『銃弾の行方』"A vigilante of Brooklyn -6"
「伯父さん。お願いがあるんだけど」
「何だ?禁煙しろ以外ならなんでも聞いてやるぞ」
「私が言っても説得力ないでしょ、それ」
私は従妹のジェシカにある人物の護衛をお願いしたいこと、
それとジェシカと一緒に尾行するパートナー兼ボディガードをつけてほしいこと
をロバート伯父さんに話した。
ここ数日で、プロファーの魔術師としての腕はなかなかのものだということがわかった。
魔力を持ったFBI捜査官が自分の元を訪れたことで、外部の魔術師にFBIが協力を要請するぐらいの事態は想定済みだったのだろう。
恐らく、私と父の魔力は探知されたし、こちらの面も把握しているかもしれない。
ならば、単純な手ではあるが、魔力と無縁の人間を使う。
捜査機関に無関係の素人で、なおかつ勘のいい人間ならさらに良い。
万一の事態に備え、ボディーガードもつけておきたい。
何せ、彼女はか細いティーンエイジャーの女の子だ。
マンハッタンのジムで戯れにベンチプレスをやって「メスゴリラが出現した」という不名誉な逸話を作ってしまった私とは違う。
ロバート伯父さんは当然のごとく、娘に探偵まがいをさせることに難色を示し、「おれが行こうか?」と提案したが、魔力を持つ人間では駄目で、出来るだけ人畜無害に見える人物がいいことを説明すると渋々ながら納得してくれた。
実は、以前にもジェシカに探偵の真似事をさせたことがある。
ニューヨークとニュージャージーで有効な探偵のライセンスを持っていると私と父はごくまれにだが、魔術と無関係な依頼を受けることがある。
その時、ジェシカに仕事を手伝ってもらう。
代々、きな臭い仕事をしてきたロセッティ家の血を引いているだけあって、ジェシカは中々勘が良い。
私も父も面が割れてしまったときなど、彼女に手を貸してもらう。
さらに、ロバート伯父さんはカーティスという若者を紹介してくれた。
元軍人で、26歳だが、童顔でスーツを着ていなければティーンエイジャーに見える。
本物のティーンエイジャーのジェシカと並ぶと、学校帰りにデートしてる高校生だ。
ジェシカとカーティスには素行調査の手伝いという名目でプロファーの尾行を依頼した。
私と父が提示した「バイト代」がティーンエイジャーの女の子のお小遣いとしては悪くない額だったのに加え、パートナー兼ボディガードを務めてもらうカーティスはなかなかのハンサムガイだった。
ジェシカは二つ返事でOKしてくれた。
すでに数日にわたる尾行で、プロファーがいつも立ち寄る場所は分かっている。
ジェシカとカーティスに尾行してもらったところ、プロファーがいつもと違う場所に立ち寄ったことが分かった。
目論見はうまくいった。
プロファーはエディに会った時点で魔術に明るい人物が追ってくることは想定していたが、やはりその逆は想定していなかったらしい。
それに、FBI捜査官は40代の男性が多い。
ティーンエイジャーの女の子と若い男の組み合わせが追跡者とは思わず、我々が諦めたと思ってくれていたようだ。
プロファーは抜け目のない男だが、警戒心を全開にしているとき、ふとしたことから気が緩むことがある。単純な手ではあるが、功を奏したようだ。
プロファーの次なるターゲットが分かった。
トーマス・クレッチマー。ブルックリンハイツ在住の大企業のエグゼクティブ。やり手の実業家だが、レイプの容疑で複数回訴えられた経歴がある。
しかし、狡猾なクレッチマーはやり手弁護士の手を借りて法の穴を巧みに突き、すべて証拠不十分で不起訴になっている。
私と父は再度話し合い、プロファーは捕まえる。
娘のことは隠しはしないが積極的にエディに公表もしない基本方針を改めて固めた。
クレッチマーのような法で裁けない悪党を私刑にしているプロファーのことは嫌いではないが、褒められた行為でもない。
法治国家で許されていい行為ではないだろう。
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私たちはエディと合流し、次なるターゲットであるクレッチマーの自宅近辺に張り込んだ。
「2人とも感謝する。ありがとう」
エディは私たちが情報を故意に報告していない可能性を露ほども疑っていないらしい。心が痛む。
「エディ、あのアリバイ工作問題はどうだった?
