ホーンティングハウス 後編
後編です。
ハワード・アラン・キングは仕事がオカルトホラーなら趣味もオカルトホラーの筋金入りだった。
印税で得た莫大な利益を全米中とヨーロッパ中の幽霊屋敷訪問の旅費に費やし、終いには自らの手で理想の幽霊屋敷をつくってしまった。
俺たちの眼前に『パシフィック・リム』のカイジューのように聳え立っているクラシカルな風貌の館を、地元民は敬意と奇異をこめて「ハワード・ホーンティング・ハウス」と呼んでいる。
ハワード・ホーンティング・ハウスが完成したのはほんの2年前のことだ。
ハワード自身は以前から自らの趣味を具現化した家を作ることを切望していたが、あまりにもこだわりすぎたためデザインが決まらず、マンハッタンの建築事務所が着工した頃にはハワードの構想開始から30年が経っていた。
家族を大事にしたハワードは妻と子供にはこだわりよりも居心地の良さを感じてほしいと考え、ごく普通の基準の豪邸も立てていた。
俺たちが先ほどまでもてなしを受けていたのがその家だ。
ハワードは念願だった幽霊屋敷が完成すると日中は幽霊屋敷を書斎として閉じこもり、一心不乱に執筆に勤しんだ。
ハワード・ホーンティング・ハウスは老作家にとって大変な刺激になったらしく、病に侵された最晩年の二年間のうちにハワードは長編小説を二本仕上げている。
勿論、どちらもベストセラーになった。
ハワード・ホーンティング・ハウスは老作家にとっての城だった。
城に住むのは城主のみで、息子も妻も親戚もこの家には近づかなかった。
ホラー作家として成功している長男のジョー・キングですらだ。
ハワードが亡くなると、ホーンティング・ハウスの主は不在となった。
ハワードは遺族に極めて妥当な遺言を残していたため、相続で裁判が起こることは無かった。
ただ、「ホーンティング・ハウスを保存すること」という条文が厄介だった。
そこで一計を案じたのが嗅覚鋭いビジネスマンの次男、チャールズだった。
チャールズはハワード・ホーンティング・ハウスを父の執筆活動に関連するものと父が生前に集めていたいかがわしいコレクションを展示した記念館に改装し、営業を開始した。
客足はなかなか好調で、オープンした月には一万七千人の訪問者が来た。
そして、オープンから一か月もすると噂が立ち始めた。
「ハワード・アラン・キング記念館で怪奇現象が起きる」
仕事熱心なアンナは訪問前に怪奇現象の目撃談について入念に調査を行っていた。
彼女曰く「全部、科学で説明がつく現象」らしい。
しかし、只の手品でもユリ・ゲラーが超能力だと言えば大衆が信じるように、人の心象は変えられない。
それはジェームズ・ランディが青筋を立てて「超能力など全部インチキ」と力説するよりもインパクトがある。
見学者の怪奇現象目撃談が誇張されて地元のメディアで報じられると、主にインターネットを中心に「ハワード・ホーンティング・ハウスの呪い」がまことしやかに語られるようになった。
幽霊の噂が立つのは所有者としてはむしろ好ましいことだった。
実際、噂が立つようになって訪問者はさらに増えていた。
7ドルの入館料を払ってくれる人の数は多いほうがいいに決まっている。
問題は先月になって見学者に死人が出てしまったことだ。
亡くなった見学者は高齢で、既往症持ちだったので、亡くなるのは不思議なことではない。
しかし、「死人が出た」というインパクトはかなり強く、客足が衰え始めていた。
その折、チャールズ・キングはマンハッタンに「霊能者」を名乗っているロセッティ探偵事務所の存在を知った。
問題は何をしたかよりも何かをしたかだ。
息子のチャールズ・キングは幽霊など信じていなかったが、何かをする必要があると悟った。
地元の自治体であるナッソー郡もこの件にはかなりの興味を持っていた。
その結果がこのなかなかの額の依頼に繋がっている。
「まずは"専門家"の見解を伺えますか?」
チャールズは懐疑論者が占い師を前にした時のような警戒心を見せながら言った。
ビジネスマンらしく、やはり彼は現実主義者のようだ。
