『ハンター』―Pilot -1―
アルファベット4文字のゲームと海外テレビドラマとハードボイルド小説に感化されて書いた中二病ハードボイルドサスペンスファンタジーです。
お目汚しかもしれませんが、よろしければどうぞ。
最初2話は世界観を説明する導入で、3話目から実質的な第1エピソードに入る予定です。
けたたましい電子音で眼が覚めた。
外して枕元に置いていた腕時計を見る。
午前3時。
この時間に電話が鳴る理由はそう多くない。
少なくともハッピーな理由ではないだろう。
「ケーヒル」
blackberryの通話ボタンをプッシュすると、まだ「ハロー」も言い終わらないうちに、電話の主がガラガラのしゃがれ声で言った。
風の強い日に、夏風邪気味のボブ・ディランがメガホンに向かってしゃべっているような独特の声、すぐに誰か分かった。
「ブリスコーか……」
俺は眠い眼をこすりながら、電話の声の主、ブリスコー巡査部長に答えた。
「ああ、お目覚めか?」
「あんたの声はいつ聞いてもムサいな。目覚めの気付にはお誂え向きだ」
「お役にたてて嬉しいぜ。ケーヒル刑事」
電話を手にしたまま、ゆっくりと体を起こす。
最近、碌に睡眠をとっていないせいか、少しも体が休まった気がしない。
「ところでよ、電話に出るのが俺じゃないって可能性は考えなかったのか?」
「お前以外が出る可能性?まさか、女とか言うつもりか?」
「そのまさかだよ。そのぐらいの可能性考えてくれよ。あんたの想像力は毛虫並みだな」
俺はわざとらしく溜息をついた。
「女? あり得ないね、お前みたいなワーカホリックに。
どうせ、昨夜も帰るなりスーツ姿のままベッドにダイブだろ? 違うか?」
寝ぼけ眼で自分の服装を確認する。ブリスコーの言う通りだった。
「大正解だ。で、こんな時間に俺の安眠を妨害してくれたってことは、つまり"こっち側"の事件か?」
「ああ、その通りだ。」
×××××××××××
30分後。俺は昨日のスーツのまま、ヘドロ臭いハドソン川の匂いが立ち込める倉庫街にいた。
辺りを見渡す。目当ての姿はない。
いつも、仕事の早い"彼女"だが、さすがにまだ到着していないらしい。
ブリスコーから引き継いだ話を頭の中で反芻する。
これはどう考えても"こっち側"の事件だ。
そして、俺は"こっち側"の人間ではあるが、"こっち側"の人間としての能力は些か以上に物足りない。
妥当かつ、確実な手段として、俺は夜中に人を叩き起こす行為の非常識さを自覚しつつも"彼女"に協力を要請していた。
「よう、早いな」
"Crime Scene Do Not Cross"(犯罪現場立ち入り禁止)のテープの向こうにその待ち人の姿が見えたのは、俺の予想より10分は早い時間だった。
暗闇でも目立つ燃えるような赤毛に碧眼、ひときわ目立つ長身。
まるでVOGUEから飛び出してきたみたいなその風貌は800万のニューヨークで雑踏に紛れ込んでも、すぐに見分けがつきそうだ。
俺は近づいて声をかける。
「悪いな、夜分に」
"彼女"は立ち入り禁止のテープをくぐると、俺に一瞥くれた。
「ガイ者はメアリー・マッコーリー、13歳。悪魔付きと思われる症状が出はじめたのは1か月前だそうだ。」
俺はブリスコーから引き継いだメモを読み上げる。
「ガイ者の母親にツテがあったらしく、ヴァチカンに悪魔付きの認定を申請したんだが、
ヴァチカンの爺さんども、何を考えたのか年寄りとガキの二人組を寄越してな。
低級と舐めてかかったのが運の尽き、二人ともハンバーガーパテみたいにされちまった」
俺に連絡を入れたのはブリスコーだったが、現場に最初に駆け付けたのはジャルザルスキーとかいう若い警官だった。
ジャルザルスキーは、現場でひとしきり胃の中の夜食を吐き出した後、ようやく冷静になり応援を要請した。
今、現場の隅っこでまだ蒼い顔をしてるが、この様子だとしばらくハンバーガーは食えないだろう。
「その後、応援が現場に駆け付て追いかけっこになり、事ここに至れりだ。"やつ"はそこに閉じこもってる」
俺は、500フィート先にある古ぼけた貸倉庫を指さした。俺の指さした方向をみて"あいつ"はうなずく。
「簡単なもんだがルーンで結界を張っておいた。多分、悪魔は悪魔でも低級なやつだ。俺のヘボい魔力でも十分閉じこめられたぐらいなんでね」
「わかった」という言うように、"あいつ"はまたうなずくと、俺の傍らにいる不安そうな表情をした妙齢の女性に気づき、目線をやった。
「ガイ者の母親だ」
ガイ者の母親、ミセス・マッコーリーは正体不明の若い女―それも明らかに警察は無関係な人物―の登場に不安を感じたらしい。
ただでさえナーバスになっているこの状況だ。無理もない。