魔術的側面からはお手上げだが、お前さんの方はどうだ?」
エディはかぶりを振って言った。
「こちらも進展はない。
だが、プロファーを捕まえて聞き出せば済む話だ」
心が痛む。
沈黙を守りとおしていると、双眼鏡の先にプロファーの姿が見えた。
「お出ましだよ」
クレッチマーの自宅は、いかにもエグゼクティブが好みそうな瀟洒なアパートメントだった。
父は別行動、私とエディは階段を上り、クレッチマーの部屋に踏み込む。
鍵のかかったドアを蹴破ると、クレッチマーはすでに暗示で体を固められたうえで、壁に跪けさせられていた。
――そして、プロファーは
――今まさに銃を魔力で物資化させようとしているところだった。
私より一呼吸早く部屋に踏み込んだエディは、グロック17を構えて言った。
「ジュリアス・プロファー。FBIだ!銃を捨てて膝を付け!」
プロファーは銃をクレッチマーの頭に突きつけたまま言った。
「……こいつらはゴキブリだ。あんた、ゴキブリを見つけたらどうする?踏み潰すだろ」
プロファーが撃鉄を起こす音が聞こえた。
マズい。
そう思った次の瞬間、父が窓を突き破って突入してきた。
プロファーはすぐに事態を把握したようだったが、もう遅い。
身体能力をギリギリまで強化した父は、その巨体からは想像もつかない速さで距離を詰めると、
プロファーが物質化したリボルバーの弾倉をつかみ、腕をひねりあげてその場に叩き伏せた。
「エディ!手錠だ!」
エディは銃をホルスターにしまうと静かに歩み寄り、
プロファーに手錠をかけた。
エディは父に抑えつけられたままのプラファーに言った。
「私もゴキブリは嫌いだ。嫌いだから殺していいなどという理屈は通用しない」
「憎いから殺す。それが人間だろ?」
エディは息を吐くと事務的に言った。
「ジュリアス・プロファー。殺人未遂の現行犯で逮捕する。
お前には黙秘権がある。今後のお前の発言はすべて証拠として扱われ、場合によっては不利になることもある。
お前には取り調べに弁護士を同席させる権利がある。弁護士を雇う費用がない場合は、公選弁護人を付けてもらうことができる。
権利を理解したか?」
プロファーは沈黙したままだった。
「理解したようだな。行くぞ」
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プロファーは逮捕されすべてを自供した。
想像通り、プロファーは娘の関与については何一つ語らなかった。
一度、父を伴い、プロファーの住んでいたブルックリンハイツの家を訪れた。
娘のメアリー・プロファーがニューヨークを離れると聞いたからだ。
私と父は、爪の先ほどの荷物と一緒に玄関を出ていくメアリーの姿を遠巻きから見ていた。
メアリーがタクシーに乗り込んでいくとき、眼があったような気がした。
いや、実際に彼女はこちらの存在に気付いたのだろう。
魔力を探知されたのかもしれない。
諦めとも、後悔ともつかないような眼をしていた。
後日、それほど興味のあるわけでもないニューヨーク・ニックスとトロント・ラプターズの試合を見るともなく見ているとエディが私たちの元にやって来た。
エディは私たちへの改めての礼とともに、
プロファーが頑なに裁判を拒否し、検察側からの量刑を受け入れる意向であることを伝えた。
父はただ黙って話を聞き、私も「ああ、そうか」という程度の単語を何度か発しただけだった。
ひとしきり経過の報告が終わると、しばらく沈黙が続いた。
淹れたてだったコーヒーから湯気が消え、私がタバコを3本灰にしたところで
エディが言った。
「ところで、知っているか?14歳は子供だ。
14歳は子供か?と聞いて回ったら、まともな神経の持ち主は全員『14歳は子供だ』と答えるだろう。
だが、時に法は融通が利かない。
14歳の少女が殺人を犯したら、法的には成人として扱われ、殺人罪に問われる場合もある」
私と父は顔を見合わせた。
エディはとっくに気づいていたのだ。
1件目の真犯人がプロファーではないこと、
そのことに私たちが気づいていたことも。
「まったく。あんたもとんだ狸だな」
父は「参った」と言った具合に大きく溜息をついて言った。
「何の話だ、マシュー?私はただ法的な一般論を話しただけだ」
エディは全く表情を変えなかった。
どちらにせよ。
少なくとも、1件目の犯行には凶器という決定的な物的証拠が存在しない。
これ以上引っ掻き回さない限り、メアリー・プロファーの身辺が騒がしくなることはないだろう。
決して綺麗な結末ではないが、この辺が引き際だと思うし、エディもそう思ったのだろう。
「確か、メアリー・プロファーはウィレムスタッドの親類の元に引き取られたそうだね」
「そうだ。キュラソーはプエルトリコの近所だが、あそこはオランダ領だ。
もうFBIでも手が出せない」
エディは「参った」と大げさに手を広げて言った。
「エディ、一杯どうだ?」
「ぜひそうしたい。ブルックリンに良いブリュワリーがあるそうだな」
「ああ。あそこのビールは最高だ。行くか?」
「是非」
今回でこのエピソードはお終いです。
最後まで閲覧ありがとうございました。




