流星に願いを馳せて
「流れ星を見に行こうよ」
8月のある日、葵はこう言った。すでに休みに入っている大学のキャンパスには、僕たちのほかに人影はない。詰まる所、世間が思い出を作ろうと躍起になっている時に、やることもなくただ芝生に背中を預けている暇人も、僕たちだけだということだ。
「どうせだったら山の上に登ってさ、パーッとやろうよ」
葵は続けてそう言った。
「流れ星」を見に行く、と言ったのは、葵なりの僕に対する配慮なのかもしれない。いや、葵自身この状況に耐え兼ねているのだろう。繰り返すが、今頃僕たちのように手持ち無沙汰をしている人は、少なくとも、僕が知っている中ではいない。
断る理由はない、むしろ残された時間の中で、できることを模索していた僕にとって、ありがたい提案と言える。
僕と葵の間に柔らかな風が流れる。芝生は優しく揺れ、木々は微かに音を立てる。やっぱりこの世界は美しい、今の僕ならそう思える。けどそれも、葵が居てくれるからなのだろう。ふと僕は、葵の方に顔を向ける。それに気が付いて、葵は静かに微笑んだ。この微笑を見るたびに、何か思うことがあっても、口に出すことができなくなってしまう。
「ああ、分かった。見に行こうか、流れ星」
きっと「一生」こんな感じなんだろうな、とふと思い、少し自嘲気味に笑った。
約束の日は、3日後、星の降る日に。
そうして、約束の日。僕たちは今、近くの山の上にいる。こうして山から街を見下ろすと、ポツリポツリと灯る明かりがどこか遠くに感じられる。目を逸らしたくもなってくる、僕にはもったいない程の景色だから。
綺麗だね、と、僕と葵がほぼ同時に言った。お互いに顔を見合わせ、そして笑う。一段落つくと、葵の目から一筋の涙が流れる。僕はそっと、葵を抱き寄せた。
空には満天の星、それぞれが自己主張しすぎることなく、全体が調和している。距離的にも、存在的にも、僕とは程遠い。だから、生まれ変わるなら星になりたいな。なんて、僕らしくないことを考えてみる。
……そろそろ時間だろうか。僕も葵も、その時に備え身構える。
空に流れる、一筋の流れ星。こいつは僕が美しいと思ったもの全てを、さらってしまう。こいつはきっと、僕なのだろう。自己主張が強すぎて、結果、一人になってしまう。この流れ星が僕なら、地球は葵だろうか。葵だけが、僕を包んでくれるから、僕は一人じゃない。
「ずっと一緒にいよう、葵」
やっぱりこういうのは、僕には合わない。顔が赤くなっていくのがよく分かる。そんな僕を見て、葵はクスクスと笑い出した。
「うん、ずっと一緒だね」
葵の顔には、もう陰りはなかった。
8月のある日、全ての人の注目の下、流れ星が一つ流れた。
一組の男と女は、その流れ星に願いを託した。
生まれ変わっても、生まれ変わらなくても、ずっと一緒にいたいと。
流星に願いを馳せて。