと思わないか?」


 シフトが終わったその足で、俺は予定通り、相棒のアンナ・ロセッティの元を訪ねていた。

 マシューの旦那は留守だった。今度はトロントに行っているらしい。

 この二人は基本的に、旦那が遠征担当、アンナは留守番と役割分担を決めているそうだ。遠出には自分が率先するのは旦那の娘に対する気遣いだろうか。

 アンナのような心身ともに極めてタフな人間に、その気遣いは不要な気がしないでもないが、アンナが地下鉄に乗って会いに行ける範囲内に常にいてくれるのは俺としてもありがたい。


 そろそろ深夜を回ろうかという時間だが、この時間帯は平均的に彼女が晩酌している時間だ。

 俺は、アンナに勧められたブルックリンラガーを片手にファルコから聞いたまぐれあたりの匂いのするネタをかいつまんで聞かせていた。


 アンナは勢いよくブルックリンラガーの瓶を一本空にすると言った。


「パトリック。あんたも随分こっち側の事件に鼻が利くようになったね。

相棒として鼻が高いよ」

「そりゃどうも」

「話を聞く限り、自動人形(オートメイル)を使う術者の仕業みたいだけど、

まずは現場に行ってみよう。『アラビア文字みたいな不思議な形状の文字』なんていう情報だけじゃはっきりしたことは言えないからね」

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