とはいえ、魔術師であるアンナも十分に現実主義者だ。
チャールズとアンナの違いは神秘が実際に存在することを知っているか知らないか程度でしか無い。
「これほど奇怪な作りの家ですからね。何か歪みがあってもおかしくありません」
「歪みというのは霊的な歪みのことでしょうか?」
チャールズはやはり警戒している様子だった。
俺たちのことは「その道の専門家」とした伝わっていない。
今の発言では今、目の前にいるのがジェームズ・ランディなのかアリソン・デュボアなのか測り切れないのは当然のことだ。
「まさか」
アンナは苦笑した。
「例えばですが、人は僅かな角度の傾きでも明確な体調の不良を感じます。これほど奇怪な作りなら平衡感覚が狂うような歪みがあってもおかしくない、という意味です」
その回答は意外なようだった。チャールズは驚いていた。
「人の平衡感覚は一般的に考えられているよりも繊細で、10分の一インチ程度の傾きでも体調不良に繋がる可能性があります。一瞥してわかるような問題ではありませんが、そのためにも調査に入るべきだと思います」
チャールズはその答えに大層満足した様子だった。
「貴女たちに頼んで正解だったようだ」
チャールズは「本邸の方でお待ちしています」と告げると家の鍵を預け、俺たちを残した。
彼は亡き父への敬愛を口にしていた。それは本心のようだったがあまりこの屋敷の事は好きでは無いようだ。
館はヨーロッパ調だった。
お利口なアンナによるとヴィクトリア朝の英国風をベースにアメリカの歴史的建造物の要素を足したものだそうだ。
しかし、ホラー作家だったキングが建てた家が、幽霊屋敷になるなどあまりにも出来過ぎだ。
上手くいけば、ウィンチェスター・ミステリー・ハウスのような名所になるかもしれないし、
保全の努力をすれば100年後ぐらいにはnational historic landscapeに指定されているかもしれない。
クラシカルな趣の門を通って敷地内に入る。
英国風だが庭らしきものはなく、門を入ると目の前に三階建ての英国風邸宅が聳え立っている。
何やら寒気がする。
築二年の古屋敷風新築なのに異様な趣だ。
「寒気がするな」と俺が言うと「意外なことにね」とアンナが答えた。
「しかし不思議だね」
「明らかに異様なのに、その理由が説明つかない。最近多建てられた家で曰くも何も無いんだからね」
この家は出来たばかりだし、アンナの調査によるとこの土地にも特に曰くのようなものはない。
理論的にはこの場所が幽霊屋敷になるはずがない。
にも関わらず、俺の直観は「ここに何かがある」と告げていた。
「まあ、何にしても見てみないと、だろ?」
「ゴーストバスターズのテーマが欲しいところだね」
俺たちはカイジューのような屋敷に足を踏み入れた。
〇
館の中はひんやりしていた。
これが神秘によるものなのか、物理的要因なのかはわからない。
とにかくひんやりした何かを感じるのだけは確かだ。
「来訪者が冷気を感じるのも立派な事象だ。これも謎解きのヒントとして記録しておこう」
彼女は現実主義者らしく淡々と述べると、先に進み始めた。
屋敷の見取り図は頭に入っている。
2階建てで地下がある。
事前に聞いた話では地下はワインセラーになっているはずだ。
金持ちはどういうわけかみんなワインが好きだ。
地下に進むと主がワインセラーにしていた残り香だけがあった。
ハワード自慢のワインコレクションは本邸宅に移されていた。
どうもここは記念館になって以来ほとんど使われていないようだ。
かつてワインが保存されていたと推測される棚には薄く蜘蛛の巣が張っている。
床には微かに誇りが積もっている。
この何に曰くもないはずの人造幽霊屋敷で俺たちは突如として第一の不思議を見た。
「パトリック」
呼ばれてみると、アンナが指さす先に一つの足跡を見つけた。
その一つの足跡がまたたちまち二つになったのを、俺たち二人は同時に見た。
自分たちの足跡かもしれない、という期待はすぐに裏切られた。
