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magus hunter 紐育魔術探偵事件簿  作者: ニコ・トスカーニ
『ブギーマンの最期』―A serial killer in Queens―
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『ブギーマンの最期』―A serial killer in Queens -3―

完結編です


 その夜、約束通りロバート伯父さんの1家とディナーを楽しんだ。話のネタにされたパトリックは明らかに表情が引きつっていたが、

そもそも原因が自分にあるという自覚がある上に、本来がお人良しな彼はどうしても「ごめん、全部ジョークなんだ」と言い出せなかった。

私も、白状しようかどうか悩んだが、ジェシカとナディア叔母さんの嬉しそうな顔を見ると言い出せなかった。

 悪いね、パトリック

 折をみて2人には釈明しておく。


 だが、あの場では少しでトラブルの匂いを漂わせたくなかった。

 ナディア叔母さんもジェシカも魔術とは何の関わりもない人間だし、関わりを持ってほしくもない。


 叔母さんはルーマニアでの激動の日々を過去のものとして、今は平穏に暮らす主婦だし

一回り年下の従妹であるジェシカは苦労を知らない、

 トワイライトとユニオンJとジャスティン・ビーバーにあこがれるごく普通のティーネイジャーだ。


 伯父さんは2人を血なまぐさい世界から遠ざけておくことに細心の注意を払っていたが、その配慮にはこれ以上ないほど賛成だった。


 ディナーの席で父とロバート伯父さんは冬眠前のアメリカグマみたいに特大サイズのペパロニピザを次から次へと腹の中のブラックホールに流し込んでいた。

 いったい、この2人の体は何で出来ているのだろうか。

 血がつながっているはずの私にも皆目見当がつかない。


 伯父さんたち一家は、ジェシカのリクエストで別の店に寄ってチーズケーキを食べてから帰るというので

 ピザハウスの前で解散になった。

 家族の仲がいいのは大いに結構だが、ロバート伯父さんはまだ食べるのだろうか。

 私の疑問を背に、伯父さんたち一家は去って行った。


 ロバート伯父さんの一家とディナーを共にし解散した後、

 私たちは解散せずにその日得た有益な情報を基に戦略を立てておくことにした。

 犯人をどうにかしても死んだ人間が戻ってくることはないが、

 奴は放っておけば犯行を重ねる。動くのが早いに越したことはない。 


「なあ、お前も旦那もアルバレスのことを知らなかったってことは」


 パトリックはくわえタバコをしつつ、髪をくしゃくしゃさせながら言った。


「――アルバレスは犯罪を犯したのに、ソサエティのお尋ねものにはなってないってことだよな?」


 私も紫煙をくゆらせながら答えた。


「ソサエティは捕えたお尋ね者の研究成果を無条件で接収できる。

この前のアルフレッドソンは悪魔憑きじゃそれなりの腕の持ち主だったから、

利用価値ありということでお尋ね者の認定を受けた。

このアルバレスって奴がやってるのはどう本人が弁解しようと卑劣な殺人であることに違いはない。

でも、少し不可解なところがあるだけの"ただの"殺人だ。

ソサエティにとっては無用な存在なんだよ」

「それと、これも大事な話だが」


 父が言った。


「奴は単独だし、戦闘についての脅威は腕っぷしの強さと殺人スキルだけだ。

それだけなら包囲して数で圧倒すればどうとでもなる。

だが、暗示が使えるとなると、魔術に対して抵抗力のある人間でないと奴を捕えるのは無理だ。

兄貴はまた"出張"に行っちまった。

――つまり」

「――つまり?」

「このクイーンズのブギーマンは俺たちでなんとかするしかないってことだよ」

「――そうかい、で、どう対処する?」

「アルバレスは魔術を使いはするが、標的にしてきたのは魔術とは無縁の人たちだ。

魔術を使って標的を狙うことには慣れてるが、自分が標的になることには慣れていない」

「つまり?」

「魔術で探知すればいい」


 父が受け継いで言った。

 

