孤児は、孤児をやめる。
主人公が他人を罵倒する場面があります。
「はい、あーん」
「あーん」
語尾にハートマークが乱舞してそうな甘ったるい声を出すのは幼い女の子。
しかし、幼くても女は女だと思い知る。
素直に口を開ける私の前に差し出されたレンゴ(レンコン…ではなく、リンゴ飴に使われるような小さなリンゴもどき)が、一瞬のうちに消え失せる。
キョトンとしていれば、代わりに瑞々しいベドゥ(ブドウの野生種みたいなもの)が差し出された。
「はい、あーん」
「あ、あーん」
さっきとは別の子が今度は身を乗り出して、私の方へとベドゥを差し出して来る。
彼女も幼い女の子だ。
そしてまた、目の前から果物が消え失せた。
「はい、あーん」
「あ」
「はい、あーんして?」
「あ」
「あーん?」
「あ」
「あーんしてね」
「あ」
「あーん」
「あ」
「はい、あ(以下略)」
最後までいわせてよ!!
代わる代わる女の子たちが果物を差し出して来ては、他の誰かに押し出されてフィールドアウトしていく。
正直、前世で女だったくせにコワい。
だってほら、フィールドアウトさせられた子らと、した子らが一触即発だよ。
背後におどろおどろしい何かが噴出しているよ!?
「みん――ふごっ!?」
「………」
開いた口に放り込まれたのは、甘酸っぱいムカン(みかん…ではなくて、オレンジ)だった。
丁寧に薄皮が剥かれたムカンの爽やかな香りと甘酸っぱさが口いっぱいに広がる。
「おいしーです、先生!!」
「「「あ、先生抜け駆け―!!」」
「………」
一触即発だった女の子たちに一斉に責められ、スキンヘッドをカリカリ掻いた先生はちょっと困った顔をしていた。
「おい、お前!」
「なんだよ~。あっ、君なら知ってる?」
「何をだ?」
困り顔の先生が可哀想で、女の子たちのご機嫌を取ってから退室してもらってやっと静かになったと思いきや、今度は青髪の男の子が騒がしくやって来た。
相変わらず偉そうな態度の男の子の足は炎症しているようには見えないから、もしかしたら先生が神聖魔法で治療してくれたのだと考える。
でも、ケガ一つしていない私が日が高いところにある今もベッドに入れられっぱなしなのは何故?
あっ、もしかして倒れたときに頭を打ったとかで一応安静ってことかな。
元気そうなら気を遣う必要もないと、男の子に聞いてみることにする。
男の子は用事があっただろうに、偉そうな態度ながら律儀に答えてくれるみたいだ。
「私たち、モンスターに襲われなかったの?」
「襲われたらここにいないだろうが」
そりゃそうか。
あの鼻息と涎を考えれば、二人仲良く腹の中にいてもおかしくないよね。
考えなくてもわかりそうなことを聞いた私に、呆れた顔を隠さず向けて来る男の子。
「お前…覚えていないのか?」
「何をー?」
「……神聖魔法を使ったことを、だ」
「へ~~~…、はぁっ!?」
「はぁ……」
話し半分に聞いていた私が驚いて思わず声を上げれば、男の子は溜息一つ吐いてベドゥを一つ摘まむ。
あっ、それは私がもらったんだよ!
「うるさい、こんなにあるから消費を手伝ってやったんだ。…それで、お前は憶えていないのか。辺りが光に包まれたと思ったら、モンスターが吹っ飛ばされたんだ。ボクらを包むシールドが展開されていて、先生たちが来るまでずっと守られていた…先生が来たとたんに、お前が気絶してシールドは消えたけど」
「ふおぉっ!?」
なんというファンタジー!!
「すごいね!」
「…そうだな、この年であんなに容易に完璧なシールドを構成出来るんだ。所謂、才能…なんだと」
「えっ、自画自賛!?」
「なんでそうなるっ!!」
そりゃあ、自分で『完璧』とか『才能』とかいってたらそう思うけど。
「お前だよ、神聖魔法を使ったのは!文脈を見ればわかるだろ!!」
「へっ、私!!??」
マジ!?マジで私!?
静かにやり取りを見ていた先生に確認を取れば、無言で頷いてくれた。
マジか!?
「いえーい!チートデビュー!!」
「ちーと?」
チートはチートだよ!
あれだよ、異世界転生にありがちな展開になって来たよ!無双とかしちゃうっ!?
怪訝な顔をする男の子に、チートによる無双というロマンを語ってあげた。
ついでにどんな男の子でも夢見るらしい、ハーレムについても語ってあげる。
いや、君のために語ってあげただけで、なんで軽蔑した目でこっちを見るのかな!?
「君のために教えてあげたのに、なんでそんな態度取るのさ~」
「それでだな…」
「聞いて!?」
私を無視して話を変えた男の子が口を開こうとした途端、それを遮るようにドアを開ける人がいた。
「いつまでそうやって隠しているつもりだ、ブリュドー・ダバダ」
ノックもなしに強引に入って来たのは、先生の聖衣よりもゴテゴテギラギラしたのを身に纏った高圧的なデブだった。
えっ、初対面で辛辣?
そんなの、先生に対する態度で好感度マイナススタートだよ!
「フンッ、そのみずぼらしいのが連絡のあった子どもだな。まあ、孤児で余計な口出しをする親がいないところだけは、唯一ありがたいな」
む、ムカつくーっ!!
私の家族は先生と孤児院のみんなだ!
ギンッ!と睨み付ける私に不機嫌なまま、デブはガッと腕を掴んでベッドから引っ張り出す。
「うわー!?」
「さっさと歩け!」
そのままドアを抜けて玄関もあっさりと抜けたデブは、私をガタイのいいおにーさん(たぶん護衛)に預けて慌てて着いて来る先生を振り返る。
「一人でも減れば、その分は他の子にものが回る。そんなことがわからない程、頭が悪いわけでもあるまいな。情を選んで他の子どもを飢えさせる程愚かなこともない。それに、こんな汚らしい孤児院より、王都の大神殿に来た方がこの子のためだろう」
「っ!?」
息を飲んだのは先生じゃなくて、私だった。
ここは私の家で、先生やみんなは家族だ。
なのに、なのに…!!
「ふ、ふざけ」
「おにいちゃん!」
「ユーリ兄ちゃん!!」
「…えっ?」
小さな庭を見れば、先生と青毛の男の子以外の孤児院のみんなが笑顔で立っていた。
舎弟さんたちもいるけど、笑顔がこわぁっ。
「王都に行っても元気でね!」
「えっ?」
「広いから、迷子になんなよ!」
「えっ?」
「王都でエラくなったらあたしを花嫁として…きゃっ」
「「「「「抜け駆けーー!!」」」」」
「えっ、えっ、えっ?えぇー!?」
どどど、どういうこと!?
なんでもう、私が王都に行くことが決定してるの!?
しかも、みんな寂しがるどころか笑顔だし!
バッ、と先生を見たら先生は鋭い目をゆっくりと細めて微笑んだ。
「身体を壊さないようにな」
人攫いが極上の獲物を見付けたときのような顔で笑って、先生もまたみんな同様に私を送り出す。
誰一人、寂しがる人がいないという衝撃的事実に、私は放心しながら筋肉おにーさんに馬車の荷台に乗せられて、住み慣れた孤児院を後にするのであった。
「先生の笑顔…こわぁ」