薄っすら積もったほこりに残った足跡をフラッシュライトで照らして精査すると、その足は明らかに裸足だった。
加えて俺たちのどちらよりも明らかに小さい、子供の足跡に見えた。
「……こいつは科学で説明のつく現象か?」
アンナは何も答えなかった。
現実主義者の彼女は曰くの無い屋敷で起きる怪奇現象は十分に科学で説明がつくと仮定していた。
しかし、今、俺たちの目の前で起きた事象は彼女の仮説と合致していなかった。
彼女は混乱したに違いない。
混乱はしたが次の行動は早かった。
「上に進もう」
地下から階段を上がり一階に進む。
クラシカルな内装だが、一階は清掃が行き届いており清潔だった。
一時閉館中とはいえ、記念館として建物が現役であることがわかる。
一階はダイニングルームと部屋が二つ。
二つの部屋は片方が応接室で、もう片方が英国風に召使の居室を再現したものだと聞いている。
ハワードは英国趣味でデビュー作も英国を舞台にしたものだった。
以降も英国を舞台にした作品を複数残しており、海の向こうの英国でも人気がある。
英国人のリー・チャイルドがアメリカを舞台にしたジャック・リーチャーシリーズでアメリカで人気を博しているのと好対照だ。
ダイニングルームはいかにも高級そうな家具が並んでいた。
木目を生かしたデザインに見える、モダン建築を思わせるデザインの代物だった。
「マッキントッシュだね。ヴィンテージものだよ」
家具のことはわからない。
俺にできるのは阿呆のように疑問を持つだけだ。
「何か曰く付きの代物か?」
「いや。ただの高級品だよ」
その時、何かが床に擦れるような音がした。
見ると、そのヴィンテージものの家具が何かに引きずられるように一フィートほど動いた。
「……お前の超能力か何かか?」
「……いいや。アンタが超能力に目覚めたって可能性は?」
俺たちは突如宇動いた家具をじっと見ていた。
家具が再び動くことは無かった。
「だったらX-MENにスカウトされるのを覚悟しないとな」
俺は館に足を踏み入れた時、これは何でもない、オカルト好きの信仰が引き起こした勘違いだと思っていた。
しかし、その甘い仮説はすでに信じられるものではなくなっていた。
ダイニングルームを出て残る二つの部屋を確認する。
二つの部屋では何も起きなかった、
俺たちには多少の安堵の気持ちが生まれていた。
それでも安心する気持ちは湧いてこなかった。
一階を検分し終わると、めっきり口数の減ったアンナが言った。
「二階に上がってみよう」
二階には寝室と書斎があると聞いている。
ハワードは食事と睡眠は快適な本邸の方で主にとっていたそうだが、執筆に没頭すると家族の家に戻るのが億劫になり時折この家でそのまま寝ていたこともあるそうだ。
やや緩やかな段差で作られた階段を上がる。
二階も一家に劣らず豪勢でクラシカルな作りだった。
寝室には昔ながらの火をたくストーブが据え付けられており、立派なベッドがある。
窓は二つで、往来に向かって伸びた窓から光が差し込んでいる。
寝室では、特に奇怪な現象は――少なくとも入った時点では――起きていなかった。
アンナは歩き回って部屋を検分していた。
俺は「このベッドは一体何ドルするんだろうか?」と乏しい知識を振り絞って勘定していた。
試しにベッドに寝転がろうとするとアンナが微かな震えを含んだ声を絞り出した。
「パトリック」
アンナはドアに向かって格闘していた。
「私はこのドアに鍵をかけた覚えは無いんだけど……アンタは?」
プロボクサー並みの腕力を持つアンナがドアと格闘している。
この事実は異常事態であることを俺に悟らせるに十分だった。
ドアに向かい、俺も彼女と並んでドアを押した。
ビクともしなかった。
野生のメスゴリラと元軍人の二人が力任せにドアを押すが、ドアは超人ハルクが押さえつけているかのように微動だにしない。
力押しではどうにもならない、と悟った俺たちは一度ドアを離れた。
離れて数秒後、ドアは何も力を加えていないのに静かに開いた。
俺たちは顔を見合わせた。
俺はともかく、アンナですらこの館で何が起きているのかまるで把握ができていない。
