ニューヨークのはずれで 前編
久々ニューヨーク編。
現実のニューヨークは感染拡大で大変なことになっているようですが、本作では反映していません。
「ピクニックに行かないかい?」
アンナとマシュ―のロセッティ親子から思いもかけない誘いを受けた。
アンナはメスゴリラの肉体をモデル風美女の肉体で擬態した人物で、マシューはオスゴリラの肉体を擬態すらさせていない風貌の持ち主だ。
おまけにほぼ常に38口径以上の口径の銃で武装している。
どっちもまるでピクニックにはそぐわない。
ハンティングなら嫌と言うほどそぐうが。
「どこでピクニックするんだ?」
「歯ブラシぐらいは持って行った方がいいか?」と聞くべきか迷ったが、もう少し実のある質問をすることにした。
この質問は正しい質問だった。
アンナはいつものクールな口調で、マシューの旦那は筋肉の塊のような体を揺らしながら交互に説明した。
俺たち魔術師を統括している「ソサエティ」という組織がある。
これはいわば魔術師の互助会のような存在だが、属するものにとって利益をもたらすこともあるし、面倒を持ち込むこともある。
今回はどちらなのか微妙な問題だ。
仕事の依頼だ。
それもソサエティ直々の調査の依頼だった。
調査して欲しいとの依頼があったのはとある噂だった。
ニューヨーク州北部の小さな町で妖精が目撃されたという噂だ。
噂自体は極めて信ぴょう性に乏しいもので、ソースはオカルトサイトにあること無いこと書いているファルコのような記者の記事だった。
それだけだったら、ソサエティも一顧だにしなかっただろう。
マイアミ・マーリンズが主力選手を放出するたびに騒いでいたらキリがない。
それと同じことだ。
問題は、記事に書かれていたのと同じような目撃情報が他の記者の記事にも載っていたことだ。
捏造した証言の描写がたまたま似ただけかもしれないが、100パーセントの偶然とは言い切れない。
頭の固いソサエティのお偉方も、ファルコのまぐれ当たりの事例を見るうち、タブロイド紙の記事も一応考慮する考えに変わったようだ。
それでも、自分たちが赴くほどのこととは考えていない。
それで、便利屋に小銭を払って調べさせることになった。
その便利屋がロセッティ親子で、俺はそれに付き合わされる形になったわけだ。
〇
ニューヨーク州クリントン群ニューコノート。人口約3000人。
クリントン郡の北はカナダ=アメリカ合衆国国境であり、ケベック州に隣接する。
郡最大の都市であるプラッツバーグ市ですら人口は2万人未満であり、要は田舎だ。
ニューコノートはその中でも小規模な町で、見た目にはこれといった特徴のない旅人が素通りするような場所と言っていい。
そんな見た目には無個性なこの田舎町には見た目にはわかりずらい特徴がある。
クリントン郡はもとよりフランスがモントリオールの毛皮貿易のおける支援の場所として開拓した地域だった。
ニューヨーク市をオランダと英国が奪い合ったように、この地域はフランスと英国の奪い合いになったが、郡都のプラッツバーグをヨーロッパの二大国が奪い合っていたころ、そこからおよそ40マイル離れたニューコノートに勢力争いとまるで無縁な入植がはじまった。
時は18世紀の半ば。アイルランドで飢饉が起きた。
元より土地の痩せたアイルランドは歴史上何度か飢饉に見舞われていたが、それまで違い、彼らには新大陸アメリカを目指すという選択肢があった。
当時の移民たちの中にはヴィンランドの伝説を信じるデーン系の末裔もいたことから、新大陸を希望の場所と信じて疑わなかった。
これが彼らのさらなる苦難の始まりとなった。
当時のアイルランド移民は辺境地域だったペンシルベニア州、バージニア州、ノースカロライナ州、サウスカロライナ州へと定住した例が多かったが、ニューコノート市民の先祖たちはあえてニューヨークを目指した。
苦難の末にどうにか遠く北アメリカに辿り着いた彼らだったが、彼らに待っていたのはさらなる苦難だった。
寒さ、食糧難、病。
様々な苦難に見舞われたが、もはや彼らにエリンの大地へと帰る余裕はなかった。
多くの仲間を失いながらもどうにか、踏ん張り続け、いつしか小さなコミュニティーを築くに至った。
移民たちがコノートの出身だったため、この町はニューコノートと呼ばれるようになり、19世紀も終わりごろになると正式に町の名前となった。
今はある程度の混血化が進んでいるが、ニューヨーク市に山ほどいるラティーノやブラックは住民の10パーセント程度に過ぎず、全体の80パーセントが自身をアイルランド系と認識している。
ここには伝承がある。
ハロウィーンはもとよりアイルランドを初めとするケルトの習慣で、いまやただの仮装パーティと化しているが、本来は悪い妖精から姿を隠すために変装したのが起源だ。
ニューコノートのハロウィーンは町の規模に反してかなりの規模であり、原初のハロウィーンの姿を色濃く残している。