だが、"あいつ"はあくまでも穏やかに、今晩の第一声を発した。
「マダム」
ミセス・マッコーリーが顔を上げる。
「お嬢さんのミドルネームは?」
「……テレーザです」
「いい名前ですね」
微笑を浮かべると、"彼女"は背を向けて歩き始めた。
その背中に、うっかり忘れていた頼まれごとの首尾を伝える。
「ああ、そうだ。例の調査結果だが、お前のニラんだとおりだったよ」
「そうかい」と"彼女"は素っ気なく答える。
「お前のことだから、特に心配はしちゃいないが、まあ、せいぜい気をつけろよ」
"彼女"は「わかった」と言う代わりに軽く手を挙げて応えると、そのまま倉庫の中に消えていった。
……さて、あとは良きようにやってくれるか。
俺は、コートのポケットからラッキーストライクのパックを取り出すと、軍時代から愛用しているオイルライターで火をつけた。
この燃費の悪いライターもタバコも、もう15回は止めようと思っているはずだが、実現には至っていない。
齢30も過ぎると習慣を変えるのは億劫になる。
「あの、ケーヒル刑事……」
ミセス・マッコーリーが不安げに声をかける。
「あの女性は?」
当然の疑問だ。俺は一服目の煙を吐き出しながらその疑問に答えた。
「奥さんは、ヴァチカンにコネをお持ちだとか?」
「はい」
「ならば、"こちら"の世界についても多少のことはご存知、そう考えていいですね?」
「ええ」
「――彼女はアンナ・ロセッティです」
ミセス・マッコーリーはアンナ・ロセッティのことを知っていた。
いつも「有名人」を自称しているアンナだが、それは決して自惚れではないらしい。
×××××××××××
ドアを開ける。
ハドソン川の臭気に混ざって濃厚な瘴気を感じる。
広い倉庫は長く放置されていたらしく、カビの匂いも混ざっている。
地価の高いこのニューヨークでよくぞこんな物件を放置できるものだ。
目当ての存在はすぐに分かった。
ほんの数10フィート先に年端もいかない少女が立っている。
血の匂いさせ、こちらを睨んでいた。
「今晩は。調子はどうだい?」
少女にとりついた"ソイツ"は唸り声を発しただけだった。
ヴァチカンの定義では、悪魔は生前に悪行の限りを尽くした者の慣れの果てと言われているが、
その本質的な正体は、質量21グラムの霊体だ。
霊体は極めて不安定な存在で、普通は時間とともに儚く消滅する。
まともな死に方をしたまともな人間ならそのリミットはせいぜい数日。
だが、不幸な死に方をした人間や、極めて邪悪な思念を持った人間の霊体は
現世への執着を糧に留まり続ける場合がある。
これが私たち魔術師と聖職者が定義づける悪魔の正体だ。
そいつは、何らかのきっかけで生きている人間に憑りつくことがある。
それが"悪魔憑き"だ。
悪魔につかれた人間はその生前の性格を反映し、たいていの場合、暴力的になる。
対話で解決する場合も多いため、ヴァチカンから許可を得たエクソシストは定められた手順に従ってあくまでも穏便な処置を試みるが、時に悪魔は取りついた人間に神秘の技を使えるようにする場合がある。
2人組のエクソシストをミンチにしたところを見ると、どうやらこの悪魔はおしゃべりが嫌いなうえに、厄介な"力"を持っているようだ。
そういう時、私のような"専門業者"の出番だ。
「その子を開放してくれないか? 母親が帰りが遅いと心配してるんだ」
何も返答も無い。
対話で悪霊が離れてくれればお互いにハッピーエンドだったが、交渉の余地があるとは思えない。
私はため息をついて言った。
「そうか。嫌か。じゃあ、仕方ない。手荒くなるけど、あの世で恨まないでくれよ何、痛いのは一瞬だ。初めての時みたいにね」
今度ははっきりした返答が返ってきた。濃厚な瘴気と殺意。
相手の周りの空間が歪み、術式が形を成し始めた。
だが、こちらの術式は既に組みあがっている。
私は障壁を展開し、身を守る。
それと同時に、"ヤツ"の体から黒い塊が飛び出してきた。
塊は刃の形を形成し、目前の敵、私に向かってきた。
悪魔とは言え低級。さらにとりついた母体は年端もいかない子供だ。
出力は低レベル。すぐに私が押し始め、刃が砕け散る。
――魔術
神秘をもたらす知識と技術。
私と、"ヤツ"が今、こうして使っているものだ。
魔術の正体は、かつて存在すると信じられていた第5の元素、エーテルだ。
アイシュタインの特殊相対性理論の登場で、その存在は疑似科学として否定されたが実際は違う。
実際はすべての生命の源であり、神秘をもたらす存在だ。
だが、エーテルは生まれつき素質のある者以外使えないし、見ることもできない。
それ故に、表の世界では存在を否定されたのだ。
エーテルの振る舞いについては解明されていないことも数多存在するが、確かなこともある。
