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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『ピグマリオンの願い』―Grand Central Station romance―
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『ピグマリオンの願い』―Grand Central Station romance -3―

 グランドセントラル駅。


 ニューヨーク市内各地への地下鉄と、コネチカット、ニュージャージーへの

路線が出発する交通の要であり、古典建築のボザール様式で建てられたこの街の歴史天気建造物。

 すぐ近くにはクライスラービルが屹立し、煌々と明かりを灯している。


 まずは駅地上の捜索を開始した。

 魔力の痕跡はない。


「やはり地下か」


 ファルコの情報では、シュタウフェンベルク伯爵とホムンクルスと思われる二人組が目撃されたのは地下だった。

 地上も念のために捜索したが、やはり本命は下か。


「そうだな」


 地下に下りる。


 グランドセントラル駅地下には4、5、6、7、とシャトルラインの地下路線がある。


 時刻はそろそろ午前0時を回ろうとしていた。

ニューヨークの地下鉄は終日運航しているが、この時間になるとさすがに利用客の姿は少なかった。

 一般客の姿がまばらになったこともあってか、ホームレスたちも寛いでいるように見える。


 4番には何の痕跡も見いだせなかった。

 5番ホームに向かう。


 その時、妙な感覚を覚えた。

 術者としては2流もいいところの俺に感知できたということは、おそらくアンナも何かを感じ取っていることだろう。


「向こうだね」


 案の定、彼女は魔力を探知していた。

 出所もわかっているようだ。


 アンナが指したのは、ホームの端

"AUTHORIZED PERSON ONLY"(関係者以外立ち入り禁止)の向こう側だった。


「覚悟はいいかい?」


 サーチライトを手にアンナは言った。


「ああ」


 俺は感覚強化を全開にすると、アンナに続いて警告のついた柵を乗り越えた。


 サーチライトの明かりを頼りに数メートル――俺はヤバいと感じると頭がメートル法に切り替わる。

 軍に在籍していた時の習慣のせいだ。


 魔力の痕跡が段々と濃厚になっていく。


「結界だね。それも半径数10メートルにおよぶ大規模なものだ。

さすがは名家の魔術師だね。」


「そうか。

……どうして急にメートル法に?」

「あんたの頭、今メートル法に切り替わってるんだろ?

ヤバいと思ったときは頭がメートル法に切り替わる。

前に話してたよね?」

「ああ、実際ヤバい感じだ。

嫌な予感がハンパじゃねえ。

クソだまりに深く突っ込んでるような気分だ」

「あんたは本当に上品だね」

 