アンナ曰くメキシコの「死者の日」との類似を学者から指摘されているという。
そんな大規模なハロウィーンが開かれるのはこの町に一緒に妖精が渡ってきたからだ、と言うのがこの町の伝承だ。
そういう理由で、ニューコノートは物好きの間で少しばかり有名な存在になっている。
マンハッタンから車を走らせ、休憩をはさみながら5時間。
俺たち愉快な3人組ゴーズトバスターズはニューコノートへとたどり着いた。
ここもマンハッタンと同じニューヨークではあるが、空気がまるで違う。
ギラギラした明かりは無く、行き交う人もまばらで建物の密度も低い。
インフラが未発達なのかむき出しの電柱が建っており、電線が空を走っている。
道路は流石に舗装されているが、でこぼこでいつから普請をしていないかわからない。
距離的にさすがに日帰りが厳しいのもあり、B&Bを予約していたが、宿はガラガラだった。
恰幅のいい女将の話だと、「ハロウィーンの時期以外は埋まることが無い」とのことだった。
「あんたたちは仕事かい?」
部屋の鍵を渡しながら女将が言った。
俺が何か無難な回答を考えていると、マシューの旦那が答えた。
「俺たちは三人で三位一体を体現する霊能者だ。大いなる精霊の導きでここに来た」
それに続いてアンナが恭しくカトリック式の十字を切った。
「父と子と精霊の聖名において」
女将は肩をすくめた。
「まあ、頑張って」
〇
「おい。コメディアン親子、何ださっきの?」
B&Bに荷物を置くと、早々に俺たちは町のささやかな中心街へとくりだした。
食料品店にリカーストア、スーベニアショップ。
町と言えるものが持っている機能は一応あるようだ。
「この町に来るのはハロウィーンの観光客か自称サイキックか、民俗学者のどれかだ。今はハロウィーンの時期じゃないから残り二択の片方を言っただけだ」
魔術師が調査に赴く場合、真正直に魔術師だと言うのはルールに反する。
ロセッティ親子は私立探偵のライセンスを持っているため、正直に「私立探偵」と名乗る場合が多いが今回は違った。
スタンドアップコメディアンがその場で思いついたジョークのような名乗りに俺は違和感を感じたが、彼らなりに考えた結果だったのだろう。
確かに、この田舎町に凶悪事件が起きた訳でもないのに私立探偵や刑事が来たら噂になり兼ねない。
「じゃあ、民俗学者じゃ駄目だったのか?」
俺の至極当然な問いにアンナが答えた。
「この筋肉達磨が学者に見えるかい?ドウェイン・ジョンソンが『物理学者だ』って名乗ったら、あんた信じる?」
成程、と思った。
「やっぱりあんたら、賢いな」
ニューコノートの人口はおよそ3000人。規模で言うならイリノイ州のガリーナに近い。
ニューヨーク市からも近いことだし、売り物があればニューヨーカーの保養地になっていたことだろう。
観光地として有名なガリーナと違うのは、歴史的な景観がまったく守られていないことだ。
並んでいる家はただの古臭い田舎の家で、まるで歴史的な趣が無い。
俺がこの町の出身者だったら里帰りすることに抵抗を覚えそうな景観だ。
「死んだ町だね」
「この町は死んだ町だ」
愉快な親子が隣でぼやいている。
「それで、何か調査のアテはあるのか?」
ロセッティ親子は腕っぷしが強く、言葉遣いの荒い荒くれものだが、知的なプロフェッショナルでもある。
あてずっぽうの調査などしない。
アンナがアテについて話した。
「町の占い師をあたる」
マサチューセッツ州セイレムが魔女狩りの歴史を観光の目玉にしているように、この何もない街は伝承を売りにしている。
オカルト好きなら占いや霊媒が好きに決まっている。
そういう決めつけから、この町は占い師がグレムリンが増えるように増殖した。
町おこしの方針を決めた時期も良かった。
占いが1970年代のヒッピー文化と結びつき、伝承目当てのついでで占いにかかる客が寄り付くようになった。
占い師の中にはごくまれに本物の魔術師が混ざっていることがある。
もし、このリストの中に本物がいれば何か知っているかもしれない、という算段だ。
「ってわけで、これが町の占いやら霊媒やらのリストだ」
マシューの旦那がグリズリーのようなどデカい手を器用に動かして、iPhoneを操作した。
俺の端末で着信音が鳴った。
見ると、占い師の名前と芸名、住所が丁寧に一覧表になっていた。
「じゃあ、3手に分かれようか。リストの誰を当たるかは一覧表に書いておいたからよろしく」
アンナとマシューは挨拶代わりに手を挙げて、それぞれの方角に足を向けた。
俺は自分がいいように扱われていることに忸怩たる思いを感じながら、彼らの背に向けて言った。
「父と子と精霊の聖名において」
二人はクスリともせず、俺に憐みの視線を向けた。
解せない、としか言いようがなかった。
〇
2時間後、俺たちはそれぞれの調査結果を共有し合っていた。