俺の頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだったが、彼女の頭の中はそれ以上に多くのクエスチョンマークで占められていたことだろう。
アンナは神秘の専門家で経験も豊富だ。
その彼女ですらこの事態の原因が皆目見当がついていないのだ。
今、出来ることはまずこの寝室を出ることだった。
寝室を出ると、いかにもな怪奇現象が大挙して押し寄せてきた。
寝室から他の部屋へと続く廊下の奥で、光球が光っていた。
その光は青ざめており、人間の形ぐらいの大きさで、形もなく、ただふわふわ浮かんでいた。
アンナはその光を追いかけた。俺もその光を追いかけた。
すると、足元が揺れ始めた。
揺れは最初のうち、微かなものだったが、徐々に大きくなり、最後は立っていられないほどになっていた。
サンフランシスコならともかく、ニューヨークで地震などめったに起きない。
これが突如発生した巨大地震である可能性は相当低いだろう。
まるで映画で見たポルターガイスト現象そのものだ。
追い打ちをかけるようにどこかからか子供のような甲高い笑い声が聞こえてくる。
アトラクションのホーンティングハウスにいるような気分だった。
アンナは混乱していた。
だが、混乱しているなりに行動を起こしていた。
「地のもろもろの国よ、神の前に謳え。主をほめ謳え、古よりの天の天にのりたま者にむかいて謳え!見よ!主はみ声を發したまう。力ある声をいだしたまう。汝ら力を神に帰せよ」
いつもの詩篇だ。
だが、効果は認められなかった。
「めでたし……聖寵充ち満ちてマリア、罪人なる我らのために、今も臨終のときも祈り給え……」
いつもとは違う詠唱だ。
カトリック式の典礼文だろうか。
「聖ミカエルよ、我らのために祈りたまえ。聖ガブリエルよ、我らのために祈り給え。聖ラファエルよ、我らのために祈り給え……」
しかし振動は収まらない。
二つの光球はあざ笑うようにふわふわと浮かんでいる。
甲高い笑い声が館中にエコーしている。
「ピエタよ、神よ、憐み給え……」
そこでアンナの祈りの言葉がピタリと止まった。
「そうか……わかった」
アンナはうわ言のようにつぶやいた。
「作り物……これは作り物だ」
彼女は激しい揺れの中立ち上がると、廊下を走り、勢いよく一つの部屋に飛び込んだ。
俺も彼女を追いかけて飛び込んだ。
ハワードの書斎だ。
この記念館の目玉で、ハワードの生原稿や生前に収集していたいかがわしいコレクションが並んでいる。
ハワード・アラン・キングには魔術の道具のほか、拷問器具など変わったものを集める習性があった。
書斎には書斎らしく書籍がぎっしり詰まった本棚や書き物をする机があったが、それ以外にも何だかわからないものが数多く並んでいた。
「パトリック!」
甲高い笑い声に負けないように彼女は声を張り上げた。
「神経を集中して!この部屋に何かがある!この現象を起こしている何かだ!」
言われた通りに感覚を研ぎ澄ませる。
揺れの音、甲高い笑い声を出来るだけ意識から排除し、館に入った時から感じていた異様な冷気に意識を集中させた。
彼女は正しかった。
この部屋の一点、部屋の奥に置かれたデスクから俺は異様な何かを感じた。
「アンナ!そのデスクだ!」
アンナは俺が言い終わると同時にデスクに飛びつき、引き出しを開けた。
しかし、一見しただけではわかるところには何もなかったようだ。
彼女は引き出しの中をまさぐり、何かに気付いた。
「……二重底だ」
俺も近づいて彼女の視線の先を見た。
引き出しの底に小さな穴がある。
アンナは懐からボールペンを取り出すと、器用に解体し、ペン先だけを取り出した。
ペン先を穴に差し込み、引き上げる。
二重底を形成していた薄いの木の板がはがされ、板の下から名状しがたい形状の何かが出てきた。
アンナは名状しがたい奇怪なものに触れ、唱えた。
「封印(sigillum)!」
次の瞬間、すべてが終わっていた。
揺れは収まり、笑い声も消えていた。
〇