「奴は暗殺のエキスパートだ。逃走経路の確保は暗殺の基本スキルだからな。

精神を病んでるといっても、本能的に逃走ルートは確保してるだろう。

お前から聞いた話を総合すると、監視カメラの死角を熟知してるようだから、監視カメラをモニタリングする手も使えん。

だが、兄貴の話を総合すると奴のスキルには"魔術を使う相手"という想定は入ってないみてえだ」

「そういう手合いなら単純な探知魔術で十分に効果があると思う。

過去3件の犯行はすべてウィレッツ・ポイント地区、それも大通り沿いで発生してるから

仕掛ける場所も大通りだけで十分だろう」

「おい、それでも距離にしたら1マイル以上はあるぜ?そんなデカい探知結界なんて張れるのか?」

「いや、無理だね。時間をかけていいなら方法もなくはないけど、今回は却下」


 アルバレスが凶行に及ぶ感覚は短くなってきている。

 最初と2番目の犯行は2週間。2番目と3番目は10日間。

 次はもっと早いと考えた方がいいだろう。


「じゃあ、どうするんだ?」

「そこはマンパワーで解決さ」


××××××


「まさか非番の日にルーン文字でパブリックアートの制作をするハメになるとはね……」


 珍しくカジュアルな私服を着たパトリックがそうぼやく。


 私が提案した作戦は、ウィレッツ・ポイントに立ち並ぶ家一軒一軒を回って

 入口に探知のルーン文字を書いていくというものだった。


 ルーン文字はその文字自体が魔力を結合させる、言霊の一種だ。

 作用する範囲は狭いが、ルーンを扱える術者がひとたびそれを書くとその後は自律的に魔術として作用してくれる。


 ルーン魔術に適性のない父は――本人は「どうやってものたうち回るガラガラ蛇にしか見えん」と言っていた――

家で待機し、私とパトリックで手分けして一軒一軒家を回って魔術のパブリックアートを制作していた。

 ここはお世辞にも治安が良いと言えるエリアではなく、怪しげなパブリックアートを制作し続ける私たちに

ご丁寧にもあいさつに来てくれる連中がいたが、暗示でお引き取り願った。



 日中の大通りはひどい渋滞で、煤けた排ガスを嫌というほど吸い込んだが、

パトリックの"マンパワー"のおかげで日が暮れるころにはすべての作業を終えることが出来た。


 あの後、アルバレスについて調べてみた。

 こういうときに探偵の許可証は役に立つ。


 元諜報機関の特殊工作員で傭兵。

 暗示を使って敵のアジトに正面から乗り込み、指揮官を惨殺して敵陣の士気を削ぐ。


 そんな冷血なことを散々やって来た

 アルバレスは近しい人たちによると真面目でシャイだが愛嬌のある人物だったという。


 私たち魔術師は生者よりも死の世界の近くに居を構えている。

 アルバレスだってそうだったはずだ。

 だが、"真面目でシャイだが愛嬌のある人物"もまたアルバレスの本来の姿だったに違いない。

 近親者に話を聞いた私も父も同じような印象を持った。


 暗殺者というのは、アルバレスが死者の世界に近づいていくときのある種のペルソナだったのかもしれない。

 そのペルソナを家庭に帰った時には脱ぎ捨てることができた。

 そうやって精神の均衡を保っていたのだろう。


 父は聞き込みの間、ずっと神妙だった。

 見かけによらずお喋りな父には珍しい姿だった。

 自分も妻を――私にとっても母親だったが――失った身だ。

 思うところがあったのだろう。



××××××××××××××


 深夜


 私たちは荒廃したウィレッツ・ポイントに張り込んだ。


 仕掛けたルーンは魔力を持つものが近づくと、死人もよみがえるほどの勢いで

魔力も持つ人間にだけ聞こえる騒音のアンサンブルを奏でる。


 ウィレッツ・ポイントの大通りを3つのエリアに分割して、3人で3分の1ずつの範囲を担当することにした。


 アルバレスは魔術的な手法に対して対応策を持っていないが、そのすさまじい騒音を聞けば、ただ事でないことに気づき恐らくは逃げるだろう。

 ウィレッツ・ポイントの限られたエリアに絞っているとはいえ、たったの3人でこのエリアのどこかで凶行に及ぼうとするアルバレスとかくれんぼするのは明らかに分が悪い。

 

 だが、逃げてくれればとりあえず時間稼ぎにはなるし、

奴を逃がした後の対策も考えてあった。


 ルーンには触れたものに私の魔力でマーキングできるように細工を施してある。

 今夜、捕まえられなかったとしても、追跡する分には問題ないはずだ。


 腕の時計を見る。


 午前1時を回ったところだった。

 3人の被害者の死亡推定時刻は午前0時から2時ごろに集中していた。

 そろそろ何かが起きてもおかしくない。


 雨が降って来た。


 このエリアはスクラップ業者と自動車修理業者が集中している。

 どこかから漏れ出してきたオイルが、雨水と混ざり合い、食前酒に食後酒にもなりそうにないどす黒いカクテルを作り出していた。


 そのお世辞にも気持ちのいいとは言えない光景にブルーな気分になっていると、

 遠くから耳の底が痛くなるような音が響いてきた。


 脳のリミッターを外し、身体能力を強化する。

 五感の強化に特化したパトリックほど強力ではないが、

 これでもこの限られたエリアならある程度の効果はある。


 この方角と距離。

 一番近いのは恐らく父だ。


 感覚を研ぎ澄まし、今度は魔力の探知に集中する。

 魔力の点が移動し始めた。

 この速さなら相手は歩きだ。


 雨水とオイルのカクテルでできた水たまりを跳ね上げながら、

 私は全力で魔力の点を追い始めた。


 やがて、魔力の反応が1か所に止まった。

 距離が縮まっていく。


 ――ここか。


 私がたどり着いたのは一軒のアバラ家の前だった。

 ドアが開いている。

 中から硝煙の匂いがした。


 4方を警戒しつつ、ホルスターから抜いたSIG P229を手に中に入る。


 父が愛用のキンバーイージスを手にして立っていた。


 そのほんの数十フィート先にHunt'sのバーベキューソースのような、どす黒い血を流して男が倒れている。


 写真で見たアルバレスだった。


 私はiphoneの通話ボタンをタップして言った。


「パトリック、ウィレッツポイント・ブールヴァード126-133だ」

「ああ、全速力で向かってる」

「いや、ゆっくりでいいよ」


 通話を切った。


 銃口から立ち上る煙を見ながら父が言った。


「……奴は『殺してくれ』と言った」

「奴の眼を見た。何も映ってなかった。

……下水道の底みたいに真っ暗な眼だった。」


 もう一度、アルバレスを見る。

 手にはいかにも切れ味がよさそうなナイフを握っていた。

 これなら正当防衛と主張できるだろう。

 パトリックも口添えしてくれるはずだ。


「モリーが死んだとき……」


 父は私に背を向けたまま言った。


「俺はこの世の終わりかと思った。

 お前がいなかったらどうなっていたか……」


 そこで父の言葉は途切れた。

 その先は何を言うつもりだったか、孝行者とは言えない私でもわかる。


 父はそのまま立ち尽くしていた。

 私は父に歩み寄り、その大きな肩にそっと手をおいた。


 我ながら不器用な愛情表現だと思った。

 だが、他にどうしたらいいかわからなかった。


 パトリックはまだ来ない。

 外では激しくなってきた雨が、もの悲しいブルースを奏でていた。


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