『銃弾の行方』"A vigilante of Brooklyn -1"
新エピソードです。
3,4回で完結予定です。
ブルックリンハイツの景色は最高だ。
クラシックな作りのブルックリン橋とマンハッタン橋の向こうには夜のマンハッタンが煌々とした輝きを放ち、躍動する街の鼓動が聞こえてくるようだ。
私と父はある目的のため、ロウアーイーストサイドの我が家を離れ、この地区に小奇麗なアパートを借りていた。
ウォール街のエグゼクティブなどが好んで暮らすこのエリアは中心地のほとんどがランドマークに指定されており、
家賃の高さはマンハッタンに引けを取らない。
眺望も最高だ。
窓の外からはブルックリン橋と自由の女神を一望することが出来る。
私が観光客だったら最高に心躍る光景だっただろう。
だが、実際のところ私も父もこれ以上ないぐらいに張り詰めていた。
魔術のアンテナを常に開いた状態にし、数日に渡って監視を続けているからだ。
父は私の隣で濃いコーヒーを啜りながら、何時間も前から仏頂面をしている。 気持ちは良く分かる。
魔力のアンテナを開いたままの状態にしておくのは、熟練の術者でも些か疲弊する。
名門の血を引く私でも、多少苦に感じるのだから、歴史の浅い家系の父にとっては相当な苦労だろう。
――なぜ、こうなったのか
話は数日前に遡る。
××××××××
数日前。
ロウアーイーストサイドの我が家で私と父は久しぶりに怠惰を満喫していた。
父はチップスを齧り、ルートビアを飲みながら、ニューヨーク・ヤンキースとボルティモア・オリオールズのデイゲームの中継を観戦し、
私は2パイントはあろうかというアイスクリームの塊をがっついていた。
こんな怠惰な月曜日の昼下がりはいつ以来だろうか?
最近オーバーワーク気味だっただけに、怠惰の女神でも降り立ったかのようなこの午後の一時は心地よかった。
怠惰の女神に感謝の心を馳せつつ、ケミカルで甘ったるい味のアイスクリームを味わっていると、ドアをノックする音がした。
ここを訪問してくる人間は限られている。
要件はどうでもいい要件か、差し迫った要件かのどちらかだ。
どうでもいい要件の方にベットしてそのまま怠惰を味わおうかという邪念がチラリと頭をよぎったが、私が行動を起こす前に父が動いていた。
「おれが出よう」
そう言って、父はノック音のもとに向かっていった。
数秒後、入り口に父と並んで、40がらみのスーツ姿の男が立っていた。
男はアフリカ系で、がっしりした体格を持ち、まっすぐな眼で私を父を交互に見渡した。久しぶりに会う知己だった。
「エディ」
「やあ、アンナ、マシュー」
「久しぶりだな。エディ。シカゴでの一件以来だな」
そう言って、私と父は彼と交互に握手をした。
そして彼、エドガー・ヴァン・ビューレンはその生真面目な性格そのままになんのスモールトークもなく話題を切り出した。
「協力してほしい」
エディことエドガー・ヴァン・ビューレンは魔術師でFBIの捜査官だ。
元シカゴ市警察の刑事で、シカゴを拠点に活動する私の友人でハンターをやっている人物とコンビを組んでおり、そのころに私たちは知り合った。
その後、彼は魔術師としての技能と捜査官の経験を持ち合わせた稀有な能力からFBIにヘッドハンティングされた。
所属は魔術対策ユニット。
魔術対策ユニットはFBIの上層部でもごく1部の人間しか存在を知らないチームだ。構成メンバーは20人にも満たず、全員が何らかの捜査機関での経験をもつ魔術師である。
アメリカは3億人を超える人口を抱えているが、歴史の浅いこの国に定住する魔術師は少ない。
この国を拠点とするソサエティから認可を受けた正規のハンターは、私の知る限り州の数と同等か少し少ないぐらいだ。
それなりの規模の街であれば定住しているハンターが1人はいる。
そういう都会では、ハンターは市警察や州警察など地元の捜査機関からの要請で、"こちら側"の事件の捜査には協力するのが慣例だ。
私の相棒、パトリック・ケーヒルはニューヨーク市警で刑事の任についているが、その土地の捜査機関、法執行機関に魔術師の人間がいるのは極めて稀だ。
魔術師は組織に所属したがらない傾向にある。
ハンターが定住しておらず、その土地の法執行機関にも魔術師がいない場合、クワンティコのFBI本部にいる彼らに協力を要請することになる。
魔術師は組織に所属したがらない傾向にあるが、高給がもらえて福利厚生が手厚く、愛国心も満たせる魔術対策ユニットには20人ほどの魔術師が所属しているという。
ただでさえ魔術師の絶対数は少ないのに、そのうえ捜査機関での経験もとなると全米1位クラスのドラフト候補よりも希少だ。
パトリックもどこから噂を聞きつけたのかリクルートされたことがあるが、生まれ故郷と長年組んできた相棒から離れることに難色を示し、結局断っている。
泣かせるじゃないか。
「相談の前にコーヒーでもどうだい?エディ」
「ありがとう。砂糖は2つ頼む」
「そうかい。じゃあ、座って待っててくれ。
ビーフジャーキーみたいに硬いカウチしか無いがな」
そう言って、父はキッチンに去っていった。
エディは少し意外そうだった。
この絵面の2人なら、コーヒーを用意するのは私だと思ったらしい。
無理もない。
私が同じ立場ならやはりそう思うだろう。
「ああ見えて料理上手でね」
そういうと、エディは納得したのかしていないのかよくわからない顔で
ああ、そうなのか、と言った。
テレビからニューヨーカーのブーイングが聞こえてきた。
実況によると私が目を離した間に、ヒロキ・クロダがアダム・ジョーンズにタイムリーを浴びたらしい。
すでにシーズン最終盤の消化試合だが、ニューヨーカーは手厳しい。
スコアは2-0。
今日もヒロキ・クロダに幸運の女神は微笑まなかったようだ。
さようなら、怠惰の女神。
さあ、仕事だ。