 魔術を探知した時の嫌な感覚を背筋に感じたまま、

俺は感覚強化を全開にした状態をキープし、警戒を続ける。


 術式の真っただ中に身を置いているということは、相手魔術師の工房内、

つまりはホームフィールドに身を置いているということだ。

 アウェイのこちらは警戒を最大限にしておくべきだろう。


 更に数メートルを歩いて進む。


 その時、背後に何かの気配を感じた。

 のど元に嫌な感覚がせりあがってくる。


「アンナ!後ろだ!」


 俺がそう叫ぶや否や、アンナは俺を突き飛ばすと自分も全力で飛び退いた。


 次の瞬間、元居た場所は鋭利な刃物でえぐり取られていた。


 背後を振り返る。


 そこには黒いシックなドレスに身を包んだ、銀髪に琥珀色の眼の女が白く光る刃のようなものを持って立っていた。


「ホーエンハイムのホムンクルスだね?」


 アンナは体制を立て直すと、愛用のSIG P229を手に言った。


「お分かりなのであれば、どうしてお答えする必要がありますか?」

「ハハ、その通りだ。賢いね」

「お褒めに預かり光栄です。フロイライン」


「さて、分かってると思うけど、私の雇い主があんたの家出に心を痛めていてね。

その物騒なものを収めて一緒に来てくれないか?お迎えが高級ホテルで待ってるよ」

「せっかくのお申し出ですがお断りいたします」

「なぜ?伯爵様からだれか来たらそう言うように躾けられてるからかい?」

「お答えする義務がありません」

「そうかい。じゃあ、少し手荒くなるけど覚悟してくれよ」


 そう言うとアンナはハンドガンを持ち上げ、照準を合わせた。

 ハムンクルスも一度下した魔力の刃を引き上げ、警戒する。


「Halt! Eva(止せ!エーファ)」

「Ja, Christoph(はい。クリストフ)」


 男の声で、ドイツ語が聞こえてきた。

 その一言で、ホムンクルスは刃を形成していた魔力を拡散させた。


 アンナはまだハンドガンを構えて警戒を続けていたが、ホムンクルスの方はもう戦意は無いようだ。


 男は金髪に碧眼で、いかにもゲルマン系らしい彫りの深い顔だちをしていた。

 背筋は綺麗に伸び、まるでノイシュバンシュタイン城の回廊でも歩いているかのように優雅な歩き方で歩きよると、アンナのハンドガンを遮るようにホムンクルスの前に立った。


 アンナは引き続き、ハンドガンを構えたままだったが、男がホムンクルスの前に立つと、些か以上の驚きを顔に浮かべ、やがてハンドガンを下した。


「Sie sind Fräulein Anna Rossetti. Ich nehme an.(フロイライン・アンナ・ロセッティだね?)」


 アンナがハンドガンを下すと、男が言った。


「Ja, Graf Stauffenberg.(ええ、シュタフェンベルク伯爵)」

「Ich weiß, Sie sprechen fließend Deutsch. Darf ich weiterhin auf Deutsch?

(あなたはドイツ語が堪能だと聞いている。ドイツ語で続けてもいいかい?)」

「Ja. Aber, leider, mein Partner kann nicht Deutsch sprechen.

Zum Glück, ich weiß, Sie sprechen gut Englisch.