町にはスターバックスもマクドナルドも無かったが、パブはあった。
アイルランド移民が歴代受け継いできた町だけあって、ギネスはあった。
そのギネスは意外なほどに美味かった。
この町に来て今のところ唯一の良いことだ。
「この町の霊媒師のところに行ってきたよ」
まずはアンナが報告した。
「私の守護霊は穴の開いたスニーカーを履いて、ウォルマートの服を着て無精ひげを生やしてるらしいよ。時々ホームレスと酒盛りをしてるって」
俺はその姿から一人の人物を連想した。
「キアヌ・リーブスじゃねえか」
「私は仮に天使がいるとしたら、キアヌみたいな姿をしてると信じてるけどね。
残念ながら霊媒師のバアサンからは魔力のカスも感じなかった。他の霊媒師も似たようなものだった。まあ、ハズレだね」
俺は町の自称サイキックのところで霊視を頼んだが、サイキックによると俺の爺さんが亡くなった理由はトゥインキーを食べすぎたことによる肥満と糖尿病で、爺さんはそのことをあの世で後悔しているらしい。
爺さんは甘いものが大の苦手て、婆さんが「アイルランドの故郷の味」として好んで食べていたファッジも一度も食べているのを見たことが無い。
サイキックは30前後の若い男だったが、彼からも魔力のかけらも感じなかった。他のサイキックも似たようなものだった。こちらも外れだ。
あとは旦那だ。
「俺は占い師のところに行ってきた。占いによると……俺の前世は野生のマウンテンゴリラだそうだ」
旦那は憤慨した様子で「無礼な奴だぜ」と付け加えた。
俺とアンナは盛大にギネスを吹いた。
「その占い師ホンモノだね」
「ああ、違いねえ」
〇
「ファルコみたいな記者の書くものなんて所詮は屁のこきあいみたいなものだっていうことだね
「品のねえ奴だな。モリーがあの世で咽び泣いてるぜ。クソの投げ合いの間違いだろ」
「あんたにだけは言われたくないよ」
面白親子の話は占いやサイキックそのものにも及んだ。
「まあ何だ。本物の占い師なんてそう居るものでもないしね」
「ああ。そうだな。アリソン・デュボアもジョー・マクモニーグルも占いの内容を聞けば能力なんてないのは明らかだ」
そいつは初耳だ。
「そうなのか?」
アンナは「冗談だろ?」と首を振った。
「有名なサイキックの透視や予言は内容を精査すると実際まったく当たってない。本人が当たったって主張してるだけだ。アンタだって、トーニャ・ハーディングが無実だったとは信じないだろ?」
「冷たい奴だな。俺はトーニャの無実を信じてるぜ。トーニャは無実だしアンナ・ニコールが結婚したのは愛のために違いねえ」
「アンタ、ノーベル平和賞にふさわしいね」
仲良し面白親子がコメディアンの掛け合いをするのをBGMに、俺たちはとりあえず町を一周してみることにした。
親子がぼやいていた通り、「死んだ町」というのが素直な感想だった。
ハロウィンの時期だけは盛り上がるというのが唯一の救いだろう。
ニューコノートは小さな町だ。
車をゆっくり走らせれば10分。
元軍人とゴリラ親子の健脚なら30分で端まで歩ける。
メインストリートにこれといったものはなく、脇道に入って住宅街を歩いてみても何も感じなかった。
しかし、不思議なことに懐かしさも感じていた。
「素朴な」と言いようによっては表現できなくもない町だ。
俺たちは揃って北米のアメリカ合衆国という文化圏に生まれ、「田舎町」というものにある程度の共通したイメージがある。
ヨーロッパ人が石畳の道やレンガ造りの建物に懐かしさのようなものを感じるのと同じだろう。
加えて、俺とアンナにとってアイルランドはルーツの半分にあたる。
ニューコノートに根付いたアイルランド的な何かがそんな気分にさせるのかもしれない。
「親父、パトリック」
突然、アンナが足を止めた。
先ほどまで軽口をたたいてた口調とは違う、明らかに何かがあった顔だった。
彼女は口に人差し指をたて、「静かに」と促した。
どこか遠くから音楽が聞こえてくる。
前にアイルランドで聞いた。
ヴァイオリンとは似て非なる……フィドルの音だった。
ゆっくりと意識を集中させ、感度を高める。
音に混ざって感じる雑音のようなもの……間違いない、魔力だ。
俺たち三人は見合い、ゆっくりと頷いた。
「嘘から出た誠か、ガセネタに混ざったホンモノか。妖精かどうかはともかく、何かあるようだね」
アンナが視線を遠くに向けた。
俺たち三人はいつの間にか、町はずれまで来ていたようだ。
あたりは建物もまばらだったが、まばらな建物からさらに離れた場所に一軒の古めかしい家があった。
見た目にはほかの家と大差ない、田舎によくある類の普通の家屋だった。
しかし、あそこには何かがある。
三人全員がそのことを感じ取っていた。
思ったより長かったので次回に続きます。
ちなみに舞台になっている町は実在しません。作者の創作です。




