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真夜中の公園で

作者: 地上の因幡

 その日、俺はいつものように夜の道を歩いていた。


 いつものように会社に残って残業をすることになってしまったが、なんとか午前0時前に自宅の近くまで帰ってくることができた。


 その日は月が出ていなかったので、23時を過ぎた月明かりもない、暗い街灯以外の明かりがない暗い闇の中を1人歩いていた俺は緊張のためが急ぎ足だった。それも自宅近くにきた事で歩みが少しだけゆっくりとなる。ふと普段タバコを入れているスーツの内側にあるポケットへと手が伸びる。


 しかし、そこにタバコは入っていなかった。


 一度吸いたいと思ってしまうと、どうしても吸いたいという思いが徐々にだが強くなる。近くに自動販売機が無いか探してみるのだがみつからない。見えるのは等間隔に置かれた薄暗い街灯のみ。仕方なく帰ろうかと思ったのだが、家にももう予備が無かった事を思い出してしまう。


 ならば仕方が無いと、近くのコンビニを探す。


 しかし家に向けて歩いていたので、ここはすでに住宅地の中だった。近くのコンビニが今いる場所から自宅とは反対方向だということに気づいてしまう。俺は舌打ちをすることで、今もタバコを吸いたいのに吸えない事、さらに買い物までうまくいかない事に対する苛立ちを露にする。空いていた手で頭をかきむしると、コンビニへと向けて歩き出した。




 今は夏が終わり秋になったばかり。少しむっとした暑さを感じながら急ぎ足で歩く。『風が吹けば少しは涼しいかもしれない』そんな風に考えながら進んだ先には少し大きな公園みえる。


 『中を通れば少しは早く着くだろう』と、街灯の明かりが届かない公園の中へと入っていく。木々に遮られて足元が見えるか見えないかといった光しか入ってこない公園。


 『そういえば今日は虫も車も静かだ』とここまで歩いて、そういった音が聞こえてこなかった事に気がついた。そのとき不意に聞こえた『キィ・・・』という小さな音。

 今まで特に音がしていなかったので、突如なったその音に驚いてしまい音の聞こえた方に振り向く。


 明かりがあまり届いていないのか暗くてよくわからないが、そこには1人の人間がブランコに座っているがわかった。自分と同じようなシャツに紺のスーツの上下。ネクタイも自分と同じ柄の無い単色のネクタイをつけているようにみえる。


 タバコを吸っているのか、口元に小さく灯りが見える。


 服装からいって男だろう、ただその顔は俯いているからなのか、ここからでは見る事ができない。だが大人がこんな時間に公園でブランコに座って俯いているという状況があまりに異質に感じた。だから俺は急いでここを離れる事にしたのだ。



 俺が歩き出したとき、その男が俺を見ていた事にも気づかずに・・・



 おかしい・・・!この公園はこんなに広くなかったはずだ。


 気づけば俺は30分ほど公園の中をひたすら歩き続けていた。道が曲がっていたわけでもない。いや、横道はあった。だが俺は真っ直ぐに公園の中の道を歩き続けたのだ。初めは駆け足程度だった速度も、10分もせずに早歩きになり、そして今では止まるか止まらないかといった程度のゆっくりとしたものになっている。


 だが俺は止まるつもりはない。どうして止まらないのか、それは一度でも止まってしまうと『2度と歩き出せないのではないか』そう思ってしまうからだ。


 だからどんなにゆっくりだろうとも、俺は歩くのをやめない。


『・・・コッ・・・コッ・・・』


 と歩き続けていた俺にそんな足音が聞こえてきた。足音は俺の後ろから聞こえてくる。


 何かが後ろにいる!


 そう思った俺は体を強張らせたが、足を止めることだけはしなかった。そうすることだけがこの現状から助かるための希望だとでも言うように。


『・・・コッ・・・コッ・・・』


 音はついてくる。俺の歩く早さと同じようについてくる。もう一度だけ、体力を振り絞り走ってみる。




 走れた。すぐに音は聞こえなくなる。




 それでも、もう少しだけ走ってみる。もしかしたらすぐに追いつかれてしまうかもしれないから。


 もう大丈夫か?


 音が聞こえてくることはない。


 もう大丈夫だ。俺はそう自分に言い聞かせ、走るのをやめた。




 俺は一度呼吸を整えるために、膝に手をつきながらその場に立ち止まる。


『キィ・・・』


 不意に後ろから、先ほど聞こえたブランコの音が響く。


 俺は反射的にそちらを向く。




 そこにあったのは、誰も乗っていないブランコが1つ、暗い街灯に照らされながら揺れていた。




 『あんなに走ったのに、なんで!なんで、ここに戻ってくるんだ!』そう思い、急いで先ほどまで走っていた方を向く。


 そちらには公園などは何もなく、ただ黒い闇があるだけだった。


 恐怖を覚えた俺は気づかないうち1歩後ろに下がる。


 いや、下がろうとしたが下がることはできなかった。


 後ろにあった何かに背中をぶつけてしまったのだ。


「ふぅ・・・」と一息つき、まずはこの五月蝿い心臓を落ち着かせる。


 だが、よくよく考えると先ほど後ろにあったのはブランコだけだ。俺は一体『何』に背中をぶつけたんだ?いや、今も確かに触れている。




 触れた背中はひんやりとした冷たさを感じている。


 鉄などに触れたときの、あんな冷たさだ。


 ブランコか?いや、ブランコはもう少し離れていたはずだ。


 そもそも、先ほどブランコに『座っていた人物』はどこへいったのだ?




 後ろの何かを見ないように前へと進むか。


 真っ暗闇へと進まずに後ろを振り向くか。


 どれくらい悩んでいたのか、気づけば喉がカラカラに渇いている。




 だが俺は飲み物を持っていない。


 仕方がないのでいつものように、タバコの入ったポケットへと手が伸びる。




 そこから 硬いものを掴み 外へと出す




 ここは明かりが届かないので手元が見えないが、特に確認もせずとも慣れた手つきで箱を軽く叩きタバコを1本だけ押し出し、それを咥える。


 後ろから誰かがライターの火をくれたのでそれを使うことにする。お礼を言うためにそちらを向く。




 しかしそこには誰もいなかった。




 息を呑み、先ほど火をくれた人を探すが見当たらない。


 これ以上立っているのも辛くなってきた・・・。


 幸いなことにすぐそこにブランコが見えているではないか。


 俺はブランコに座り、腕時計で時間を確認する。


 時間は『23時を少し回ったぐらい』だった。


 横の鎖を手にもち、地面に足をつけたまま一度足を伸ばす。


『キィ・・・』と1つ大きな音が鳴り響く。


 伸ばした足を戻して、普通に座る。


 疲れのあまりしばらくの間、俺は俯きながら咥えているタバコの火を見ていることしかできなかった。

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