(ええ。でも生憎と相棒は駄目でね。幸いにして、あなたは英語が得意と聞いています)」


「そうか。では、これでいいかな?フロイライン」


 男はドイツ語訛りはあるが明瞭な発音のイギリス英語に切り替えていった。


「ええ、ご配慮に感謝します。伯爵」

「どうしてここが分かったか教えてもらえるかい?」

「運よく――あなたたちにとっては運悪くですが――空港とここであなたたちを見たという目撃情報が得られてね。

その幸運がなければ当分ここにはたどり着いていなかったでしょう」

「――そうか。

あなたたちと少し話がしたい。一時休戦することに同意してもらえないだろうか?」」

「ええ。私もぜひ、あなたからお話を伺いたいですね。」

「ありがとう。フロイライン」

「恐れ入ります、伯爵」

「伯爵はやめてくれ。クリストフでいい」

「そうですか。では、私のこともアンナとお呼びください」

「ああ。そうさせてもらうよ。アンナ」

「よろしく。クリストフ」

「では、ご足労だが、ついてきてもらえるかな?」

「了解。行こう、パトリック」


 そう言うと、アンナは歩きはじめた伯爵とホムンクルスの後ろについて歩き始めた。


「なあ?何なんだ一体?ソーセージとザワークラフトのもてなしでもあるのか?」

「さあね」


 アンナは何事か考え込んでいるようで、そうおざなりな返事をしただけだった。



××××××××××××


 ホームを側面伝いに歩いていくと、伯爵は壁に手をついて何節かドイツ語で詠唱をした。

 すると、壁面に扉が現れ、俺とアンナを迎え入れた。


 殺風景なコンクリートの壁の向こうには質素だがいくつかの調度品が誂えられた部屋があった。

 魔術の世界に足を踏み入れて数年、大抵のことには驚かなくなっていたが、こんな芸当ができるとは。


 アンナの言う通り、伯爵は相当な術師らしい。


「シュナップスでもいかがかな?ヘル・ケーヒル?」

「ええ、いただきます。伯爵」

「君のパートナーにも言ったが、クリストフで構わないよ。」

「ああ、それじゃ、俺のこともパトリックと」

「ああ、そうだね。パトリック」


 クリストフは温和な微笑みを浮かべてそう言った。

 なんてナイスガイだ。

 アンナから話を聞いた名家の魔術師は、全員がメジャーリーグ級のクソ野郎だったが

 どうやらごくまれに例外もいるらしい。


 出されたシュナップスを一口飲み、息をつくと、アンナが口を開いた。


「さて、この状況だけど、察するに――」


 ――そう言って、アンナはためらいがちに一度言葉を切った。


「愛ゆえの逃避行というところかい?クリストフ」


 一呼吸おいた後のアンナの一言はあまりにも意外なものだった。


「その推測の根拠を聞いてもいいかな?アンナ」

「まず、私が38口径を向けたそのホムンクルス……失礼、エーファだったね、の前にあんたはかばうように立った。

その時は大事な財産を守るための行動かと思ったけど、この部屋をみるとどうも違うらしい。

ここには結界以外の魔術を使った痕跡がない。

つまり、高性能のホムンクルスという絶好の実験台がありながら、一切の実験を行っていない。

それに、ここは質素ながらも人がちゃんと生活できるように整えられている。

これは、どういうことか考えてみた。」

「その結論は?」

「伯爵さま。あんたは、彼女を1人のレディとして扱っている。

もっと直接的に言うなら彼女のことを愛している」

「――アメリカ人は率直だな」

「効率的と言ってほしいね」

「君は、話の分かる人だと聞いている。

それに、評判以上に賢い人のようだ。」

「そりゃどうも」

「少し長い話になるが、事情を話してもいいかな?」

「こっちもそのつもりだよ。いいよね、パトリック?」

「ああ。俺もぜひ話を聞きたいね」


×××××××××××


「トマス翁は日夜ホムンクルスの研究に明け暮れている――」


 クリストフは、エーファと共に逃避するに至る経緯を話し始めた。


「正確な製法はトマス翁と2人の息子しか知らないが、彼らはホムンクルス生成に用いる素材を変えることで、どのような変化が生まれるか、

多くの試作品を生成して経過の観察をしていた。

あまりにもその試作品の数が多くなり、人手不足を理由に遠縁の僕が呼ばれた

――そして、僕が担当することになったのがこのエーファだ」


 そう言って、クリストフとエーファは顔を見合わせた。


 彼の話はさらに続いた。


「僕には悪癖があってね。

経過観察中のホムンクルスに話しかけるんだ。

アンナ、ホムンクルスはどんな反応を返すと思う?」

「私の知る限り、ホムンクルスに埋め込まれてるのは大気中のマナから作った疑似人格だ。

疑似人格は命令の範囲内の行動しかとれないから、無駄話をしてもせいぜい生返事が返ってくるのがオチだろう」

「ああ、そうだ。

