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転生したら孤児の少年になってたんだけどっ!  作者: くろくろ
転生1回目・スタート→孤児院
9/45

神の御遣いはかく語る。

孤児院の先生ことブリュドー・ダバダ視点です。

放心状態の子どもが荷台に乗せられ、振り返ることなく王都へと向かう。

あの、明るい笑顔もそちらの肩の力を抜かせるような言葉も残すことなく。


「ふっ、ふふふ、ふわぁぁぁーん!!」


笑顔で見送っていたはずの女の子の一人である先程『花嫁』などとませたこといっていた子が、周囲の目を憚ることなく泣きはじめる。

それにつられるように、他の子どもたちがー…いや、子どもたちだけではなく、自称・舎弟たちもが泣き出した。


「おにいちゃん!!」

「チビっ!!」

「お手伝い、サボらずにするから!」

「すききらい、しない!」

「チビ共にいじわるしない、から」


『だから、行かないでくれ』


その言葉は、結局は誰の口からも出て来なかった。

泣きながらも、最後の最後でそれだけは口にしないとみんなそれぞれ、唇を強く噛み締めて耐えている。

これは仲間の、家族の門出だ。

そのことはどんなに小さな子どもでもわかっていることだった。

こんな辺境の、戦時中の爪痕がくっきり残っているような田舎に居残るよりも、才を見出されて王都に出た方がよほど幸せなのだと、みんな信じているのだ。


だからこそ、あの子の前では誰もが一様に笑顔を浮かべて、引き留めなかったのである。

ブリュドー・ダバダはわかっていた。

そして、ここを去ったあの、抜け殻のようになっていた子どもの心の内も、何に衝撃を受けたのかもわかっている。

あの子どもの表情がわかりやすいというだけことだけが理由ではなく、今まで幼い彼が経験して来た別れを知っているからだ。

だからこそ、ブリュドー・ダバダは問い掛けずにはいられなかった。


『主よ、何故あのような幼い子に別れを与えるのですか』


確かに、ブリュドー・ダバダは知っている。

戦時中も戦後も、老いも若いも男も女も関係なく、『決別』という別れも『死』という別れも等しくニンゲンに降りかかるということはよく知っていた。

現に、彼が『赴任して来た』とされているこの神殿兼孤児院にだって戦災にて親兄弟を亡くした、もしくは口減らしのために捨てられた子どもたちがたくさんいる。

『愛情』というものを知らないばかりか、親を知らない子どもだっているのだ、あの幼い彼だけではない。

しかし、ブリュドー・ダバダは己の主に問い掛けて、そしてそれに答える声が天上より降りて来た。


「『何故』と問うか。お前が?…珍しい!!」


まだ年若い、男の声だった。

少々どころかだいぶ砕けた口調であるが、その声は神気をまといブリュドー・ダバダの耳に届く。


「与えられた仕事以外に、お前に関心事があったのか!?何、明日槍でも降るの?どうしよう、天候を司る神にでも聞いて来ようかな。いくら俺が武を司ってても、天から降る槍をいちいち切り落として移動するのは面倒だ」

『ダバダ神…お止め下さい』


本気でそのまま他の神の元へと向かいそうな主を、呆れた口調で止めたブリュドー・ダバダは彼の意識が自分に向いたのを確認して佇まいを正した。

ブリュドー・ダバダの主である武神・ダバダだけではなく、現世において神が地上に降り立つことはないので気持ち的な行動ではあるが、確かに主は『見ている』のである。


ブリュドー・ダバダは自分に主の意識が向いているのを感じながら、言葉を重ねた。


『私の与えられた任務は『勇者を保護し、育てる』ことでした。ですが一足違いで勇者はここを去り、足取りも探しておりません。職務怠慢ではありますが、目の前で懇願されてしまえばそれを捨て置くことは私には出来ませんでした。それに対して責を――』

「あっ、それはもういいって!念のためにお前を派遣しただけで、『勇者』は今も元気に活動してるのを確認してるからだいじょーぶ!」

『…………』


主の軽い口調は、ブリュドー・ダバダの罪悪感を消し飛ばすためのもの――と、いうことにしておきたいが、彼は通常から威厳がない話し方しかしない。

ニンゲン界のどこにでもいる若いあんちゃんな主に内心、頭を抱えながらも、ブリュドー・ダバダは自分の立場から逸脱した行動を取っていると自覚しているため、ダバダ神の言葉に甘えて口を噤んだ。


「あーと、『何であの子どもに別れを与えたのか?』だっけか?…別に、ちょっと前にニンゲンたちが争ってたから特別なことじゃないだろ?お前は俺の遣いにしては真面目だから、正面切って頼まれちゃったら断れなかったんだろうけど、父親が戦場で死んで母親が戦禍に巻き込まれて瀕死なんて状況はどこにでも転がってた。当時はよくある『別れ』の一つで、あの子ども自身がこの世から『お別れ』する可能性だってあっただろ?なのに、お前は『何故』と俺に問い掛けるんだな」