エーテルには空気中に微量に漂うものと、生物の内部に存在するものの2種類がある。
人は死ぬと21グラム軽くなるといわれているが、これはすべての人間が持つ生命の源たる霊体が体から抜けるためだ。
霊体はすべての人間が持つエーテルだが、魔術師はその21グラムに留まらない多量のエーテルを生成することが出来る。
エーテルの生成は基本的に生まれつきの才能であり、魔術師にとって呼吸や発汗と同じだ。
こちら側の世界では、便宜上空気中に漂うエーテルをマナ、術者が内部に持つものをオドと呼んで区別している。
これが魔力と呼ばれるものの正体であり、それらを生成し制御し、利用する技術が魔術だ。
――思わぬ反撃に相手がひるんだ。
十字架を少女の頭に押し付け、詠唱を開始する。
「地のもろもろの国よ、神の前に謳え。主をほめ謳え、古よりの天の天にのりたま者にむかいて謳え!見よ!主はみ声を發したまう。力ある声をいだしたまう。汝ら力を神に帰せよ!」
何度も詠唱してきた詩編。
我ながらほれぼれとする詠唱だ。
「父なる神とイエスキリストと精霊の名において命ずる! ――この者、忠実なる神の僕、メアリー・テレーザ・マッコーリーを開放せよ!」
少女の体から黒い煙が出てくる。
煙はやがて形を伴い、私に向かってきた。
まったく往生際の悪い奴だ。
体内を流れる魔力をコントロールして脳のリミッターを外し、リミッターを外した筋力に耐えられるように全身を魔力で補強する。
私はザ・フラッシュも青ざめるほどの素早さで突進を避けると、
ジャケットからSIG P229を取り出し、トリガーを引いた。
銀で鋳造し、術式を組み込んだ9ミリ弾が黒い塊に直撃すると、塊は断末魔の悲鳴をあげて霧散した。
「Amen」
沈黙。
瘴気も感じない。
私は倒れている少女に近づくと片手で抱きかかえた。
顔を近づける。
呼吸は正常。脈も感じる。これならば大丈夫だろう。
ミセス・マッコーリーの悲しむ顔を見ずに済みそうだ。
とりあえずは一仕事完了か。
あとはもう一仕事。
「ステファン・アルフレッドソン!」
暗闇に向けて声をかける。
反応なし。もう一押しか。
「居るんだろ?出てこないなら、病院通いをせざるを得ないほど荒っぽい手を使うよ!」
背後に歪みを感じる。術式が解けた気配だ。
振り返ると、6フィート5インチはあろうかという金髪碧眼の大男がいた。
ステファン・アルフレッドソン。悪魔憑きを人為的に起こし続け、ソサエティからお尋ねものに指定された外道魔術師。
私の今日の"獲物"だ。
「アンナ・ロセッティ……」
「私のことをご存じとは。光栄だね」
「由緒正しき系譜を継ぎながら魔術を食いものにする卑賤なハンターめ」
「そいつは見解の相違ってやつさ。私に言わせれば年端もいかない子供を実験台にするあんたのほうがよっぽど卑賤だね悪魔憑きのティーネージャーが躍るポールダンスは楽しかったか?この変態野郎」
アルフレッドソンは吊り上がった眼から鋭い眼光を飛ばし、私をにらむ。
「……なぜ私がここに居ることがわかった?」
「あんたが使った手だけど、魔力で構成した可視光線を遮る薄い魔力のカーテンで人目を欺いた、そんなところだろ?」
アルフレッドソンは何も言わず、私をにらんだ。
図星のようだ。
「人間は言うに及ばず、哺乳類はみな一定の体温を保つ恒温生物だ。生きていれば、必ず熱を発する」
「それがどうした?」
「あんたは典型的な魔術師だ。悪魔付きを意図的に起こしたなら、その成果を観察したい。そうだろ?」
何を言っているかわからない、という表情のヤツに向かって私はさらに続ける。
「あんたは根っからの学者で、実践系の魔術は得意じゃない。五感の強化は得意じゃないだろうと思ってね。観察するなら間近にいるはず。そう踏んで、事前にここを熱探知してもらってたのさ。可視光線の遮断だけでなく、熱の対策も考えておくべきだったね」
アルフレッドソンがとっさに攻撃魔術の術式を組もうとする。
だが、こちらのトリガーの一押しのほうが早い。
とっさに照準を定めたSIG P229の銃口から放たれた9ミリパラベラム弾は正確にアルフレッドソンの右ひざの上を打ち抜いた。
ひざ上は人体急所の1つだ。
痛みにアルフレッドソンはうずくまる。
私は縮みあがったアルフレッドソンの眉間に銃口を向けた。
「待て!お前はハンターだろ? なら、目的は金だ。そうだな!? ソサエティからの報酬はいくらだ?額を言ってみろ! 倍払ってやる!」
ふうっと私は息を吐く。
「残念。不正解だ。
まず、お前はこの娘をいたぶった事を謝るべきだった」
私は冷たく言い放ち、引き金を引いた。
最後までお読みいただきありがとうございます。