彼女の場合も最初はそうだった。

だが、ある日のことだ。

僕は旅が好きでね。その日はエーファにタンジールの旧市街で迷子になった話をしていた。

どこを見ても似たような建物ばかりで参っていたという話をしたところで、

エーファが言ったんだ。

『どうやってここまで帰って来たのですか?』とね」


 アンナが驚愕の表情を浮かべて言った。


「――まさか彼女は」

「そうだ。彼女には―エーファには感情があるんだ。

――最初のうちは勘違いだと思った。だが、話せば話すほど彼女は表情も語彙も豊かになって言った。

僕はいよいよ確信をもち、トマス翁に報告しようと思った。

だが、出来なかった。

あの日が来てしまったんだ。

――あの日僕は、テーブルマウンテンの頂上から見た夕陽の話をしていた。

それを聞いたエーファは眼を輝かせて言ったんだ。

『私も見たいです。いつか連れて行ってはくれませんか?』と。

――その時、僕は思ってしまった。

『僕もまたあの夕陽を見たい。他の誰でもないエーファと一緒に』と。

――そして僕は散々悩んだ挙句、エーファをつれてザルツブルグのホーエンハイム邸を飛び出してきた。

かなり迷ったよ。ホムンクルスに感情が芽生えるなんて大事件だ。

トマス翁かソサエティに言うべきだと散々迷った。だが、結局、自分の感情に従うことにした」


 驚愕の表情を浮かべたまま黙り込んでいたアンナだが、ようやく落ち着いてきたらしい。

 しばらく考え込むと、クリストフの傍らで黙り込んでいたエーファに話しかけた。


「エーファ。現時点で私はあんたの味方ではないが、敵でもない。

あんたに本当に自我があるなら――

――あんたの気持ちを聞かせてくれ」


 エーファは小さく口を開いて言った。


「私は――」


 アンナはじっとエーファを見ている。

 俺も彼女を見た。


 2人がかりでじっと見られたエーファは頬を赤らめ、うつむきながら蚊のなくような小さな声で言った。


「私も彼が見たものを一緒に見たい、

彼が『きれいだ』と言ったものを一緒に見て、

気持ちを分かち合いたい……です。

この感情をあなたたち人間が愛と呼ぶなら――

私もクリストフのことを愛しています」


 その反応をみたアンナは更に驚いて言った。


「驚いた。驚きのあまりそうとしか言えないよ。

てっきり自我のない人形をピグマリオンみたく一方的に愛してるのかと思ってた。だが、確かに彼女には感情がある。

――参ったねこれは」


 俺も同意して言った。


「まるで、プロムに好きな子を誘うティーンエイジャーだな」

「プロム?」


 エーファはそれを聞いて不思議そうな顔をして言った。


 俺は言った。


「あとでクリストフに聞いてみてくれ……」

「はい。そうします」


 俺は気を取り直して、今度はクリストフに言った。


「ニューヨークを選んだのは、魔術にあまり縁のない土地で目立たないから。

駅に隠れているのは、ホーエンハイムの関係者ならば公共交通機関など使わないだろうからってところか?」

「その通りだ。パトリック」

「それで、これからどうされるおつもりですか?伯爵さま」


 次に口を開いたのはアンナだった。

 もう驚愕の表情は消え、いつものリアリストの顔に戻っていた。


「わからない。だが、僕は彼女をトマス翁の元に返す気も、ソサエティに引き渡す気もない」

「それは彼女を愛してるから?」

「そうだ」


 彼女は溜息をついて言った。


「青臭いね。世間知らずなお坊ちゃまらしい発想だ」

「わかっているよ」


 そう言ったクリストフは貴族ではなく、年相応な普通の青年に見えた。

 彼は20代の半ば程に見える。

 大人になり切れる年齢ではない。


「エーファ、あんたはどう思ってるんだい?」

「クリストフは私に人生をくれました。

私はホムンクルスです。あと余命がどれほどあるかわかりません。

でも、残りがどれほどだったとしても、残った人生はすべてクリストフに捧げたい……

……捧げたい、です」


 彼女はまたしても頬を赤らめながら、しかし、琥珀色の瞳は俺とアンナのことをしっかりと見据えてそう言った。


 俺は思わず「ヒュー」と口笛を吹いた。

 アンナは何か哀れなものを見るような目で俺を見ると、

「あんたは本当に上品な反応をするね」と言った。

 褒められるとは思わなかった。


「まったく、青臭いねえ」


 そう言って、アンナはここにきて初めてタバコに火をつけた。

 そして一服し、煙を吐き出すと言った。


「でも、気に入ったよ」

「おいおい、どういうことだ?」

「ホーエンハイムからの報酬が入らないのは痛いけど、世の中金だけじゃない。

――つまりは、私も伯爵様たちと一緒でまだ青臭いってことだよ」

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