ニンゲンとニンゲンの、国と国との争いだった。

戦場に身を投じせねばならない者たち、戦禍に巻き込まれた者たちが世界に溢れ、戦後の今に至っても傷跡は未だ生々しく残っている。

命を落とす者も未だいるのにも関わらず、ブリュドー・ダバダは自分の目の前にいた幼い彼のことに対してだけ『何故』と問い掛けた。


その理由は単純だ。

世間では何でもかんでも神々に『何故』と問い掛けるニンゲンたちだが、神々が直接手を加えることはこのニンゲン界においてそう多くはない。

多くない部分に『戦争』は入っておらず、あくまで神の管轄外のことでしかないのでブリュドー・ダバダはそれに関して問い掛けるつもりはなかった。


あの幼い彼に関して、神々が手を加えるべき多くない部分に入ってはいない。

しかし、多少はかすっているのである。

それを察しての、問い掛けであるのだ。


『えぇ、私は問い掛けます。何故、生まれいずる前から神の守護を受けていながら、こうも波乱に満ちた生を送るのでしょうか?』


守護。

神が一人のニンゲンを守り、慈しむために与えるものを『守護』と呼ぶ。

かつてはニンゲン一人に対して一柱の神の『守護』または『加護』が与えられていた時代は終わり、最高神である二柱がかつての主神たちを殺し、新たに世界を作り直してから、暗黙の了解としてニンゲンと関わらなくなった神々。


ブリュドー・ダバダは世界が作り直されてからダバダ神より造り出された遣いのため、そう至った詳細は知らない。

ただ現在は、ニンゲンたちの呼び掛けにごく稀に応じて自分の神力の一部を貸し出す『加護』を与える神が少しいるだけで、『加護』持ちはブリュドー・ダバダのように神官と呼ばれるようになって神殿に『保護』と称して管理されている。


そんな世界で、あの幼い彼は『守護』を与えられていた。

ただし、かつてのような慈しむ優しいまさに『守護』という言葉にふさわしい気配ではなく、どこか禍々しく狂気を含んだような薄暗いである。


ブリュドー・ダバダは思い出す。

主から与えられた事を成し遂げるための放浪の途中、訪れた辺境の小さな集落。

周辺の村々の例にもれず、働き手である若者の姿どころか、足の萎えた老人と自分のこともままならない男児を除いた男が徴兵されて一人も残っていない場所が襲われればひとたまりもないのは誰の目にも明らかだろう。

敵兵の憂さ晴らしか、それとも荒れた世が生み出した犯罪者たちの集団か、はたまたごく普通の人々が遣る瀬無い気持ちを更に弱者に向けたのか、誰が原因かは全てが終わった後に訪れただけのブリュドー・ダバダはわからない。

わかったことは、目の前で家屋の柱に下半身を押し潰され若い女性の生命が、残り少ないことぐらいのことだ。


彼女は大切に抱えてた包みをブリュドー・ダバダに託し、かろうじて建っていた火が燻る瓦礫に埋もれてしまうまで我が子へ自分たちの愛情を込めて言葉を叫んでいた。

『徴兵された父親も、ここで死に別れてしまう母親わたしも、あなたを愛している』と、痩せ細りながらも懸命に生きる小さな命に語り掛けていたことを、そのときブリュドー・ダバダの腕の中で健やかな寝息を立てていた幼い彼は知らない。


幼い彼は知らないでいる。

自分を身を挺して庇った今は亡き母のことも、国をひいては妻子を護るために徴兵に応じた父のことも、必死に寂しさを耐えて笑顔で見送った孤児院の仲間たちのことも、そのには確かに『愛情』があったことを幼い彼は知らずにいるのだろう。

だからあの抜け殻のようになっていた幼い彼は、きっと仲間に捨てられたと思い込んで呆然としていたのだ。

それがブリュドー・ダバダには歯痒くて、…そしてあの幼い彼を愛する者の一人として悲しくて仕方がなかった。


だから、だからこそブリュドー・ダバダは主に問うたのだ。


『確かに、戦時中にしろ戦後の今にしろ、生命には別条はありません。ですが、まるで愛を知るのを阻止しているかのような意図を感じるのです。あの子は自分が愛されていると知りません。いくら身体が健康であっても、愛がなければニンゲンは生きてはゆけないのです』