俺たちはチャールズに「ある程度の見当はついたので、本格的に調査を行うための人員を派遣し、正式な報告を提出します」と報告した。
とりあえずの理由は「館の歪みによる平衡感覚の狂い」と説明していた。
再びアストンマーティンに乗って駅に戻り、来た道を戻った。
あの館で見つけた名状しがたい何かを持って。
〇
「ハンド・オブ・グローリーを見つけたよ」
その日の夜、ロセッティ探偵事務所に戻るとマシューの旦那とセバスチャンが既に戻っていた。
彼らは今日も空振りだったようだ。
開口一番、そう告げたアンナに二人は驚きを隠せない様子だったが、俺に預けていたホーンティングハウスで見つけた代物を見ると瞬時に納得した。
「アンタにも説明が必要だね、パトリック」
彼女は館で困惑の中、ひらめいた事を語り始めた。
アンナは館で遭遇した怪奇現象の間も思考を止めなかった。
思考を続けているうちに一つの仮説に辿り着いた。
「何の曰くもない土地と館で実際に怪奇現象が起きている。ならば、土地や建物とは別の曰くがこの館にあるはずだ」
その時、出がけに聞いた希少な魔道具のことが頭をよぎった。
そして、「ハワード・アラン・キングはコレクターで最近、ハンド・オブ・グローリーがオークションに出た」という二つの情報が結びついた。
出来過ぎた話だがありえないことではない。
そして、コレクターならコレクションを自分の身近に置いておきたいはずだと考えた。
それは書斎の可能性が高いと思った。
「その結果がこれさ」
彼女は館の机の十分の一の値打ちもなさそうな安物のダイニングテーブルに転がっている希少な魔道具を指差した。
「大体、あの館で起きた怪奇現象自体があまりにも"それらし過ぎる"と思った。まるでホラー小説かホラー映画だ。何の曰くもないはずの場所でそんな現象が起きる理由は……?」
最初に答えたのはセバスチャンだった。
「思念の具現化か」
「そう。その通りだよ。あの館はホラー作家の夢が詰まった場所だ。ホラー作家の思念が館全体に渦巻いている。それに加えて強力な魔道具があった。恐らくだけど、今まで訪問客が遭遇した現象は、私とパトリックが遭遇した現象の弱体版だったんだろう。主のハワードは魔術師じゃなかったし、訪問客も魔術師じゃなかった。だから気のせいか科学で説明がつくようなレベルの現象しか起きなかった。訪問客に死人が出たのは、老齢で既往症持ちの弱った体に魔道具から漏れ出た微かな魔力がとどめを刺したからだろう。あの館はガワだけじゃない、中身まで老作家の夢が具現化した館だったってわけだ」
それを聞いてセバスチャンが膝を打った。
「君たち二人と言う魔術師二人が揃って館に入ったことで、微かに漏れ出る程度だったハンド・オブ・グローリーの魔力に完全にスイッチが入った……ということか」
集まった神秘の専門家たちはその後の手はずを話し合った。
後日、ソサエティのダミー会社が調査名目で入り検分を行うことになっていた。
現在の主であるチャールズには「床板の微かな歪みが原因で起きた現象」と説明する予定だ。
ハンド・オブ・グローリーを回収した以上、もう問題は起きないだろうしチャールズも納得するだろう。
ハンド・オブ・グローリーはセバスチャンとマシューの旦那がさらに封印を施し、ソサエティに引き渡すことになった。
こうして、思いがけず二つの事件が同時に解決した。
俺とマシューの旦那はビールを買い出しに行き、ささやかな晩餐を開いた。
セバスチャンはイメージ通りに相当器用らしく、ドイツの家庭料理を振舞ってくれた。
ドイツ料理にいいイメージはなかったが、素朴ながらなかなかの味わいだった。
心地よい酔い加減を感じながら、俺たちはそれぞれの冒険を披露しあった。
一通り話を披露しあうと、アンナがそれを締めくくった。
「とにかくこれでホーンティングハウスはただの記念館に戻り、楽しい魔道具探しの冒険もお終いだ。何事にも終わりはないとね。ホラー小説なら、ここでピリオドってところだろうね」
今回は幽霊屋敷ものでした。
エドワード・ブルーワー・リットンの古典『貸家』を一部参考にしています。