それはニンゲンと関わったからこそブリュドー・ダバダが知ったことであり、関わらなければ知らなかったことだ。

天上におわす主を含めた神々が知らないであろうことを口にしたブリュドー・ダバダだったが、それを聞いた主は心底おかしそうに笑い声を上げた。


「愛、……愛ね。ハハッ、あいつ(・・・)には思いも付かないだろうな」


『主…?』


怪訝な声で問い掛けるブリュドー・ダバダに、笑いの余韻で震える声で遣い如きではわからない言葉を含みながら、主であるダバダ神は己の遣いに問い掛ける。


「クククッ…確かに、愛がなければ脆弱なニンゲンたちは生きてはいけないなぁ。あれ(・・)は元は同じ生きものだったくせにすっかり忘れているようだが、お前がいうのもムリはないだろう。ブリュドー、お前は何故、あの子どもが神の『守護』を受けながらも愛を知ることなく、波瀾万丈に生きているかと聞いたな?」

『えぇ、そうです』


「答えは簡単だ。それは『守護』じゃなくて、『呪い』だからだ」


『なっ……』


ブリュドー・ダバダは主の答えに息を呑んだ。

神から与えられるものは、『祝福』だと信じていたブリュドー・ダバダにとって予想だにしていない言葉であった。


「親からの愛も知らず、孤児院で育ち、心を寄せた仲間たちにこうしてあっさりと捨てられる…挙句に、心を寄せていると相手には気付いてはもらえないんだ。短いながらも結構、悲惨な人生だよなぁ。もう、立派な呪いだろうよ」


確かに、主のいう通りである。

ブリュドー・ダバダが見知ったあの幼い彼の人生はまさにそれで、神からの『守護』があると知らなければ十分に不幸な生い立ちだろう。


しかし何故、『守護』を与えながらもそんな境遇に幼い彼を追い込むのか。

の神は何をしたいのか。


ブリュドー・ダバダが問い掛けたいことは山ほどあった。

しかし、それを問い掛ける前に、主の気配は遠ざかってゆく。

主が独り言を呟くのを聞きながら唖然としているブリュドー・ダバダは、幼い彼が神聖魔法を使ったときに、自身の名の後に付け足したらしい名を思い出した。

幼い彼と一緒にいた子どもが聞いていて、ブリュドー・ダバダに伝えた名は、もはやニンゲンと関わらないために忘れ去られた神の一柱の名であったのだ。


輝かしい最高神という座に就きながらも、の神がおわすのは天上ではなく地上ですらなく、薄暗い地底にして死人たちの前に立つ者であるその存在が与えた『守護』を、ブリュドー・ダバダの主はまるで『やれやれ』とでもいいたげな様子を隠すことなく『根暗』と称した。


「健康体であるのなら、これから先もずっと続くだろう。お互いの気持ちも知らないまま、薄っぺらで希薄だと思い込んだ状態で人間関係を築いて寂しいままたった一人で死んでゆく…。死と停滞する時を司る神だけあって、根暗な呪いだな、まったく」


「———先生、先生っ!!」


「……っ!?」


「先程から固まって、どうしましたか?」


涙を拭いながら孤児院内に戻って行く小さな子どもたちとは逆に、ブリュドー・ダバダに近付いて来るのは青い髪とつり上がった目をした気の強そうな子ども。

主との会話はニンゲン界においては一瞬のことだったはずだが、子どもには不審に思われているようだ。

普段通り口を開く代わりに、首を緩く振ったブリュドー・ダバダは、しっかりと彼の目を見て促した。


「ボク、父の所へ行こうと思います」

「……!?」


彼がいう『父』というのは、幼い彼を連れて行った中央神殿に籍を置く高位神官であり、血を分けた我が子に『母親譲りの美しい顔立ちなのに、男か…』と舌打ちした外道である。

高位神官は子どもの母親が語ったような傑物ではなく、ただの傲慢な権力者だったと知り絶望していたはずの子どもは、今はその男と同じ色の瞳に強い意志を宿らせていた。

目を瞠り、ブルブルと首を横に振るブリュドー・ダバダが必死に考えを改めてほしいと思っていても、心を動かされることのない程の強い意志である。


「えぇ、先生が心配するのも尤もです。ですが、安心して下さい。あんなクズでもわかり易い分、使い道はいくらでもあります。母には申し訳ないですが、母譲りのこの顔を使ってせいぜいうまく操縦してやりますよ」

「………」


悪人顔負けな黒い笑みを浮かべる子どもは、その表情を消して真面目な顔でブリュドー・ダバダを見上げた。


「だから、本当に安心して下さい。ボクが必ず、あいつの側で守ります。必ず」


大切なことを重ねて口にした子どもの意思は固く、ブリュドー・ダバダが例えよく口が回るたちだとしても、きっと気持ちは変わらないだろう。

そうブリュドー・ダバダに思わせる目をしていた。


「フフフ、ボクから逃げようなんて、良い度胸してるなぁ」

「……………」


光のない目でブツブツと呟く子どもに、『本当に安心して良いのか』とほんのちょっぴり思わなくもないブリュドー・ダバダは、強面な顔をピクリとも動かさず主に聞きたくなった。

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